Capture16:追憶
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颯太が一人暮らしをしている理由。
その原因は、両親の離婚による。
颯太は父親が医者、母親がコンサルティング職に勤める、経済的に恵まれた家庭に生まれた。
しかし、颯太が高校の内定をもらった直後、父親と母親の折り合いがつかずに離婚してしまった。
颯太が中学に進学を果たした際、夫婦仲は拗れ、中学2年生になる頃には、父親はほとんど自宅にいなかった。
おそらくきっかけは、父親の不倫だと颯太は思う。
ある朝、朝帰りを果たした父親の襟元についていた紅色が、すべての始まりで、終わりだった。
颯太の目から見えても、両親の離婚は時間の問題だった。
颯太が高校受験を終え、進学が決まったことを機に、両親は、離婚届を役所の戸籍係に提出して正式に離婚した。
彼らが早いうちに離婚をしなかったのは、受験を控える颯太の精神面を配慮してくれたのだろうと、颯太は思うようにしている。別に、直接母親に尋ねたわけでもないので確証はないけれど。
未成年である颯太の親権は、母親に引き取られた。
颯太も母親が親権が移ることに不満はなかった。
仕事で忙しいからと、幼い頃からほとんど構ってもらえず、学校行事にも一切参加しなかった父親についていこうとも思えなかった。
母親は父親と離婚をしたことで、育児に家事と奔走していた今までとは異なり、颯太も高校に進学したこともあり、コンサルティングの仕事に再び注力しはじめた。
そして、今では本当に生き生きと仕事に勤しみ、
「今、ニューヨークだってさ」
遠い日本に颯太を置いて、15時間もの時差がある世界一自由な国にその両足を着かせ、その辣腕ぶりを奮っている。
颯太のスマホには母親からのメッセージが一日に数件送られてくる。中にはニューヨークのウォールアートが有名な地区にて、豪快に口を開けて歌うアフロのミュージシャンの壁画を真似た、なんともコメントに困る写真もあったりした。
「お母さま、今、海外にいらっしゃるのね」
「かわいい一人息子を遠い故郷に残して、ね。まあ、本人がすごい楽しそうだから、それでいいだけど」
毎月、颯太の学費や生活費はきちんと仕送りしてくれる。マメに連絡だってくれる。
掃除に洗濯、ご飯の準備など、当初、家事の負担は否めなかったけれど、一年も続けていればそれも自ずと慣れて、今では一人暮らしが気楽に思えるくらい。
何よりよかったのは、父親と離婚したことを機に母親が本当に明るくなったこと。思うことは多々、多々あるが、今ではこれでよかったんだと思う。遠い目をしながらも、颯太はそう思えている。
「今、お父様の方は?」
「ん?」
1年前の一人暮らしをはじめた頃の自分の姿を懐かしんでいると、ふいに天華から質問を受け、颯太は目線を斜め上に向けながら口を開く。
「あー、その、今は別の人の父親にでもなってるんじゃないか」
「え?」
両目を丸くする天華に構わず話を続ける。
「確証はないけど、でも、たぶん、そんな感じがするんだ。あの人に関する情報は、母さんによって完全ブロックされてるからあくまでも予想だけど」
言葉は曖昧。されど、あながち間違っていないとも思えるのは、3年前の、あの、紅色のせいだろう。
「……無神経なことを聞いてしまったわね。ごめんなさい」
しおらしく謝罪をしてくる天華に向け、颯太はなんでもないように笑ってみせた。
「別に。こう言っちゃ薄情に思われるかもしれないけどさ、あの人に思うことは、もうないよ」
3年前の颯太なら、あるいは少しだけ気にしていたかもしれない。
けど、もう3年。3年もの月日が颯太の記憶に残る父親に関する思い出を洗い流してしまった。今の颯太にとって、父親に関する認識は、血の繋がった赤の他人。そう思えるくらいに未練は残っていなかった。
「ま、これが僕が一人暮らしをしている理由」
身内話で重たくなった空気を取っ払うように、努めて声色を明るくして颯太は自らの過去を、高校生ながらに一人暮らしをしている理由を語り終えた。思えば、誰かに父親の話をこんなちゃんと話したのは初めてだった。
「よし、それじぁ、つぎは天上さんの番」
「……そうね。そういう約束だもの」
颯太の過去は、天華の過去を語るのに充分に値したらしい。天華もそれを認めて、軽く息を吐く。
誰だって自分の過去を、それも、目を背けたくなるような過去を語るのは、特別にカロリーを消費する。心の準備は必要となる。
天華の視線が隣で安心しきった様子で眠る子猫に注がれた。
それを合図に、彼女は話の口火を切った。
「私、もともと小さいときから芸能界で仕事していたの。いわゆる子役ってやつ。柳くんも気づいていたと思うけど、一応言っとくわ」
颯太は相づちを打たず、彼女の話に耳を傾け続ける。
「でも今は、活動停止を宣言して普通に高校生。そしてその理由は、私、実は幼い頃、この子にそっくりな子猫を飼っていたの」
「……」
「そして私が芸能活動を休止した理由もその子が原因」
「えっ……」
天華の発言を受け、視線が子猫に向く。子猫はソファの上で気持ち良さそうに昼寝をしている。
「私が小学の低学年の頃、ダンボールの中に捨てられた子猫を拾ったの。しかも、雨の日」
天華の最後の一言は颯太に思い当たる節を与えた。
思わず天華を見ると、彼女は子猫を見つめたまま口元をわずかに綻ばせていた。
「そう。まさしく、昨日の柳くんのようにね」
だからあの時、颯太が子猫と出会った時、彼女は過去の子猫と遺棄された子猫を重ね、颯太が子猫を遺棄したと早計し、疑い、非難した。そしてそれが勘違いとわかったあとも、彼女は子猫に強い執着を見せ、今、彼女たって願いで子猫は颯太の自宅にいる。
「……ん?」
そこまで考えて、颯太は違和感を覚えた。何か矛盾しているような、パズルのピースが一枚だけ合わない気持ち悪さようなちぐはぐ感。
颯太はその違和感の正体を捻り出すため、ここ2日間の記憶を思い出す。
思い返すと本当に色々あった。
子猫と出会い、天華と出会い、自宅で子猫のお世話をして、2人でペットフードを買いにも行った。その帰りの駅のホームでは驚愕の天華の経歴を知り、より詳しく風磨から彼女について教えてもらった。
ここ一年、平坦な毎日を送っていた生活が覆るような激動の2日間を過ごしていると思う。その中で、何か、見落としている矛盾。
考えること数秒、引っかかったのは、子猫と彼女と出会った陸橋の下での会話。
「天上さん、1つ、確かめたいことがあるんだけど、天上さんのお母さんって、たしか、猫アレルギーなんだよね?」
「うん」とも「違う」と答えない天華。
颯太は彼女の答えを待たずして自分の違和感を言葉にして発した。
「天上さん、小学生のころ、子猫を買っていたってさっき言ってたよね? でも、それっておかしくないか? だって、小学生の天上さんがお母さんと暮らしていないわけがいない。もしかして、天上さんのお母さんガ猫アレルギーっていうのは、本当は嘘なんじゃないのか?」




