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場外:ニアミス

「なんか心配だなあ」

 親友の、いざデート、の後ろ姿を見送った瑠璃子。

 しかし足取りは確かで、忘れ物も特にないと言っていた。

 なら大丈夫か、と一安心しつつ、視線をうろつかせる。

「さてさて、うちのダーリンはどこかいなっと」

 それはすぐに見つかった。

 遊園地外円の柵にもたれ、さりげなく伊達眼鏡越しにあたりを見渡していた。

 もっとも、それは護衛としてこなれた瑠璃子にとっては全くの素人のそれ。何もごまかせてはおらず、だからこそ目に留まったとも言えた。

 瑠璃子はさりげなくそれに近づいていく。

 真正面からなのに、足運びが自然で、視界にいるのに気づけない。

 だから、亨からしてみると彼女が突然、眼前に現れたように見えたのだ。

「よっすー」

「っ!?」

 亨が驚きの声を発しなかったのは、唾を飲み下した瞬間だったからに過ぎない。

 もっとも、そのタイミングを見計らって声をかけた瑠璃子もなかなかに人が悪いと言えよう。

 出せなかった声は咳となって、亨の喉を傷めつけたのだから。

「ダーリン、大丈夫ー?」

 ちっとも心配をしていないのはその表情が物語っていたし、亨の恨めしい視線もなんのそのだった。

 ようやく落ち着いて、亨は瑠璃子に舌打ちで反撃した。

「なんだ、その格好?」

「お嬢様尾行仕様マークⅡっす。珍しかろ?」

 うりうり、とスカートの裾を翻して見せつける瑠璃子。

 キャスケット、白いブラウス、プリーツスカート、ピアスは下ろした髪に隠れていて、いつもの印象とはがらりと違う。

 お嬢様スタイルと言っているのか、お嬢様を尾行する時用だと言っているのかは定かではないが。

 ふむ、と亨は冷静だった。

「ああ、見違えた。まるでいいとこのお嬢さんだな」

「うわっは?」

 ストレートな賛美に、今度は瑠璃子が驚いた。

 首元からじわじわと何かが上がって来そうな気がして、瑠璃子はごまかすことを選択した。

「なんにせよ、尾行開始っすっ」

「声が大きいっつの」

 勢いよく身を翻した瑠璃子は気づかなかった。亨の口元が、してやったり、と吊り上がっていたことに。



 無事、遊園地に足を踏み入れた亨と瑠璃子。

 亨は双眼鏡越しに、ターゲットたちを見やっていた。

 「どう、気合入ってるっしょー?」

 その隣で、うきうきとした声がする。

 それはまだまだ続きそうだった。

「アイボリーのブラウス、膝上のキュロットスカートはネイビーってお上品、スレンダーに似合ってていいとこ全部出てる! ローヒールのストラップサンダルで足首まで見せて、ちっちゃいつま先がちらりと覗いてて、うは、足長、眩しっ! ショルダーバッグ、これ両手フリーにして抱き着くためなんよ! さっきはさっそく手つなぎ、しかも寺島さんからで、やっるうって感じだったね! クラシカルな腕時計は引き算結果でセンスを光らせるため! 髪後ろで結んでうなじ見せるはうちの発案! ううーん、色気過多! 滅茶苦茶本気のあの装い! あえて言おう、抱きてー!」

