それぞれの前線
「ゲーム大会しようよ」
とは、千佳の発案だった。
それはある意味、能天気で。
――それを言える関係になったことを表す。
千佳が俺への執着を露わにし、手段として亨を追い詰めたこと。
俺がそれに腹を立てて、千佳に絶縁のような通告をしたこと。
それらを伏せて、滝原課長に「何か」あったと報告したこと。
――頭が冷えた後は、我ながら大人げない対応をしてしまった、と思ったこと。
しかし千佳は出向の立場で、職場にいる期間には限りがある。
それまでのことか、と思っていたら、美咲から思わぬ疑問を投げかけられた。
「許す、という選択肢はないの?」
それはどこか心配そうで。
しかし、俺にはその意図が読めなかった。
よほど不可解そうな表情をしていたのだろうか、美咲は前置きした。
「……それはまあ、あの人が幸人さんの職場にいるのは縊りころ――じゃない、叩きつぶ――でもない、抹殺したいくらいなんだけど」
「言い直した意味は何だ?」
「と、ともかく! いい気がしないのは確かだけど!」
俺の呆れた視線から逃れるためか慌てて、そして――気遣いの瞳を、俺に向けてきたのだ。
「……後悔しない?」
その問いは、俺に残ったわだかまりを正しく言い当てていた。
それを直視させられ、しかし、心苦しさもあるのだ。
「……美咲はいいのか?」
ある意味、決断を委ねるようなずるい聞き方に、美咲は大人びた、しかし控えめな笑顔を見せるのだ。
「幸人さんの心が一番だから。それに、信じていいんでしょう?」
「ああ」
それだけは自信をもって頷ける。
そして俺は、謝ってきた千佳に、先に亨に許してもらうことを条件とし――結局、俺も許すこととなったのだった。
だから職場での千佳はうなだれた姿勢から回復し、その様を心配していた瀬戸が驚くほどの浮かれ具合を見せて、俺と滝原課長に注意されるまでに至っていた。
気分を封印された分、千佳はその感情を仕事をこなすことで解消した。
すなわち、出向元からの要望や仕様変更要求を一元化し、スムーズに流れるように調整し――修正や残業を駆逐した。
おかげで俺たち開発陣の職場環境は、先日までの残業攻勢を夢かと思うまでに回復し。
千佳はその功績をもって、出向社員にもかかわらず主任に昇格。
今のプロジェクトを終えてもパイプ役として、こちらの会社に残ることとなってしまった。
それに、亨などは猜疑の目を向ける。
「最初から、残業が発生するように仕組んでたんじゃねえだろうな?」
「さすがに、それはまさかだよ」
千佳が澄まして返し、俺もそれはさすがにないだろう、と思っている。
美咲は千佳が残り続けることに歯噛みしていたようだが、後の祭りであった。
そんな中での千佳の発案は、いつの間にかできていた俺、亨、千佳のグループメッセージに投下されたのだった。
「メンバーは誰だ?」
丁度休憩室で、その三人が居合わせることになったので直接聞いてみる。
「この三人と美咲ちゃんかな」
嬉しそうに答える千佳。
それを見て、亨は呆れたような表情である。
それらの意図する所には、あまり興味を持たないようにしている。
スマホを確認すると、美咲からメッセージが来ていた。
『千佳さんからゲーム大会をしないかって誘われたの。名目は親睦会? みたい。あたしは瑠璃子、後、凜花お姉ちゃんも誘おうと思ってるけど、幸人さんはどう?』
メッセージだからだろうか、八重垣さんのことをあだ名ではなく呼んでいる。
そういうきっちりした所が微笑ましく、俺は口元を綻ばせてしまった。
要するに、俺が参加しないならしない、ということだろうか、と思いつつ、美咲が「千佳さん」としていることが気にかかった。
それは美咲なりに千佳に歩み寄ろうとしているということで、俺が止めてしまうのも違う気がした。
俺が考えていると、亨が千佳に疑問を投げかけた。
「どこでやる予定なんだよ?」
「美咲ちゃんが自宅を提供してくれるんだって。そこそこの広さがあるからって」
「ふうん」
亨は胡散臭そうな視線を隠しもしない。
