第三話・ホームステイと彼女の矜持
「あー、今朝決まったことらしいので、やはりまだ伝わっていないんですね。実はセレナさんは、今日から結城さんの家にホームステイすることになったんですよ」
「え!? え、え、ど……どうしてウチなんですか!?」
展開が急すぎるよ。
「それは――」
「センセイ殿、妾から説明いたそう」
「あ、そうですね。お願いします」
先生を制止すると、セレナが私の目をみつめて話し出す。
「妾の体は、こちらの世界に順応してはおらん。あちらの住人である妾が生きるのに不可欠な“魔素”が、この世界には存在せぬゆえじゃ。故にあの“穴”から溢れ出ておる魔素が届く範囲で生きていくしかないのじゃ」
セレナは、教室の窓から校庭の真上に目をやる。
そこには空を丸く切り取ったような不気味な暗闇が、静かに口を開けている。
それからセレナの言葉を先生が補足する。
「正確に言うと、ほぼこの学校の敷地内。それと、学校に隣接した結城さんのお宅だけだそうです。つまり、結城さんのお宅以外には、セレナさんが暮らせる場所がないんです」
教室がざわつく。結花は心配そうにこっちを見ている。
「でも、ウチはただの一般家庭ですよ。異世界のお姫様が暮らすような家じゃないです! 両親はなんて言ってるんですか?」
こんなこと突然言われても困る。どう考えたって、無茶苦茶だ。
「主の家に、元首殿から多額の謝礼金が出る様じゃ。主の母上はたいそう喜んでおったぞ」
「な――!?」
驚いてはみたものの、ウチの母はそういう人だ。というか、これ全部、今朝の話だよね? どれだけ即決なのよマイマザー。
「そういう訳なので、結城さんにはセレナさんの生活全般を、サポートしてあげてほしいんです」
あの時の光景が私の頭をよぎる。しかも彼女は、魔王の娘? なにそれ? 無理だよ怖いよ。
「そんな……、魔王の娘の面倒なんて、私には無理です!」
「ですが……」
「――センセイ殿、無理強いをしてはいかん……妾が困らせてしまったようじゃの。すまんかったの、もともと妾の我がままじゃ。見知らぬ世界で、人恋しくなってしもうただけなのじゃ」
その口調は高飛車なお姫様のものじゃ無くて、純粋な謝罪に思えた。
ひょっとして、私はとてもヒドイことを言っているんじゃないのだろうか? なんだか、急に罪悪感に襲われる。
「ふむ。しかし、どうするかのう……妾には選択肢があまり無いのじゃ」
「そうですね。とりあえずは校舎に住んでもらう以外ないんじゃないですかねぇ?」
え? 学校に住むの? 私が断ったから?
「……あの、セレナさんはもし学校から離れてしまったら、どうなるんですか?」
答えが怖いけど、聞かないわけにはいかないよね。
「妾か? 死ぬぞ」
「え!?」
「うむ。最初にうっかり魔素の外に出てしまった時は死にかけたからの。恐らくじゃが……5分も持たぬな」
セレナは何でもないといった様子で、さらりと言った。
「そんな……」
「なに、主が気に病むことではない。妾にも魔王の娘たる矜持があるでの。異世界の民の迷惑となり生きる事は、妾の本意ではないのじゃ」
「…………」
「では、センセイ殿。手数をかけてすまぬが、この学び舎で妾が暮らせるよう手配を頼めるかの」
セレナと先生は、校舎で暮らす方向で話を進めている。
――本当にこれでいいの?
