恋人宣言
先日、リコから相談があった。
それは幸人さんや藤井さんに面通しをする場を設けてくれないか、と言うものだった。
言われ、確かに、と頷いた。
リコはあたしの護衛だし、その事を考えても会ってもらっていた方がいいだろう、と思ったのだ。
まあ、幸人さんが「親友の」藤井さんを紹介してくれたのと同じように、あたしも同じ立場のリコを紹介する流れになるのは自然だし。
唯一の懸念は、リコがあたしとは別方向の、それこそグラビアモデルでもおかしくないほどのビジュアルという事だけど……うん、それは前の凜花お姉ちゃんの時もそうだけど、ぐっと飲み込んだ。
幸人さんとリコを会わせたらどうにかなっちゃう、って考えるのも二人に失礼だし。
うん、あたし、ちゃんと幸人さんに見合うように成長してるわね。
そうして、あたし、リコ、幸人さん、藤井さんの都合のつくタイミングで、ファミレスで会う事になった。
あたしはリコとひと足先に店内に入っていて、まずは藤井さんがやって来た。
「よお、待たせたな」
「幸人さんは?」
と聞こうとする直前に、リコの声が被さった。
「今来たところっすよ、亨くん」
「ああ、そりゃよかった。今日も可愛いな、瑠璃ちゃん」
「照れるー。亨くんも、今日もイケメン!」
「ははは、こいつめー」
――――は?
あまりの状況に、理解が及ばない。
何も言えずにいると、藤井さんは当然のようにリコの隣に腰掛けた。
それは仕方ない。四人がけのテーブルに、あたしとリコは対面に座り、あたしの隣が幸人さんの予約席なのは当たり前だから、座る場所はそこしかない。
が、問題はそこではなく、待ち構えていたようにリコが藤井さんに擦り寄り、一つのメニューを顔を触れ合わさんばかりに覗き込んだことだ。
「もう頼んだか?」
「亨くんと一緒に選びたかったし、まだなんよー。これ後で頼む? 分けっこしたいっすー」
「ああ、いいぜ。量も丁度良さそうだしな」
「いえーい。食べさせてあげるっすよー」
「はは、愛やつめ。ありがとうよー」
何だか盛り上がって、二人でハイタッチまでする始末。
「……二人とも?」
まさかまさか、という想像があたしを強張らせる。
そんなあたしに気づいた二人は顔を見合わせると、藤井さんの「どうぞ」というジェスチャーを受けて、リコが軽く言った。
「うちら、付き合ってるんよ」
あたしはとりあえず、社会的抹殺の手段を瞬時に二十は思いついてみた。
「や、ミサ? ちょおっと落ち着いてほしいんだけどさ」
冷や汗をかいたリコが、スマホを手にしたあたしの手首を抑える。
あたしはにっこりと笑いかけた。
「大丈夫よ。脅されているのね? 助けてあげるわ、どんな手段を使ってでも。ええ、どんな手段を、使ってでもね」
「ステイ! ほんと落ち着いてミサ!」
「リコ、指封じ外して。じゃないとそいつ処理できないから」
そっと掴まれて痛みなんて感じないのに、指がうまく動かない。
「鍛錬の成せる技ね、さすがリコ。でも、今発動する必要はないんじゃない? そう、それほどまでに動転しているってことね?」
「おい、どうすんだこれ、目が闇堕ちしてんぞ」
何か言ってるのがいる。
それを無視して封じられていない方の指で操作しようとすると、そちらも同じように捕まってしまう。
「ちょっと、慌てすぎよ、リコ?」
「ステイステイ! ああ、抜けられちゃう!?」
「……どういう状況だ?」
「え、幸人さん?」
「ほえ?」
「来たか。おい、早く何とかしてくれ!」
なんてこと、すぐ横に幸人さんが来ていた!