しかもあの日から、千佳への敬語もすっかりやめてしまい、より亨のスタンスが明確になった次第だ。
俺は苦笑しつつ、了承することにした。
「いいんじゃないか? 八重垣さんも来るみたいだし、亨としては嬉しいだろう?」
「二人っきりの方がいいけどな」
それはそうか、という感想に俺も頷きながら、美咲が誘う面々に思いを馳せる。
「美咲のお姉さんも来るそうだしな。前は少ししか話せなかったから、それも楽しみだ」
「美人って言ってたお姉さんか」
真面目な面持ちで考え始める亨。
俺たちの様子を見て、千佳は頷いた。
「じゃあ、決まりってことでいいかな?」
「ああ。美咲にも返事をしておくよ」
残業ばかりだったし、久々に楽しめそうだ。
俺はそう、内心でわくわくするのだった。
「――と、この時の俺はそう思っていた」
「不吉なモノローグを入れるな」
何やらにやにやと笑って呟いた亨に、ツッコミを入れた俺。
そんな俺たちを、千佳は「仲いいなあ」とでも言いたげに、苦笑まじりで眺めていた。
「いらっしゃい、幸人さん!」
「お邪魔するよ」
そしてやって来た休日、ゲーム大会。
俺は亨と千佳を伴って美咲の家――マンションの一室を訪れた。
そこは「誰が住むんだ、こんなトコ」と亨とも話したことがある有名な高層マンションだった。
厳重なエントランスだけで場違いを感じて引き返したくなるほどだったが、こうして花開くように微笑む美咲に会うと、それがあっという間に払拭されるから不思議なものだ。
会えない間に、顔に怪我をしたと聞いたが癒えてその跡もないようで、そういう意味でも安心して自然と頬が緩んだ。
「俺もいるんだがなー」
「藤井くん、そこは『俺たち』にしてくれてもいいんだよ?」
俺の後ろからぼやく声。
俺は「早く早く」と手を引っ張る美咲をやんわり抑え、身体を開いて後続の客を示す。
途端、無表情になる美咲。
そこに、千佳からの手土産が差し出された。
「受け取ってくれると嬉しいな」
「……ようこそ」
にこやかな千佳に対し、しぶしぶと言った感じで受け取る美咲。
一応は受け入れてくれたようで安心したが、亨は肩をすくめたのだった。
「いらっしゃいっすー」
「……どうも」
そこに新たな声が加わる。
奥の扉からひょこっと顔をのぞかせたのは、八重垣さんと、以前一度だけ会った美咲のお姉さんの竜禅寺凜花さんだった。
二人ともエプロン姿だったが、どきりとしてしまったのは、八重垣さんが裾や袖が短い――つまりエプロンしかつけていないように見えたからである。
聞こえたのは亨の口笛。
俺の態度と亨の賞賛に察したのか、美咲が鋭い眼光を八重垣さんに向けた。
「……瑠璃子?」
「着替えてきまーす」
慌てて視界から消えた八重垣さんだった。
「すまん、美咲」
「いいえ、今のはリコが悪いのよ。それはともかく、さ、幸人さん。いずれ二人の愛の巣になる場所を案内するわね」
「二人ってわたしと幸人?」
「そんなわけないでしょ!?」
まぜっかえした千佳に、怒髪天を衝かんばかりの美咲。
やいのやいの言いながら、上がらせてもらう。
さすがに案内とは言っても、リビングまでで遠慮させてもらった。
「遠慮しないでいいから!」
「するわアホ! しかもお姉さんの前だぞ!?」
「気にしない」
「気にしてくれ、凜花さん!」
寝室に引き摺り込もうとする美咲、静かに了承する凜花さん、笑顔で俺を引き止める千佳、大岡裁きのように両側から引っ張られる俺。
「さっきの良かったのになー、ハニー」
「二人っきりの時にね、ダーリン」
我関せずの亨と、多少露出を抑えた服に着替えてきた八重垣さん。助けは来そうになかった。
「帰るぞ?」
「ごめんなさい」
収束に十分以上は要した。なぜか俺のシャツはよれよれだ。
「美咲と幸人くん、いつもこんな感じ?」
「ああ、大体はな」
「……微笑ましいよね」
「佐倉さん、顔が笑ってねえっす」
凜花さん、亨、千佳、八重垣さんが交わす声。
軽く説教している間に、初対面同士の自己紹介は終わっている模様だった。
