第四話・魔法少女と預言の聖女
「美玲ちゃーん、来たよー!!」
ハイテンションの結花が、いきなり部屋に突入してきた。
結花は朝から騒がしい。
「もー……今日はゆっくり寝るつもりだったのに」
「えーでも、もうすぐ十時だよ」
言われて時計を見る。あらホントだ、そんなに寝ていたのか。
昨日は大変だったし、肉体的にも精神的にも疲れていたからしょうがないよね。
「なんじゃ、朝から。騒々しいのぉ」
二段ベッドのカーテンの隙間から、ひょこっと顔を出すセレナ。
寝ぐせのまま、目をこする姿が、ギャップ萌えすぎる。
梯子を使わずに、上段のベッドからフワリと舞い降りたセレナ。
今は私のパジャマを着ているけど、母が注文した『お姫様に相応しいパジャマ』とやらが、そのうち届くらしい。
「あ、セレナちゃんおはよー!」
うるさいぐらいに元気な結花。
セレナは不思議な生き物を見るみたいな顔をしている。
「で、何しに来たの?」
「今から三人で、魔法少女プリズマ☆エターナルを見ます!」
「は? なんで?」
「いいから、いいから。えっと……」
結花は部屋のクローゼットを勝手に漁り出す。
ガサゴソと何やら物色し、引っ張り出してきたのは一年以上使っていないゲーム機。ブルーレイが再生できる奴だ。
ひとの部屋で勝手な事をしている幼馴染。それを黙って見ていたセレナが口を開く。
「何をするのか知らんが、ちと狭いの」
「あー、そうだね。じゃあ、リビング行く?」
「ん、妾に任せておけ」
セレナが人差し指を「くるん」とする。
「わっ!? 広くなった!」
二段ベッドや、部屋の隅に積まれたままになっていた荷物が、光の中に消えてしまった。
セレナの説明によると、ベッドや荷物は収納魔法で、亜空間の中に一時的に片付けたらしい。
結花は「アイテムボックス!」と大騒ぎ。
「さすが魔法少女!!」
「また魔法少女か、主もしつこいの」
「いいから、いいから」
どこまでもマイペースな結花。セレナはやれやれって感じで、肩をすぼめる。
「こんなものもあるぞ……食べてみるか?」
そう言うと、セレナは亜空間から果実を一つ取り出した。
見たことのない色と形。ソレは明らかに異世界の食べ物だ。
「これはアゼリアという、妾の世界の果実じゃ。なかなかに美味じゃぞ」
「いらない。あたし、よくわかんないものは食べない主義だから」
当たり前の様にそれを拒否する結花。悪気が無いからたちが悪い。
「わ、私がもらうよ」
せっかくセレナが私たちのためにって、出してくれたんだから。
「そうか? 無理せんでもよいぞ」
「大丈夫……」
本当は正直ビビった。昨日のセレナの気持ちが分かった気がする。
私は異世界の果物アゼリアを受け取ると、覚悟を決めて一口ほおばる。
アゼリアはびっくりするほど甘くて、とてもいい香りがして、ちょっとマンゴーみたいで普通においしかった。
――その時、一瞬だけ体の中が熱くなった気がした。
その後、着替えと洗面、それから遅い朝ご飯をすませると、結花は「すぐにプリエタを見よう」と迫る。
私はせっつく結花を一旦止めて、まずセレナに『アニメ』や『テレビ』などについて説明する。
納得したのか、していないのか。とりあえずテレビもゲーム機も『アーティファクト』とかではない事は分かってくれた。
結花がブルーレイの再生を開始すると、私の部屋のテレビに、約三年ぶりのプリエタが流れる。
再生されたのは、結花が一番お気に入りの劇場版だった。
「あれ、いきなり劇場版なの?」
「大丈夫だよ、初見でも楽しめるようになってるから」
画面の中では、主人公のプリズマ・ルミナスが、魔法の国からやって来た悪の魔人と激闘を繰り広げている。
プリエタ劇場版は、いきなり戦闘シーンから始まるんだっけ。
「おお!? これは凄いの……」
人生初のアニメ映画に、セレナの声が漏れる。
私はひさしぶりのプリエタだ。
私がプリエタから離れたのは、中学に入ってしばらくたった頃。
別の小学校から来た同級生たちが、なんだかすごく大人に感じたんだっけ……。
魔法少女や、子供向けのアニメに夢中な自分が、急に恥ずかしくなって、全部クローゼットに封印したんだよね。
かたや結花は、今もプリエタに夢中。最近は、オタク一直線。
人目を気にせず我が道を行く結花を、うらやましいと思ったりもする。
「ぬ!?」「おぉー!」「避けるのじゃ!」「うむ、ようやった!」
表情をころころ変えながら大興奮のセレナ。とても楽しそうだ。
結花はそんなセレナの横顔を、満足そうに眺めていた。
そういえば、私の人生初の映画もプリエタ劇場版だっけ。
結花んちのおばさんに連れられて、二人で見にいったのを思い出した。
