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ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦  作者: 緋色
六章

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 桐也兄さんが表現するところの竜禅寺チートによって、幸人さんの引っ越しは滞りなく完了。

 内覧にも付き合えて、デート気分――とは行かなかったのは、お金の出どころの蒼真兄さん、遊びに来る予定の藤井さん、いつのまにか混ざった千佳さんも連れ立ったりしたから。

 いろんな意見を聞けてよかった、と安堵気味の幸人さんの手前、大っぴらに不満は言えなかったけど。

 引っ越し作業はさすがに専門業者にお願いしたらしく、あたしの出る幕はなかった。

 手伝いたかったけど、幸人さんの私物を前に自分を制御できる自信もなかったから、それはそれでよかったのかもしれない。

 だからあたしは引っ越し先は知っていても、まだ新居――魅惑的な響きね、これ――に足を踏み入れたことはまだなかった。

 けれど、それからしばらくしての、秋に差し掛かる頃。

 ついに、というべきか、とうとう、というべきか、その日はやって来た。

 その新築マンションのエントランスのインターホンを、あたしは押す。

『――はい。あれ、美咲』

「こんにちは、幸人さん」

 インターホン越しのいつもとは違う声に、わずかにあたしの鼓動が跳ねる。

 不意の新鮮さがその元になったのは事実。

 けれど、より大きな理由があたしの後ろに控えていたからだ。

 その人が、自然な動きで前に出て、インターホンのカメラにその青い姿を現した。

「こんにちは。お久しぶりですね、幸人さん」

『――玲仁、さん』

 硬い声が、返ってきた。



 ママは、あの日と同じく唐突にあたしの前に現れた。

「頃合いと聞きましたので、会いに伺いたいと思います。美咲も行きますか?」

 それは何についてなのか、と聞く気にあたしはなれず。

 ママに禁じられた幸人さんの家への訪問が限定付きで許可された、という喜びのほうが嬉しかった。

 同時に、幸人さんの負担になるはずのママの存在に心苦しく思い。

 躊躇している間に足は動き、前もって連絡することも思いつかず、そのマンションの一室へとたどり着いてしまう。

「ようこそいらっしゃいました」

 玄関のインターホンにこたえて、幸人さんが姿を見せる。

 その表情は困惑の中にも歓迎の色が見え、あたしは少し安心する。

「迎えもなく、すみません」

「いいえ。急に押し掛けたのはこちらですので」

 むしろ、幸人さんとママの会話のほうがよほど自然に聞こえ、あたしは自分のぎこちなさを自覚する。

 ママの後ろに隠れるように、広い玄関に足を踏み入れる。

 窓から差し込む陽光、白い壁紙、四人掛けのテーブルセット、がまず第一印象。

 なのに、もはや懐かしい幸人さんの雰囲気を感じ取れて、不意にこみあげてくるものがあった。

 畳の間もあるんだ、とそれをごまかすように見回していると、

「失礼ですよ、美咲」

 という注意がママから入ってしまった。

 あたしはそれも、拭うしぐさも恥ずかしく、瞬きを多くして顔を伏せるしかない。

「どうぞこちらへ。お茶でも入れますので」

「あ、あたしも手伝う」

 ママをテーブルへ導き、台所へ向かう幸人さん。

 あたしはそれを追うように――あるいは逃げるように手伝いを願い出る。

 それに少し驚いたような幸人さん。

「美咲はなあ」

「な、なによお」

 一向に上達しないあたしの料理の腕前でも思い出したのだろうか、あたしには幸人さんが浮かべた微笑みが、少し意地悪に見えた。

「いいや、なんでも。そこの棚から、お茶菓子を出してくれるか」

「もう、なんだか子供のお手伝いみたい」

 口ではむくれながらも、内心喜びに満たされていそいそと準備としてしまうあたしは、我ながら現金としか言いようがない。

 と、不意に視界にママの表情を入れそうになって、咄嗟に顔をそむけてしまう。

 けれどそれで逃げられるわけもなく、お茶菓子を盛ったお皿をテーブルに――ママの近くに行くしかない。

 コトリ、と皿の音、そしてあたしが――ママの前の椅子を引く音が続く。

 ――まるで、面接されるみたいね。

 座って、恐る恐る視線を上げると、柔和なママの表情があった。

 青い瞳の光は穏やかで、わずかに微笑んでいるように見える。

 だけど、青いリップと同じく青いその着物は、まるで真逆だ。

 津波のよう――。

「……粗茶ですが」