「おい、誰に聞かせてんだ」

「誰でもいい! 見よ、彼女の本気の生きざまを、って感じ!?」

「うるせえ!」

 いい加減黙っていられなくて、というか馬鹿馬鹿しくなって双眼鏡から視線を外した亨。

 物陰に隠れながら双眼鏡、の自分もどうかと思うが、それとは別次元のこの気炎。瑠璃子はすでに熱にあてられているとしか思えない。

 男性なのか女性なのかわからない視点にも、双眼鏡が必要な距離を裸眼でなんとかしてしまう事にも驚き呆れるばかりである。

 親友たちにデートをするように仕向けた亨と瑠璃子。

 二人はその成果を確認するために来ているわけだが、亨としてはここまですべきなのか、と少々戸惑う所であったが。

「常にあの二人を追い越すためには、どんなデートだったか知る必要があるんよ」

 と言われては納得せざるを得ない。

 しかし、今度はビデオカメラで撮影しだす瑠璃子の様子はただの盗撮魔にしか見えず、そろそろ周囲の人目も気になりだす。

 それもそのはず、ここは土曜日の遊園地で、人は多い。それらの大半は自分の楽しみに夢中でよそに気を回す暇もないだろうが、全員がそうとは限らない。

 通報でもされたら追い出されるのは必至。

 そう思う亨だったが、またもやその意見はつぶされた。

「施設の人たちに話を通してるんで、ちょっとくらいは大丈夫」

 と竜禅寺の手腕を見せつけられてしまったのだ。

「ホントは貸切るとかしてもよかったんでしょうけどねー」

 一旦、満足したのかビデオカメラをしまう瑠璃子。

「できんのか、そんな事?」

「系列なんで、ここ。やろうと思えばできるよー。エキストラも、見える範囲で居ればそれで済むし」

「お嬢様はお嬢様って事か」

 傍で聞いていれば訳のわからない亨の感想に、瑠璃子は頷く。

 そう、竜禅寺の御威光を余すことなく発揮すれば可能なことは多く、遊園地の貸し切りもその範疇であった。

「で、なんでお嬢さんはそれをしなかったんだ?」

「自慢げにそうするって言ったら、寺島さんに怒られたっす」

「効果抜群だなあ」

「そっすね。いいように利用されないか心配っす」

「あいつがそんなことするかよ」

「そうであることをお祈りするばかりっす」

 剣呑な視線が飛び交う。その空間だけ、周りの喧騒から切り離されたかのようだった。

「まあいい。動くみたいだぞ」

「やん、置いてかないでミサーっ」

 ロングのプリーツスカートで駆け出す瑠璃子。

 亨は、やれやれ、と思いながら追いつくべく全力で走り出した。

「つーか、あいつスカートの癖に速すぎだろ!」

 なにせ身体能力が基礎から違うので、瑠璃子にとっては駆けだしたレベルでも、亨にとってはスポーツ競技になってしまう有様だった。



「ターゲット1うちのエンジェル、ターゲット2ハッピー、メリーゴーラウンドに向かうようです」

「コードネームで進めんの?」

 それにしては「うちの」と所有権を主張しすぎな気もする亨。

「気分出るっしょ?」

「まあ、わからないでもない。で、俺らはどうするよ、ハニー」

「いいねダーリン、それっぽい! いや、なんだいつもの呼び方じゃん。使いまわしとか萎えるー」

 テンションが上がったと思ったら急降下。

 何を考えているんだか、とやれやれなポーズの瑠璃子。

 いつもの格好とは違う清楚な風が、逆なでを助長する。それはとても効果的で、つい亨はイラっと来た。

「俺らはどうする、ラピスラズリ」

「うはぁっ!? は、恥ずかしっ! なにそれっ!?」

「コードネームだ、ラピスラズリ。せっかく考えたのにその反応はどうなんだ、ラピスラズリ。不満か、ラピスラズリ?」

「や、やめてやめて、恥ずか死ぬっ」

「コードネームに殺された件、ってか。ライトノベルのタイトルみてえだな」

 胸を押さえて羞恥に悶える瑠璃子を満足そうに見下ろして、亨は鼻で笑った。いちいち文句の多い奴に、これくらいの制裁は許されてしかるべし、であった。

 ようやく激しい動悸が収まった瑠璃子が、まだ赤みの残る顔で恨めし気に亨を見上げた。

「絶対売れないっす、そんなスカタンなタイトル」

「どうでもいいんだよ、そんなことは。って、くねってる間にメリーゴーラウンド終わってるじゃねえか。追うぞ」

「くねってないもん!」

