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ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦  作者: 緋色
六章

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42/54

千客万来の蒼い海

 そうして、その二泊三日の旅行はやって来た。

 あたしは朝からうっきうき。

 なぜなら、以前のデートでは失敗した「目的地までの電車移動」を達成できたから!

 隣り合う座席で密着し、ずっと言葉を交わせるなんて幸せすぎて、危うく降り過ごすところだった。

 ちゃんと降りる駅を覚えていた幸人さんは、すごいとしか言いようがない。

 高揚を抱えながら駅から少し歩くと、待ち合わせ場所の潮が香る港へ。

 クルーザーがいくつも係留してあるそこは人影はまばらだったけど、手作り感満載の小ぶりな旗を掲げた凜花お姉ちゃんが目につき、お目当てとすぐにわかった。

 周りには、リコ、藤井さん、蒼真兄さんが佇んでいて、近寄っていくこちらに気づくと各々挨拶を投げかけてくる。

「おっはよー!」

「よっす。今日もあちーな」

「おはよう」

 明るい声、少々うんざりした声、硬い声。

 そして、挨拶代わりとばかりにゆらゆらと振られる旗。

 幸人さんとあたしはそれに返す。

「おはようございます」

「おはよう。晴れてよかったわね」

「日頃の行い」

 そう胸を張る凜花お姉ちゃんが持つ旗には「ポロウニア号ツアー御一行様」という文字が躍る。

 その先には、夏の日差しを強く照り返す白い船体がある。

 真っすぐ引かれた薄紫色のラインが唯一のアクセントで、「PAULOWNIA」と側面に刻まれていた。

「大きな船だなあ。クルーザー……っていうのか?」

「そだよー。クルーザー、ポロウニア号。イカしてるだろー?」

 眩しそうに船体を見上げた幸人さんに、船につながる階段から降りてきた桐也兄さんが朗らかに答えた。

 続く後ろから、鏑木冴さん。

 その姿はなんだか疲労感が漂っていて、日差しと違ってなんだか憂鬱そうだった。

「おはようございます。……ええと、色々骨を折って頂いたようで、ありがとうございます」

「ああ、久しぶり。ありがとう、労いが骨身に染みるよ」

 何かを察した幸人さんの言葉に、嘆息しながらの冴さんだった。

 旅行先は海なので、なんとか夏の間に――ということで大分日程調整に苦労したとのこと。

 蒼真兄さんは働きすぎということもあったらしいので、周りの人の後押しもあって休みの捻出は割と楽だったらしいのだけれど、桐也兄さんはいい加減にスケジュールを詰め込んでいたせいでその整理が一番大変だったらしい。

