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ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦  作者: 緋色
六章

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40/54

場外:亨通璃落

 八重垣瑠璃子の人生において、転機は三度ある。

 一つは、竜禅寺美咲と出会ったこと。

 が、瑠璃子はその時のことを明確に覚えてはいない。

 竜禅寺と八重垣は本家と分家に当たる。

 とは言っても、古く続いている間柄というだけの話で、主従があるわけではなく親交を深めていた。

 だから瑠璃子と美咲は物心つく前から交流があり、同い年ということもあって、仲良くなるのも早かった。

「リコちゃん、だいすき!」

 幼き日のその笑顔が、一番古い、瑠璃子にとっての美咲の記憶である。

 それは中々「るりこ」が言えず、幼い中、知恵を絞って美咲が考え出した瑠璃子への呼びかけだった。

 合わせて瑠璃子が「ミサ」と呼び始めたのもこの頃――確か、二人が幼稚園ぐらいの時だった、と思う。

 美咲は宝石のようにキラキラした目を持つ好奇心旺盛な少女で、それを大切にしたいと思ったのも同じ時期だった。

 二つ目の転機は、ギャルという生き方を知った時。

 竜禅寺も八重垣もいい意味で古い家庭だったのでそう言ったものとは無縁で、テレビや雑誌でそれを知ったときは鮮烈に映った。

 もっとも、それは小学校低学年くらいのころだったので、ある程度は真似させてくれたが、まだ早いということでピアスなどはさせてもらえず、厚底サンダルなどのままごとレベルで回りに抑えられてしまった。

