第一話・校庭に美少女とドラゴン
「ギャオワアアアアアアァァーー!!」
街の上空。商店街の真上で、ドラゴンが激しい咆哮を上げた。
ドラゴンは大きく口を開けて、炎を吐き出す。
炎は塊になって、高層マンションに向けてまっすぐ飛んで行った。
――なんで? どうしてそんな所を狙うの!?
その時ドラゴンが、ニヤリと笑った気がした。
マンションの窓からは、小さな女の子が、楽しそうに外の様子を眺めている。
たぶん状況がよく分かっていないんだ。
そりゃそうだよね。日本の空でドラゴンが暴れている状況なんて、私だって意味が分からないもの。
ニコニコと手を振っている女の子。その瞳に映っているのは、ドラゴンと魔法少女。
アニメから飛び出したような景色に、胸をときめかせているに違いない。彼女はきっと、あの頃の私と同じだ。
でも、このままじゃヤバいよ。あの子が巻き込まれちゃう。
『魔法障壁じゃ!』セレナが叫んだ。
マジカルステッキがキラキラと光りだす。
魔力の輝きが、高層マンション全体を包み込んでいく。
あの時と同じ、あのバリアの魔法が発動した。
『愚竜め、調子に乗るなよ! この町の平和は、魔法少女が命に懸けて守ってみせるのじゃ!』
――バァギィィィィィン!!
マンションに直撃する直前、炎の塊は見えない壁に阻まれる。
見えない壁にぶつかった炎は、光の粒になって、横に広がって消えていった。
被害はゼロ……よかった、女の子は無事だ。
だけどドラゴンは、低いうめき声を上げ、私たちをギロリと睨む。
「――グルルルルアアアアァァァ……」
あり得ないけど、これは現実。
……どうして、こんなことに、なったんだっけ?
すべての始まりは、一週間前。
十五歳の夏の初め。いつもの校庭、いつも通りの放課後。
あの日、異世界のお姫様『セレナ』は、突然、私たちの前に降臨した。
それが、私と魔法少女の日常の始まり。
空から降ってきた美少女が、私の日常に魔法をかけたんだ――。
◇ 一週間前の放課後 ◇
三日ぶりに雨が上がり、青空の下で運動部が元気に声を出している。
私――結城美玲は校庭の隅のベンチに腰掛け、本を読んでいた。
用もないのだから、さっさと帰ればいいんだけど、私の場合帰ろうと思えばすぐ帰れるから、なんとなく暇をつぶしている感じだ。
「ふわああぁぁぁ~……」
隣で幼馴染の結花が、大きなあくびをする。
「結花……また夜中までアニメ見てたんでしょ?」
私はあきれてため息をついた。
「うん、そう。魔法少女プリズマ☆エターナルの劇場版」
結花は寝ぐせが跳ねたままのショートカットで、眠そうに目をこすると、はにかむように答えた。
「それ、もう何回も見てるヤツでしょ?」
「寝る前にちょっとだけ見ようと思ったんだよ。でも途中でやめられないじゃん……美玲ちゃんの家はいいよね、学校の目の前で」
結花は「ぎりぎりまで寝てられるじゃん」と心底うらやましそうに私を見る。
「私たちもう中三だよ、いつまでそんなの――」
言いかけた言葉を、結花がさえぎる。
「美玲ちゃんだって、好きだったじゃん『プリズマ☆エターナル』!」
「いつの話よ? そんなのは小学生の時でしょ」
「まだ何年もたってないじゃん!」
ムキになって反論する結花。まるで子供だ。
私と結花は幼稚園からの幼馴染。
結花が言うように、あの頃は私もプリエタに夢中だった
二人でのアニメを見て、一緒にごっこ遊びをしたり、どっちが主人公のルミナスをやるかでけんかしたり……。
だけど、それは昔の話。
子供っぽい趣味にいつまでも付きあっていられない。
私はもう中三、大人なのだ。
でも結花は相変わらず魔法少女に夢中、あの頃のまま。
ただのアニメオタクなら、別に珍しくない。
でも結花の場合、中三にもなって、魔法少女を本気で夢見ているんだよね。
「私たち、もうすぐ高校生になるんだよ。私は今、こういうのを読んでるんだからね」
そう言って、読みかけの恋愛小説を結花に突きつける。
「そんなの、みんなのマネしてるだけじゃん。恋バナにも付いていけてないくせに……」
「うるさい! 魔法少女とかは、もう付き合いません!」
「えぇ、何でぇ? だってさぁ――」
結花が言いかけた瞬間だった。
「おい、何だアレ!?」
近くにいたサッカー部の男子が、空を見上げて大きな声を出した。
声につられてその視線の先を見ると、校庭の上空が不自然に渦を巻いていた。
稲妻のような青白い光が走る渦の中心は、まるで台風の目のように大きな空洞が広がっていく。
「なんだよあれ……」「竜巻かな?」「異常気象じゃん!」
生徒たちが騒ぎはじめ、体育教師が慌てて指示を出している。
空洞の中心の小さな黒い点が、少しずつ広がって、空洞全体を真っ黒に染めた。
空全体は快晴なのに、空洞の中だけが夜のように暗い。
空洞の中に、夜空のような暗闇が見える。
まるで空に大きな穴が開いたみたいだ。
「……ワームホール?」
結花がつぶやいた瞬間、『穴』から眩しい光が溢れ出した。
晴れた空にも負けない、強い光だ。
そして、少しずつ収まっていくその不思議な光の中から『何か』がゆっくりと降りてきた。