 そのあたりはすでに話を聞いていたのだけれど、幸人さんが水を向けたこともあって、一段と冴さんのため息が深くなった。

「桐也が道楽で買った船が初めて役に立ったのは、まあいいことだったのかもしれないが」

「先見の明ってやつ? やっぱ俺すげーな」

「それまでにどれだけの経費が掛かったと思っているんだお前は!?」

「あれ、これってうちの会社の資産だっけ」

「言葉の綾と察しろこの馬鹿! 私へのプレゼントを会社の経費にできるわけないだろ! 会計ルール以前の問題だ! 倫理観だ! お前のポケットマネーだ!」

「すげえ肺活量だな」

「お前に鍛えられたからだろう!?」

「……私へのプレゼント?」

「……あ、いや、その」

 よほど溜まっていたのか一瞬でボルテージが上がった冴さんだったけれど、それは凜花お姉ちゃんの疑問に、一瞬で冷まされた。

 怒りの赤が、徐々に羞恥の赤に染まっていく様子に、周りの理解も広がっていく。

「あ、あああ暖かいまなざしで見るんじゃない!」

「なんでー?」

「お前は黙ってろ!」

 ぺしり、という音と共に桐也兄さんの頭がはたかれ、笑いの輪が広がった。

「あー、ミサちゃんリコちゃん!」

 そこに届く輝く声。

 振り返ると、こちらに駆け寄ってくる千紘ちゃんと、その後ろの続く二人の影。

 千紘ちゃんのお兄さんの田坂悠里くんと、佐倉千佳さんだった。

 合計十一人。

 これで全員集まったことになる。

 千紘ちゃんの元気な姿に、あたしの口元もほころぶ。

「お久しぶりね、千紘ちゃん」

「やっほ、千紘ちゃん」

「うん!」

 駆け寄ってきた千紘ちゃんは、迎え入れたリコにそのまま抱き上げられて、くるくると回る。

 その様はまるで、仲のいい姉妹のようだった。

「すみません、遅くなりました」

「ちょうど迷ってたところに居合わせたんだよ」

「ありがとうございます、助かりました」

 千佳さんに頭を下げる田坂くん、気にしていなさそうな千佳さん。

 なるほど、それで妙な組み合わせで来たということなのね。

「妹まで同行を許可いただいて、ありがとうございました」

「人数多いほうが楽しいしねー」

 きちんと挨拶をするさまが田坂くんらしかった。

 対する桐也兄さんはおおらか――というにはちょっと軽薄さが目立つけれど。

 すたん、と軽快な着地音が聞こえた。

 何かと思ったら、リコが千紘ちゃんを綺麗に着地させた音だった。

 そしてそのままの流れで、ぴょこんと頭を下げる千紘ちゃん。

「はじめまして! 田坂千紘です!」

 丁寧で元気な挨拶に、そこかしこから感心の声が漏れてなぜか拍手が広がる。

 当然、あたしもその一人だ。

 ふと見ると田坂くんが胸を撫でおろしていたので、事前にあれこれ言い含めていたのかもしれない。

 お兄ちゃんは大変ね。

 そうして、初対面が多い千紘ちゃんを中心に改めて自己紹介が始まった、のだけれど。

「よろしくお願いします、蒼真おじさん!」

「……ああ、うむ」

 ほかの男性陣へは「おにいちゃん」としたのに、蒼真兄さんに対してだけは例外で。

 反応を選び損ねた蒼真兄さんの、傷ついたような表情がおかしくて仕方がなかった。

 あたしをはじめ、多くの人はなんとかこらえたけれど、我慢できなかった人はいた。

「くっ、はは。こ、こいつは傑作だ。わかったよ、これは幸人と千紘ちゃんに免じるしかねえみたいだな」

「ふ、ふ。そ、そうだね」

 と、藤井さんと千佳さんがなにやら視線を交わし合っていたのが印象的だった。

「だっはっはっはっはっは!」

 桐也兄さんは遠慮なく笑っていて、冴さんにたしなめられていたけれど。

 そうしてクルーザーに乗り込んでの出発となったのだけれど、その間際に蒼真兄さんに呼び止められた。

 狙ったように、あたしと二人だけになるタイミングだった。

「ところで美咲」

「なに、兄さん?」

「佐倉千佳だが。九条家に連なるんだったな」

「ええ、そうね」

 それは千佳さんが幸人さんに近づきだした頃につかんだ情報。

 竜禅寺の力学が及ばない家なのだと、歯噛みしたことを覚えている。

「――そうか」

 考え込んだような兄さんだったけれど、幸人さんがあたしを呼ぶ声が聞こえて、意識は一瞬でそちらへとさらわれた。

 だから、続く蒼真兄さんの呟きは意識の外にまぎれたのだった。

「――しかし、そうか。千佳、というのか。可憐な名だな」



 そうして、クルーザーにて竜禅寺家のプライベートビーチへいざ、となった。

 風や波は終始穏やかで、快適な船旅となった。

 やっぱりと言うか、冴さんが船舶免許を持っていて――せっかく買ったクルーザーを腐らせないために取らざるを得なかった、が正解らしいけど――几帳面な性格通りに丁寧な操船で、船酔いする人も出ず。

 いざ着いた桟橋から延びる遊歩道をカートでのんびり走ると、海岸から奥まった丘の上の、緑を従えた別荘が視界を占有していく。

 あたしたち竜禅寺に関係している人たちは何度か来たことがあるから新鮮味はなかったけれど、幸人さん、藤井さん、千紘ちゃんは桟橋から別荘までの道のりで驚きの連続だったみたい。

