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Capture5:助っ人

 翌日。

 午前10時過ぎ。


「おはよう」

「おはよーございます」


 天華は颯太の自宅を訪れていた。

 そして、そんな彼女の背後にもう1人。どこか居心地悪そうに所在無さげに立つ青年がいた。


「うす」

「おす」


 三者三様に挨拶を交わしたあと、颯太は天華と青年を室内へと招き入れた。


「おじゃましやーす」

「お邪魔します」


 2人が玄関に入り、颯太が扉を閉めるあいだに青年、天華の順番に靴を脱ぎ、天華はきちんと両足を揃えたあとで、青年はやや雑に揃えたあとで室内に足を踏み入れていく。


「久しぶりだな、この部屋」

「別になにも変わらないけどな。ま、適当にくつろいでいてくれ」

「頼まれなくてもそうするわ」


 軽くリビングを見回したあとで青年はソファに腰を預ける。


 よほど疲れているのか、背もたれに背中を預けたあと、「あ~」と呻きながら背筋をぐっと伸ばし始めた。


「んで、颯太」

「ん?」


 来客のためにキッチンでお茶の用意をしていると、何とはなしに名前を呼ばれたので、よく冷えたお茶をコップに継ぎつつ、颯太は、青年、村瀬風磨(むらせふうま)に視線を向けた。


「俺を呼んだのはさ、拾った子猫を見ててくれってわけだよな?」


 8分目くらいまでお茶が注がれたコップを両手に持って風磨のもとへ向かいつつ、その疑問に答える。


「拾った子猫を2、3時間くらい見てて欲しいのは本当だぞ」

「そりゃあ、わあってるよ。そうじゃなくて俺が聞きたいのはあの女の子のほうだ。どこで知り合ったんだ? ここに来る道中かち合って、美少女だーって思ってたらまさか目的地が一緒。 道中、道被るなー、すごい偶然だなー、あれ、どこまで一緒だ? なんか俺ストーカーじゃね? しまいには同じマンションの同じ階、同じ部屋の前で止まるもんだから久しぶりすぎて颯太の部屋間違えたかと思ったわ」

「サプライズ成功だな」

「嘘つけ、それはただ単に伝え忘れてただけだろ」

「そうともいう」

「それに俺、あの子どっかで見た記憶が……」


 最後に何やらぶつくさ呟く風磨にコップを手渡すと、相当喉が乾いていたのか、受け取ったコップの水を一気にあおる。ごくごくと喉を鳴らしてCMのような爽快な飲みっぷりだ。


「ぷっは、いや水うまー」

「子猫も昨日美味そうにのんでたな」

「まじか」

「ま、富士山から引いてる水だから」

「まじか。すげぇな富士山」

「そりゃあ、富士山だからな」

「俺ん家にもこれ通してくれ」

「そりゃあ無理だろ、富士山だからな」

「ここには通ってんのに?」

「そこはあれだ、不思議な力ってやつだから」

「なんだそりゃ。でも、そこをなんとかしてくれよ」

「ふっ、言っとくが高いぞ?」

「兄貴っ」

「ふっ、可愛い弟分のためだ、ここは一肌脱いで」

「不思議な力ってなに? 」


 2人の会話に割って入った声。


 背後を振り向くと、いつの間にか子猫を両手に抱きかかえた天華が立っていた。玄関を上がってから姿が見えないと思っていたら早速子猫のもとへ行っていたらしい。


「あ、部屋の中、勝手に入ったから」

「それは入る前に言って欲しかったなー」

「案外綺麗にしているのね」

「そんなんで颯太は綺麗好きなとこあるもんな」

「どうも、どうも」

「少し皮肉を混じえて言ってんのにノーダメージウケるー。メンタルつえー」


 おだてられてるのかバカにされているのか、あるいは両方か、ソファの上でけらけらと楽しげな風磨は置いておき、颯太は子猫を抱く天華に視線を向けた。


 本日の天華のコーデは春先らしいデニムのキャミワンピースという出で立ち。


 キャミと言っても下から白いインナーを着用し、指先までちゃんと肌を隠しており、全体的にすっきりとしたラインシルエットでスタイルの良い天華が着るとよりスタイリッシュさが際立って見えた。


 他にも、背中側に垂れるキャミの長い紐だったり、少しぎょっとしてしまうスリットがワンピースの後ろ側に切り込まれていたりするが、全体的におしゃれかつそれを着こなせる天華のポテンシャルの高さを改めて実感させられた。


