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Capture2:責任と覚悟

7月8日:7時10分頃、3話投稿予定です。

「じゃあ、今日、ここに遺棄されたってこと?」

「そう考えるのが妥当じゃないか」

「……無責任だわ」


 そう呟く天華の気持ちも颯太には理解できた。

 飼い主がペットを放棄する理由は様々あり、飼い主自身の病気や入院、ペットの問題行動、飼い主の引越しにともなう事情、ペット自身の病気や痴呆(あほう)、高齢などが挙げられる。


 急な転居ともなれば飼い主の生活は一変し、世話をができなくなる。

 ペットが病気になった途端に飼育を放棄する者だっている。


 問題は他にもある。

 たとえば、ペットを遺棄すればペットを危険に晒すだけじゃなく、近隣住民や農産業を営む人たちにも迷惑をかけてしまうことだってあるのだ。


「可愛いから」とか、「癒されたいから」とか、「子供がねだったから」など、安易に購入すれば、結局、飼い主自身に余裕がなくなったとき、ペットたちは簡単に遺棄されてしまうのが現状で、そして遺棄されれば最後、彼らは彼ら自身で生きていくしかない。そうやって過去に人間は多くのペットたちの命を奪ってきたのは紛れもない事実。


 そんな事を颯太が考えていると、隣ならぽつりと天華が口を開いて言った。


「ねぇ」

「ん?」

「この子、飼育できる?」

「……僕が?」

「うん」


 思わぬ問いかけだった。

 でも、一呼吸おいて、とりあえず可能かどうか思案した。何事も一考もせず即否定はしたくなかった。

 答えは思いのほかすぐに出た。


「正直、自信ないな。実際、僕は僕を育てるだけで手一杯みたいなとこあるし、君の家じゃだめなのか?」

「天上でいい。それと残念ながら、私の家ではこの子は飼えないわ」

「そっか。あ、僕も柳で。んで、理由としては、やっぱり、家が厳しかったりするの?」

「……親が、アレルギーなの」


 視線を右下に逸らしながらそう告げる天華。

 その様子に颯太は違和感を覚えた。

 けど、深く追求するのはやめたほうがいいような気がして口をつぐんだ。


「柳くんのご両親は?」

「ん? 僕は1人暮らしだから、そこは、まあ、無関係」

「アレルギーとかあるの?」

「僕自身はおかげさまでまったく」


 好き嫌いはさておき、おかげで何でも食べられる。健康体で産んでくれた母親には感謝しなくてはならない。


「だったら、その、お願いできない?」


 子猫の顎下を優しい手つきで撫でつつ、天華が食い下がってきた。


「お金の問題なら、私が出費するから」


 颯太の負担を軽減することでこちらの譲歩を引き出す算段だろうか。

 しかし、それなら天華は大きな勘違いしている。


「いや、そういう問題の前にこの子を飼育できるほどの甲斐性が、僕にあるとは思えなくてだな」


 高校生にして一人暮らし。

 ただでさえ炊事や洗濯、掃除といった家事など、自分の世話で忙しいのだ。加えて子猫の面倒を見るのは、正直、現実的じゃないとおもった。


「大丈夫。この子のお世話は私がする」

「え?」


 だから、天華が発した言葉の意味を颯太はすぐに理解できなかった。

 理解できなかったので、自分の中で噛み砕き、もう一度尋ねてみる。


「つまり、なに? 天上さんが僕の家に来て、この子のお世話をするって、こと?」

「そう言ってる」


 無事に認識は一致したようだ。

 でも、だからこそ余計に分からなくなってしまう。


「まじで?」

「しょうがないでしょ」


 年頃の女の子が年頃の男子高校生の部屋に、しかも一人暮らしの家に上がり込むのに、「しょうがないでしょ」では済まない気がする。


「ちなみになんだけどさ」

「なに?」

「僕に拒否権はもちろんあるよね?」

「ええ、もちろんあるに決まっているわよ」

「これもちなみになんだけど、僕が拒否権を行使するとしたら、天上さんはどうするつもり?」

「それは……飼う、しかないじゃない」

「でもさっき親がアレルギーって」

「命には、変えられないわ」


 子猫の脇にそっと手を差し込み、天華がバンザイさせるように子猫を持ち上げた。

 子猫第一になり、天華がすこし自暴自棄になっているように颯太は思えた。


「そりゃあ、命には変えられないけど、確実に別の命に関わってるでしょ、それ」

「……私の部屋で飼うから問題ないでしょ」

「あんま変わんないでしょ、それ」

「じゃあどうすればいいのよ!」

「えー、逆ギレされても」


 少し感情が高ぶらせた天華の声が陸橋に響く。

 美人が怒ると怖いというが、美少女が怒ってもちゃんと怖いんだと颯太は初めて知った。できれば知りたくなかったが、どうせなら美少女には微笑みかけてほしいので、颯太は代案を提示することにした。