 幸人さんと千紘ちゃんが並んで同じように口を大きく開けていたところは、微笑ましい限りだった。

 千佳さんと田坂くんが違う温度感で興味深げだったのは、名家のつながりゆえ、というところか。

 千紘ちゃんもそのはずだけど、そこは感受性の違いかしらね。

 そして別荘の玄関をくぐる。

 そうして、到着ももどかしく、各自割り当てられた部屋に荷物を置くなり浜辺に集合、という話になった。

 あたし自身も、幸人さんと初めて来た海、という事実が胸を高まらせていて落ち着けず――また、過去を直視する勇気も、まだなかったのだ。

 それに、その思いを眩ませるほどに日差しは厳しく、なのに海がお預けなんて無理、というのはみんなの共通意見だったからだ。

 そうして、あたしも意気揚々と海に向かい――たいところ、なんだけれど。

「ちょっとミサー、なにしてるん?」

「ま、待って待って待って。え、ホントに? こんなので、幸人さんの前に出なくちゃいけないの?」

「マジに決まってんじゃんー。似合ってるんだから、それで寺島さん悩殺しないでどうすんのー?」

 ほかの女性陣は海を待ちきれず駆け出し、更衣室に残るのはあたしとリコだけ。

 そのリコはすでに着替えていて、スポーティなセパレート。

 海ということで赤いカラーコンタクトレンズやピアスは全部外していて、それがいつもと違う柔らかな魅力となっている。

 そんなところは、あたしよりよほどモデルのよう。

 身体のメリハリもすごいし――と半ば現実逃避しているのを自覚する。

 だってだって、とあたしは自分を見下ろす。

 この日のために買った水着は露出が高く、リコの言う通り見せつけるためだったけれど、いざ着るとその面積の少なさに頼りなさを覚え――そしてあたしは、半ばパニックになって水着の上からラッシュガードとショートパンツで身を固めた。

「えー?」

「いいの! だって、幸人さん以外もいるし!」

 根性なしめ、という声音と視線のリコに、憤然となって返すあたし。

「そんなんじゃ、誰かさんに追いつかれちゃうぞー」

 言い捨てて、リコはイルカの浮き輪を抱えて先に行ってしまった。

「う、うぐぐ」

 あたしは呻くけれど、やっぱり恥ずかしさには勝てず、それ以上はどうしようもなく後を追いかけるのだった。

 肌を刺す日差しの下、熱い砂浜の上に出ると、みんなのはしゃぐ声が近く遠くに聞こえる。

「ダーリーン、女神が来たっすよー」

「おっと、こりゃまた眩しいな。しかもある意味素顔じゃん」

「SSRリコっす。お、結構逞しいんっすね」

「やめろ、くすぐったいって」

 なんて、今のあたしには難易度が高すぎるスキンシップを歯ぎしりしながら聞き流し、幸人さんを探す。

 ビーチバレーに興じる人たちから離れた場所にいる幸人さんはすぐに見つかった。

 どうやら、パラソルを設置中らしい。

 脇目も振らずに駆け寄ると、それに気づいたのか幸人さんが手を止めて振り返ってくれた。

「遅かったな、美咲」

 いつもと違うシチュエーションの下、にこやかな笑顔を向けられたあたしの胸は高鳴る。

 と同時に目に入って来たのは、羽織ったパーカーから覗く鎖骨、胸板、腹筋だった。

 あたしはとっさに、顔――というか鼻を抑えて後ろを向くしかなかった。

「お、おい、どうした美咲?」

「……乙女の事情」

 近くにいた凜花お姉ちゃんが、あたしの背中をさすってくれた。

 それでなんとか、顔の奥から吹き出しそうなものを鎮めていけた。

 心配そうな幸人さんには申し訳ないけれど、視線を遮るように移動してくれた凜花お姉ちゃんの存在がありがたい。

「なんてベタな反応」

 その正直すぎる感想に抗議する余裕はあたしにはない。

 何とか落ち着いたあたしは、訳が分からない様子の幸人さんを何とかごまかし、視線を泳がせた。

 その時、視界の外で誰かが砂を踏みしめる音が、やけに大きく響いた。

「……え?」

 幸人さんの唖然とした声。

 それに顔を上げて向かう視線を追うと、そこには一人の上背のある女性の姿。

 半袖の白いブラウスにネイビーのタイトスカート、脱いだローヒールを片手にぶら下げている、というこの場にそぐわないその格好の中、かけたサングラスだけが真逆を象徴している。