 幸人さんの声、湯飲みを置いていく音が、海の底にまで落ちていたあたしの意識を浮上させていくようだった。

 そして、幸人さんは数瞬迷って、あたしの隣に腰かけた。

「いただきます」

「どうぞ、熱いのでお気をつけて」

 ママと幸人さんが言葉を交わす。

 湯飲みを口元に運ぶママ。

 その表情が、軽い驚きに染まる。

「美味しいですね。まさか、私のためにわざわざ用意を?」

「あ、いえ。以前に美咲が差し入れてくれたものでして」

 幸人さんのその言葉をどう受け取ったのか、ママはしばし沈黙して。

「――そうでしたか」

 と、再び大事そうな手つきでお茶を味わった。

 ――何かを間違えた?

 さっきからずっと膝の上だった手のひらが汗を認識する。

 そんなあたしに気付いたのかそうじゃないのか、ママはあたしたちに視線を往復させて。

「今日は一つだけ、お伝えに参りました」

 続きを、幸人さんとあたしは待つ。

「――節度を保ってお付き合いすること。以上です」

 ――え。

 一瞬後、感情が爆発した。

「そ、それって! あたしたちの仲を認めてくれるってこと!?」

「そう聞こえませんでしたか?」

「き、聞こえた聞こえた! じゃあ、じゃああれね!? また幸人さんのおうちに来てもいいっていうことね!?」

「それについては何も言っていませんよ」

「え、だってだって! もうあの時言った『ここ』じゃないじゃない!?」

「そういうことじゃないでしょう」

 困った呆れ顔のママだったけど、もうその視線も気にならずあたしは幸人さんに抱きついた。

「やったやった! もうどこまでもいけるわよ、あたしたち!」

「どこまでも、は見過ごせません。それに」

 ママは、一拍おいて幸人さんへと視線を移した。

「幸人さんは納得していないようですよ」

「――え?」

 急激に、その熱は去っていった。

 てっきり、一緒に喜んでくれると思ったのに。

 幸人さんから伝わってくる熱は変わらず。

 そしてその表情は、釈然としていないものだった。

「ど、どうして」

 あたしは身体を離す。

 幸人さんの心の温度が伝わってくるのが怖くて、勝手にそうしていた。

 その反応にやっと気づいたのか、幸人さんは我に返ったようにあたしを見てくれた。

「ああ、いや、すまん。喜んでないわけじゃないんだ。単に、なんだろう――どうして急に、って思って」

「確かに急ですね。ここを訪れたことといい」

 頷くママに、あたしの感情は再度高ぶる。

「そんなの、どうだっていいじゃない!」

 ――という叫びは出なかった。

 そう。

 あたしはやっと、踏みとどまれた――間違えずに。

 そうだ、また喚き散らしてどうするの。

 感情に任せて、都合よくいった出来事に任せて、その裏に何があったか考慮もせず。

 そんな、何も知らない子供のままでいていいはずがない。

 ちゃんと椅子に座り直し、湯飲みを手に取り、幸人さんの淹れてくれたお茶を飲む。

 たったそれだけの動作がぎこちなく苦労したけれど。

 ――やっと落ち着けた。

 ママは、それをずっと待ってくれていた。

「――少し、私の話をしましょうか」

 幸人さんとあたしの微かな身じろぎを肯定ととらえたのか、ママは話し出す。

「前にも少しお話ししましたね。私は元はヘレーネ・マイヤー、ドイツ人でした。高峰さんとの出会いはベルリン、その頃の私はちょっとは名の知れた女優でした。対して高峰さんは出張中のサラリーマン」

 その頃を懐かしんだのか、ママの瞳が遠くなる。

「女優とはいっても、今が頭打ち、という自覚はありました。なぜなら――私が貧困家庭の出身で、いわゆるコネに乏しかったからです」

 ママの指が、お茶菓子のクッキーに伸びる。

「私をどこで見たのか、どこに惹かれたのか、高峰さんは情熱的で。私もまんざらではなく、まあ――とにかく、若かったですからね」

 クッキーの裏表を確かめるような、ママの動き。

 そうしてそれは、二つに割られた。

「ですが、それも高峰さんの出張終わりまで。また会いに来るから、そうお決まりのセリフで幕切れ――と思っていたんですが」

 青いリップが困ったような笑みを形作る。

「高峯さんは、ほどなく戻ってきました。それもドイツ支部の長としてなのですから、どれほど努力されたのでしょうね」

 クッキーの片割れが口に放り込まれ、しばし味わう音だけが響く。

 そうしてお茶で喉を潤し、ママの話は続く。

「それからは、そうですね……高峰さんはああいう人ですから、強引だったり振り回されたり。ずっと私のそばにいたがったり――結局、日本にさらわれるような感じで、まあ――色々困ったことがありまして、今に至ります」