「動物を預かってくれる施設ってあったよね?」

「動物保護センターのこと?」

「たぶん、それ。ちょっと待った。今、調べる」


 ズボンのポケットからスマホを取り出す。地図アプリを開く。検索ワードは『動物保護センター』。

 検索結果はすぐに出た。スマホの画面に映し出された地図上に赤いピンが立ち、タッチすると『動物保護センター』という文字が表示される。


「んー、近場に保護センターはないっぽい」

「1番近い場所は?」

「隣街に、あるにはある」

「沸切らないわね。理由があるの?」

「ある」


 きっぱり断言した颯太は、天華の方にスマホの画面を向けた。


「保護センターってとこは、どうにもホワイトらしい」

「……今、何時?」

「5時過ぎだな。そして保護センターは5時15分をもって営業時間外になるっぽい」

「明日は?」

「土日とも定休日」

「……」

「つまり、金曜日の今日はもう閉まってて、そもそも土日はやってない」


 タイミングは最悪。こんなとき、このタイミングで、誰かの都合で世界は回っていないのだと実感するとは思わなかった。


「にゃあ~」


 ままならない現実に自然と口を閉ざす二人の耳に愛らしい鳴き声が響く。その鳴き声は今の今まで鳴かなかった子猫のもの。


「……」

「……」


 その鳴き声はあまりにも無邪気で、悲壮的な感情は一切感じられなく、同時に、今、一番危機感を覚えていないといけない本人がそれすらも理解できないくらい未熟なのだと、颯太と天華は認識させられた。


「……仕方ない、か」


 段ボールに収まっていた子猫の前で颯太は屈み、両脇に両手を差し込んでから、すっと抱き上げる。子猫と視線を合わせると、不思議そうな顔で子猫が颯太を見ていた。


「お前、こんなにも冷たかったんだな。腕も足もお腹も細いし」

「にゃあ~」

「お、自覚してたのか?」

「にゃあ~?」

「細い自慢か? でも残念だったな。巷では細マッチョがモテるらしいぞ」

「にゃあ?」

「どこ情報よ、それ。あと、その子は女の子」

「え? あ、ほんとだ」


 よく見ると、颯太にはある大事なものが子猫にはついていない。ついでに細マッチがうんたらの情報源は、偶然、目に入ったネット記事がソースだったりする。


「よし、僕の近くで僕が細マッチョになるのを見てみる気はあるか?」

「何よそれ」

「勧誘だけど」

「ナンパの間違いじゃなくて?」

「僕は巷で紳士として有名なんだ」

「だからその巷ってなによ。それに紳士はレディーに向かって『僕の家に来ないか』とか言わないから」

「そんなことないって。紳士と言っても所詮男」

「元も子もなくなったじゃない」

「ま、何はともあれ、数日は僕の家でお世話してやるからな」

「柳くん。さっき言ったことは嘘じゃないから」

「……本当に来るつもりだったのか」


 何だかんだ言って、やっぱり無理ですってオチになると思っていなかったといえば嘘になる。


「当たり前。私が言い出したことなんだからちゃんと責任を取る」


 天華は憮然とした態度で颯太に宣言してくる。


「何があっても一切の責任を僕は取らないからな」

「へー、何か、するつもりなんだ?」


 挑発的な表情で天華が颯太を見る。


「残念ながら、僕も男なんでね。過ちの1つや2つ犯してしまう可能性は捨てきれない」

「紳士なんでしょ?」

「紳士といっても、所詮、男は男だからな」


 いくら紳士という名で自分を覆い隠そうが、中身はどこまでいっても男であり、それは神父であっても変わらない。すこし調べればその手のニュースは簡単に見つかるのがその証拠。


「ふーん、まあ、私は自分の身は自分で守るから何でもいいけど」

「言っとくけど、怪我するかもよ」

「へー、一応聞いておくけど誰が怪我するのかな?」

「もちろん、僕だ」

「……そうだと思った」

「天上さん、見かけによらずノリいいな」

「よく言われない」

「言われんのかい」


 一見、冗談の通じないお堅い優等生みたいな雰囲気がある天華。けれど、颯太のくだらない冗談にもちゃんと対応してくれたりするなかにブレない芯みたいなものがある。


 不思議と話していて安心できる何かが、クラスメイトの女子にはない何かが天華にはある気がした。


 そうして颯太と天華、それと1匹の子猫は、そんな軽口を叩きながら雨足が弱まわるその時をしばらく待つのだった。



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