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ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦  作者: 緋色
七章

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face to face

 あたしは、ずいぶん長い間リコの部屋となっていた客間に足を踏み入れた。

 荷物をひっくり返して雑然としているのに、どこか空虚なその空間に足を踏み入れて、目についたのは。

 サイドテーブルにぶちまけられたような幾つものピアス。

 そしてそれらに囲まれるような、アクセサリーがじゃらじゃらついた、カラフルなスマホだった。

 ――まさか。

 息をつまらせたあたしが、何も考えずに咄嗟に手を伸ばしたスマホは、先んじて一報をもたらしてきた。

 「黒瀬さん」とディスプレイには表示されていた。

 あたしが所属するモデル事務所の所長だった。

 さすがにこの現状ではモデル業をする気になれないから、乱暴にスマホ越しにしばしの休息を投げつけて、そのままにしてあった。

 それがこんな時に、と舌打ちしそうになりながらも、もしかしたら、と思い直して通話を受けた。

「はい」

 短く答えながらも、あたしの足は玄関に向いた。

『……忙しいかしら』

「それはもう。で、瑠璃子のことかしら」

 せわしなく移動して、靴を履き、玄関を出た。

『やっぱり、何かあったのね。台北(タイペイ)のローンチメンバー加入、いきなり引き受けてくれてびっくりしたのよ。しかも、もう現地入りしたいって』

 エレベーターが到着する時間ももどかしい。

「それで?」

 やっとエレベーターが来てくれた。

 ドアが開き、閉まる時間がスローモーションに見える。

『――――空港、二十一時三十二分、六番ゲートよ――』

「ありがとう、貸しにしてあげるわ」

 相手の反応を待たず、通話を切った。

 あたしが知らない間にリコに声をかけていたことは腹立たしいが、それを超えて有用な情報だった。

 やっとエレベーターが地上に辿り着き、エントランスを抜ける。

 ――雨はもう止みかけていた。

 今度はタクシーを呼ぼうと立ち止まってスマホに視線を落とすと、視界の上半分が濃い色彩に染まる。

 過去を刺激するそれに思わず顔を上げると、目前の道路沿いに深い赤を纏う、少し年季の入ったスポーツカーが乗り付けられていた。

 その電動ルーフがたどたどしく開き。

「――美咲?」

 怪訝そうな声が、運転席から届く。

 あたしは一瞬、呆然とした。

「――紗月お姉ちゃん?」

 青い瞳の姉が、そこにいた。



「法定速度しか出せないわよ」

 紗月お姉ちゃんは、そんな言い方で車を出してくれた。

 ちょっとした忘れ物を家に取りに来たらしいけれど、それを置き去りにしてくれたお姉ちゃんに感謝の念が募る。

 けれど、それ以上に。

 スマホのディスプレイ上で刻まれていく時間に、追い立てられていく。

 ――間に合って。

 そう祈り、内心暴れそうになるあたしと違って、運転は丁寧だった。

 やがて海沿いの道に出て、風が車の上を駆け抜けていく。

 もう雨はなく、けれど雲は分厚いままで、のしかかってくるようだった。

 時折きらきらと遠くに見える街の光が裏腹に美しく、あたしの情緒をかき乱す。

 ――お姉ちゃんは何も聞いてこなかった。

 ただ空港へ、というあたしの願いに、顎で助手席を指す動きで答えただけ。

 やがて車は橋へと差し掛かった。

 ここを渡り切れば、あと少し。

 ひと際強い風が、あたしの髪をさらっていく。

 ――けれど、もう。

 そんな思いも吹き散らしてくれたらいいのに。

 そうして、やっと出発ロビー前の車寄せへと辿り着く。

 止まるが早いが、車を降りた。

「ありがとう、お姉ちゃん!」

「姉は妹を助けるものよ」

 そんな声に背中を押され。

 もう時間が遅く、それでも人が多い建物内を駆け抜けていく。

 人にぶつかりそうになりながら、案内をせわしなく探す。そうしてまた駆け出す。

 足がもつれそうになりながらも――それでもとめられない。

 目の端に浮かんだ涙を拭い、その姿を探す。

 ――だって、もう。

 そんな声を無視して、そこを目指した。

 ――もう、間に合わないのに。

 無視して、それでも走る。

 ――がらん、としたそこへ。

 足を止めた先には、六番ゲートの文字が見えた。

 機材の光は落とされ、これ以上の進入を拒む色となっていた。

 職員の姿もなく、これ以上の機能は提供されないことを無機質に示している。

 見渡しても、やっぱりその姿は見当たらない。

 ふと、目立つ位置にあった時計を見ると、もうすでにフライト時間を十分以上も過ぎていた。

 とっくに気づいていたそれに、あたしは――落胆すらできなかった。



 ふと気づくと、あたしはエスカレーターに上へと運ばれていた。

 案内板には展望ロビーの文字が見える。

「……何を見送るっていうんだか」

 自嘲ともつかない声音に、我ながら惨めさを覚える。

 あたりに人影はなく、ただ一人暗い夜を眺めるためのその場所へ運ばれていく様は、どんな風に見えるだろうか。

