表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦  作者: 緋色
六章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/54

場外:月、高みにて

 ――二泊もする予定じゃなかったんだけどね。

 紗月は別荘の廊下を歩きながら、内心で呟いた。

 不愉快な結果が待っていそうな裁判に備え、ガス抜き用の休暇を取っていたことは幸いだった。

 また、何かあった時用にと車に着替えを積んでいたことも、運がよかった。

 そうでなければ困っていたところだった。

 鬱憤を晴らすドライブ先としてこの別荘を選んだことは本当にたまたまだった。

 開廷場所が近くだったこと、交通事情が許したこと、海で叫びたかったこと。

 様々な事情が車をここに導いた。

 別荘に乗り付け、部屋に荷物を置き、ストッキングだけ脱ぎ散らかし、雑にローヒールを履いて、道を踏みしめ。

 そうして、奇跡のような――あるいは必然の再会を果たす。

 あの時の感情ったらなかった。

 紗月は自嘲する。

 反応を選び損ね、対話を拒否し、サングラス越しの観察に徹するしかなかったことは、ここ数年はなかった不覚として刻まれた。

 蒼真、桐也、凜花――そして美咲。

 正直、何を話したか覚えておらず、上の空で観察対象――寺島幸人に注意を払い続けていた。

 その結果――。

 ふ、とまた自嘲した時、視界の隅に人影が入り込んだ。

 通りかかった談話室に、一人の少女――八重垣瑠璃子の姿があったのだ。

 彼女は扉側に背を向ける形でテーブルに向かっており、手元に視線を落としていた。

 周りに他の人影はなく夜に女の子一人、という状況が気にかかり、そちらに方向を変える紗月。

 その気配に気づいたのか、瑠璃子が顔を上げて近づいてくる人物を振り返った。

「こんばんはっす」

「こんばんは。何してるの?」

 若干眠そうな瑠璃子の表情を見下ろす形になると、自然とその手元も視界に入る。

「うわっとお」

 紗月の視線に気づいたのか、慌てて隠す瑠璃子。

 羞恥からか、その目元は赤く染まった。

「……お邪魔したみたいね」

 瑠璃子の様子から「隠すことないじゃない」とは言えず、申し訳ないという気持ちを紗月は抱く。

 たはは、と瑠璃子は恥ずかしそうにし、そして観念したように、それ――スケッチブックを開いた。

 いくつもの服、ドレス、アクセサリーのデザイン画。

 それらが春の訪れを待つ芽のように、紗月の視界に飛び込んでくる。

「……あら」

 思わず、紗月の唇から感心が零れ落ちる。

 多数の女性と触れ合う紗月からしても、魅力的なデザインの数々と見て取れた。

 決して取り繕いではないその反応に、瑠璃子は恥ずかしさで視線を逸らす。

「……ちょっと、デザインに興味があって」

「いいじゃない。……って言ってしまうと、少し無責任かもしれないけれど」

 そう付け足してしまったのは、紗月の職業柄、予防線を張ることに慣れていたからかもしれない。

「ミサの仕事の関係で、色々やってるうちに興味が出てきたんすよね」

 そういう瑠璃子の意識と手は、自身を飾り立てるピアス、そのうちの一つに向いていた。

 ピアスに添えた指先が慎重で、壊れ物を扱うように見えた紗月だった。

「で、そういう道もあるなー、っていう感じっす」

「――そう。頑張って……は出来てるから、必要ないかしら」

「いやいや、応援はいつでも大歓迎っすよー」

「それはするけど、明日帰るって聞いてるわよ。夜更かしはほどほどにね」

「紗月さんも飲みすぎ注意っすよー」

 瑠璃子の視線は紗月の手元、ワインセラーで調達したボトルに向いていた。

 曖昧な笑顔をおやすみ代わりにし、紗月は瑠璃子と別れて自分に割り当てられた部屋へ。

 そして、部屋備え付けのグラスを手に取ると、バルコニーに出た。

 夜風と波の音、月明かりが紗月を出迎える。

 部屋の明かりを背にする形で、バルコニーのテーブルセットに腰掛けながら、ボトルとグラスを少々乱暴に置く。

「――はあ」

 背もたれに身体を預け、天を仰ぐ。

 流れた長いダークブロンドがバルコニーの床につくかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。

 しばしその態勢だったが、思い出したように履いていたローヒールを足の動きだけで脱ぎ捨てると、それらはばらばらの方向に旅に出た。

「……何をやっているんだか」

 ゆるゆると身体を起こすと、ボトルの栓を開け、グラスになみなみと注いだ。

 途端、潮の匂いに香草のような強さが混じる。

 じっと、月明かりの下の琥珀の液体を眺め――紗月はそれを一口含む。