 ぷんすか状態の瑠璃子を引き連れて、亨は次にターゲットたちが向かう場所へ。

「ターゲットラッキーの先導で、ミラーハウスに向かうようっすね」

「……ハッピーじゃなかったか?」

「そうですっけ? まあ、どっちでもいいっす」

「おい、コードネームの意味」

 亨の抗議を置き去りに、瑠璃子はミラーハウスに潜入した。

 奥から、先行したターゲットたちの会話が聞こえてくる。

「おーおー、いい雰囲気っすね」

「声を潜めろ。あっちに聞こえる」

「やべっ」

 慌てて口を押える瑠璃子。

 亨の指摘ももっともで、普段の声量であちらの声が届くなら、こちらの声もまた道理だ。気づかずいた瑠璃子は迂闊としか言いようがない。

「すんませんっす」

「気をつけな」

 声を潜めたやり取りをしつつ、鏡に映し出された自分たちの間を進む亨と瑠璃子。

「……ちょっと、手を繋いでいいっすか? なんか、くらくらしてきたっす」

「目が良すぎんのかね? お前からつなげ。反射で投げ飛ばされたりしてもたまんねえしな」

「しないっすよー」

「どうだか」

 という言葉を飲み込んだ亨。

 そんな事とは知らず、瑠璃子は亨の手につかまった。

 亨の手は、瑠璃子からしてみると大きかったし、ごつごつしていた。

 それでようやく気づくこともある。

 ――ああ、やっぱり男の人なんだ。

 技量では自分の方が上だし、たとえ掴まれた状態からでもやりようはいくらでもある。そもそも、基礎の筋力からして上である。

 が、それでも自分よりは頭一つ分ほどは背が高いし、今もそっと手を引いてくれている。

 見方が変わるのも当然と言えた。

 そうして妙な沈黙を抱えたまま鏡の迷路を潜り抜け、鉢合わせしないように慎重に外に出る。

 ターゲットの後ろ姿はすぐに見つかった。幸いこちらに気づいている様子はなく、パンフレットを手にしてどこに行くか相談をしているようだった。

 建物の後ろに隠れ、様子を窺う亨と瑠璃子。

 その場所は日向で、二人は容赦ない日差しにさらされた。

「あっつ。どうせなら影に行きたかったっす」

「しょうがねえだろ。あっちの視界に入っちまう」

 それ以上の反論はなかった。正論のうえ、眩しい日差しに無言で悪態を飛ばしていたからだ。

 亨は手荷物から麦茶の入った水筒を取り出すと、瑠璃子に勧めた。

「用意良いっすね」

「今日は暑くなりそうだったからな。って、飲みすぎだろっ」

「喉乾いてたんで」

 それもまた正論で、節約して倒れてしまっては意味がない。亨の水分補給を終えたタイミングで、ターゲットは動き出した。

「スライダー方面すかね?」

「だな。俺らも涼めそうだ」

 そうして移動した先は行列となっていた。

 ターゲットが並んだのを確認し、十分な距離を取って同じように並ぶ亨と瑠璃子。

「……あっちぃ」

「すねー……」

 気温が上がり、汗が噴き出してくる。すぐにハンカチや衣服は重くなり、反比例して水筒は軽くなる。

 瑠璃子は小さな日傘を荷物から取り出し、広げると傾けた。

「おすそ分け、ありがとうよ」

「貸しっすよ」

「ああ」

 素直に頷く亨に意外に思った瑠璃子だが、この暑さでは無理もない、と納得してしまう。

 同じように、ちらほらと視界で日傘が開き始める。

 しかし気になるのは、その中にターゲットは含まれていないことだ。

 瑠璃子が難しい顔をした。

「……日傘、もしかして忘れたのかな」

「意外だな? 用意周到なイメージがあるが」

「間違って、別のバッグに入れちゃってた、とかかな」

 遠目に確認したところ水分は取っていたようだが、それでもきつくはないだろうか。

 なにせ、日傘があったとしても周りから熱気が押し寄せてくるのは避けようがない。ましてや、この人ごみはそれをさらに増幅する。

「次はウォータースライダーだ。そこで何とか回復してもらうか」

「……そっすね」

 それでも、瑠璃子の不安はぬぐえなかったわけだが。

 ようやく順番が回ってきて、ターゲット、自分たち共に涼気の恩恵に預かることができた。

 暑気で赤くなっていたターゲットの顔色も落ち着いたようで、瑠璃子としても一安心であった。

 しかし瑠璃子が意外に思ったのは、亨がスピードのある乗り物にあまり免疫がないことだった。

