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ストーカー系女子とアンニュイ系男子の攻防戦  作者: 緋色
六章

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39/54

人望と悠然

「お断りします!!」

 顔を伏せたままの断言。

 田坂くんの返答はそれだった。

 そうして田坂くんは顔を上げると、蒼真兄さんを睨みつけた。

「なぜだ?」

 一言しか出ない蒼真兄さんを置き去りに、田坂くんはあたしたちへ向き直る。

「竜禅寺さんには――」

 そこで一瞬交錯する、あたしと田坂くんの視線。

 けれど田坂くんは、言葉を飲み込んで、それを振り切ってみせた。

「――幸人さんが相応しいと、僕は思います!」

「――悠里くん」

 幸人さんの声。

 そこに込められたものは、その視線に込められた感情は何なのだろう。

 あたしには読み取れなかった。

 けれど、それで田坂くんには伝わったようだった。

 田坂くんは少し切ない瞳を幸人さんに返すと、苦く笑ったのだった。

 ――さて。

 こうなったら、あたしは言うべきことを言うだけね。

 あたしは当然のように、幸人さんのそばに佇んだまま、ストールの位置を整える。

「では兄さん。返答を続けるわ」

「……む?」

 押されたように、少し仰け反る蒼真兄さん。

「わざわざ格式高い料亭に幸人さんを招いて、試したそうね。そこで、あたしに恥をかかせる気か、と」

「お、おい? 美咲?」

 幸人さんの戸惑ったような声。

 いいのよ、幸人さん。

 ここは、妻のあたしに任せて?

「あ、ああ。それが?」

 なぜか声が上ずっている兄さん。

 視界の隅で、そそくさと蒼真兄さんから遠ざかる田坂くん。

「そんな場に行く気はないわ。幸人さんを下に見る人たちがいるような場所なんて、すべてお断りよ」

「いや、それで全部通るもんなのか?」

 幸人さんの疑問。

 あたしは頷くだけ。

「通すわ。竜禅寺美咲の命に懸けて」

「いや待て、命はダメだろ。そんなことさせるなら、素直にマナーとか勉強して行くが」

 あたしは咳払いして、言い換えた。

「名に懸けて、の間違いね。勉強してくれるそうよ、兄さん?」

「う、うむ」

 なぜか蒼真兄さんは汗をかいている。

「それから、なんだったかしら。……ああ、そうそう」

 あたしは、怒りで身体が震えそうになるのを堪えながら、それを思い返した。

「経済力、包容力、家柄、後ろ盾、血縁、すべてなし。それでどうやって、美咲と生きるのか――だったかしら」

「……ひ、ひどい。そんなことを?」

 田坂くんの声。

 ええ、そうね。

 あたしも同感だわ。

「経済力? あたしがいるわ。妻の財産は夫のものだもの。包容力? いつも満たされているわ、それこそ無限大よ。それから、家柄だったかしら」

 あたしは鼻で笑った。

「笑わせないで。竜禅寺は古い血筋だけど、成りあがったのはパパの頑張りがあったからでしょ。つまりあたしたちが誇る権利なんてない。最初から天秤にかけられるものでもない。そして後ろ盾――だったかしら」