「人……?」
誰かが言った。ちょっとずつ近づくにつれて、その姿が鮮明になってくる。
制服のような衣装を着た、小柄な女の子だ。
両腕は力なくダラリと垂れ下がり、長い金髪を風になびかせた頭はがくんと後ろに傾いている。
……意識が、無いのかな?。
「なんか……浮かんでるみたい」
重力を無視したみたいに、ゆっくり、ゆっくりと降りてくる女の子。
まるであの有名アニメ映画のヒロインみたいに……。
「天空の……」
なんてつぶやく私に横では、大興奮の結花が女の子にスマホを向けていた。
周りの生徒たちも、同じように夢中で写真や動画を取っている。
謎の少女が、空から降ってくるのを、私たちはみんなで見つめている……。
「……いやいや、待って待って! 待って!!」
考えるよりも先に、駆けだしていた。
こんなこと有り得ないし、よく考えれば危なかったのかもしれない。
だけど、その時は体が勝手に動いていた。
だって、あのままじゃ、あのコが可哀そうだと思ったから。
後ろで結花が何か叫んでいた気がしたけど、私は止まらなかった。
大きな穴の真下に駆け寄ると、舞い降りてきた謎の少女を、そっと抱きとめた。
謎の少女は、目を瞑ったまま動かない。
私の腕の中で、眠るように静かに息をしている。
彼女の背丈は、私と同じくらいなのに、なぜか全く重さを感じない。羽のように軽い。不思議だ。
「美玲ちゃーーーーん!!」
声に振り替えると、結花が絶叫しながら走ってくるのが見えた。
「あぁ! その役はあたしがやりたかったぁぁ!!」
両手足をばたつかせて、地団駄を踏む結花。
「美玲ちゃん、ズルイ!」
「バカ、言ってる場合か!」
あきれてツッコむ私の横に立つと、結花は腕の中で寝息を立てている少女の顔を覗き込む。
「わおっ! 美少女!」
結花は興奮気味に叫んだ。
私も、あらためて少女の顔を、見てみる。
「ほんとだ……」
――たしかに、可愛い。
さらさらと長い金髪。整ったその顔立ちは、日本人とは明らかに違う。
どこか儚げで、そして、どこか神秘的な雰囲気を感じる。
現実離れしたような、見とれちゃうほどの美少女だ。
制服に見えていた衣装は、よく見るとアニメやゲームに出てくるような、軍服みたいなデザインの服だった。
金や銀の糸で細かく刺繍されたそのデザインは、派手というより、威厳がある感じ。
胸元には、竜をかたどった刺繍がされていたりする。
その美少女っぷりと相まって、やたらとカッコよく見える。
謎の美少女のご尊顔を、二人でのんきに眺めていた、その時だった。
――バリバリバリバリッ!!
雷のような大きな音が、頭の真上で響いた。
音につられて見上げると、上空のあの穴が、再び激しい閃光を放っていた。
その光の中から、また、別の何かが降りてくるのが分かった。
そして光が消え、空が静かになった時。
そこには、巨大な影が浮いていた。
鱗に覆われた恐竜のような真っ赤な巨体。
コウモリのような翼を大きく広げたシルエット。
信じられないけど……それは、どう見ても――。
「ド……ドラゴン……!?」
結花が震える声でつぶやいた。
そして、わたしの腕に、ギュッとしがみつく。
私は足がすくみ、全身がガタガタと震え出す。
ドラゴンは何かを探すみたいに、大きな体を左右に振りながら、ぎょろぎょろと辺りを見回している。
やがてドラゴンの動きが、ピタリと止まる。
探していた何かを見つけたように、大きなその目を、ぎょろりと真下に向けた。
その瞬間、ドラゴンと目が合ってしまった。
背筋がゾワリとして、体の震えが激しくなっていく。
ドラゴンはロックオンするようにこちらを睨み続け……ううん、違う、私じゃない。私の腕の中のこの娘だ。
ドラゴンが、翼をはためかせながら、ゆっくりと降下し始めた。
――に、逃げなきゃ。
そう思うのに、体が動かない。
凄く怖いはずなのに、怖すぎて声も出ない。
結花も、私にしがみついたまま、固まっている。
目の前まで降りてきたドラゴンは、グルルと喉を鳴らす。
巨大なしっぽが興奮したように激しく揺れて、口の端からは炎が漏れている。
「グラアアアアアアアアアアアッ!!」
その口を大きく広げて、唸り声を上げるドラゴン。
空気がビリビリと震える。
次の瞬間。ドラゴンは炎の息を吐き出した。
視界が一瞬で真っ赤に染まる。
「お母さんッ! 助けてッー!!」
絶対に死んだ。そう思ったけど、ナゼか全く熱くない。
恐る恐る目を開けると、私たちはキラキラと煌めく光の中にいた。
ドラゴンの炎は、透明な壁に阻まれるように、光にぶつかって止まっている。
「バ……バリア……!?」
「魔法障壁!?」
同時に声を上げる私たち。
こんな時でも結花はマニアックだ。
炎はキラキラと混ざって、きれいな光の粒に変わる。
そして光の粒は、周囲に拡散していく。
生徒も先生も、グラウンドも、校舎も全部無事だ。
不思議な光がふわふわと漂いながら、ゆっくりと消えていった。
その時、私の腕の中で、小さく呟く声がした。
「ん……ぅ……なんじゃ? どうなっとる??」
眠れる謎の美少女が、静かに目を覚ました……。