セレナはお姫様で、国のVIPだ。
きっと学校の中に彼女の部屋が作られたり、誰かがちゃんと身の回りの面倒は見てくれるはず。
だから私なんかが心配しなくても、大丈夫……ううん、違う。そうじゃない。
そういう問題じゃない。これは私の問題だ。
「――あ、あの! やっぱり私、引き受けます!」
これは私自身が「それでいいの?」って話なんだ。
「ぬ、よいのか?」
セレナが胸の内を探るように、私の顔を覗き込んだ。
私はその目を見つめ返すと、今の想いを伝える。
「だって……困ってるクラスメイトを、見捨てるわけにいかないから」
魔王とかドラゴンのことは一回忘れよう。
セレナはイイ奴だし、多分大丈夫……だと、思う。
異世界から来たクラスメイトは、私がしっかり面倒見てあげる。
異世界のお姫様は、ウチで責任をもって預かります。
「さすが美玲ちゃん! あたしの親友!」
結花の声が、教室に響き渡った。
先生は安心したように胸を撫で下ろし、成り行きを見守っていたクラスメイトたちから、ほっとしたような空気が伝わる。
私はあらためてセレナの顔を見る。見とれちゃうくらい綺麗な顔だ。
彼女はお姫様らしい上品な佇まいで、静かに微笑んでいる。
平気な顔でいるけど、本当は心細いと思うんだ。
クラスメイトとして、そしてホストファミリーとして、学校と家が少しでも居心地がよくなるように、私がなんとかしてあげなくちゃ。
「ふむ。ミレイよ、感謝する」
セレナが差し出した右手を、私はそっと握り返した――。
――その日の授業は午前中に終わり、午後からセレナの引っ越しが始まった。
セレナは私の部屋で一緒に暮らすことになり、自衛隊のおねえさんが荷物を運んでくれた。
部屋には大きな二段ベッドが置かれ、セレナが「絶対に上がよいのじゃ」と言うので、セレナが上、私が下で寝る事に。
私が「お姫様のベッドにしては地味だね」と言ったら、魔法で『お姫様仕様』にされてしまった。
天蓋つきで、一般住宅には完全に浮いているけど、セレナは満足そうだ。
「部屋が狭くてごめんね」
セレナが異世界で、どんな暮らしをしてたのかは知らない。
けど、魔王のお城かなんかで、さぞかし立派な部屋に住んでいたんだと思う。
だからこんな子供部屋に押し込めていることが、ちょっと申し訳ない。
「ぬ、なぜ謝る? 妾はただの居候の身じゃ、妾に気を使うな」
そんなこと言ったって無理。気は使う。使ってしまう。
本物のお姫様との生活なんて、気を使うに決まってるよ。
それからトイレやお風呂の使い方を教え、共同生活が始まったのだけど、セレナは筋金入りのお嬢様だった。
いつもは侍女さんが全部してくれていたらしくて、本っ当に何もできない。着替えも歯磨きも、本当に全部。
――サポートってそういう事なの? 全部私がやるの?
なんて思っていたら『魔王の娘の矜持』というのが、それを許さなかったらしい。
セレナは自分でやろうと、彼女なりに頑張った。
けど、すぐに「めんどくさいのじゃ」と言って魔法でやってしまった。
指を「くるん」ってすると、服や歯ブラシがひとりでに動きだす。結花が見たら大興奮しちゃうやつだ。
「ふー。やれやれじゃ」
身支度との格闘を終え、まったり中のセレナ。
気付けば外は、すっかり夕方になっていた。
部屋が暗くなってきたので、私は明かりをつける。
すると、セレナのテンションが突然あがった。
「おお! それは『エルイーデイ照明』というやつじゃな。知っておるぞ! ミレイの個室には、こんなものがあるのか!? 一般庶民の家庭と言うておったが、実は富豪か何かではないのか!?」
セレナはなかなかの勘違いをしているみたいだった。
「こんなのただの電化製品だよ。普通だよ。どこの家にもあるよ」
私はちゃんと訂正する。勘違いされたままのホームステイは、ちょっと厳しい。
「ぬぬ、そうなのか? 恐るべし異世界なのじゃ」
セレナそれから、スイッチをつけたり消したりを繰り返している。
学校で事情聴取を受けていた時も、ずっと気になっていたそうだ。
それなら、気が済むまでやればいいよ。うん。