ようやくリコの手から抜け出し、あたしはその手段を自慢げに幸人さんに掲げてみせた。
「藤井さんを社会から抹殺しようとしていたところよ」
「今すぐやめろ」
「はい」
「おおう、あっさり」
「……助かった」
リコが目を丸く、藤井さんが胸を撫で下ろしているけど、幸人さんに言われてはやめざるを得ない。
けれどリコのために、説得はしなくては。
「でも幸人さん、藤井さんがリコを脅しているようなの」
「脅されてないってば!」
「おい、だからなんでそうなる」
「意味がわからん。というか、ええと」
そこで戸惑いがちに幸人さんの視線がリコに向く。
「そう言えば、紹介がまだだったわね。彼女は八重垣瑠璃子。あたしの――」
照れてしまったあたしは、日和った紹介をしてしまった。
「友人、よ」
「親友って言ってにゃー、ミサー」
「ちょ、手を撫で回さないでよっ」
まるで藤井さんの幸人さんに対する表現みたいじゃないの。テーブル越しで抱きつきとかできないから、そんな表現になったんだろうけど。
醜態と感じたあたしは慌てて弁解しようと幸人さんを見ると、なんだかとても優しい笑顔を向けられていた。
え、なにかしらこれ、見たことない暖かいまなざしなんだけど。
「そうか、そんな相手がいたんだな。なんだか安心したよ」
う、なにやら心配していたような口ぶり。まあ、普段のあたしを見ていたらそう思うかも。なにせ、出会いの時はいじめにあっていたことを告白していたようなものだし。
「八重垣さんだったか? 初めまして、美咲から聞いているかも知れないが、寺島幸人だ。よろしく」
「こちらこそ、八重垣瑠璃子をよろしくっす。お気軽に瑠璃ちゃんって呼んでくれていいっすよ?」
「はは、美咲のお許しが出たらね」
さすが幸人さん、挨拶がスマートだ。しかもあたしに配慮までしてくれるなんて、優しいにも程がある。
と、いけない、感動している場合じゃないわ。
「そ、そうなの、そんな相手が理不尽な目に遭おうしているから、断固として藤井さんを地獄に落とさないといけないのよ」
「まだ言うかにゃーっ」
「……こんなんでも友人なんでな。話を聞かせて、弁護をさせてくれ」
「おい、こんなんってなんだ。つーか、さっきから俺の扱いおかしくねえか」
とりあえず、幸人さんの取りなしでファミレスは追い出されずにすんだ。
「つっても、うちが亨くんと付き合ってる、って言っただけなんすよね」
「だから、それがおかしいって言ってるんだけどね?」
各自の注文の品が届いて食事タイム。
そうなって冷静になっても、あたしは納得できなかった。
「よって有罪よ」
「理屈も何もねえ」
呆れた表情を投げかけてくるのは藤井さんだ。
リコは発言しなかった。藤井さんの手でポテトフライを「あーん」されていたから。
「あたしも幸人さんにしてあげたい、それ!」
「いや、落ち着け」
「そうね、どっちかって言うとされたいわ!」
「いや、そうでもなく」
幸人さんはあたしと反して落ち着いていて、苦笑混じりだった。
藤井さんが呆れた様子で聞いて来た。
「馴れ初めとか話した方がいいか?」
「気になるけどどうでもいいわよ!」
「どっちなんよ?」
藤井さんの様子に同調するかのような、困り顔のリコ。
何これ、いつだって味方だったリコのこんな反応、あたし見たことない。
そう感じたら、目の奥から込み上げてくるものを自覚する。
「あー、つまりは寂しいんじゃないのかな、美咲は」
「……そうなのかしら」
自分の感情がわからず、見つめることもしたくない。
「……リコに好きな人ができたのは嬉しいと思うけど」
うん、それは本当。
いつもあたしについていて、自分の時間もあるかわからないリコに、大事な人ができたのは、掛け値なしに嬉しい。
「でもその相手が藤井さんだって言うのは、なんか納得できない……!」
それもまた偽らざる感情で。
思わず拳を握ると、目の奥のものは引っ込んで行った。
「ねえリコ、よりによってどうして藤井さんなの?」
「散々な言われようだねえ」
肩をすくめたのは藤井さんで、リコは苦笑いだった。
「あんたには聞いてないっ」
「ま、確かにそうだが」
何とも言えない表情で、藤井さんは遠くを眺めるようにした。
「色々噛み合った結果だよ、幸人と竜禅寺さんみたいにな。それをどうしてと言われても、言葉にしづらいわ」
――なんてずるい言い訳。
色々噛みあった、けれど一つでも噛みあわなかったらバラバラになっていたかもしれない、あたしたちの関係。
それを振り返ると、リコと藤井さんの背景に口を挟むなんて気は起きなくなる。