 舌で転がし味わい、ゆっくりと嚥下した。

「甘い顔して最後に裏切る、質の悪い女――か。それ、アタシのことじゃない」

 かつてそう称した、甘みと苦みのある酒。

 けれど今は、苦みの方を強く感じた。

「美咲を手酷く裏切ったアタシが――何言ってたのかしらね」

 自嘲するしかない。

 そのあげく、自分の過去を投影し、救済対象としていた。

 結局、愛していたのは美咲ではなく、可哀そうな自分自身。

 あの時のバーでの高説はすべて滑稽な自分語りだったというわけだ。

「――は」

 乾いた笑いが零れそうになる。

 それを止めたのは、ボトルを取りに行く前、テーブルに放置していたスマホの震えだった。

 映し出された相手は、父高峰。

 誰とも話したくないはずなのに――それには手が伸びてしまった。

『Hello My dear daughter! How are you!?』 

 朗らかな男性の声が飛び出してくる。

 そのボリュームは大きく、スピーカーにしていないのにあたりに響き渡るほどだ。

「……父さん」

 そのテンションに、先ほどまでの鬱屈が吹き飛ばされ、代わりに呆れの笑みをもたらした。

「夜で外なの。声、抑えて」

『おっと、これはしまった。以前に美咲にも注意されたんだった』

 その名前は、今の紗月には重くのしかかるものだった。

 だからか、スマホを手にすることもできず、スピーカーにする気にもなれなかった。

 それを知ってか知らずか、声量が落とされ、くぐもったままのそれは聞いて来るのだった。

『それで、元気かい?』

「……あんまり、ね」

 わずかな沈黙の後、選んだ反応は正直なものだった。

 取り繕う気になれなかった、が正解なのだろう。

『ふむ、そうか』

 何を察したのか、黙り込む高峰。

『パパと呼んでくれてもいいんだよ?』

 どんな慰めが飛んでくるのか、と身構えていた紗月は、不意を突かれて思わず吹き出した。

 妙におかしくなって、笑いをかみ殺す。

 自分はもう二十八、自立した女で、おまけに弁護士。

 その呼び方はもう、とてもできない。

 それに――。

「……その呼び方はもう、美咲にあげたわ」

 そう、それはずっと前。

 いつだったか、美咲が癇癪をおこしたことがあった。

 ダークブロンドの髪、青い瞳、西洋の面立ち。

「ママと一緒なの、ずるい!」

 「羨ましい」と紗月は非難されたのだ。

 それが異端だと、学校ではいじめられる原因になったこともあったのに。

 ただ一人、兄弟たちと違う外見だと、コンプレックスになっていたのに。

 けれどその時、紗月はもう分別がついていたから、「パパ」「ママ」という呼び方を封印して、それを美咲の唯一として差し出し宥めたのだった。

 それ以来、多分自分は妹に対して、割り切れない愛憎を抱いているのだと思う。

『そうだったね。……で、幸人くんはどうだったかな?』

「……そうね」

 唐突な話題変更だったが、紗月は受け入れた。

 そうして、しばし考える。

「……消極的良、というところかしらね」

『はは、厳しいね』

 それはそうでしょう、と紗月は分析する。

 大事な妹をほったらかしにして、複数の女性と触れ合うような人物を許容する理由などない。

 そう、それは遊びであり裏切りの前兆であり、妹を傷つけないための法の天秤――と思っていた、今までは。

 紗月の理性が、それまでの自分のルールに明確に疑念を投げかけていた。

 ――悪い酒に酔い続けていたのかも。

 だったら、それを水で割ってくれたのは――。

 そんな風にも思う。

『少なくとも、紗月のお眼鏡にはかなった、ということかな』

「……そういうことね」

 と、紗月としては判断するしかない。

『パパとしては、美咲ともなんとかなってほしいところだけどね』

 あえてなのか、自分をそう呼ばせようとする父の声に、紗月は反応し損ねた。

 なんとか、とはどういうことなのだろうか。

 妥協することか。

 仲良くすることか。

 元に戻ることか。

 もしそれが、元に戻れ、ということなのだとしたら。

 戻るべき地点は、いったいどこなのだろうか。

 ――手が伸びて、グラスを口に運ばせた。

 癖の強い味に抗しえず、一息に煽ることはできない。

『飲んでいるのかい、紗月?』

 むせた音を聞きつけたのか、高峰が問う。

 喉が落ち着かず返答できない紗月に、声が続く。

『今度、付き合ってほしいな。あの、癖の強い女性みたいなお酒にね』

「……母さんに怒られるわよ」

『焼き餅を焼いてくれるなら嬉しいことだね!』

 紗月の気も知らず、スマホの向こうの声は弾む。

 それに何かを触発されたのか、酒が舌を滑らかにしたのか、紗月は振り返ることができた。