 そして、潮風に靡く背中までのロングヘアは、ママと同じ――ダークブロンドだった。

 その人は、うっとうしげにサングラスを外すと、青い瞳を露わにして訝しげな視線を投げかけてきたのだった。

「――こんなに賑やかとは思わなかったわ」

 少しハスキーな声質のその人は。

「紗月お姉ちゃん?」

「紗月姉さん」

「モニカさん?」

 あたし、凜花お姉ちゃん、そして――幸人さんの声が重なった。

 え、と思って幸人さんを振り返る。

「久しぶりね、ユキト。――そう、あなたがあの寺島幸人――だったのね」

 どこか、親し気というには硬質な呼びかけに、あたしの視線はせわしなく、今度は紗月お姉ちゃんを振り返ってしまう。

 日差しの眩しさを再び思い知ったのか、紗月お姉ちゃんはサングラスをかけなおしていた。

「モニカはお酒の席での名前だから、紗月でいいわよ。――悪いけど、暑いからそこ借りるわね」

 紗月お姉ちゃんは、言いながらパラソル近くのレジャーシートへと歩いていく。

 突然現れた異邦人のようなお姉ちゃんに、何も言えないあたしたち。

「それじゃ――また、後でね」

 紗月お姉ちゃんがすれ違う際のそれは、あたしたちを僅かに身じろぎさせたのだった。



「裁判終わりの鬱憤晴らしに、弾丸旅行しにきたそう」

 とは、突然の紗月お姉ちゃんの登場にも動じず、なにげなくそばに寄っていって、ここにいる事情を聞きだしてきた凜花お姉ちゃんの要約。

「ついでに、みんなの軽い紹介もしてきた」

「それはありがたいけど、ちゃんと正確にしてきてくれた?」

「……そこは自信ない」

「ちゃんとして!?」

 偶然ここに居合わせたらしい紗月お姉ちゃんにして見れば、竜禅寺のプライベートビーチに見知らぬ人がいるわけだから説明は必要なのだけれど、そこで誤解を招くような話は勘弁してほしい。

 あたしは、ちらり、と遠目に紗月お姉ちゃんを盗み見る。

 凜花お姉ちゃんと入れ替わるように、蒼真兄さんと桐也兄さんが近寄って話をしている。

 桐也兄さんのオーバーアクションは見て取れるけど、何を話しているかまでは聞き取れなかった。

「……しかし、やっぱり大変な仕事をしているんだな。それにしても、あの時のモニカさんが、まさか紗月さんだとは。世の中は狭いな」

 しみじみ、という感じの呟きに、あたしと凜花お姉ちゃんの視線が集まる。

 それを受けて、幸人さんはモニカ――紗月お姉ちゃんとの偶然の出会いを語ってくれた。

 お互いが何者か知らず、胸の内をお酒とともに交わした刹那のひと時だったそう。

 そんな場所での出会いに、あたしは羨ましさと嫉妬が頭をもたげそうになる。

「バーとかいいシーン。参考になる」

「なんの参考にする気だ?」

「もちろん漫画」

 そんなあたしの内心を、のんきな会話が軟化させていく。

 いつものぼんやりした雰囲気の凜花お姉ちゃんと、呆れたような幸人さんの会話に、あたしも笑みを誘われた。

「凜花お姉ちゃんは売れない漫画家なの」

「売れないは事実だけど酷い」

 微かに目を細めるだけ、という表情の変化に乏しい凜花お姉ちゃんらしい不満が返ってきた。

「そうなのか。よかったら、なんて漫画を描いているか教えてもらっても?」

 抑え気味だけど、隠しきれない興奮が幸人さんから伝わってきた。

 そう言えば幸人さんはアニメや漫画とか大好きなんだった。

 そんなところが可愛くて、あたしの胸がキュンとした。

 が、あたしの内心を裏切るように、凜花お姉ちゃんはなにやら幸人さんに耳打ちした。

 どうやら自分の作品名を公言するのが恥ずかしかったようだけど、その動きは見過ごせない。

 だって、二人とも今は水着姿だし!