 しかし、親友の瞳とは別方向のキラキラへの憧れは捨てきれず、ついに中学最終学年でデビューを果たす。

 金髪、カラーコンタクトレンズ、ピアス、多めの露出へとファッションが舵を切ったのはこの時だ。

 周囲が眉を顰めたり苦笑いする中、

「――何か、その方が『リコらしい』かも」

 と優しく微笑んでくれたのは親友の美咲。

 その時、かちり、と様々なものが噛み合った気がした。

 自分の立ち位置と姿勢が定まると同時に、それを認めてくれた親友を――尊いと思ったのだ。

 ――それなのに。

 次の転機の予兆はあった。

 じわじわと、美咲が学校で孤立し始めたのだ。

 些細な嫉妬が始まりだった。

 中学生にして美姫(びき)と言えるほどの魅力を放ち始めた美咲。

 望まずとも男性の視線を集める彼女だが、竜禅寺は古い家柄にして富豪で表立っては誰も何もできない。

 陰口や陰湿ないやがらせが重なり、元来の気丈さや明るさが美咲から削られていく。

 そして――美咲のそつのなさ、あるいは優秀さがそれを助長していく。

 知識、教養、スポーツ、すべてにおいて水準以上で、しかも同年代の男性女性を置き去りにする成績を叩き出していく。

 それでも、まだ家族が――瑠璃子がそばにいるうちはよかった。

 家族仲は良く、それがケアとなり傷を回復させていた――はずだった。

 けれど、その優秀さから来る畏怖は静かに家族の底にも這い寄っていて。

 独立した家族も久々に集まってのボードゲーム大会。

 瑠璃子も参加していたそこで――それは起こってしまった。

「まるで暗殺されたみたいだ」

 発言の主は、美咲にチェスで負けた、美咲の兄である竜禅寺桐也から放たれた。

 彼からしてみれば、いつもの空気を読まない発言で、その自覚もなかったかもしれない。

 その証拠に声はとぼけていて――けれど、表情が歪なことに彼自身は気づいてはおらず。

「おいっ!」

 同じ場にいた鏑木冴の咎める声が桐也に飛んだものの、もう遅く。

 表情を砕け散らせた美咲が、そこにいた。

 静まり返った間隙を置いて、その場を駆け去った美咲の部屋の鍵は、しばらく開くことはなかったのだった。

 ――それが美咲の心を守れなかった、第三の転機。

 瑠璃子は走りながらのその回想を打ち切って立ち止まると、もどかしくハンカチを出して、額の汗を拭った。

「どこ行ったんだか、あのスカタン……!」

 高級ホテルの廊下。

 幸い人影はないが、左右に部屋の扉が連なっているため、声を抑えて愚痴る。

 と、曲がり角から、ハーフアップの髪を揺らしながら、スーツ姿の女性が姿を現した。

 瑠璃子に気づくと駆け寄ってくる。

「瑠璃子くん、どうだった!?」

「見つからないっす! 冴さんもっすか!?」

「ああ、見ての通り手ぶらだ! ええいっ、どこ行ったあの……!」

 よほど口汚く罵ろうとしたのだろうが、しかし自制してそれを口内で噛み殺したのは鏑木冴。

 今、その表情は怒りで赤く染まっている。

「どこ行ったんすかね、桐也さん……!?」

「まったくだ、時間がないというのに!」

 二人が探しているのは鏑木桐也だった。

 とある待ち合わせを入れたことを説明した後、足取りがつかめなくなってしまった。

 冴がそれを伝えた時は、特にアクションを起こさなかったので素直に承諾したと思ったのだが。

「あいつ! 見つかったら瑠璃子くんに四枚くらいに畳んでもらうからな……!」

「ますます出て来なくなるっすよー」

 激怒している人間が横にいることでやや落ち着いた瑠璃子が、苦笑して抑える。

 そうしながら、瑠璃子はアクセサリーがじゃらじゃらついたスマホを取り出した。

 桐也の捜索には亨の手も借りており、進捗を確認するためだ。

「あだっ!?」

 その時、声が聞こえたかと思ったら、冴が現れた角から人影が飛び出してきて、顔面から床に突っ伏したのが見えた。

「いた、桐也さん!」

「なにっ!?」

 指さす瑠璃子、血相を変えて振り向く冴。

「や、ややややべっ!?」

 窮状に叫んだかと思ったら、押しつぶされたような――否、押しつぶされて声をあげた桐也。

 その背が足で踏まれ、押さえつけられていた。

「まったく、手間かけさせやがって」

 角に隠れていた桐也を背後から蹴り飛ばし突っ伏させ、踏みつけて確保したのは、やはり走り回らされて額に汗を滲ませた藤井亨だった。

 やっと相手が見つかったことに、喜色に顔をほころばせる冴。

「でかした、藤井くん!」

「あー、捕まっちゃったー」

「可愛く言ってる場合か!」

「あたっ」

 うなだれる桐也に駆け寄ると、軽くその頭をはたく冴。

