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Capture22:真実

「お疲れさまです、社長」

「お疲れさま。待たせたかしら?」

「いえ、私も今来たところです」


 降車後、フィクションの中でしか見た覚えのないやり取りがフロントドアを閉める颯太の前で繰り広げられていた。


 高級車に乗って颯爽と現れた唯華。そんな彼女に対して慇懃(いんぎん)に対応する一人の男性。風采はビジネスマン。整髪料で整えられた黒髪にスライプ柄のスーツ、左手首の袖口には鈍く煌めくシルバー時計。


 颯太の眠たげな瞳がその男性を視界に入れた瞬間、「あ」と見開いた。既視感を抱くには出会ってから間もない相手。見た瞬間、誰だかすぐに脳が理解を示す。


 スーツ姿の男性、金城隼人も唯華の肩口から颯太を確認すると、軽く目礼をしてくる。


「柳くん」

「あ、はい」


 半身の体勢の唯華に呼ばれる形で颯太も二人に近寄る。

 唯華と金城を改めて視界に入ったとき、颯太は「なんか、すごいな」と漠然とも稚拙とも言える感想を抱いた。


 敏腕女社長とその手足として支える切れ者の秘書。社長室にて右から左へと書類が行き交い、二人が小難しい会話を繰り広げるビションが思い浮かんだ。


 そんな想像を思い浮かべているとは露とも知らない唯華は、颯太が一メートルほど手前で立ち止まるのを待ってから、左手の手のひらを空に向けるかたちで金城を指し示した。


「紹介するわ。こちら、私の芸能プロダクションで秘書を務める、金城よ」

「今日、すでに偶然顔を合わせてしまっているけれど、改めまして、天上唯華社長が代表を務める芸能プロダクションで秘書を務めさせて頂いております、金城です」


 社会人のフォーマルな挨拶にやや圧倒されつつ、颯太も「よろしくお願いします」と、軽く挨拶を返したところで場の主導が再び唯華に戻る。


「単刀直入で申し訳ないのだけれど、金城、例のあれは、持ってきているかしら?」

「はい。車内に」

「ありがと。では、早速持ってきてちょうだい」

「ただいま」


 言うが早いか、金城は機敏な動作で踵を返すと、自身が乗ってきた自動車へと引き返して行った。

 その背中を目で追っていると、「柳くん」と唯華に話しかけられ、視線を向ける。腕を組みした唯華のパールのような瞳が、真っ直ぐ颯太を捉えた。


「車内で既に伝えたように、実は、これから金城が持ってくるのを、失礼を承知であなたに頼みたいの」

「……僕に、ですか?」


 何を頼まれるのか、どんな面倒ごとを押し付けられようとしているのか、表情を変えない天華の考えが見透かせず、想像出来ず、不安感じみた危機感のような感情が瞬時に胸中に湧き上がり、颯太は無意識に身構える。


「出会って間もないあなたに、こんな頼み事をするなんて、本当に不躾で、こんな自分が無性に不甲斐なくてしょうがないのだけれど、今、託せるとしたら……柳くんしかいないと思うの」


 自動車のドアが閉まる音。少し遅れる形で、自動車の脇からアイボリー色のカゴのような箱を右手に持った金城がこちらに近寄ってくる。


 カゴの前側はポリカーボネート製でスモークドアなっていて、楕円が上下に3つずつ施され、さらに10個ほど小さい楕円の穴が両サイドに開いていた。


 金城が颯太の一メートルほど間を空けた先で立ち止まったとき、楕円の隙間から白が覗いた。


 その白の正体を突き止めようと目を細めて注視すると、その白い『何か』がカゴの中で一瞬、動いているように見えた。


 さらに注視すると、スモークドアの向こう側からこちらを見つめるサファイヤのような丸が2つ……。

 途端、颯太の頭を稲妻が迸った。


「まさか……えっ、これって……」


 予想だにしない出来事を前に口から発される言葉は中身の伴わない。唯華や金城から『それ』についての説明を受けていないのに、脳が勝手にフライングして、勝手に驚愕してしまった。