「……久しぶりに、ケンカはできたかな」

『そうか、それはよかった』

 よかったものか、と紗月は内心で愚痴をこぼす。

 身勝手な思いをぶつけたあげく、自分の過ちを指摘された。

 しかも、妹の大事な人に手を挙げてしまうなど、大人げないにもほどがあるではないか。

 ――けれど。

『本音をぶつけ合えたようで、なによりだ』

 紗月の想いとも重なる、のんきな返答が潮風に溶けていく。

『……すまなかったね。美咲を守らない決断をさせたのは、僕たちなのに』

「……今更でしょ。それに、従ったのはアタシの判断よ」

 美咲自身の才が孤立を導き、それが学校でのいじめとなった過去。

 それは竜禅寺の一員としてある限り、いずれ起こりうる事態の発露であった。

 庇護は容易い、けれどそれをいつまでも、とあっては辿る先は腐る道。

 自らで跳ね除けなければならない、その力を育てなければならない、その足で立つ土壌を与えなければならない。

 親の愛、という言い訳を、父高峰と母玲仁は一切しなかった。

 同じく崖から突き落とされるような経験をした紗月は、それをエゴだと恨んだ時もある。

 けれど時がたち、今となってはそれは必要なことだと理解している。

 だからこそ、美咲への対応にも涙を飲んだ――きっと、両親と同じように。

 ――その裏に、「パパ」と「ママ」を取り上げられた恨みがなかったと言えば、嘘になる。

 そして、それをごまかすための「守りたい」だとしたら。

「……有罪もいいところね」

『それは僕らが請け負うさ』

「……ありがたいことで」

 偽らざる本音だった。

 すべてあなたたちのせい、と叫んでしまいたい。

 なぜこんな外見に産んだの。

 なぜあんな決断をさせたの。

 なぜ――妹とこうなってしまったの。

 そうぶつけられれば、どれほど楽か。

 けれどそれをするには両親からの愛は深く、自分からも愛も深く、そんな気も起きない。

 それは美咲に対しても同様で、いろんな感情が渦巻くのにやっぱり愛が大部分で、それは疑いようがない。

 それに、それに。

 ――それは、美咲からも同じ。

 久しぶりに会った美咲は、見違えるほど華やかだった。

 ちゃんと自分の足で立ち、生命力に溢れていた。

 その視線は突然の再会となった姉に向かい、驚きつつもそこには困惑と気がかりだけが見えた。

 ――思っていた、負の感情は見えなかったのだ。

 その事実にどれほど安堵したか、きっとあの子は知らないだろう。

 そして激情を交えたぶつかりあいの後の、「いいわ」の一言。

 そこにどれだけのものを籠めたのか、飲み込んだのか。

 アタシより、よっぽど大人。

 そう思うに充分だった。

 そして、それを成したのは。

『またみんなで会いたいね』

 父の言葉が意識を引き戻す。

「……そうね」

 紗月はそう返すしかできなかった。

 ――なら、アタシもそうなろう。

 そうでなければ、大人の「みんな」の中には入れないではないか。

『それじゃあ、おやすみ。いい夢を』

「じゃあね。行ってらっしゃい」

 通話を切ってから、ふと思う。

「あっちは朝で合ってたのかしら。……まあ、いいか」

 時差のある地域にいることが多い父なので、自然とそういう対応をしてしまった紗月だった。

 再び、波の音だけの夜が戻ってくる。

 それが内心の負の感情をさらってくれることを期待し、目を閉じてしばしその時間に身を任せる。

 ――夢、か。

 その言葉は、初めて会った妹の思い人との時間を思い出させるものだった。

 自分をさらけ出し、思いのたけを存分に語り合ったあの夜は、今でも鮮明に思い出せる。

 密かに、こんな男にだったら任せられるのに、と思った瞬間もあった。

 ――もし、もっと早くに出会えていたら、とも。

 ――妹とそうじゃなければ――とも。

 口元に浮かんだ苦いものは、酒のせいにすることにした。

 ――せめて、癖の強い女性としては、ありたいものね。

 紗月は、わずかに残ったグラスの中身を、色々なものと一緒に飲み干して。

「――いいお酒だったわ」

 空のグラス越しに、一人寂しげな月を見上げたのだった。

読んでくださり、ありがとうございました。

よろしければ、下の☆をぽちっと押して頂ければ、作者緋色が泣いて喜びます。

励みにもなりますので、よろしくお願いします。


また、「拝啓、○○に出会いました。」という王道冒険ファンタジー小説も掲載しておりますので、よろしければぜひ。

https://ncode.syosetu.com/n7656il/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