全員を知っている俺たちが紹介しないといけなかったのに、なにやっているんだろうか。
そう言った意味も込めて美咲を見ると、首をすくめる動作が返って来た。
一応は反省しているようなので、これで終わりとする。
「ミサ、とりあえずお茶にする?」
「お、お願い」
正座で足が痺れたのか、よたよたと立ち上がりながら、八重垣さんに返事をする美咲。
ちなみに俺は椅子に座っていた。
「なんたるSっぷり。漫画の場面に盛り込めそう」
「人聞きが悪い!」
凜花さんが台所に消えながら、精神に悪いことを言う。
俺の否定の言葉は届いたかどうか。
千佳は何やら考え込んでいた。
「……確かに、そういう所あるかも」
「勘弁してくれ」
がくり、と肩を落とす俺。
横から聞こえてきた、亨の含み笑いに思わずやぶ睨みな視線を送ってしまう。
そこで、すすっと隣に腰掛けてきたのは美咲だった。
あたしにも構ってよ。
そう言わんばかりだった。
だから俺は、自然と笑みを向けてしまう。
それを受けて照れたように笑う美咲は、とても可愛かった。
照れを押し隠すように、美咲が見上げてくる。
「飲み物、何がいい? 幸人さん」
「そんなにあるのか?」
美咲は胸を張る。
「リコと凜花お姉ちゃんとで相談して色々揃えたから、大体あると思うわよ。言ってみて?」
「じゃあ、俺アイスコーヒーで」
「わたしは紅茶があると嬉しいかな」
「……あなたたちには聞いてないんだけれど」
美咲のジト目が亨と千佳に投げかけられた。
堪えた様子のない二人に俺は苦笑し、要望を述べてみる。
「……温かいお茶かな。いろいろ言って悪いが」
外は暑かったが、クーラーのきいた室内では逆に温かいものがほしくなる俺だった。
美咲はぱっと表情を輝かせると、視線を台所に巡らせた。
「リコー?」
「聞こえたよ。りょうかーい」
「ありがとう、お願いね」
台所にいる八重垣さんと美咲のやりとりに、申し訳なくなってしまう俺だった。
「なんだか悪いな」
「大丈夫よ、リコも凜花お姉ちゃんも割と好きだから、こういうの」
悪びれない美咲。
こういう時、美咲は自然に人を使うような姿勢を見せることがある。
それがまた似合っていて、カリスマ性溢れた王女の姿を幻視するのだ。
「美咲ちゃん、お料理は?」
美咲とは逆側の俺の隣に座った千佳が聞く。
嫌なことを聞かれた、そう顔を曇らせた美咲は、視線をそらした。
「――お察しの通りよ」
そうして、素直に苦手を認めた。
おや、と俺は意外な感想を抱いた。
こういう時、美咲は意地になるものだと俺は思っていたからだ。
ましてや聞いてきたのが千佳である。
もっと過敏な反応になりそうだったのに。
千佳もそう身構えていたのか、拍子抜けの表情ではあった。
そして美咲は、今度は小さく笑うと俺に視線を投げかけてきた。
「だから、今度お料理教えてほしいな、幸人さん」
その甘えるような視線に俺は、どきり、と胸を高鳴らせた。
「あ、ああ」
声が上ずる。
美咲は俺を見上げてきたままだ。
それを遮るかのような小さな拍手は、千佳の手の間から聞こえてきた。
美咲はそれを睨み、俺は何事か、とそちらを反射的に見た。
千佳が感心の笑みを浮かべていた。
拍手が途切れる。
「お上手だね、美咲ちゃん。そんなの、どこで覚えてきたのかな?」
「それを言う必要があるのかしら。まあでも、強いて言うなら」
美咲は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「――お手本にしてくれてもいいわよ」
千佳は変わらぬ表情の中に、ひび割れの雰囲気を覗かせた。
「おお怖え。女の戦いってやつだな」
その茶化した声は亨であった。六人掛けテーブル、千佳の前に座っていた亨は、二対の視線もなんのその、肩をすくめていた。
「消化試合にしちゃ、気合入りすぎじゃねえの?」
「……そうね」
毒舌と言えばそう。
それに美咲はむしろ毒気を抜かれ、千佳は――無言で顔を背け、表情は読み取れなかった。
亨の千佳への隔意も大概だな、と思いはするが、あったことを考えればこれでもましな対応なのだろう。