藤井さんはそれ以上言わず、リコも幸人さんも静かに動かず、周りの喧騒が遠いような錯覚に陥る。
それはまるであたしに言葉が浸透するのを待っているかのようで、それがわかっていても抗う事は難しかった。
「……わかってんでしょうね?」
あたしの睨みにも藤井さんは動じない。その程度、受けて立つ。そう言わんばかりだった。
「リコを大事にしないと、落とすからね」
「……どこに、かは聞かない方がいいんだろうな」
それは遠回りな宣誓だと、あたしは受け取った。
幸人さんもそう感じたようで、あたしの頭に、ふわり、とした重みが乗る。
「偉いぞ、美咲」
その瞬間、堰が切られた。
「ふぐううぅぅううぅっ……!」
「わ、ミサ?」
「ゆ、ゆきとさんにほめられたあああぁぁっ……! ほ、ほんとに大事にしなさいよおっ!? あたしの大好きなリコなんだからぁっ!!」
「わ、わかった。ちゃんと大事にされるから、泣き止んで―?」
いくらリコの頼みでも、いくら幸人さんに頭を撫でられても。
しばらく、あたしの涙は止まらなかった。
「ふ、不覚だわ……」
「ミサが深く反省してるー」
「浅いダジャレやめてくれる? 余計情けなくなるわ」
泣きつかれたあたしは他テーブルの仕切りと座席の間に、挟まるようにして顔を背けていた。
「いい加減、機嫌直してにゃー」
「いいのよ、しばらく放っておいて。二人仲良くしてくれてたらいいから」
それにこうしてると、ずっと幸人さんが撫でてくれるから。
ああもう、ずっとこうして引きこもっていようかしら。
「いい加減にしねえと、三人で仲良くするぞー」
「幸人さんまで取らないでよ!」
不吉な藤井さんの宣告に、あたしはすぐさま体勢を戻して睨みつけてやった。
なのにそいつと来たら、今度はリコに食べさせてもらっていた。
「あ、あんた。そのうち絶対に泣かしてやるからね」
「竜禅寺さんにしちゃ、ありきたりな脅し文句だことで。あ、うまい。瑠璃ちゃんに食べさせてもらうと、より美味しく感じるな」
「もお、亨くんってばー」
「ぐががががっ……!」
「落ち着け」
差し出されたフォークには、小さく切られたハンバーグがついていた。
「あむっ」
あたしは反射的にそれに食いついていた。
もぐもぐ、としてからフォークを辿っていくと、おかしそうな表情の幸人さん。
「そんなに腹減ってたのか?」
目を細めた後、幸人さんは残っていたハンバーグを切って、自分の口に入れた。
――同じフォークで!!
あたしの住処は、再び座席の隅になってしまった。
「うへあ。自然な流れ、なんたる技。達人っす」
「よく見とけ、これが天然ってやつだ。これに比べりゃ、俺は所詮、養殖だよ」
「二人して何言ってんだ?」
う、嘘。意識してやってるんじゃないの、幸人さん?
まさかさっきのは、ただの片鱗に過ぎないって言うの?
だ、だったらあたし、本気出されちゃったら、一体どうなっちゃうの??
「いい加減、普通に食べさせろよ。あんまりからかうと、どんな報復を招くかわからんぞ?」
「……さすが幸人さん、良くあたしをわかってくれてるわ」
幸人さんばかりにフォローさせてちゃ、あたしがすたるわ。
さあ、立ち上がるのよ美咲! 本気の幸人さんに並び立つために!
あたしは自分の目の前のオムライスに向かうと、スプーンで一すくい。
手を添えて、幸人さんにそっと突き出した。
「今度はあたしを食べてもらう番よ……!」
「……あたしのを、じゃなく?」
きょとん、としながら確認してくる幸人さん。
――あたし今、なんて言ったっけ。
上がってくる体温に戸惑う中、幸人さんはスプーンを口へ。
そうして、唇についたケチャップを舐めとった。その動きが艶めかしくて、釘付けになる。
「うん、美味しい」
「……ど、どういたしまひて?」
噛んだ。
それが止めになって、あたしはまた座席の片隅に倒れこんだ。
「もうだめ。ここに住む」
「腹減ってたんじゃないのか?」
幸人さんの素朴な質問に、あたしはのぼせた頭で答えた。
「大丈夫。胸いっぱいだから」
「うちもご馳走さまっす」
「俺ぁ胸焼けして来たぜ」
「そうなのか」
釈然としない様子の幸人さん。
ああ、そんなあなたもとっても素敵。
あたしの頭は回復しないまま、しばらく天国をさまよったのだった。
天国から帰ってくると、眼前に展開されているのは多くの食べ残しだった。綺麗に平らげているのは幸人さんだけだった。
「いえ、残すとか失礼じゃない?」
「そりゃごもっともで」
「確かにー」
冷めていて申し訳なく思いつつ、スプーンを動かす。我に返ると空腹も戻ってきて、冷めても美味しい料理に食が進む。
もっとも、それは同席している人たちの雰囲気にもよるものね?