「ちょっとお姉ちゃん! 近づきすぎよ!?」

 慌てて引き離したあたしに、やや呆れ顔の凜花お姉ちゃん。

 対して、幸人さんは信じられない表情だった。

「な、なんだって……!? ま、まさか……りゅ、竜崎リカ先生、なのか? 凜花さんが?」

「……おお。まさかの読者?」

 驚きつつも、声を抑え気味なのが幸人さんらしい。

 対して凜花お姉ちゃんは珍しく目を丸くしている。

 幸人さんは今にも凜花お姉ちゃんの手を握りそうなほど前のめりだった。

「ファ、ファンです。応援してます」

「ありがとう。そんなこと、はじめて言われた。サインいる?」

「作者さんのプライベートな時間にそんなことをお願いするなんてとんでもない!」

「ファンの鑑」

 ……なんなのかしら、疎外感を感じる、このファンと漫画家の交流は。

 目をキラキラとさせている幸人さんは大変かわいらしくて眼福だけど、その相手が凜花お姉ちゃんなのは――いえ、赤の他人の女性相手よりは遥かにましか。

 あたしはそう飲み込んで、普段は見られない幸人さんを堪能することにして、

「機会があればサイン会に来てほしい」

「ぜひとも!」

 という会話を見届けた。

 そこで凜花お姉ちゃんは冴さんに呼ばれて離れていき、代わりとばかりに、あたしたちの会話を聞きつけたのか、やって来たのは藤井さんとリコ。

「……なんかあったか?」

 藤井さんが、珍しいものを見た、という表情なのは、興奮気味の幸人さんを目の当たりにしたからだろうか。

 長い付き合いと聞く藤井さんがそう反応するからには、あまりない状況ということだろう。

 ――それ以上に、藤井さんにおんぶをねだるかのように首元に抱き着いているリコが気になるけれど。

 こ、この二人、いったいどこまで進んでるのかしら。

 あたしの内心にそんな下世話な疑問が浮かぶくらいに、二人の密着ぶりはまったく力みもなく自然体で、羨ましいと思うしかない。

 自分がもしそれを再現したら、と想像だけで恥ずかしく思うあたしの横で、幸人さんはあったことを藤井さんに説明していた。

「世間は狭いんすねー」

「まったくだ」

 抱きついているから藤井さんの耳元での感想となったリコに、端的に返す藤井さん。

 な、なんなのかしら、この敗北感は。

 そんなあたしの気持ちを知らないまま、あくまで藤井さんは平常運転だった。

「んなことより、せっかくの海だぜ? 美人さんのことをもっと気にかけるとか、他に色々とやることあるんじゃねえのか?」

 そうして、幸人さんとあたしを見比べるようにしたのは何かの援護射撃だろうか。

 意外といいこと言うじゃない、と藤井さんを見直したあたしだったけど、リコは違う感想を持ったようだった。

「そっすねー。ダーリンは確かにそんな感じで、他の人に興味津々だったっすもんねー」

「……ハニー。そいつは誤解だ」

 にこやかなリコは藤井さんの首元から手を離す。

「ふーん」

 そうしてリコは藤井さんの手を何気なく引っ張って自分のほうを向かせて。

「へー」

 ゆるり、という動きですれ違うように藤井さんの背後まで歩を進めると。

「ほー」

 藤井さんの背中に踏み込み、肩から体幹ごと、身体全体でゆっくりと押した。

「うわっと」

 そうして、ゆっくりだから目では追えるのに、身体が反応できない一連の動きで押された藤井さんはよろめいた。

 何事か、と振り返った藤井さんに刺さるのは、リコの笑っていない目だった。

「主に千佳さんを見てたようっすけどねー」

「気のせいだ」

 気丈に言い張る藤井さんに、あたしも疑念の目を向けた。

 そうして、幸人さんの賛同も得ようとそちらに目を向けたのだけれど、そこにはさっき漫画家としての凜花お姉ちゃんに出会った時以上の目の輝きがあった。

「ゲ、ゲームで見たことある! は、八極拳!? 今の、八極拳なのか、八重垣さん!?」

「そ、そうっすけど?」

 幸人さんの勢いに、藤井さんへの追及も忘れて驚くリコ。

 それはあたしも同じで、視界の片隅でほっとした様子の藤井さんにちょっと腹が立つ。