「楽しいけど、やっぱり怖いわな。足をぶらぶらさせたままのやつとかは、特に落ち着かねえ」

 特に隠すでもなく恥ずかしそうでもなくそう告げてきたので、弱点発見、と高揚するほどではなかったのだが。

 可愛い面があるのだな、と瑠璃子は思ったのだった。

「次はジェットコースターかよ……」

「定番っすね、楽しみっす」

「別に俺たちは乗らなくていいんじゃねえ?」

「いや、どんなストーリーが発生するかわかんないんで、確認しとかないと」

「……悲鳴あげないように、手ぇ握っててくれ」

「声出ないくらい痛くしとけばいいっすか?」

「……もうこの際、それでもいいわ」

 おかげで、同乗するターゲットに声を聞かれずに済んだ。それを亨が感謝したかどうかは別であったが。

 対して、瑠璃子が思う事は一つであった。

 ごまかせたかな。

 ただ、それだけ。



「いや、楽しいっすねー!」

「そりゃなによりだ」

 瑠璃子としては、アトラクションは楽しめる、遠目には初々しい親友の動向で目の保養、と充実した時間である。

 対して、亨はけだるそうであった。それに気づいて、瑠璃子は不満顔になる。

「ハニーを楽しませる気概はないんっすか?」

「勝手に楽しんでるんだから、その必要もないだろ」

 亨は冷淡に応じ、首をひねって肩を抑えた。

 途端に瑠璃子の目が細くなる。

 生命の危機を感じたのか、亨は付け足した。

「いや、悪いが仕事の疲れが抜けてねえ。それにこの暑さだしな。お前は良く平気だな?」

「鍛え方が違うっす」

「みたいだな。俺も少しは運動すっか……」

 常にデスクワークでは身体はなまるし固くなる。

 背伸びをした亨に、忍び寄る瑠璃子。

「肩でも揉むっすか?」

「お断りしとくわ」

「つれないっすねー、ハニーの気遣いをむげにするとか。ないわー」

「破壊されたくないんでな」

 なにせジェットコースターでもそうされそうになり、手の甲がまだ痛い。これ以上破損部位を増やされるのはごめんであった。

 今、ターゲットは裏の道の木陰で涼んでいる。こちらも同じようにしているので、こんな静かな時間を過ごせているのだ。

 その時、何気なく遠くを眺めていた亨が、突然立ち上がった。

「……マジか。着いて来て正解だったってことかよ」

「ダーリン?」

「ちょっと外す。そっちは引き続き頼むわ」

「え、ええ?」

 戸惑う瑠璃子を置き、亨は小走りに急いだ。そうしながら、伊達眼鏡を手荷物にしまう。

 見覚えのある影、決してターゲットに引き合わせてはいけない、その姿。

 建物の影で日差しから逃げているその女性は、ハンディファンで首筋を冷やしていた。

 亨は偶然を装い、その女性の前を通り過ぎようとする。

 果たして、思惑通りにその女性は亨の存在に気づき、声をかけてきた。

「……藤井くん?」

「……千佳さん?」

 声をかけられた亨は、思いがけない人物――佐倉千佳の呼びかけに立ち止まった。

 そうして返すのは、冷淡な表情であった。

「……奇遇ですね」

「相変わらずだね」

 千佳は苦笑した。額に浮かぶ汗の球をハンカチに吸い取らせ、眉を下げて千佳は微笑む。

「もう許してくれたんだから、少しくらいはあたりを弱くしてくれてもいいと思うよ」

「気が向いたらそうしますよ」

 あくまで亨の態度は落ち着いたものである。もっとも、落ち着き過ぎている、とも言えるわけだが。

「千佳さんは、ここでなにを?」

「ここ、遊園地なんだけど……あえてそれ聞くかな。友達と来たんだよ。わたしはちょっと疲れちゃったから、ここで休憩。藤井くんは?」

「デートですよ。一人寂しく来るわけないでしょ?」

「もしかしてダブルデート、かな」

 その問いかけに、一転攻勢に回られた形になった亨は眉をひそめた。

 千佳は微笑む。おかしそうに、あるいは――妖艶に。

「ちょっとわかりやすい所あるよね、藤井くん。大丈夫だよ、ここに来たのは本当に偶然――藤井くんが信じてくれるかどうかはわからないけど」

 沈黙を守る亨に、千佳はほっそりとした顎に指をあてて、視線だけで上を見た。

「会うな、ってことだね?」

 それに、亨は何も答えない。

 だが、それは何にも勝って雄弁に、千佳へ肯定を伝えていた。