そう思うことにした俺の鼻が、さまざまな香りをとらえた。
それは俺だけではなかったようで、美咲、亨、そして千佳も興味をひかれたようにそちらを見る。
「おっまたせー。食べて飲んでギスギスを解消するよろしよー」
「瑠璃子ちゃんがなにやら中国人っぽい」
朗らかな八重垣さん、物静かな凜花さんが、ワゴンを押してやってきたのだった。
「おお、これはすごい」
俺は思わず、テーブルに並べられていくものの品数に驚いて声を上げた。
俺の前には湯気を立てる湯飲み、真ん中にはティーポット、亨の前にはアイスコーヒーが置かれ、紅茶用だろうか、茶器が並ぶ。
そして手土産として持ってきたホールのチーズケーキが八重垣さんの手で切り分けられていき、それを飾り立てるように凜花さんが茶菓子を配置していく。
「わあ」
千佳がそれらを見て、先ほどの空気は忘れて感嘆のため息をつく。
高級なカフェのよう、という表現しか俺は思い浮かばなかったが、そういうところに詳しそうな千佳がそんな反応だったので、目の前の光景はさぞかし贅沢なのだろう。
「こっちがダージリン、こっちがアールグレイっす。さてお嬢様、どちらをお選びに?」
まるで執事服が似合いそうな八重垣さんの後半の口調。
それは千佳に向けられたものだった。
「……アールグレイで」
雰囲気にあてられたかのように、熱の入った瞳で八重垣さんを見上げる千佳。
片や座っていて片や立っているという構図だからそうなるのだが、それだけ見れば千佳の表情は夢見る乙女そのままだった。
まんざらでもないのか、どこか気取りながら千佳のティーカップに紅茶を注ぐ八重垣さん。
対して、凜花さんは静かにダージリンのティーポットを持つと、それを美咲のティーカップに。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「ん」
こちらの光景も様になっていた。
寡黙なメイドと、気高き王女。
凜花さんに少し悪い気もしたが、それが偽らざる印象だった。
注ぎ終えた八重垣さんは、自身もアールグレイを好むようで、そのままティーポットに旅をさせる。
そこに、不安になるほどの大量のミルクが足されたのは見ないことにした。
各自に飲み物が行き渡ったが、千佳はティーポットの湯気に夢見心地の表情を浮かべたままだった。
それを見て取ったのか、美咲がティーカップを持ち上げた。
「今日は暑い中、幸人さんとあたしの披露宴の練習に駆けつけてくれてありがとう」
「違うよねっ!?」
「大したおもてなしもできないけれど、感謝の気持ちだけは本物よ。今日はたくさんゲームもお菓子も飲み物も用意しているから楽しんでね。それでは、乾杯」
「かんぱーい」
「ちょ、ちょっと……!?」
自分が音頭を取りたかったとか色々言いたいことがあるような千佳だったが、それはお茶会開始の賑やかさに埋もれて消えた。
俺は視線をそちらに向ける気にはならなかったが、何やら歯ぎしりでもしてそうな雰囲気が漂ってくる。
「幸人さん、はい。あーん」
美咲が小さく切り分けて俺の口に運んできたのは、俺の目の前にもあるチーズケーキである。
零さないように、下に添えられた小さな手が可愛らしい。
同じものがあるからいい、というのは無粋なんだろうな。
俺は遠慮なくそれを口にして。
素直に食べたことに驚いたのか、目を丸くしている美咲の元へ、俺の方からも切り分けてその口にケーキを放り込んだ。
真っ赤になって咀嚼し、飲み込んで、顔を覆う美咲。
「ふぁ、ファーストバイトぉ……!」
ふにゃふにゃになってしまった美咲には、先ほどから感じていた王女の風格などどこにもなく。
ただただ、可愛らしい姿があった。
「あっまぁ。お砂糖いらないっすね、亨くん」
「そうだな、瑠璃ちゃん。せっかくの水出しコーヒーが台無しだぜ」
「お、わかってくれたんすね」
「当然だろ」
そういう亨と八重垣さんも十分甘いと思うが。
対して、美咲と逆側からは怨嗟の声が聞こえてくるありさまだ。
「そ、疎外感……!」