「じゃ、じゃあ、今のってまさか鉄山靠なのか!? リアルで見られるなんて!」

 はしゃぐ幸人さん、戸惑うリコ。

 置いてきぼりのあたしと藤井さんをよそに、幸人さんはなんだかリコに技を教わる流れになってしまった。

 教える側のリコもまんざらではないらしく快く指南し、時折肌を触れ合わせそうになる光景があたしの目の前で展開されていく。

「お互い、振られちまったようだな」

「あんたのせいでしょ!?」

 やれやれ、と頭をかいた藤井さんを、あたしは怒鳴り飛ばしたのだった。



「あれ、幸人は?」

 蒼真兄さん、桐也兄さん、藤井さんとでの意外と白熱したビーチバレーを終えて休憩していると、千佳さんが話しかけてきた。

 けれど、言葉通りお目当ては幸人さんだったようで、あたしに問いかけつつも視線はあたりを見回している。

 あたしは、じろり、と――麦わら帽子に白いビキニ、という姿の千佳さんを眺めやった。

 黒く長い髪に白い肌、とまさに清楚な深窓のお嬢様、という装いだけど、麦わら帽子とビキニの胸元には白いリボンがあしらわれており。

 ――あざとく可愛さをちりばめている、と感じるあたしは穿ちすぎなのか、自問してしまう。

 惜しげもなくさらした腰回りや脚線美に、同性ながら視線を吸われてしまったことも、不覚に感じてしまう。

 自分がラッシュガードなどでそれらを隠しているという事実も拍車をかける。

 なのに当の千佳さんはそれを揶揄することもない。

 逃げるように千佳さんの背後に視線をやると、波打ち際の砂の城と、それに向かう凜花お姉ちゃん、田坂くん、千紘ちゃんの姿が見えた。

 どうやら千佳さんはそれに混ざっていたらしく、あたしの返答を待つ間に膝や脛にこびりついた砂を払っていた。

 そこまで認識して、あたしはやっと心の準備を整えることができた。

「冴さんと一緒に、スイカ割りとかの道具を取りに行ってくれたわ」

「そうなんだ。誘ってくれたら、一緒に行ったのに」

 誰と、とは千佳さんは明言しなかった。

 どこまで本気かわからないその呟きが、波風に乗って消えていく。

 思わず細くなるあたしの視線に、千佳さんはあたしとは違う意味で目を細くして、笑う。

「誘いたかったな、砂遊び。悠里くんともたくさん交流できるし、ね」

「――どういう意味?」

 ここで出てくる田坂くんに、あたしの警戒度が上がる。

 なのに、千佳さんは笑みを深くするだけだ。

「悠里くんから幸人の話をたくさん聞けて嬉しかったな、というだけの話だよ」

「将を射んとする者はまず馬を射よ、ってことかしら」

「まさか。ただの交流、だよ」

 なるほど、というのがその感想。

 むしろ納得したあたしの反応が意外だったのか、千佳さんは拍子抜けしたようだった。

 まさかと思うけど、港で合流したときに田坂くんたちと一緒に来たのも、その一環だった、ということなのだろうか。

 ――だとしたら。

「ご苦労様――というところかしら」

 あたしの挑発のような労いに、千佳さんは表情の硬直を隠し切れなかった。

 しばしの沈黙が過ぎる。

「みんなー!」

 そこに差し込まれたのは、幸人さんの呼びかけだった。

 スイカ割りするから集まって、とのことだった。

 それに答える、砂の城付近からあがる声が夏の日差しに溶けていく。

 幸人さんが近くに駆け寄ってきたこともあり、あたしたちのささやかな諍いはごく自然にほぐれてしまった。

「砂遊びか?」

「……そうね、ちょっとした遊びかしらね」

 幸人さんの問いに、曖昧に返してしまうあたし。

 千佳さんもそれには深く突っ込まず、けれど、麦わら帽子を脱ぐ、という動作で返してきた。

 そしてそれを幸人さんに差し出す。

「幸人。美咲ちゃんに貸してあげて?」

「……うん? いいのか?」

「うん。日焼けが心配だからね」

「そうか、ありがとう」

「……ありがとう」

 幸人さんとあたしのお礼に微笑む千佳さんから、幸人さん経由で麦わら帽子を受けとる。

 ――日焼け、ね。

 この気遣いをただの優しさからだと受け取れないあたしだった。

 