「あ、僕、なりますよ? 幸人さんは役員待遇で引き抜こうと思っていましたので」

 いつの間にあたしたちの後ろに回っていたのか、田坂くんが小さく手を挙げた。

 なかなか見る目があるじゃない。

「そんな話だったか?」

 幸人さんが戸惑っているけれど、田坂くんはにこやかに微笑むばかりだ。

「あと、血縁――だったかしら」

 これだけは絶対に許せない。

「よくも、よくも。家族のない幸人さんに、よくもそんなことを」

 かつて、あたしは幸人さんとお母様の、最後の会話の機会を奪った。

 縁を失わせたという事実が、ブーメランのように兄を通じてあたしに返ってきた。

 目の前の兄に、そしてあたし自身にも焼けただれるような怒りを感じる。

 幸人さんの腕に添えているあたしの手。

 そこに、ふわりと重ねられるもの。

 そこに視線をやると、幸人さんの手が添えられている。

 見上げると、「落ち着け」と言わんばかりの優しい瞳。

 それだけで、あたしの激情はすっかり愛情に昇華されてしまう。

 そうして、静けさを取り戻したあたしは、蒼真兄さんに向けて宣誓する。

「あたしがなるわ。血でもなんでも、幸人さんに捧げる覚悟があるもの」

「いや、血はなあ」

 なんだか痛そうにしている幸人さん。

 遠慮しないでいいのに。

 すべてに返答し終えて、あたしは蒼真兄さんを改めて見た。

 なにやら腕を組んで、幸人さんに視線を向かわせている。

 何を考えているのか、いまいち読めない。

「世界の違いはどうする?」

「――それは」

 口ごもる幸人さん。

 が、それに対する返答は思いもかけないところからやってきた。

「繋げばいいんじゃないでしょうか」

 田坂くんだった。

 彼の表情はまるで当然のことを言っているようで、どこにも気負いはない。

「繋げる、って悠里くん。そんな簡単に」

 疑問を呈したのは幸人さんだった。

 返された田坂くんは、小さく瞬きすると、苦笑を浮かべた。

「初めて幸人さんに会った時、僕は悩んでいました。家督を継がなければならない、決められた未来を。でも幸人さんはその時、言ってくれたんですよ。世界は繋げられるんじゃないか。家業をしながらゲーム会社を立ち上げたらいいんじゃないか、って。僕、それで吹っ切れたんですよ」

「すごいわ、幸人さん」

「ええ、幸人さんはすごいんですよ」

 あたしが思わず称賛の声を上げると、同調する田坂くん。

 見上げる幸人さんは恥ずかしそうだった。

 対して蒼真兄さんは、吟味こそすれ、硬い表情から変わることはなかった。

「ふむ。つまり、すべて美咲その他におんぶに抱っこで、自らは何も成さない、ということでよいのか?」

 まだ言うか、とあたしは口を開こうとした。

 それを苦笑で抑える幸人さん。

「そう聞こえても仕方がありませんね」

「開き直り、か」

 ただ淡々と語る蒼真兄さんに、あたしはとうとう拳を振り上げそうになった。

 そうやって握りしめた手を押しとどめたのは――やっぱり幸人さんだった。

「が、それもまたよし――か」

 組んでいた腕を解き、兄さんは頷いて、幸人さんを静かに見た。

「幸人くん」

「はい」

「色よい返事、確かに聞かせてもらった」

 それでも蒼真兄さんの表情はやっぱり硬く。

 怪訝そうな幸人さん、同じ心境のあたし。

 田坂くんは気配からして戸惑っていそう。

 そうして蒼真兄さんは、踵を返して部屋から出ていこうとする。

「ちょ、ちょっと!? どこ行くつもり!?」

「妹を任せるに足る確証を得たので、帰るつもりだが」

 思わず叫んだあたしに、律儀に向き直る蒼真兄さん。

 あくまで平常通りのその姿に、あたしの頭に血が上る。

「ふざけないで! 話はまだ終わってないでしょ!?」

「……まだ何かあったか?」

 本当に不思議そうな蒼真兄さん。

「あるに決まってるでしょ!?」

「……いや、美咲。もうないぞ」

「……ほへ?」

 幸人さんの思わぬ指摘に、つい間抜けな声をあげてしまうあたし。

「蒼真さんは質問をしてきた。で、俺たちは――いや、美咲と悠里くんがだが、回答してくれた。そして、蒼真さんはそれに納得――してくれた、のか? それで用件は終わりだ」