映画の序盤、小動物の『トワリア』が闇にのみ込まれて消えるシーン。
初めて見た時、トワリアが死んじゃったと思って本気で泣いたのを覚えている。
実は私の推しキャラはトワちゃんなのだ。だから本当に悲しかった。実際は映画の終盤で生還するんだけどね。
なんだか、あの頃のことをいろいろと思い出す。
魔法少女に変身して、私だけの不思議なペットを連れて空を飛び回ることを本気で夢見ていたあの頃……それも、昔の話だ。
――物語はやがてクライマックスへ。主役の三人とラスボス『ノア=ヴェルム』の最終決戦が始まる。
「むむ……」
三人の魔法少女と悪の帝王の人類の未来をかけた戦いを、食い入るように見つめるセレナ。
光と闇の魔法が飛び交う大激闘。
そして、魔法少女たちの活躍でラスボスを倒し、地球の平和が守られ、エンドロールが流れる。
「……で、どうだった?」
そわそわとした様子で、セレナに詰め寄る結花。
異世界のお姫様の『初めてのアニメ』『初めてのプリエタ』の感想は――。
「うむ、実に素晴らしかった。後学にもなったぞ」
「自分が魔法少女だって自覚した?」
結花は期待に満ちた目で迫る。
「何を言うておる。アニメは虚構であろうが」
「えー……」
結花撃沈。
私は「セレナは異世界から来た魔王の娘なんだから、どっちかって言うとヴェルム側なんじゃないの?」と、思ったけど言わない。
「時にユイカよ、主が言うておった必殺技というのはアレか?」
「うん、そうだよ。あれは劇場版だけの特別なヤツだけどね」
三人の魔法少女が心を合わせて放つ合体大魔法『プリズマ・エターナル・ノヴァ』映画終盤に飛び出す大技。
光の力で闇払い、ラスボスを消滅させる最後の必殺技だ。
「ふむ。次に愚竜どもと戦う時には、妾もやってみようかの……」
「え? セレナ、あんなの出来るの?」
「魔法はイメージ次第なのじゃ。イメージさえ明確なら、きっとできる」
セレナは自分に言い聞かせるように、何度も頷く。
本当に必殺技が出来ちゃうのなら、もう魔法少女そのものじゃない? 知らないけど。
「そういうことなら、もっとプリエタを見てイメージを養わなきょね!」
そう言って、結花は次のディスクをセットする。
なぜかテレビシリーズを、一話から見ることになってしまった。
それから十話まで見たところで、外は暗くなっていた。
「また美玲ちゃんと一緒に見れて、うれしかった!」
「まあ、たまにはね」
「えへへ」
結花は嬉しそうにはにかんだ。
「セレナちゃんを、理想の魔法少女にして見せる!」
高らかに宣言して、結花は帰っていった。
そして夜になり、私は高熱を出して寝込んでしまった――。
――薬を飲んでも熱は下がらないし、体の節々が痛い。
「妾が迂闊じゃった……」
ベッドで横になっている私の体に手をかざしながら、セレナが小さくつぶやいた。
セレナが言うには、私の体の中で『魔素』が暴れているらしい。原因はあの謎フルーツ以外に考えられないそうだ。
責任を感じて、神妙な顔のセレナ。落ち込んだ姿なんて、彼女には似合わない。
「自分で……食べるって決めたんだから、セレナのせいじゃないよ……」
「主は優しいの」
「べつに、そんなんじゃ……ないし……」
よせやい、照れるじゃないか。
「本当は、妾のことも怖いのであろう?」
「……えっ」
「魔王だのドラゴンだの、このような平和な世界に暮らしておる娘には、受け入れ難いはずじゃ。それに……またこんな目にも合わせてしもうた」
セレナは「すべて妾の責任じゃ」と頭を下げる。
あの日の事がトラウマになっているのは事実だ。でも、セレナを責める様な話じゃない。
「自分が一番……大変なんだから、そんなの……気にしなくていいよ」
これが私の本心なのだ。ドラゴンだって、彼女の責任じゃないし、結果的には私たちを守ってくれたわけだしね。
「そんな事……より、異世界のこと……を聞かせてよ」
「ぬ? 何が聞きたいのじゃ?」
何がと言われても、何も分からない。えーと……。
「あのさ……、魔王って……何する人なの?」
魔王と言えば、世界を征服しようとして、勇者に倒される人。そういうイメージだ。
一応その辺はハッキリさせておきたい。
でも、もしセレナのお父さんが極悪人で悪の帝王だったとしても、態度を変えたりはしないよ。セレナはセレナだ。
「父上は世界最高峰の、魔導のスペシャリストであり、最強の英雄なのじゃ。魔族、人族にかかわらず、尊敬と畏怖をその一身に集める、偉大な魔竜族の王じゃ」
とても誇らしげに、魔王のことを語るセレナ。とりあえず、極悪人ではなさそうでよかった。
そんなに大好きな家族と離れ離れで、セレナは平気なのだろうか?