「わかった。大事なデートみたいだし、不意を装って会う加点より、邪魔して機嫌を損ねて減点、の方が大きそうだからそうしておくね」

 千佳は見上げたままで、亨の表情を意に介さない。

「でも、そのためには幸人の動向が必要だね。今どこ?」

 ようやく下ろした千佳の柔らかい視線の前に、亨は必死に表情を殺さなければならなかった。そうしながら、親指で背後を指し示す。

 千佳は満足そうに頷いた。

「ありがとう、気を付けるね」

 そうして千佳は建物の壁から身体を離した。

「そろそろ友達が戻ってくる頃だから、わたし、行くね。藤井くんも、彼女さんのところ、戻ってあげて」

「……ああ」

「じゃあまた。よろしく伝えておいてくれると嬉しいな」

 千佳は、ハンディファンの風に髪をなびかせながら去って行った。

 見送った亨は、無言で地面を蹴飛ばし、八つ当たりするしかなかった。

 完敗、と言うしかない。

 偶然を装って接触、そうしてターゲットたちがいる方向とは逆を示しそちらに誘導、と言うのが亨の描いた筋書きであった。

 だが、それらすべてを看破され、主導権を握られていいように情報を抜き出される始末。

 それに、「また」と来た。

 否定のタイミングを逃し、悠々と去って行かれもした。

 おまけに、肩を強く掴まれ、後ろから低い声が響いてくるとあっては踏んだり蹴ったりである。

「ダーリン? ハニーを置いて他の女に声をかけてるとか、どういう了見かなあー?」

「……説明させろ」

 本当に踏んだり蹴ったりされないために、引きつった顔で全面降伏するしかなかった。

 場所を変え、亨はベンチに座らされ、瑠璃子は立って説明とやらを聞いていた。

 説明後、突き下ろされてきたのは失望の視線であった。

「よわっ」

「あの人が強すぎんだよっ!」

 亨の弁解も響かず、その視線が弱まることはない。

 が、亨は自分の発言に現状のまずさを思い知り、一旦はそれを退けられたことに思案した。

「お嬢さんとは別方向のヤバさだ。やられてばかりでもいられねえ。なんか考えるわ」

 それでも視線は突き刺されたままではあったのだが。

 亨はその雰囲気をなんとかしたくて話題を変えた。

「で、そのお嬢さん方は?」

「あー」

 瑠璃子に満ちたのは、残念そうな、申し訳なさそうな表情だった。

「多分、デート中止。帰るんじゃないかな」

「……何かあったのか?」

 その口調に何かを感じ取ったのか、瑠璃子は白状した。

「ミサが倒れちゃって、見てられなかったんよ」

「……そうか」

 亨は頷くと立ち上がった。

「じゃあ俺たちも帰るとするか」

「えっ」

 驚く瑠璃子に、亨は怪訝そうな顔をする。

「なんだ、まだ遊んでいたかったのか?」

「いや、その」

「てっきり、お嬢さんが倒れたのに遊んでいられるか、とか言いだすと思ったんだが」

「その通り、っす」

 どこか腑に落ちない様子の瑠璃子。その理由を視線で問われたと思ったのか、彼女はためらいがちに回答を口にした。

「せっかくここまで来てもらったのに、申し訳ない、というか」

「お前、そんな気遣いできたんだな?」

「どういう意味!?」

「これ以上詳しく説明できるか」

 やれやれ、と言わんばかりの亨に、実力行使に及んでやろうか、と手に力を籠める瑠璃子。

 その気配を察知したわけでもないだろうが、亨はまだまだ暑くなりそうな空を見上げた。

「俺だって申し訳ないと思ってんだよ。念のために日傘持って行け、とか言っとけばよかったぜ。俺ですらそうなんだから、やらかした当のお嬢さんはそれ以上の大反省だろうよ。それをよそに遊び続けるとか、そりゃねえわ、って話だ」

「まあ、それは」

「なんだ。俺の方こそ、そんな気遣いできるわけない、とでも思われてたか?」

「否定はしないっす」

 実際そう思っていたわけではなかったが、先ほどの仕返しとばかりの瑠璃子。

「そうかよ」

 なのに、気を悪くした風でもなく、苦笑が返って来る。

「ま、せっかくだし土産物くらいは見て帰ろうぜ」

「なんか買ってくれるって事っすね!? 言質取ったっす!」

「言質を捏造すんな」

「ええー?」

 二人は微妙な距離を保ちつつ、つらつらと歩いて行くのだった。

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