第六話・ユイカを救出せよ!
『き、きゃぁぁぁぁぁぁ……――』
スマホのスピーカーから、結花の悲鳴が響いた。
「結花……? どうしたの!? 結花! 結花っ!!」
呼びかけ続けるけど、反応が無い。
ドラゴンが飛んで行ったのは、結花の家の方だった。
イヤな想像で、頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。背筋が寒くなって、涙があふれてきた。
「――ユイカが愚竜に攫われたようじゃ……」
戻ってきたセレナが、悔しそうに言った。
「妾の魔力のにおいを嗅ぎつけたのじゃ。恐らく人質のつもりであろう」
でも人質っていうことは、結花はまだ無事ってことだ。
「早く助けてあげて!」
「無理じゃ。魔素の外では妾は戦えぬ。不甲斐ないが、妾は追うことが出来んのじゃ」
「あっ!」
そうだ、セレナはあの穴から離れられないんだった。
魔素の外に出ただけで、セレナは死んでしまうんだ……。
それなら、どうするの? 自衛隊も敵わなかったドラゴンから、誰が結花を助けるの?
「主じゃ。ミレイよ、主が追うのじゃ」
「は!? な、何言ってんの!? そんなこと無理に決まってるでしょ!!」
ドラゴンから結花を取り返すなんて、私にできるはずがないよ!
「自分の姿を見てみよ、今の主は見紛うことなき魔法少女なのじゃ。ユイカを救うことが出来るのは、主の魔法以外には無いのじゃ!」
「で、でも……そんなこと言ったって、どうすればいいの?」
格好だけ魔法少女でも意味ないよ。
ドラゴン相手に何ができるっていうの?
そんなのどう考えても無茶だ、無茶苦茶だ。
「怖いのは分かっておる……しかし、ユイカを助けられるのは主だけなのじゃ。妾がサポートする故、主は戦える。頼む、急がぬとユイカが殺されてしまう!」
セレナは私の肩をグッとつかみ、視線を合わせる。その顔からは、焦りが溢れている。
……私だけ……結花を助けられるのは、私しかいない……………………ああぁぁーーもうッ!!
やるよ! やってやる!!
私は覚悟を決める。震える両手をグッと抑え込んで、私がやるしかないんだと、自分に言い聞かせる。
こんなの意味が分からない展開だ、だから意味を考えるのを辞める。
もうヤケクソだ!!
――私ハ、魔法少女ニナッテ、ドラゴンニサラワレタ、幼馴染ヲ助ケルノダ――以上! あとは知らない。考えない。
結花待ってて、私が助けてあげる!!
「で、私は、どうしたらいいの?」
「……うむ。良い目じゃ。では――」
セレナが指をくるんと回すと、私の体が宙に浮いた。
「うわっ!」
「飛ぶのじゃミレイ。空を駆け、ユイカを追え!」
「空を駆け……」
こうなったら空でも何でも、飛んでやる。今の私は魔法少女なんだ、空くらい飛べるさ。
ヤケクソメンタル全開で、無理やり前向きに考える。
「ミレイよ、イメージが肝要じゃ。杖に意識を集中しながら、空を駆けドラゴンを追う自分の姿をイメージしてみよ」
「うん。分かった、やってみる」
言われた通りイメージしてみる。
ドラゴンの姿、アニメのように自由に空を飛ぶ自分……。
「わ、わわわっ!!」
何かに引っ張られるみたいに、体が窓から飛び出した。
「行け! 主が街を守るのじゃ!!」
セレナが叫んだ、その声があっという間に遠ざかっていく。
「う、うわゎぁぁーーーーーーー……!!」
ものすごい勢いで、私は空を飛んでいく。
ドラゴンが飛び去った方へ、まっすぐに進む。
見慣れた街が、真下に広がる。
商店街や公園を飛び越え、ビルの間を超高速で抜けていく。
「わわわわわわわ……」
は、速すぎる、怖すぎる。
「怖い! 怖い! 怖ぁぁぁーいぃぃぃぃっ!!」
『――落ち着け』
頭に直接セレナの声がする。
「え、なに??」
『念話じゃ。いま妾と主は杖を通して魔力が繋がっているのじゃ。それよりも、さっきの威勢はどうした? 情けない声を出すな』
「そんなこと言ったって、怖いものは怖いの!』
私の人生で、生身で空を飛ぶことになるなんて、思うワケがない。
今日から高所恐怖症になったのかもしれない。そんな気がする。
『とにかく落ち着くのじゃ。もう追いつくぞ』
前を見ると、目の前にドラゴンの大きな背中が見えた。
ドラゴンは忙しなく翼をはためかせ、猛スピードで学校から遠ざかっていく。
セレナが追ってくると思って、一生懸命に逃げている感じだ。
ドラゴンに近づいて行くと、後ろ足の大きな爪に結花が掴まれているのが分かった。
「わ、私はなにをすればいいの? 魔法の使い方なんか分かんないよ!?」
『イメージするのじゃ。妾が魔力を制御するゆえ、大丈夫じゃ!」
なにも大丈夫じゃないんですけど!
