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ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦  作者: 緋色
番外編

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後日談:拾いに戻ったもの

「そんなわけで、海外行きはキャンセルさせられました」

「……ああ」

 亨と瑠璃子にとっては、いつもの密談場所の喫茶店。

 かしこまって報告する瑠璃子に対して、亨の反応は鈍い。

 ゆえに、瑠璃子の機嫌は傾いた。

「関心ないん?」

 返事をしようとして、亨の顔が歪む。

「……喋ると痛ぇんだよ」

 歪んだのは痛みでだった。左頬は白いガーゼで覆われていて痛々しい。

 アイスコーヒーを飲むのにもストローを使わざるを得ず、そうしたとして口の中がしみて痛むのを回避できない。

「いい気味っす。寺島さんに指南した甲斐があったっすよ」

「そうかよ」

 そんなこともあったな、と振り返る亨。

 手ひどく切り捨てた報いが回り回って親友からもたらされたとは、まさに因果応報。

 そう瑠璃子は断定したわけだが、亨としては納得いかない。

 そんなひどいことしたか? と首を傾げてしまう。もっとも、これ以上酷い目に遭ってはかなわないので口には出さないが。

「……まあ、良かったんじゃねえの。お嬢さんも安心したろ」

「うん、まあ、それは」

 瑠璃子の方こそ、心底安心していた。

 もはやなにもかもなくしたと思っていた矢先に、全部を掬い上げられたのだ。

 親友とその伴侶の器の大きさたるや、見誤っていたと恥じるばかりだった。

 だから今も、大事なピアスは瑠璃子と共にある。

「当分、話のネタには困らないわね」

 などと言われてしまったのには参ったが、それくらいの意地悪は許容すべきなのだろう。

 瑠璃子の様子に、亨はあまり興味を回せないようだった。

 瑠璃子から見ると、今の亨は痛みを堪えているのか眠いのか、いまいち判断がつかないほどだった。

 けれど、どうしても確認したいことがあって、それだけは聞き出そうと決めていた。

「……亨くんは」

「……あん?」

「……安心した? うちの海外行きがなくなって」

 聞かれ、亨はしばし考えこみ、首を振った。

「わかんねえ」

「……わからないって」

 期待外れに、瑠璃子の心が軋む。

「……今は、俺自身のことだけで手一杯なんだよ」

 視線を逸らして、亨は窓の外を眺めた。いい天気だというのに、自分の心はずっと淀んだままだ、と。

「色々痛ぇし、どう整理をつけたもんだか、どこから手をつけていいか、さっぱりわかんねえんだよ」

「……うちのせい、だね」

 ああ、そうだった、と瑠璃子は思い返した。

 この人がこんな有様なのは自分のせいなのに、自分の感情だけを押しつけるなんて。

 確かに自分はガキだ、とそう思う。

 しかし亨は否定する。

「それはもうどうでもいい。同罪だからな」

 ――本当にそうだろうか。

 瑠璃子は思う。

 そもそもあんなことを持ちかけなければ、もっとうまくやっていれば、なにより知られなければ。

「受け入れたのは俺だし、終わり方はもっと穏やかにできたはずだし、もっと対策を練ってりゃな」

 それはまるで、自分の罪悪感を打ち消すかのように重ねられた言葉だった。

 ああ、どうしてこの人は、こんなに。

「……優しすぎる」

「お前宛じゃねえよ」

「……厳しいなあ……」

 そう、それはすべて亨の親友に向けられるべきもので、瑠璃子が自分へ向かっていると感じているようなら、それはおこぼれに過ぎない。

 けれど、あえてそう言わずにごまかすことも出来るはずなのに、藤井亨はそうやって誤解させてくれない。

 いつの間にかそんな姿勢を心地よく思う自分がいて、それに酔った末、大事にしてしまった。

 思わず頭を下げそうになるものの。

 ――きっとこの人は、それすら受け取らないんだろうなあ。

 そんな想像ができる位には、ずっとそばにいた自信はあるのだ。

「……亨くんも、会社は今のままなんすよね」

「ああ。この上、人手まで減らすのか。そう言われちゃあな」

 本当は、瑠璃子の外国行きのように親友の元から去るつもりで、退職も視野に入れていた。

 だが、それを思考に上らせる前に先手を打たれてしまった。

 それどころか、思いがけない昇格に我がことのように喜ぶ顔を見せられたとあっては。

 亨としては、嬉しいやら自嘲するやらであった。

「知られすぎてるってのも、案外困るもんだな」

「……そっすね」

 それは瑠璃子も同じで、見縊っていた、という想いを禁じ得ない。

「……結局、元のままっすね」

「ああ、ありがたいこった……本当にな」

 軽口にしようとしたのだろう。けれどそれは、本当の本音として空気に溶けていった。

 同意しつつも、瑠璃子にはそうでないこともあるわけで。

「……俺たちのこと以外は、な」

 まさか亨から切り出してくるとは思わず、瑠璃子は目を見開いた。もう、半ば諦めていたのだ。

「あの時は悪かったよ。正直、自分のことしか考えていなかった」

 ――やっと解放される。

 早くこの荷を下ろしたい、そればかりが頭にあったのだ。

 けれどそれは瑠璃子も同じようなものだった。

「うちもっす。浮かれて見えなくなってた。申し訳なかったっす」

 結局、お互いに謝罪しあう構図になった。

 そうなると、瑠璃子にも希望が見えてくる。