 クッキーが口元に運ばれる。

 それを話の終わりとみて、幸人さんの手が自分の湯飲みに伸びたけれど、それが用を果たすことはなかった。

「……似てる。俺たちと」

 それはあたしと同じ感想だった。

 日本とドイツ。

 サラリーマンと女優。

 名家と貧困家庭。

 それは、生きる世界の違いだった。

 ママはさっき、「努力」と言った。

 世界の違いを埋める努力をして、あたしたちが生まれた。

 たった一行なのに、そこにあった事実を想像すらできず、あたしは眩暈に落ちそうになる。

「……でも、それなら、なぜ俺たちを」

 また、あたしと同じ疑問。

 そう、だったらどうして、あたしたちの仲を――。

 返答は屈託のない笑顔だった。

「教えません」

 呆気にとられて思考が止まったあたしの横で、幸人さんの戸惑った声が響く。

「……えっと。あ、あの……?」

「教えませんと言ったら教えません」

 にこにこにこー。

 擬音にするなら、そんな悪意のない笑顔が、あたしを圧倒してくる。

「簡単に教えたら面白くないですし、それに――」

 楽しそうな声音が躍る。

「認められ続けたいなら、探し続けるしかないでしょう?」

 あたしは思わず、脱力して椅子に身体を預けてしまった。

 見ると、幸人さんも同じようなもので――目と苦笑があった。

 訳が分からない流れだけど、確かにそうだ。

 一度認められたらそれで終わりなわけがない。

 きっと、節目節目で何かが天秤にかけられて、あたしたちはその度に揺れるに違いない。

 そうして揺られ続けて迷い続けて。

 そうしてこそ、幸人さんと一緒にいられるのだ――パパとママのように。

 そのママを見ると、もはやあたしたちに興味なし、とばかりに盛られたお茶菓子に目を輝かせていた。

「……お茶のおかわり、淹れましょうか」

「お願いします」

 しとやかな動作の中にいそいそという気配を滲ませ、空の湯飲みを差し出したママ。

 その様子に、意外そうなものを見た、と言わんばかりの表情で湯飲みを回収する幸人さんが少しおかしく、笑いがこみあげてくる。

「美咲もいるか?」

「お願いします」

 図らずもママと同じ返答になったあたし。

 それがおかしかったのか、台所へ立ち去り際の幸人さんは笑っていた。

「クッキー、どこのお店のものでしょうか」

「ここの近くかしらね。幸人さん?」

「職場の後輩のお土産なんだよなあ。今度聞いておくよ」

 それを聞いてもママの瞳の輝きは変わらず、お茶菓子のお供を静かに待っていた。

 凜花お姉ちゃんの食いしん坊は、絶対ママ譲りだ。

 そんな感想を区切りとしたのか、しばし穏やかなお茶会となったのだった。

 


「……むしろ、手土産を持ってくるべきでしたね」

「た、確かにそうね」

「お気になさらず」

 今日はそろそろお暇、という時間になって、思い出したようなママの言葉に、今更ながらに焦るあたし。

 特に気にした様子のない幸人さんに、大人を感じる。

 もっと幸人さんの家に居たく、名残惜しく玄関への廊下を歩く。

 ママが思い出したように、ふと幸人さんに視線を投げかけた。

「最後にいいでしょうか、幸人さん」

「あ、はい、なんでしょうか」

 転じたママの視線の先には、静かな畳の間があった。

「ここで私を迎えなかった理由を聞いても?」

「あ、ええと。お互い足がつらいかも、と思いまして」

「――そうですか」

 それは、腑に落ちた、というよりは、心に染み入ったような返答だった。

「素敵なお気遣い、ありがとうございました。ずっとそのままでいてくださるなら――私は安心です」

 その瞳に宿るものは言葉通りのそれで。

 ――うん、そうだ。

 大げさな理由じゃない。

 何気ない気遣いができる、そんな人だから。

 あたしはずっと好きでいたいんだ――。

読んでくださり、ありがとうございました。

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励みにもなりますので、よろしくお願いします。


また、「拝啓、○○に出会いました。」という王道冒険ファンタジー小説も掲載しておりますので、よろしければぜひ。

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