隣の幸人さんは一足先に食事を終えて、コーヒータイム。落ち着いた雰囲気がとても素敵だわ。
「ダーリンダーリン、デザート頼んでいい? 一緒に食べよ?」
「いいぜハニー。たくさん食べなー」
「やったあ、嬉しーっ」
……正面でいちゃいちゃしてる二人は正直不愉快だけど。
なんなのこのテンション、この到底今のあたしに成しえない寄り添い方。当てつけなのかしら。
いえ、リコに限ってまさかね。
そんなお相手に巡り合えて、良かったわね。
――って、藤井さんじゃなかったら素直に思えたのかしら。
「……しかし、意外と気づかれないもんなんだな」
当たりをそれとなく見回し、ぽつり、と幸人さんが呟いた。
多分それに気づいたのは、すぐ近くにいるあたしだけ。
なんだか声を潜める雰囲気があったので、あたしは幸人さんに顔を寄せた。
「幸人さん、どうしたの?」
「ああ、いや」
苦笑しつつあたしを振り返って来た。と、その顔の距離は近い。かすかに、飲んでいたコーヒーの香りが漂ってくるくらいだった。
気づくと、あたしはさっき、リコと藤井さんが同じメニューを覗き込んでたのと同じくらいに、幸人さんに近寄っていた。
え、いつの間にこんな近くにいられたの、あたし?
以前は、隣に座るだけで呼吸困難に陥っていたのに。
火照りそうになる顔を見られたくなくて、思わずぎこちなく顔を背けてしまう。
「売れっ子モデルがこんなところにいるのにな、と思ってな」
「……そういうこと」
あたしは両手で頬を撫でつけて、熱を逃がすのに務めた。せっかく幸人さんの隣なのに、隅に逃げてばかりじゃもったいないもの。
「オーラを変えてるもの。そうそう気づかれっこないわ」
「オーラと来たか。フィクションのスキルかと思ってたよ」
「それに、あたしよりわかりやすい美少女が近くにいるもの。みんなそちらに釘付けよ」
あたしの視線の先には、デザートに舌鼓を打つリコの姿。隣には甘すぎるデザートを受け付けないのか顔を引きつらせている男がいるけど、今はそれはどうでもいいわ。
「なるほど。静と動って感じだしな。動きのある方に目が向くか」
「……ええっと」
それは、リコの可愛さや眩しさには、目を見張るものがあるけれど。
「……できれば、静かな方にも目を向けてくれると。……その」
つい、もごもごとしてしまったあたし。それに返って来たのは、くすり、とした笑みだった。
「俺は静かな方に癒されるタイプだよ」
「そ、それはなにより」
幸人さんの顔を見ていられず、つい、と目を逸らすとそこには笑顔で親指を立ててくるリコがいて、あたしはなんだか居たたまれなくなった。
居たたまれないついでに、あたしは幸人さんに尋ねようと思う。もっとも、まだ恥ずかしくて幸人さんの肩までしか視界に入れられないんだけれど。
リコには聞こえないように、なるべく小さな声で。
「その、リコ……瑠璃子に普通に接してくれてありがとう、幸人さん」
「ん? どういう意味だ?」
「この子、とってもいい子なんだけど。ほら、見た目が結構派手でしょう? それで誤解されることが多いの。だから」
「ああ」
その説明でようやくあたしの言いたいことがわかったようだった。
「亨が選んだんだから、いい子なんだろう、というのはあったし」
コトリ、とコーヒーカップを置く音。
「美咲の親友ってだけで最大の保証だろ。なにを誤解することがあるんだよ」
気恥ずかしさと一緒に、目の奥から押し寄せてくるものがあった。
まずい、と思った時にはハンカチは間に合わず、ぽろぽろとこぼれ落ちる。仕方なく、手近な紙ナフキンで代用するしかなかった。
「う、嬉し」
感激のあまり、言葉にもならない。頭を撫でてくる温度に、それはとどまることを許さない。
「うわーお。たらしがいるっすよ、たらしが」
「こいつはいつもこんな感じだ」
「おい、なんか人聞き悪いぞ」
ええ、ホントよ。
幸人さんは「美咲たらし」なだけなんだからね!
食事は終わってまったりタイム。
少し落ち着きながらあたしは思う。
仲良すぎじゃない、二人とも?