 考えながら、蒼真兄さんに視線をやりながら、幸人さんは説明する。

 ただ、そういう幸人さんも納得はしてなさそうだった。

 あたしは訳がわからず、蒼真兄さんに妙なものを見るような目を向けた。

「……え、本当にこれで終わり?」

「……そうではあるんだ、が」

 幸人さんは重いため息をつき、兄さんを何とも言えない表情で見た。

「……悠里くんの恋心の暴露は、さすがにやりすぎではないでしょうか」

「ほんとそれ! 控えめに言って最低よ!」

「ほ、掘り返さないでくださいぃ……!」

 田坂くんは、顔を覆ってしまった。

 とは言っても全身が真っ赤なのでほとんど隠せてはいないのだけれど。

 蒼真兄さんは怪訝そうな雰囲気を覗かせた。

「君の妹の千紘くんが方々で言いまわっていたので、もうお互いに知っているものと」

「千紘ーー!」

 頭を抱えて絶叫する田坂くん。

 あり得る話ね、と納得してしまったあたしがいた。

 千紘ちゃんがあたしと名指ししたわけではないけれど、聞く人が聞けばそれが誰のことなのか、辿り着くのはさほど難しくないということだった。

 蒼真兄さんに難しい表情を向けているのは幸人さんだ。

「それでも、俺は知りませんでした……すまん、悠里くん。俺たちの事情に巻き込んでしまって、本当に申し訳ない」

「い、いえ、本当に大丈夫なんで……!」

 きっちり謝る幸人さんに対して、遠慮する田坂くんが痛々しい。

 あたしは蒼真兄さんを睨みつけた。

 それでようやく察したのか、蒼真兄さんは田坂くんに頭を下げた。

「申し訳なかった。ゲーム会社とやらを立ち上げる時は協力するので、それで手打ちにしてくれるとありがたい」

「本当にもういいんで、どうか忘れてくださいぃ……!」

 確かに、田坂くんにとってはそれが一番かも。

 ただ、あたしはまだ納得いっていなかった。

 田坂くんのこともそうだけれど、幸人さんに言ったことも。

「一発殴るくらいはさせてほしいところね」

 思わず零れたそのセリフに、蒼真兄さんはさすがに表情を引き締めた。

 要するに――受け入れる姿勢だった。

 けれどやっぱりそれは、幸人さんに止められたのだった。

「美咲、兄妹喧嘩でそこまではダメだと思う」

 それは、あたしにとっては意外過ぎる言葉で。

 蒼真兄さんにとってもそうだった。

「……兄妹」

「……喧嘩?」

 蒼真兄さん、あたしと続く、半ば呆然とした言葉。

 それは過去にあったことだけれど、ここ数年はなかったことだった。

 あたしと蒼真兄さんは思わず顔を見合わせる。

 と、幸人さんの言葉は田坂くんにかけられた。

「悠里くんにも妹さんがいるんだって?」

「あ、はい。おませな妹でして」

「喧嘩はする?」

「しますね。小二でして、割とぽかぽか僕のこと叩いてきますね」

 苦笑の中に、確かな愛情を込める田坂くん。

 それを察したのか、幸人さんが優しい笑みを浮かべた。

「仲がいいってことか。俺は一人っ子だったから、少し羨ましいよ」

「そんなにいいものでもありませんよ?」

 困ったような、くすぐったいような田坂くんの表情だった。

 そこで幸人さんは表情を改めた。

「君には酷かもしれないが、聞かせてくれないか。どうして、俺と美咲のことを認めてくれたんだ?」

 田坂くんはそれに一瞬ためらったけれど、幸人さんが真剣な表情をしていたからか。

 ――そこに懇願が見えたからか。

 田坂くんは、屈託なく、にこやかに笑った。

「お似合いだったからですよ」

 幸人さんは意外そうな表情だったけれど。

 あたしの内心を歓喜が占めた。

 田坂くんの説明は続く。

「この部屋に入った時、素敵なお二人だな、と思ったんです。お二人ともがお互いに寄り添っていて、すごく自然で――ああ、いいなあ、って」

 あたしには、幸人さんが泣き出すのを堪えたように見えた。

 田坂くんはむしろ、納得したように頷いた。

「――ああ、そういうことだったんだ、って腑に落ちたんです」

「――そうか。ありがとう、悠里くん」

「や、やだなあ。なんだか、こっちが照れちゃうじゃないですか」

 はにかむ田坂くん。

 とても嬉しそうで、なんだか尻尾をぶんぶんと振っているさまが見えるようだった。

「そ、それにですね? 幸人さんのそのスーツがとても素敵で、圧倒されたというか感激したというか。ああ、大人の男性だ! って感じで、とても僕は適わないなあ、とも思いまして」