「これが魔法でないということが、どうにも得心がいかんのじゃ……」
科学という概念を知らないのなら、電化製品もただの不思議現象で、私たちにとっての魔法と同じなのかもしれない。
その後セレナは、細かい仕組みや理屈を知りたがった。
アレコレと聞かれて「そんなの知らない」と言っても、なかなか納得してくれない。
よく分からないものを、分からないまま使っていることがおかしいと言われたけれど、そんなこと言われても困る。
「この世界は妾の知らぬ事ばかりじゃ。学舎……いや、学校か。学校で科学とやらも学べるのか? この世界の歴史を学ぶのが楽しみじゃ」
これからセレナは、私たちと一緒に学校で授業を受けるんだよね。
生活のことも、勉強も、全部これからゆっくり覚えたらいいよ。
「あっ。勉強を教えてもらうなら、結花がいいよ。アイツはああ見えて、成績だけは優秀だからね」
「ふむ、そうなのか。人は見かけによらぬもんじゃのぉ」
うん。本当にそうだね。納得いかないよね。
それから夕飯。その日のメニューはハンバーグだった。
「――お姫様が口にするものなんて、どうしようかしらって思ったんだけどね、しばらく一緒に暮らすんだから無理してもしょうがないでしょ? だから、美玲の大好物のハンバーグにしたわ」
食卓に着くと、母がいつもの調子でそう言った。
「うむ。妾はそれでかまわぬぞ」
「でもお肉は超高級品よ!」
我が家はいま懐が温かいのだ。
娘を売ったこと(私はそう思っている)は忘れないよ、マイマザー。
「ふむ……」
セレナはやや緊張した様子で、ハンバーグと向き合っている。
異世界の見知らぬ料理なのだから、これはしょうがないよね。
セレナは意を決したように、母の手作りハンバーグにナイフを入れる。そして優雅にそれを口に運んだ。
「ぬっ」
「どう、おいしい?」
私が聞いた。母はじっと見つめている。
「うむ、これは美味い!」
「ほんと? あ~よかったわ~!」
母は胸を撫で下ろすように、椅子にもたれかかる。正直私もほっとした。
「母上よ、妾が生涯で食した中でも最も美味であるぞ」
「あらら~。そんなこと言われちゃってどうしましょう。セレナちゃん大好き!」
どうやら二人は気が合うようだ。いまも明日の朝食について熱心に話し合っている。
セレナが我が家での『異世界生活』にも、何とか馴染めそうで一安心。
ということで、私もさっそくハンバーグをいただく。
――!! なにこれ!? すっごくおいしい!
超高級肉の実力はすごかった。一口ほおばって、びっくりした。値段を聞いてまたびっくり。
どうやら、ウチはセレブになってしまったらしい。
謝礼金は一体いくらぐらいだったのか? 聞いても教えてくれなかった。
でも母はセレナに還元するんだと言って、ネットで洋服を買いまくっている。
正真正銘のセレブで、超絶美少女のセレナに似合う洋服を選ぶのが、楽しくてしょうがないそうだ。
私は「毎日こんな夕食なんだろうか?」と思いながら、二つ目のハンバーグをたいらげる。
これからは、太らないように気を付けよう。
セレナも母も満足そうだし、とりあえず私も大満足。こうして、セレナの『はじめての日本食』は、無事終了だ。
ちなみにその間、父はずっと静かに緊張していた。
ナイフとフォークをそっとテーブルに置くと、セレナは静かに口を開く。
「今の妾は、主らに頼るより他に、どうする事も出来ぬ身じゃ。今こうしておられるのも、主ら一家が妾を見捨てんでくれたおかげじゃ」
三人の顔を、順に見つめていくセレナ。
「この世界のことは何もわからん妾じゃ、迷惑ばかりかけるかもしれぬ。父上殿、母上殿、そしてミレイよ……こんな不甲斐ない妾ではあるが、これから何卒よろしく頼む」
そう言うと立ち上がり、深く頭を下げた。
「セレナ……」
異世界のお姫様との共同生活は、こうして始まった――。
――翌朝、今日は学校がお休み。
昨日はいろいろあったし、今日はゆっくりするつもり。
と、思っていたけれど、無理だった。
「美玲ちゃーん、来たよー!!」
ハイテンションの結花が、いきなり部屋に突入してきた。
「第四話・魔法少女と預言の聖女」に続く。