もしかしたら俺に視線を向けているのかもしれないが、正直そちらは見たくない。
自然、千佳からは視線をそらしてしまうのだが、そちらにいるのは凜花さん。
俺と同じ、日本茶とチーズケーキという取り合わせが不思議と似合う。
それだけではなく、もくもくと口に他のお菓子も放り込んでいるのだが、何やら視線は興味深げに俺たちの間を行き来している。
まあ、確かに第三者からしたら面白い見世物なのかもしれないが。
「……ゲ、ゲーム何持って来てたかなあ……?」
とうとう千佳は、テーブルから離れて荷物を漁り始めてしまった。
正直可哀想になって来たし、美咲はまだ復帰しないし、チーズケーキも食べきったので、俺も今日の趣旨に則ることにした。
「凜花さん、さっき美咲がゲーム用意してるって言ってたけど、どんなのがあるの?」
「ん、見せる」
凜花さんが案内してくれたのは、リビング片隅のクローゼットだった。
そこを開けると、大小様々色とりどりの箱が現れる。
ざっと数えきれないが、俺も知っているメジャーなボードゲームもあり、揃えた人のこだわりが感じ取れるようだった。
「わあ、すごいね」
俺の肩越しに覗き込んで来たのは千佳である。
くっつく訳ではなく、絶妙な距離感なのはさすがという所か。
気になったのか、亨も近寄って来た。
「おお、こりゃ確かにすげえな。今日のためって訳じゃねえよな、これ」
「ミサのご両親の趣味なんすよ」
亨にしなだれかかっている八重垣さんが補足した。
全て開封済みであるし、箱が傷んでいるものもあり、遊びこんでいる様が想像できる。
「わたしも美咲も瑠璃子ちゃんも、たくさん一緒に遊んだ」
凜花さんの声。
淡々としていて、表情も変わらないのに、そこには確かな情が込められており、俺はなぜか心を揺さぶられた。
「ちょっとお! あたしを除け者にして何してるのおっ!?」
クローゼット前に割り込んでくる美咲。
亨と八重垣さんに触発されたのか、俺の腕にまで抱きついて来るほどだった。
その剣幕に驚いたのか、ちょっとびっくりしている凜花さんがおかしかった。
俺は微笑むと、美咲の頭を撫でた。
「どれで遊ぼうかと相談してただけだよ。おすすめはあるか?」
「そ、そうね。これなんかどう?」
あっという間に機嫌を回復した美咲が示したのは、ボードゲーム界でも一、二を争う面白さのものだった。
「これって四人までじゃねえの?」
「美咲ちゃんこそ、誰かを除け者にしようとしてない?」
亨と千佳の指摘に、ふい、と視線を逸らせる美咲。俺は首を傾げた。
「いや、そんなことないだろ。ここにある拡張版で、六人までできるし」
「そ、そうよ。言いがかりはやめてくれる?」
まったくだ、さすがにそこまで美咲は狭量じゃないだろうに。
「んじゃ、テーブル空けるっすねー」
「俺、手伝うわ」
「ありがとう」
八重垣さんが率先し、亨が手伝いを申し出て、凜花さんが亨に答えて同じく片付けに混ざる。
これ以上の人手はむしろ邪魔になりそうで、出遅れた感がある俺。
どうしようか、と思っていると、美咲がクローゼットからゲームを取り上げて、しげしげと眺めやった。
「懐かしいわね。何年ぶりかしら」
俺はなぜか、その目線が寂しげなものに見えて――胸が締め付けられるかのような感覚を覚えたのだった。
そうして始めた六人でのゲーム。
結論から言うと、俺が勝った。
「いや、なんでだ? どう考えても、俺が持っていた土地は不利だっただろうに」
ゲームは土地から資源を得て、設備を増やしそこからさらに資源を得て、ポイントを重ねるタイプ。
初期配置がまずいな、と思ってはいたがそれも忘れて楽しく遊んでいただけなのに、いつの間にか逃げ切ってしまっていた。
亨は、やってられねえ、とばかりに、それでも手札は丁寧にテーブルに置いた。
「そりゃ、竜禅寺さんと千佳さんが幸人に貢いだからだろ」
「……えっと。つい」
「あたしの物は幸人さんの物だもの」
ばつが悪そうな千佳、むしろ誇らしげな美咲。
「……だからと言って、一枚と四枚のトレードはない」