「そうね、それには同感だわ」

 あたしは、うっとりと幸人さんの肩を見上げて指さした。

「ここから首元へのラインとか、色気がすごいでしょう?」

「ほ、本当に。大人の色気ってやつだね、竜禅寺さん!」

「そうなの、駄々漏れもいいところで、かぶりつきたくなるのをどれだけ我慢したことか」

「かぶりつくはわからないけど……特に目を引かれたのはネクタイピンかな。これ、竜禅寺さんのドレスの色だよね」

「……そう言えばそうね」

 お互いに衣装はすり合わせたけれど、あたしはそこまで気が回っていなかった。

 すると、それまで苦笑でマネキン役を務めていた幸人さんが、そのネクタイピンを指さして田坂くんを見る。

「ここに美咲がいてくれると、落ち着くと思ったんだ。やっぱり正解だったよ」

「わああ……!」

 感激したような田坂くん。

 あたしはそれどころじゃなかった。

 ネクタイは男性にとって社会性の象徴。

 そして基盤、と聞いたことがある。

 つまり根幹。

 時に揺れるそれの支えとして、あたしを選んでくれていた、なんて。

「け、結婚式場、予約しないと……!」

「やめろアホ。なんだ、唐突に」

「だ、だってプロポーズよね、これ!?」

「なんでそうなる。ちょっとは落ち着け」

「はうんっ」

 兄さんの前だからか、叩いたりせずに脳天に手のひらを押し込んでくる幸人さん。

 今のあたしにとってはそれもご褒美で、変な声が出てしまった。

「わ、わあ。大人の躱し方だあ」

 田坂くんは、そんな幸人さんの振る舞いにどぎまぎするやら憧れの瞳を向けるやら、だった。

「そうよ、羨ましいでしょう? あたしをこんな風に弄んでくれるのは幸人さんだけなのよ」

「も、弄ぶはともかく。幸人さんと仲がいいのは、確かに羨ましいな」

「君まで何を言っているんだ、悠里くん?」

 呆れたような幸人さん。

 しかし田坂くんは、むしろ勢い込むのだった。

「僕、幸人さんのファンなので!」

「あら奇遇ね、あたしもよ。会員第一号は譲れないけど」

「そ、そんな、竜禅寺さん。せめてそれは譲ってくれてもいいんじゃないか!?」

 本気の圧が伝わってくる。

 思えば、こんな風に田坂くんと本音で話し合ったことはなかった気がする。

「……なるほどな」

 そこに静かに押し込まれてきたのは、蒼真兄さんの声だった。

 まるで蚊帳の外になっていた兄さんだったけれど、さすがその声には存在感があり、あたしたちを黙らせて視線を引きつけた。

「幸人くん」

「……はい」

 この期に及んで何を言われるのか。

 幸人さんの返答に緊張が滲む。

「俺があの時、あえて列挙に含まなかったことがある。そこまではさすがに酷か、と思ってな」

 あたしはやぶ睨みな視線になるのをとめられなかった。

 田坂くんも、呆れた表情だ。

 充分に酷だ、それがきっとあたしと田坂くんの共通見解。

 それに気づかず、兄さんは続ける。

「人望の有無がそれだ。だが――」

 そこで兄さんは、田坂くんに視線を移した。

「含むまでもなかったようだな」

「……恐れ入ります」

 きっちり頭を下げる幸人さん、どこか誇らしげな田坂くん。

 幸人さんは頭を上げると、口元を緩めた。

「先ほどは引き止め損ねましたが。最後まで鑑賞していっていただければ、と思います」

「……それなのだが」

 コンサートはまだ第二部が残っている。

 それへの誘いに、戸惑いの空気で返答する兄さん。

「今回の構成はなんだ? マーラーかと思ったが、精神性よりも躍動が勝っている。かと思えば、時にストラヴィンスキーを彷彿とさせる。だが、混沌はあるのに、制御されすぎているきらいもある……。なのに、妙に心に刻まれる。なんだ、この表現に困る音楽たちは?」