「てことはっすよ? またダーリンとハニーに戻るってことでオケ?」

 亨は軽く仰け反って、座席に背中をぶつけた。その振動が、頬に伝わり顔を強張らせる。

「……いってぇ。つか、お前はそれでいいのかよ?」

「と言うと?」

「こんな、乙女心をもてあそぶような奴のどこがいいのかって聞いてんだよ」

 言われ、ふと瑠璃子は我に返る。

「いや、確かにそう! 最低じゃん、この男!?」

「おい」

「手をつけるだけつけといてポイとか、手慣れ過ぎてて、もはやクズっす!」

「おーい」

 頬が痛すぎて止める声も弱い。しかし人目は気になる。店内は女性客、つまり瑠璃子の味方も多かった。要するに視線が痛い。すでに頬が痛いのに。

「まあでも、そんなクズがうちにはお似合いっすね。しょうがないから、受け入れてあげるっすよー」

 下げた後に上げた気持ちなのだろうか。瑠璃子は高揚感のままにやれやれ、と――嬉しそうに肩をすくめた。

 そんな様子に、亨は異議ありとするしかない。

「似合わねえよ。お前はいい女だろうが」

「……ほへ?」

 きょとん、とした瑠璃子の視界には、何度も見た表情。すなわち、怪訝そうな顔があった。

「手に負える気がしねえ、って最初に言ったよな」

「ど、どうだっけ」

「言ったんだよ。ずっと思ってたから覚えてる。こいつはいい女過ぎて、俺の手には負えねえってな」

「いやいやいや、待って待って待って」

 落ち着くため、一旦深呼吸の瑠璃子。それでもなかなか事実が呑み込めない。まるで現実感がない。

「あの、本当に? ど、どこが? うち、こんなんすよ?」

「ああ、お前、自分の魅力を自覚していないタイプなのか」

「み、魅力?」

 なんだこれ。

 目の前の男は一体誰なのか。瑠璃子に猜疑心すら芽生え始める。しかし映るのは、至極真面目な表情だった。

「外見はグラビアモデルか女優で、まずはそこに圧倒されるわな。目力なんて半端ねえし、まるでネコ科の獣で気高さすら伝わってくる。服装のセンスもいいし、自分の見せ方をよく研究している証拠だ。鍛えてもいて、後から知ったらすげえ努力して来たんだなあ、って感じでどれだけの想いがあったんだか。そりゃそうか、とてつもなく親友想いで、それに加えて――」

「ステイステイステイステイステイ」

 瑠璃子はもはや聞いていられず、呪文のように唱えて押しとどめるしかなかった。

 顔が熱い。

 なのに相手はまだ言い足りないようで、途中で切られて不満そうだ。

 そして、それを言葉にしてきた。

「分かったか? お前がどれだけいい女か」

 とどめを刺された。

 嬉しさと恥ずかしさが押し寄せて来て、目の端に涙すら浮かぶ。視線を落とした手の甲まで真っ赤だった。

 ――手に負えてるじゃん。

 借りてきた猫どころの話じゃない。完璧に抑え込まれて、この感情の奔流に逆らえる気がしない。

 それでも何とか、なけなしの負けん気を掘り起こして、上目遣いに反撃を試みる。なるべく、いつもの軽口をイメージして。

「て、てことはっすよ?」

「あん?」

「ダーリンはずっと、うちに惚れてたってことで、オケ?」

「なんでそうなる」

 という、いつもの軽口を期待していたのかもしれない。

 けれど返って来たのは、二回の瞬き、視線を巡らせての回想するかのような表情だった。

 そしてそれは、恥ずかしそうに視線を逸らす、と言う動きに変化した。

「……悪いかよ」

「悪くないぃっ……!」

 そう、悪くない。それどころか最高ではないか。

 自分をちゃんと女として見てくれていて、それをずっと押し殺していたなんて。

 しかしそれならそれで不満の元にはなる。

「なんで早く言ってくれなかったんすか!? ツンデレにもほどがあるっす!」

「それをお前が言うか」

「どういう意味っす!?」

「何度も言ったろうが」

 苦々しくため息を漏らす亨。その雰囲気に、瑠璃子の突進じみた姿勢は急停止させられた。

「騙していた裏で、自分たちは普通に恋愛していたのか、なんて言われてみろ。罪悪感だけで死ねるわ」

 急に突き付けられてきた事実に、瑠璃子は唾を飲み込むことも出来なかった。

「だから封印するしかなかった。ま、お前はそうじゃなかったみたいだが」

 呆れたようにため息をつかれて、胸がちくり、と痛む。

「そ、それこそ今更の話じゃないすか?」

「確かにな」

 ささやかな瑠璃子の抗議はすんなり受け入れられた。

 そこで亨は、なにやらポケットを探り。

「――ま、本当に今更だな。なんつーか、手に負えねえよな、こういう感情はよ」

 やたらもったいぶった亨が取り出して、何気なくテーブルに置いたのは、瑠璃子もよく見知った――ブレスレットだった。

「――え?」

 照明をささやかに照らし返す小さな石に、瑠璃子は呆然とする。

「ま、結構値が張ったやつだからな。そのままなのは惜しくてよ――」

 明らかな憎まれ口。

 それに、瑠璃子は――吹き出した。

「あ、あんな別れの後で、コソコソ取りに戻ったとか! やっぱケチじゃん! ダ、ダサすぎるにもほどがあるっす!」

「んだとぉてめえ!?」

 お腹を抱えて笑い出す瑠璃子。

 図星に入ったのか、頬の痛みも忘れて歯をむき出しにする亨。

 やっぱりないな、と改めてお互い思いあう。

 ――そう。

 今はまだ、そんな風に照れ隠しに乗せるしかなかった――。

読んでくださり、ありがとうございました。

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