 それを苦笑して眺めやりながら、亨に近づく瑠璃子。

「踏んじゃダメっすよ、亨くん。これから人に会うんすから」

「これくらいしてもバチは当たらねえだろうよ」

 言いながら足をどける亨。

 幸い、多少跡があるだけだった。

 瑠璃子が腹いせも込めて払うと、ほぼ目立たないまでになる。

 亨は、たまたまこのホテルの近くにいて、瑠璃子に捜索要員として駆り出されたのだ。

 そうして、引き合わされた冴と自己紹介も慌ただしく、捜索対象の人相を写真で示され、性格を口頭で告げられる。

 しかも、スーツ姿の冴や、場所にそぐうお嬢様スタイルの瑠璃子と違って、亨は街歩き用のシャツとパンツだ。

 場違いな格好なのでこそこそしなければならず、それで格式高いホテル内を探し回らされたのだ。

 それを考えると、当の桐也とは初対面だが、蹴り飛ばして踏みつけるくらいは許されるはずだった。

「でも、よく見つけたっすね?」

「ふと思いついたことがあってな。思った通り、鏑木さんの後をつけるように逃げてやがった」

 亨の言う鏑木さんは冴のことである。

 冴とは先ほど話したばかりだが、桐也との関係性は垣間見えたし、お互いの性格は察しがついた。

 だから、冴の裏をかくように動くのではないか――亨はそう読み、見事的中となったのだった。

 感心の表情の瑠璃子に対し、冴は再び顔を怒りに染め桐也の胸倉をひっつかんで引き上げた。

「人の気も知らず、女の尻を追いかけ回していたというわけか……!?」

「だってしょうがないじゃん? 冴の尻、可愛くて目立つんだもん」

 へらり、と笑う桐也に、冴の顔が怒りではない赤に染まる。

 咄嗟に、冴の片手が尻をかばう方向に伸び、もう片方の手が桐也をぐらぐらと揺らす。

「ば、バカか! お、お前、な、なに言って、お前はあぁっ……!」

「あー、どーどー、冴さん、それ以上服装乱すのはまずいっす。痴話喧嘩は後でお願いするっす」

「だ、誰がっ!」

 へらへらしている桐也、怒り顔の冴に対して、亨は呆れていた。

「あー、瑠璃ちゃんの物言いじゃねえが、時間ねえんじゃねえの? ――つうか、まさか待たせてねえよな、竜禅寺さんのこと」

 呆れた前半とは打って変わり、後半は低く。

 その冷たさに、場がぴたりと止まった。

 そう、桐也の待ち合わせの相手とは、彼の妹の竜禅寺美咲。

 わざわざ呼び出した相手だった。

 とっさに冴が腕時計を確認し、次いで安堵のため息を漏らした。

「――大丈夫だ。が、藤井くんの言うことももっともで、あまり時間はない。いい加減、ついてこい」

「……あー。……うん」

 煮え切らない返事の桐也。

 その様子に――とうとう、瑠璃子は切れた。

 冴の手から桐也の胸倉を奪うと、突き飛ばすようにその背中を廊下の壁に叩きつけたのだ。

「ぐうっ!?」

「あんたは!!」

 呻く桐也に、瑠璃子の鋭い声と視線が突き刺さる。

「ミサに謝りに来たんじゃないんすか!」

 それに答えるのは泳ぐ男の目。

「あの時はごめんって! そう言いに来たんじゃないんすか!?」

「……それは」

 やはり、瑠璃子の怒りに返ってくるのは弱弱しい反応だった。

「ミサは勇気を出してここに来たんす! あのチェス盤を持って!」

 ぴくり、と桐也の手が動く。

 だが、その動きはまだ鈍い。

「……桐也」

 冴の懇願の呼びかけに、桐也は震えるばかりだ。

 そこに響く、亨の大きなため息。

 亨はスマホを操作して、メッセージアプリを立ち上げる。

 そして、とある部分を指し示しながら、割り込ませるように瑠璃子に差し出した。

「お嬢さんからの伝言だ。読み上げな」

 戸惑う瑠璃子は、言われるがままそうした。

「……『今度も勝つわよ』……?」

 何をさせられたのか分からない瑠璃子、首を傾げる冴。

 しかしそれを聞いた桐也の手は握られ。

 持ち上がると、その顔を覆った。

「……ああ、本当に」

 手の間から覗くのは自嘲の笑みか。

「本当に、怖いなあ」

 桐也のそれは、美咲のことなのか。

 瑠璃子と冴の口が、怒声を上げようと開きかける。

「怖いくらい――愛しい、妹だ」

 壁に押し当てられていた身体に力が入り、自然と瑠璃子の手を押しのけた。

 そうして、桐也はふらりと――歩き出す。

 猫背にだらしない格好で、しかも足取りはおぼつかない。

「ありがとう、二人とも」

 綺麗な笑みを亨と瑠璃子に投げかけ、冴がその隣に並ぶ。

 その二人の背を見て瑠璃子は。

 ――ああ、これで大丈夫だ。

 どこか呆然と、それを見送った。



「……お前は行かなくてよかったのか?」

 どれだけ経ったのだろうか。