 そんな風に思うあたしの前に、視界は開けた。

 海風が心地よく、遠く街の明かりがきらめいて、こんな曇天でなければ――。

「写真撮ってよ、リコ――」

 そう、言ったかもしれないのに。

 あたしの肩に手を回して、スマホを自撮りモードにして、顔を寄せあって。

 はい、チーズ。

 なんて、写真を撮るときだけは、そんな一昔前のフレーズのあの子の声を。

 ――もう、聞けないんだ。

「う、く」

 心の奥から、巨大なものが込み上げてくる。

 それに押されるようによろめく。

 そんな傾いた視界の隅に。

 青と――金が見えた。

 展望ロビーの端。

 鉄柵の隅に見えた青いスーツケース。そしてそれに隠れるような人影。

 ――金髪をうずめるように、膝を抱える姿が見えた。

「リコぉ!!」

 あたしの声に跳ね上がる顔。

 遠めに見えたその顔は怯えていて――だからそれを何とかしてあげたくて、あたしは走り寄る。

 リコも弾けたように立ち上がって駆けだした――あたしから逃げるように。

「待って、リコ……!」

 かろうじてしがみついたけど振り払われ、あたしは転倒し、ロビーの床にたたきつけられ。

 ――ショックで、もう動けなかった。

 遠ざかるリコの足音。

 そしてそれが立ち止まり。

「ミサ!?」

 足音が戻ってくる。

「ミサ、大丈夫……!?」

 そうして、リコがあたしを抱きかかえてくれようとした瞬間。

 あたしは全力でリコにつかみかかった。

 視界が揺れ、二転三転した後。

 あたしは、リコを仰向けにする形で組み敷いていた。

「――捕まえた」

「ミ、ミサ……!?」

 何が起こったかわからず、呆然としたリコの顔を真正面から見つめる。

 そして、やっと笑えたあたしに、リコは気づく。

「え、演技……?」

「そうよ。迫真だったでしょ? 女優の経験さまさまね」

 そう。

 あたしがしたのは、

 ――ショックで、もう動けなかった。

 という演技。

 とっさのそれに、リコはまんまと騙されてくれた。

 それを理解したのか、リコの顔が怒りでか、紅潮していく。

「し、心配したのに……騙したの!?」

「あなたがよく、それを言えたものね」

 リコの舌は縫い付けられた。

 怒りは一瞬で吹き飛び、今度は目を泳がせ始める。

 あたしは全力でリコを押さえつけている。

 だけどきっとそれでもリコには敵わない。

 でも力で押しのければ、今度こそあたしを傷つけるかもしれない。

 だからリコは、この状況から逃げられない。

 あたしはそれを利用する。

 我ながら意地が悪いと思う。

 けれど、そんなもので許せるはずがない。

「――黙ってあたしを置いていこうとしたの?」

 そう、許せるはずがない。

「だ、だって」

 リコは顔を背けて目をぎゅっと閉じた。

 そんなので、せき止められるはずがないのに。

「だってぇ……!」

 零れ落ちるそれを拭いてあげたいのを我慢する。

「だったら」

 あたしは、リコの耳に唯一残る銀色に、胸を押しつぶされそうになりながら、あえて言う。

「置いていってよ、それ」

 リコが目を見開いて凍りついた。

「それはあたしの大事な親友にあげたプレゼントなの。やめるというなら――置いていって」

「や、やだ」

 怯えの光――そして懇願がその目に宿る。

「こ、これだけは、お願い。ゆ、許して。これだけは――!」

 リコは訴えてくる。

 あたしはそれを、どこか他人事のように聞こうとする。

「お願い。これがあれば、うち、どこでも生きていける。これさえあれば、どこでも……!」

「だったら、あたしのいる場所にしてよ」

 もう抑えられない。

 声が震える。

「そのどこでも、あたしにしてよ。あたしに申し訳ないっていうなら、それ、あたしに頂戴よ。ねえ」

 涙に濡れた、呆然とした表情が見返してくる。

 冷静でいたいのに、激情が渦巻く。

「ごめんなさい、リコ。あなたの夢を奪うことかもしれない。――でも」

 ああ、もう駄目だ。

 言葉を飾れるわけがない。

「行かないで、リコぉ……!」

 あたしはリコにしがみついた。

 行ってほしくないから、必死にすがる。

「お願い、行かないでよぉ……!」

「行きたいわけないじゃん……!」

 強く抱きしめ返された。

「うちの夢、ミサに飼われることなのにぃ……!」

「それ、まだ言うのぉ……!?」

 しかもこんな時に。

 進路相談の時のふざけた回答だと思っていたのに、本当に、こんな時に。

 あたしもリコも、泣き笑った。

「だから言ったでしょ!? 幸人さんとの新婚生活にそれはお邪魔なの!」

「こ、今度は本当に寝取られたあ……!」

「おかげさまでね! 悔しい!?」

「うん、うん……!」

 あたしもリコも、涙でぐしゃぐしゃだ。

 しかも、雨の後の空港、その展望ロビーの床で抱き合い寝ころびながら、服を汚しながらじゃれあうその様は、きっとおかしい。

「だったら、ずっとあたしのそばで悔しがっていなさい。それが――あなたへの罰よ」

「うん、うん……!」

 けれどあたしは、そんな宝物を手放さずにすんでよかったと、また涙ぐむのだった――。

読んでくださり、ありがとうございました。

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