『足の付け根を狙うのじゃ』
「や、やってみる」
……魔法なんて、これしかわからない。
私はステッキを両手で構えると、ついこの間見たばかりのアニメを思い出し、イメージする。
目の前に魔法陣が現れ、ピンク色の光の弾丸が飛び出した。
これは『ロセウス・シュート』プリエタの主人公、ルミナスの得意技だ。
杖に集中するだけで、イメージがスムーズに魔法になっていく感覚。
たぶんセレナがサポートしてくれているおかげだ。
ピンクの弾丸は、ドラゴン目掛けて真っすぐに飛んで行く。
虹色に光るキラキラの尾を引きながら、アニメと同じ演出が再現された『シュート』が、背後からドラゴンに迫る。
「ギャッ!!」
弾丸が右足の付け根に直撃すると、ドラゴンは小さく悲鳴を上げた。
同時に大きな爪に掴まれていた結花が、空中に勢いよく放り出される。
「結花ーー!!」
意識のない結花は、頭からまっすぐに落下していく。
手から離れていった結花を、ドラゴンは方向転換して捕まえようとしている。
ドラゴンよりも先に結花を捕まえなきゃ。
私は全速力で追いかける。
結花は真っ逆さまに落ちていく、このままじゃ間に合わない。
パワーアップ――私はそんなイメージでステッキに力を込めた。
体の中が熱くなって、全身が光に覆われる。
速度がどんどんと上がっていく。パワーアップした感覚がする。
落ちていく結花を必死で追いかけて、目一杯に手を伸ばす。
「――あと少しぃ! 届いてーー!!」
ドラゴンの爪が結花を掴もうとした直前、伸ばした両手が――……届いた。
間一髪。私はがっしりと結花を受け止めて、そのままのスピードで、ドラゴンから一気に距離をとる。
ドラゴンは何が起こったのかよく分からないみたいに、茫然としている。
『ミレイよ、ナイスじゃ!』
頭の中でセレナの声が響く。
結花は目を閉じたまま動かない。
私は結花に呼びかけ続ける。
「結花、結花!」
お願い! 目を覚まして!!
そう思った瞬間、二人の体がキラキラと光って暖かくなっていく。
「ん……ぅん……」
結花の目がゆっくりと開く。寝ぼけたように、きょとんとした顔で私を見る。
「……あれ? 美玲ちゃん、どうしたの?」
よかった、生きてる……ホッとして力が抜ける。
私が安堵して息をついた時、顔の横をすり抜けた少し冷たい風に、結花はハッと我に返る。
「え? 空?? と、飛んでる!? 美玲ちゃん、これ――!!」
一瞬慌てた様子を見せた結花は、辺りを見回すと、突然フリーズしたようになる。
そして結花の体がプルプルと細かく震えだす。
「ん? どうしたの?」
「ミ、ミミ、美玲ちゃん……そ、その格好!?」
っあ。しまった。
「ルミナス・美玲ちゃんキターー!!!!」
結花の絶叫が街の空に響き渡る。
私の顔は、たぶん真っ赤だ。
「ちょ……ちょっと……そんな大声で言わないでよ!」
「だって、だって! ルミナス・美玲ちゃん、本物じゃん! しかも、エンジェルモード!!」
腕の中で大興奮の結花。私はビルの窓に映った、自分の姿を見る。
そこには、しっかりとエンジェルモードの私がいた。
あのとき私がイメージしたのは、たしかに『エンジェルモード』だった。
アニメ後半で、ルミナスは光の女神の力を借りて“パワーアップ”する。
衣装がピンクと白のツートンカラーに変化して、背中に白い翼、頭の上には天使の輪を乗せた強化フォームだ。
あの状況で結花を助けられるイメージが、これしか思いつかなかった。
「なんで? なんで? どうして美玲ちゃんが、ルミナスになっちゃったの!?」
「結花うるさい! 今はそれどころじゃないの!!」
はしゃぐ結花に、私の精神的ダメージが増えていく。
『――ユイカよ、怪我はないか?』
「あれ? セレナちゃんの声がする!?」
結花はキョロキョロと、辺りを見回す。
『ミレイの魔力を通して、話しておる。スマホと同じじゃ』
「美玲ちゃんの魔力!? ねえ、どうして美玲ちゃんが魔法を使ってるの!?」
「だから、そんなのは後に――!」
急にビリビリとした嫌な感覚が襲った。魔力の気配を感じた気がして、振り向く。
そこには全開になったドラゴンの大きな口に、魔力が集中している姿が目に入った。
「――グワアアアアァァァ!!」
ドラゴンの唸り声が、空気を震わせた。
次の瞬間。ドラゴンの口から、巨大な火の玉が飛び出す。
「うわぁーー!!」
「きゃーー!!」
火の玉は、あっという間に私たちに迫る。
危ないと思った瞬間、魔法が勝手に反応した。
間一髪で急旋回。炎の息は私たちの横をすり抜けて、空に消えて行った。
私も、結花も、二人とも無事だ。でも……。
「うっ……」
私の中に、あの日のトラウマがよみがえる。
恐怖で体がガタガタと震えて、止まらなくなってしまった。
「美玲ちゃん、どうしたの?」
結花は心配そうに私の顔を覗き込む。
『ミレイよ、反撃するのじゃ! このままでは、一方的に蹂躙されてしまうぞ!』
「え!? は、反撃!? う、うん分かった、やってみる」
さっきと同じように、アニメを思い出して右手のステッキに意識を集中させる。
今は結花を抱えているけど、魔法陣を出すだけだから、大丈夫なはずだ。
そう思って、心の中でもう一度イメージする。
――い、行け、ロセウス・シュート!!
……。
…………ん?
………………あれ?
……………………あれれ??
さっきと同じようにしたのに、何も起こらなかった。
魔法が……使えない?
「第七話・逃げるな!」に続く。