 そして今日、こんな子と一緒に買い物に行く事実を前に嬉しさもありつつ、外出用の服が無償に気になった。


 一着くらい、彼女につり合うとはいかなくても、せめて外に出ても恥ずかしくないコーデは持っていただろうか。


 そうやって一瞬のうちにあれこれ考えていると、風磨が物言いたげな視線をに気づく。早く紹介しろというオーラがひしひしと伝わってきた。


「天上さん、こちら僕と同じ高校に通う友達の村瀬です」

「颯太と友達やっている村瀬風磨って言います。以後お見知りおきを」


 風磨がソファからぬっと立ち上がり、軽く頭を下げる。


 風磨が頭を上げたタイミングで今後は天華を紹介する番だ。


「んで、こちら、僕と猫を拾った天上さん」

「天上天華と言います。こちらこそどうぞよろしくお願いします」

「よし、挨拶も済ませたことだし、村瀬に面倒みてもらう主役を紹介するぞ」

「ちょいちょい」

「どした」

「いや、展開早くね?」

「そうか? まあ、あまりこっちの事情で村瀬を拘束するわけにもいかないからな。巻き巻きで」

「なんだ、そんなこと気にしてたのか? 俺のことは別に気にしなくてもいいぞ。今日は部活も休みだし。時間も捻出してきた」


 風磨は高校でサッカー部に所属しており、休日は練習に試合に忙しくしていることが多い。


 実力は1年生ながらにレギュラーから活躍しており、加えて爽やかさを醸し出すスポーツマンらしいルックスで、学年の女子から評価が高い。


 そして、当然のように学年でも可愛いと評判の彼女だっている。


「可愛い彼女とのデートは大丈夫だったか?」

「なんとか融通きかせてもらったよ。颯太のほうが緊急っぽかたし、こう言ったらあれだけど、山内とのデートはいつでもできるからな」

「悪いな。ほんと助かる」

「気にすんな。そんかわり、山内からの小言はそっちで対処してくれな」

「問題ない。謝り倒してしんぜよう」


 ときに謝罪は武器になる。謝罪されているほうが申し訳なるくらいの謝罪というやつを見せるつけるときは近いかもしれない。


「そうやってお前は山内をまたからかいやがって。諌めるのは俺なんだからな。あっ、天上さんは別にお礼はいらないですからね」

「いえ、そういうわけには。私たちの都合で動いてもらっているわけですし」

「ほんと、大丈夫なんで。お礼なら颯太からきっちりしてもらうんで」

「なるほど、ジュース1本奢りか」

「それを決めんのは俺であるはずだぞ」


 無論、この借りはきっちり返す予定だ。ファミレスのご飯くらいは奢るくらいの覚悟はできている。

 もちろんドリンクバー付きだ。なんならデザートだってつけてくれても構わない。


「できれば僕のお財布事情を考慮してくれると助かる」

「そんなにたかるつもりはねーよ。それで? 俺が面倒見る子猫ちゃんはその子なんだよな」


 天華が抱き抱える子猫を見ながら風磨が視線で尋ねてくる。


「そうだ」

「名前は?」

「名前はまだない」

「夏目漱石? 吾輩は猫であるってか」

「そうそう。どこで生まれたのか(とん)と見当つかぬ」

「そういうわけじゃないでしょ」

「あだ」


 天華に後頭部を軽く叩かれた。ぺしっと快音がリビングに響く。


「お、いいの入った」

「スナップが効いてるだろ?」

「どうやらおかわりが欲しいようね」

「ぜひ」

「ならやってあげない」

「えー」

「やらない」

「えー」

「そんなにいいのか?」

「お前にはやらんぞ」

「そこをなんとか、師匠」

「お前にはまだ早いと言っている」

「くっ、師匠が厳しい」

「がははは――って、あだ」


 気を抜いていたら再び天華に叩かれてしまった。


「ふざけない」

「でも、名前はまだ決まってないのはほんとだぞ」

「そうなのか?」

「にゃあ」

「お、子猫が教えてくれた。言葉わかるのか」

「さすがは僕が拾っただけはある」

「可愛いな」

「だろ」

「で、ほんとの名前は?」

「……それはーー」

「ま、それは置いて、柳くんは出かける準備をしてきなさい」


 天華に話を遮られ、颯太は今の自分が上下黒のスウェット姿だということを思い出した。


「というか、今さっき起きたでしょ」

「どうしてバレた」

「その頭を見りゃわかるだろ」


 言われて自分の頭を触ると寝癖で頭が凄いことになっていた。これなら寝起きを看破されても仕方ないと納得できる。


「遅くても11時には出るから」


 天華に出発時刻を宣言されてしまい、風磨に現在時刻を尋ねると10時30分を回ろうとしていた。

 男の準備など10分もあれば事足りる。


 少なくても颯太にはそれくらいの猶予があれば問題ない。

 問題は1人ではないという点だ。


 颯太はどんな服を着ればいいんだと頭を悩ましつつ、天華を待たせている立場なので、そそくさと身支度を整えるため自室に戻るのだった。



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