 ただ佇む瑠璃子に声がかかる。

 まるで夢から覚めたかのように瑠璃子が振り仰ぐと、横に静かな光を目にたたえた亨がいた。

 その姿はやはりシャツにパンツで、それが妙に現実感があって。

 瑠璃子は、ようやく表情を動かすことができた。

「……いいんす。大丈夫だと思うんで」

「そうか」

 反応を予想していたのか、亨の返答はそっけなかった。

 構わず、瑠璃子は廊下の壁に背中を預けた。

「……それに、できることもないんで」

 陽の象徴のような瑠璃子に、影が差す。

 亨は、何も言わずに瑠璃子の横に同じように、もたれかかった。

 人通りはない。

 瑠璃子にはそれがありがたく、また――横で、ただあるだけのその人に対してもそうであった。

「……ミサ、桐也さんとのことで、塞ぎこんじゃったんすよ。他のご家族に対してもそうなっちゃって。……うちにも、一緒で」

 ぐっ、と瑠璃子は唇を噛んだ。

「折れちゃったんす、ミサ。……助けられなかったんす。守れ、なくて」

 涙も出ない。

 そんな資格、自ら手放した。

「だから、自暴自棄になったんすかね、たくさん鍛えて。強くなって、今度こそは、って。なのにその間に、ミサはますます学校でひどい状況になってて。でも、高峰さんは、手を出しちゃいけないって」

 耳元に手をやる。

 そこには、大事な親友からもらったピアスが光っている。

「……でも、寺島さんと出会ってから――変わって、全部自分で退けて。うちが会いに行けるようになった時には、全部終わってて。前みたいに接してくれるのが、かえって辛くて」

 乾いた笑いが、瑠璃子の口から漏れる。

「――何も――できなかった。――だから今度も、きっと何も」

 頭がうなだれた。

 それは、隣にいる人への感謝か。

 それとも――。

「繋げたじゃねえか」

 唐突な亨の指摘。

 それは瑠璃子の沈み込もうとしていた心、そして顔を持ち上げた。

 静かに見下ろしてくる瞳に、どきり、と瑠璃子の心が動く。

「さっき読み上げてもらったやつな。幸人から回ってきたもんなんだわ」

「……寺島さんから?」

「そう」

 亨は頷くと、先ほどの画面を見せた。

 先ほどは指示されたところだけを注視していたから気づかなかったが、それは亨と幸人のやりとりで、幸人が送ってきたメッセージ内の一文だった。

 それは、こうあった。

「さっき美咲と話してたんだが、次に桐也さんと会ったらなんて言う? って聞いたら『今度も勝つわよ』だってよ。カッコよすぎないか、美咲?」

 要するに、幸人が亨に送ってきたのろけである。

 対する亨の返答は「さっさと寝ろ」で終わっている。

 亨は苦笑した。

「よっぽど興奮したんだろうな、はしゃいで送ってきた様子が目に見えらあ」

 次いで、くくっ、と笑う亨。

 話の流れが見えない瑠璃子は、首を傾げるばかりだ。

 それを知ってか知らずか、亨は笑いをおさめた。

「お前、なんで今日、俺を呼んだ?」

「え」

 瑠璃子はそれに答えることができない。

 真っ先に思い付いた人間だった、ただそれだけ。

 しかし、なぜかそれを言い出すのは気恥ずかしく、結局、瑠璃子は口をつぐんだ。

 それ以上は追及せず、亨はスマホをしまった。

「お前が俺を呼ばなかったら、あいつはまんまと逃げおおせていたかもしれねえ。あいつを説得するひと押しもなかったかもしれねえ。お手柄じゃねえか。何もできなかったなんてことはねえ」

 亨が言う「あいつ」は桐也のことだろう、と瑠璃子にはわかった。

 けれど、それ以外のことはまるでわからない。

 だってそれは。

「ぐ、偶然」

 瑠璃子はそう思い、そう言う。

 そして亨はそれを肯定し、否定する。

「そう、偶然かもな。けど、それを引き寄せて――二人を繋いだのはお前だ。よくやったな、瑠璃子」

 二人。

 美咲と桐也。

 瑠璃子の視線が、桐也と冴が歩いて行った先へ巡る。

 その姿はもう見えない。

 けれど、きっとその先に縁を取り戻して、仲良くチェス盤に向かう二人の姿がある。

 それを、自分が成せた。

「背中なら貸すぞ」

「……普通、胸じゃないんすか?」

「じろじろ見る趣味はないんでな」

 それには答えず、瑠璃子は差し出された背中に顔を埋め。

 そうして、堰を切ったそれに思った。

 きっとこれは四番目の転機だ。

 それも、とびっきりの。

 ――もう瑠璃子は、自分をごまかせなかった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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