「今日は、あたしたちが好きなアニメのコンサートなの」

「……なに?」

 その時の蒼真兄さんの表情は見ものだった。

 梯子が外された時、鳩が豆鉄砲を食らったよう。

 表現はいろいろあるけれど、きょとん、がわかりやすいだろうか。

 兄さんはクラシックへの造詣が深い。

 だから自分の知識に当てはめようとして、ずっと失敗し続けていたに違いない。

 それが不調を呼び、議論の妨げとなれば、と思っての今日の招待。

 田坂くんという不確定分子にその予定を崩されたわけだけど、それ自体が変な方向に転がったことは蒼真兄さんにも意外だっただろう。

「このような世界もある、ということをご覧いただこうかと思いました。楽しんでいただけているようで、なによりです」

 先ほどの兄さんの感想は肯定的だった。

 幸人さんの顔に浮かんでいるのは、自分の好きなものが受け入れられて、ほっとした笑みだった。

「……そういうことか」

 頷いた兄さんは、田坂くん、幸人さんへと視線を運び、最後にあたしを見つめてきた。

「共通した世界でまず繋ぎ、そこから大きくしていく――というわけか。そうやって生きていく、というのだな?」

「――はい」

「そうなるわね」

 神妙に頷いた幸人さん。

 あたしはどうとでも取れるような返事。

 正直、手段はどうでもいい。

 それが幸人さんと歩いていくために必要であれば、それらを取り込んでいくだけなのだから。

 あたしの返事をどう取ったのか、蒼真兄さんは満足そうだった。

「ならば、その世界とやらを堪能させてもらうとしようか」

 丁度よく、そろそろ休憩時間は終わりそうだった。

 幸人さんはサイドテーブルに伏せていたパンフレットを蒼真兄さんに差し出して、改めてソファーへと導いた。

 その並びは、蒼真兄さん、あたし、幸人さん、田坂くんとなっていて、妙な隙間はなく。

 幸人さんの心づかいが伝わってくるようだった。

 パンフレットを覗き込む蒼真兄さん。

「ふむ、先ほどまではTV版というものなのか」

「ええ、そうね。一曲目はオープニングテーマ、次が日常パートのテーマ曲、その次が戦闘シーンでよくかかる曲。次が挿入歌の歌なしバージョン。で、で、最後が主人公の逆転シーン! すごくよかったでしょ、ここ……!?」

「そ、そうなのか。オープニングテーマからしてよくわからん。なんだオープニングとは……?」

「そこからなの!?」

 戸惑う蒼真兄さん、意外を禁じ得ないあたし。

 アニメの知識がない蒼真兄さんに、あたしがやや興奮気味に設定などを説明しながら、振り返る記憶。

 ――いつ以来の近さだろうか。

 いつの間にか、できていた距離。

 きっとお互いにそれを自覚していたに違いない。

 けれど、それを仕方ないものと諦め、見慣れることを良しとしていた。

 それが今、こうやって埋められている。

 言葉はないけれど、兄妹喧嘩はもう終わり。

 そう導いてくれたのは幸人さん。

 その幸人さんと田坂くんの会話が聞こえてくる。

「ここでパワーアップしたんですね」

「そうだね。そこまではギリギリ敵に勝っていた」

「ゲームのレベルデザインに通じますね」

「うん。素晴らしい計算だ」

 なんだか肩を寄せ合うようにして、パンフレット片手に談義をしていた。

 振り返って視線を落とすと、あたしと幸人さんの間には結構な隙間が空いていた。

 それが我慢ならず、あたしは幸人さんに身を寄せてその腕に抱き着く。

「あたしも混ぜてっ」

 返ってくるのは優しい苦笑。

 その向こう側には、幸人さんとの話を邪魔されたからか、不満そうな田坂くん。

 逆側からは蒼真兄さんの咳払い。

 兄の目の前であまりくっつくな、ということだろうか。

 そんなのは無視して、あたしは幸人さんが手にするパンフレットの曲目に視線を落とした。

 コンサートの第二部は、悲壮なテーマからエンディングへと続く構成になっている。

 アニメの最後への道のりは、決して平坦でも平穏でもなかったけれど、最後は希望に満ちていた。

 それらは幸人さんとの共通項であり、あたしたちの世界を繋ぐ希望でもある。

 だから今回のオーケストラは、ただのアニメの曲ではない。

 あたしたちの未来への足取りを鼓舞する応援歌だ。

 そうして、あたしは改めて。

 再開されたコンサートの曲たちに聞き入ったのだった。

読んでくださり、ありがとうございました。

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また、「拝啓、○○に出会いました。」という王道冒険ファンタジー小説も掲載しておりますので、よろしければぜひ。

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