ブービーの凜花さんは心なしか悲しそうで、八重垣さんは呆れ顔だった。
「いや、凜花さんも割と寺島さんと交換してたっすよね?」
「仕方ない、幸人くんに欲しい資源が集まるんだから。でも、幸人くんが一枚で二枚くれたから助かった」
「亨くんも助けてくれないし、おかげでうちはビリっすよーう」
「しょうがねえだろ、瑠璃ちゃん。俺だってカツカツだったんだ」
「も、申し訳ない」
上がる不平不満に、つい謝ってしまう俺。
だというのに、美咲はますます胸を張っていた。
「あたしと幸人さんの勝利ね!」
「わたしもサポートしたよ?」
にこやかに訂正を求める千佳。無表情に見返す美咲。
「あたしは千佳さんより三枚多く幸人さんにあげたわ」
「わたしは六回多く、幸人の資源産出に貢献したよ?」
「ただの運じゃない。能動じゃない貢献に何か意味あるかしら?」
「運命がよりそった、とは感じ取れないかなあ?」
両者の間に、飛び散る火花が見えた――あたり、俺も相当追い詰められているのかもしれない。
亨が「なんとかしろ」という視線を投げかけてくることもある。
「……ゲームで勝負を決めたらどうだろうか」
とりあえず、今日の趣旨に沿って解決策を提案してみた。
そんな俺に向くのは、にこやかな顔の女性二人である。
「さすがね、幸人さん」
「そうだね。美咲ちゃん、チェスある?」
「おい、千佳」
俺は思わず硬い声をあげた。
なぜなら、千佳はチェスの名手で、負けたところを一度も見たことがない。
それなのに、と俺が非難を込めて見つめると、もはや独占しているとばかりに、嬉しそうに見つめ返してくる千佳。
「それなら幸人さん。そばで応援してくれないかしら」
俺の表情の意味するところを正確にとらえたのか、美咲が普段通りに見上げてくる。
「そうしてくれ。俺たちは平和に遊んでるからよ」
その声に振り向くと、亨たちはすでに先ほどのゲームを片付け終えて、別のゲームの準備をしているところだった。
その準備は三人分で、すでに俺が入る隙はなさそうだった。
「……俺はチェスは、ルールも知らないんだが?」
正確には覚えていない。
一度千佳とやったことがあるが、あまりにもズタボロな負け方をしたせいで、それ以来敬遠していたからだ。
「じゃあ、また教えてあげるね」
千佳が小さく微笑む。
それはどこか挑発するかのようだったが、美咲は意に介さず席を立った。
「――取って来るね」
「ミサ、うちが」
「いい。大丈夫だから」
顔を伏せて立った美咲は無表情に、リビングから出て行った。
それを神妙な表情の八重垣さんと、気遣いの色を浮かべた凜花さんが見送る。
亨は何かを見定めるようで、千佳は訝しげに。
そして俺は、そんな美咲にただただ不安を覚えるばかりだった。
そうして、しばらくしてからチェスのセットを手に戻ってくる美咲。
その手つきはまさに壊れ物を扱うようで、実際に置かれたそれはガラスの盤だった。
そっと蓋としての盤を美咲が持ち上げると、そこで眠っていた――おそらくはガラス製の駒が淡く光を照り返す。
「――わぁ」
思わず、といった感じで千佳が驚きにも似た感嘆のため息を漏らす。
それは俺も同様で、ジュエリーケースが開けられたようにしか見えない。
まさかこの宝石たちで――?
俺が戸惑っていると、美咲は無造作にも見える手つきで、それらを箱から取り出していく。
そうしながら、美咲は何げなく千佳に言う。
「あたし、黒が好きなのよね」
「――へえ」
千佳の唇が弧を描いた――ように見えた。
一瞬後、そこに浮かんでいるのは小さな笑み。
見間違えか、そう思う間にも、蓋は戦場として舞い戻り、そこに――臣下たちが配置されていった。
読んでくださり、ありがとうございました。
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励みにもなりますので、よろしくお願いします。
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