「金城」

「はい」


 瞠目する颯太を他所に、唯華の意図を汲み取った金城が腰の高さまでカゴを持ち上げ、その前にすっと唯華が近寄り、スモークドアに両手をかける。


 両開き式になったスモークドアを開き、カゴの中に両手を差し込み、唯華が柔和な動作で両腕を『それ』を引き抜いた。


 唯華がカゴの中から取り出したのは、一匹の白猫だった


「紹介するわ。この子は、天華が幼い頃に飼っていた猫ーーユキよ」


 そう言って、唯華がカゴーーペットボックスの中から取り出したのは、白い体毛が特徴的な気品と優雅さを兼ね備た一匹の猫だった。


 体長は30センチメートルほど。

 三角の耳の中とちいさな鼻が鮮やかなピンク色に染まり、サファイアのような丸い瞳の中にさらに深いブルーの縦長の瞳孔が颯太を捉える。


「……唯華さん、この猫って、まさか……」

「ええ、天華がまだ幼い頃、家にいた子」


 目を伏せながら、慈しみを込めて猫の頭を右手で撫でる唯華の姿に、颯太には子猫の頭を撫でる天華の姿が重なって見えた。


「でも、その猫は、もう……」


「もうすでに、数年前、あなたが遺棄してしまった」と続けようとした颯太を、唯華の言葉が遮る。


「実は、天華に無断で保護センターで保護してもらっていたの」

「保護センター?」

「知ってるでしょ? 遺棄された動物や飼い主の事情で飼育出来なくなった動物を保護する施設のことよ」

「実際は、当時、動物保護センターにこの子を保護してもらうように唯華社長に指示された私がその子を連れて行ってたんだ」

「そしてそれがきっかけで天華が芸能活動を休止して、私はあの子にとってこの子がどれほどかけがえのない存在だったか思い知らされたわ」


 ユキが原因で母娘の関係には大きな亀裂が入り、それは今も修復されないまま、いたずらに時間だけ過ぎ去ってしまっている。


「社長は直ぐに考えをあらため、保護を取りやめてもらうようにセンターに掛け合ったんだ。しかし、そのときにはもう時遅く、とある老夫婦がこの子を引き取ったあとだった。柳くん、社長は何度もその夫婦に頭を下げに行ってーー」

「金城、それ以上は、言わなくていいことよ」

「……はい、承知しました」


 唯華の誠意を告げようとする金城を、他ならぬ唯華自身が遮った。おそらく、今さらのように過去の出来事を告げても言い訳にしか聞こえないと判断したのだろう。


 金城の話を遮ったあと、唯華は気を取り直すように軽く息を吐き、話を締めくくる。


「まあ、そういう紆余曲折の果てに、昨日、ようやく譲り受けることができたの」

「事情は、まあ、ある程度把握出来ました。けれど、その子は、ユキは唯華さんの手で天華さんのもとに返すべきだと僕は思います」

「……その理由を聞かせてくれるかしら?」

「はい。僕はこの2日間、たった2日間、天華さんと行動を共にしただけですけど、そんな短時間でさえ、彼女がユキをどれほど大事にして、心の支えにしていたのか、この僕にでさえ、分かりました。そして、それと同時に、その件が天華さんの心に深い傷を追わせしまっているのかを……母親であるあなたを強く恨んでいるのかを……」


 本当にもったいない。

 天華は、唯華の後悔も自省も知らず、一方的に突き放して本当の母親の気持ちに気づけないでいるのだ。

 颯太に出来るのは、そんな不器用な二人の背中を教えてあげられることでーー。


「償い……ではないですけど、もう一度、天華さんとの関係を修復し、共に歩んでいきたいと思うのなら、僕はあなたの手でその子を、ユキを、天華さんのもとに帰してあげるべきだと思います」


 言いたいこと、伝えたいこと、思ったことを、すべて吐き出したあと、少し先の地面を見ていた唯華がぽつりと言葉をこぼす。


「……そうね。あの子に逃げるなって言ったけれど、逃げていたのは、ずっと、私のほう……ありがとう。柳くん」


 顔を上げ、颯太を見つめる彼女の表情は今日の空のように晴れ渡っていた。


「いえいえ」

「あと、君、見かけによらず結構ズバズバ物を言うわよね」

「あれ、失礼でした?」

「いいえ。気に入ったわ。近々、このお礼はさせてもらうから、楽しみにしてくれるかしら」

「分かりました、楽しみにしてます」

「ふふっ、せいぜい楽しみにしてなさい」


 不敵とも微笑ともとれる笑みを浮かべたあと、彼女の表情は真剣なものに変わった。


「金城」

「はい」

「これからの予定はすべてキャンセルしてくれる?文句反論苦言は一切受け付けないわ」

「承知しました」

「それから、あなたにも、迷惑をかけたわね」

「いえ……私は、その言葉だけで報われますので」


 唯華に対して低い姿勢を一貫する金城の態度は正に秘書の鏡。純粋に「僕には出来ないな」と、颯太は金城の秘書っぷりに内心感嘆の声をもらした。


「それでは、柳くん、また会いましょう」


 それだけ告げて、唯華と金城はそれぞれ乗車して車に乗り込むと、駅前へと伸びる住宅街の道を走り去っていくのだった。





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