「セレナは……寂しく……ないの?」
ホームシックになっていないか、それが心配だ。
こんな知らない世界で、ひとりぼっちのセレナ。私なら耐えられない。
「う~む……不安が無い、と言えば嘘になるかの。ドラゴンなぞ妾にとっては怖くもないが、孤独は恐ろしい。寂しいのは嫌いじゃ」
セレナは意外なほど素直に答えてくれた。
「大丈夫……だよ。セレナが……家族の所に帰れるようになるまで……最後までちゃんと、ウチで面倒見るから……安心して」
そう決めたんだから、途中で無責任に放り出したりはしないよ。
「主のおかげで、妾は快適に過ごしておるぞ。ユイカの騒がしさも、今の妾にとってはありがたいのじゃ」
セレナはそう言って小さく微笑んだ。彼女が安心して過ごせているのなら、それが一番だ。
結花はただ、空気を読まないだけだけどね。
「……それと、アニメといったか? あれも気に入った。ユイカによれば、まだまだ妾に見せたいアニメが、たくさんあるらしいからの。とりあえず今は、それが妾の楽しみじゃ」
そっか。アニメも映画も、これからいっぱい見たらいいよ。
家と学校を行き来することしか出来ないセレナ。彼女の毎日を、ちょっとでも充実させてあげたい。
そうだ。熱が下がったら、いろんなサブスクに入ろう。
ゲームとか、本とかもいろいろ買おう。お金は、お母さんに出させればいいんだから。
魔法少女と恋愛小説、セレナはどっちが好きかな? とか考えていたら、セレナが「――それに」と言葉を続ける。
「妾はいずれ、国へと帰還することになっておるのじゃ。よって、それほど心配はしておらんのじゃ」
「なってい……る? 最初から……決まってるみたいな言い方……だね」
「うむ。我が王家には、聖女降臨という予言があるのじゃ。その預言の中の一節に『異界よりの帰還する』と言う文言ある。その意味がずっと不明とされていた。しかし、異界とはこの世界であろう?」
なんだか、ものすごく異世界ファンタジーっぽい話だ。
「そ……れって……セレナが、預言の……聖女さまって事なの?」
「自分で言うのは、いささか抵抗はあるが、そういう事になるじゃろうな。なにせ、条件が揃い過ぎておるのじゃ。異世界じゃぞ、こんな偶然がそうそうあると思うか?」
なるほど……魔王の娘で、異世界のお姫様で留学生、さらに預言の聖女様。肩書きが大渋滞だ。
預言というのが、いまいちピンとこないけど、きっとすごく意味のある事なんだと思う。
「恐らくじゃが、元の世界でも今頃は、同じ結論に至っておるじゃろう。良くも悪くも、妾が聖女として帰還することを前提に、いろいろと動き出しているかもしれんのぉ……」
良くも、悪くも?
「預言って、具体的……には、どうい……う…………」
……アレ? なんだか、頭がくらくらしてきた。
「わ……わわ……」
視界がグルグルと回っている。
「ふむ。話はここまでじゃ、今日はゆっくり休め。妾が付いておるで、安心して眠るがよい」
「うん……そうする。ありがとう」
それから、私は丸一日寝込んだ――。
――その翌朝、目が覚めると嘘みたいに元気になっていた。
体の中で暴れていたという『魔素』を、セレナがずっと制御してくれていたらしい。
おかげで熱も収まり、体調も良くなった。
それなのに、セレナはずっと難しい顔をしている。
「ぬぬぬ……」
私の目をジッとを見つめるセレナ。美少女に見つめられて、ちょっと照れる私。
「ミレイよ、落ち着いて聞くがよい――」
セレナの目が真剣になって、ちょっと不安になる。
「なに? どうしたの?」
「主の体から、魔力を感じるのじゃ」
「え? なに……どういうこと?」
「主に魔力が宿っておる、ということじゃ」
魔力って、なによ!?
「 第五話・ドラゴンVSセレナ」に続く。