二人とはもちろん、真正面のリコと藤井さんだ。
内緒話、かどうかはわからないけど、片方が耳打ちしたことに頷き、耳打ちし返す、と言った行動を取っている。
その距離感と言ったら、あたしが焦燥に駆られるくらいだ。
思うのは一つ。
――負けてる気がする!
いえ、比べるものじゃないとはわかっているのよ?
現に幸人さんは落ち着いたままで、正面の二人を微笑ましく見ている。そこにはあたしみたいな焦りはなく、あくまでマイペース。
そんな幸人さんが大好きだけど、それはそれとして、やっぱり羨ましい部分はあるのだ。
そうじりじりとしているあたしをよそに話がまとまったのか、リコが切り出して来た。
「ダブルデートしない?」
「したい! けどしない!」
あたしの一言に、あたし以外は怪訝そうな顔をし、テーブル上は妙な雰囲気に包まれた。
なので言い直す。
「デートはもちろんしたいわ! でもどうしてダブルでしないといけないの!?」
ああなるほど、と言う頷きが返ってくる。
「いや、すまん。確かに甲斐性がなかったな」
「え?」
思いもかけず返って来たのは、幸人さんの沈んだ声だった。
「いつも俺の家か喫茶店ぐらいだし。まだどこも連れて行ってやれてないよな」
「え、ええ? そんな、幸人さんがいればどこでも天国だし、そう言えばって程度なんだから、気にしないで?」
ま、まずいわ。
なんだか幸人さんの急所を打ち抜いてしまったみたい。
本当に全然気にしてないし言葉通りなのに、なんだか言い訳じみている気がする。
徐々に焦りが募っていくあたしを見かねたのか、藤井さんが身を乗り出した。
「いや、これをきっかけにすればいいだけなんじゃねえの? 幸人、落ち込み過ぎだぜ」
「そうかも知れんが」
「そ、そうそれ! 藤井さん、たまにはいいこと言う!」
「たまにはってなんだ」
「大丈夫、ダーリン。うち、わかってるから」
「ハニーは優しいなあ。誰かさんとは違って」
隙あらば見せつけてくる二人。というか、なんかいいチームワークしてるわね?
なんにせよ、藤井さんのとりなしで幸人さんの気分も戻ったみたい。それをあたしができなかったのは悔しいけど、幸人さんの方が大事だから手段は問わないであげるわ。
「まあ、そういうことなら二人で出かけてきたらいいんじゃねえか? 俺たちにはそのうち付き合ってくれたらいい。瑠璃ちゃんも、竜禅寺さんと遊びたいだろうしな」
「亨くんありがとう、やっさしー」
「はは、よせやい」
抱き着いて頬にキス!?
しかし瑠璃子のそれは一瞬で、人目がないことを確認したうえでのものだったから、あたしは咎めることもできない。
ただ、その光景はあたしの網膜にしっかり焼き付けられ、リコと藤井さんの仲睦まじさを思い知らされた気がした。
「ああ、そうだな。美咲、どこに行こうか?」
「そ、そうね。負けてられないわ……!?」
「ん? まけ……?」
「な、なんでもないっ」
「そうか。俺は土日は基本空いてる。美咲の方が忙しいと思うから、そっちに合わせるよ。色々相談しよう」
「え、ええ、そうね……!」
や、やばい。
興奮? わくわく? なんでもいいわ、胸が高鳴る。
予定を相談する、ただそれだけがこんなにあたしを揺さぶって来るなんて!
「リ、リコ。スケジュール調整、お願いできる?」
揺さぶられるあまり、声が上ずる始末だ。そんなあたしに、リコは通常運転でピースサインを返してくる。
「お任せにゃん。ベストな日を選んで見せるっす」
「スケジュール調整? 八重垣さんが?」
不思議そうな幸人さんに、あたしは耳打ちする。……あまりの近さに、かぶりつきたくなってしまうけれど、それは抑えて。
「リコ、あたしのマネージャーやってくれてるの」
「モデルの? そうなのか、すごいな。公私ともに支えてくれてるってことなんだな」
「……そうね」
言われて、改めてあたしはリコにどれだけお世話になっているんだろうか、と振り返る。
同時に、それを気づかせてくれた幸人さんも、なんて視野が広いのか、と尊敬の念が高まるのを自覚する。
だからあたしは、幸人さんにすり寄ることで、相談することでリコへの、それぞれへの感謝を形にしたいと思うのだ。
再び幸人さんに耳打ちする。
「……リコへのプレゼント選び、付き合ってもらえる?」
「喜んで」
幸人さんは、あたしの大好きな優しい微笑みを返してくれた。