 スイカ割り、ビーチバレー、砂の城作り、遠泳、スキューバなどを楽しんで、気づいたらいつの間にか周囲はオレンジ色だった。

 放っておいたらいつまでも遊び続けそうなあたしたちに帰り支度を促したのは、やはりというべきか引率役がすっかり板についた冴さんだった。

「えー?」

 と一番に駄々をこねた桐也兄さんを、いつも通りと思える一喝で黙らせると、それをきっかけに帰り支度が始まる。

 紗月お姉ちゃんは遊びには混ざらず、どこか一線を引いたようにずっとサングラス越しに海を――そしてあたしたちを眺めていたようだった。

 唯一、食事のバーベキューには参加したものの、どこか他人行儀で受け答えも最小限で、周りもそれを察したのか千紘ちゃんですら近づきがたかったようだった。

 そんなお姉ちゃんも、この時間の片付けには混じって、自分が占有していたパラソルを畳んでいた。

 けれど、その動きはどこか無機質で、まるで話しかけられるのを拒否しているような雰囲気で、見ていられず無意味に視線を遊ばせてしまう。

 そんな中、幸人さんの声と姿を探し求めてしまったのは、もはやあたしにとっては必然だった。

「そう言えば、瑠羽(るう)さんは今回は来なかったんだな」

「あはは、あの子がこんなとこ来たら干からびちゃうっすよー」

 と、幸人さんとリコの会話が聞こえてきて、あたしは焦った。

 瑠羽は、かつてあたしが幸人さんについていくためコスプレした時の偽名であり、存在しないリコの妹だった。

 暑いはずなのに一瞬で冷や汗をかいてしまったあたしと違い、焦りの色もなく打てば響くように返すリコをさすがと思うしかない。

 そうして水着から着替えて荷物をまとめ、さすがに遊び倒した疲れを感じながらの別荘までの帰り道。

 ひときわ長く影を伸ばすのは、千紘ちゃんを肩車している幸人さんだった。

 その姿に、夢を幻視する。

 あたしと幸人さんが付き合い、結婚し、子供を得る。

 そんな幸せで――訪れるかどうか、わからない未来を。

「美咲さん、大丈夫ですか?」

 気遣うような声が届く。

 それが誰のものかは一瞬わからなかったけど、呼び方を改めてもらった田坂くんだった。

 竜禅寺の面々が多い中で「竜禅寺さん」だと誰への呼びかけかわからないため、そうしてもらったのだった。

「もちろん、今だけですので!」

 と、学校では元に戻すとあらかじめ宣言するなど、田坂くんらしい、とは言えた。

 その時のことを考えていると、自然に口元がほころんで、一番背が高くなった千紘ちゃんを眺めてしまう。

「さすがに疲れたわね。千紘ちゃんはまだまだ元気みたいだけど」

「はは、ご迷惑でなければいいんですけれど」

 そうして、みんなで別荘へと辿り着き、それぞれ割り当てられた部屋へ移動。夕食までは休憩の時間となった。

「だっはー、つっかれたー!」

 部屋に入るなり、同室のリコがベッドに倒れこんだ。

「ひと眠りする?」

「それもいいかもー」

 質問への返答が、寝息へとつながった。

 あまり見られない無防備な姿にタオルケットをかけてあげると、手持ち無沙汰になってしまう。

 音を立てないように荷物を整理すると、思考も整理できたようで、そう言えば、と思い出す。

 この部屋が連なる廊下の端に、こじんまりとしたサロンがあって、海が一望できるのだ。

 行ってみよう、と思ってそっと部屋を出て見渡すと、すぐに突き当りにサロンと――そこに佇む二人の人影があった。

「幸人さんと――紗月お姉ちゃん?」

 人影の正体に気づくと、そこに足を向けようとする。

 直後、あたしの瞳に映ったのは――紗月お姉ちゃんが、幸人さんを平手打ちする光景だった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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