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Capture13:他校の美少女とご飯の準備

 風磨を見送ったあと、エレベータで3階まで上がった颯太は、玄関のドアを開き、帰ってきたのを嗅ぎ慣れた匂いで実感することになった。


「早かったわね」


 顔を上げると、どういうわけか、子猫を抱いた天華が玄関まで足を運び、颯太を出迎えてくれた。


「お出迎えなんて光栄だな。どういう風の吹き回しですか?」


 口角を緩ませながら、颯太は後ろ手でドアを閉めつつ尋ねてみる。


「この子が急に玄関のほうへ行きたがるから来ただけ」


 平然とそう言い切る天華の対応は、ある意味、颯太の予想を裏切らない。限られた時間の中、言葉を交わし、やり取りを重ねてきて、少しずつ、颯太にも天上天華という女の子がわかってきた。


「へぇ〜」


 靴を脱ぎながら、颯太は特に意味のない相槌に意味をもたせて打った。


「別に私の意思でお出迎えしたわけじゃないから」


 靴の踵を揃えていると、背中に平坦な声色が飛んでくる。

 颯太は片膝立ちの姿勢から、すっと立ち上がり、軽く目を閉じて小さく「うんうん」と頷いた。


「まあ、天上さんがそういうのなら、まあ、そういうことにしておくよ」

「そういうことも何も、それ以上もそれ以下もないんだけど?」


 あくまでも含みを持たせようとする颯太の態度に、天華は整った眉根を寄せて抗議を示した。柳のように掴みどころのない颯太の対応に、少し、ペースを乱される。


 天華は自分のペースを取り戻すみたいに、軽く息を吐き、颯太から子猫へ視線を落とした。


「でもこの子、柳くんが帰ってくるのがわかるみたい」

「そういえば、村瀬もそんなこと言ってたな」

「というと?」


 尋ねながら颯太に背を向けて、天華がリビングへと足を向けて歩き出す。促させる形で颯太もその背中に一歩遅れてついていく。

 時刻は未だお昼過ぎ。薄暗い廊下の向こう側に広がるリビングに差し込む陽光が、リビングへと続く廊下のフローリングに反射して、徐々に明るく照らしていた。


「ほら、僕たちが買い物から帰ってきたとき、子猫と村瀬が出迎えてくれただろ? そんとき、先に僕たちに気づいたの、子猫だったんだってさ」


 言いながら、颯太の鼻を甘い香りがくすぐる。颯太の目線より10㎜ほど下がった先に、肩甲骨あたりで切り揃えた闇色の髪がリビングを通るそよ風に揺れていた。

 颯太はきゅっと唇を真一文字に引き締めると、浅く息を吸い込み、そして音もなく吐き出す。


「きっと私に気づいてくれたのね。えらいわ」

「……えー、僕は、僕に気づいてくれたんだと思うけどなー」

「何を言っているの? 私に決まっているじゃない。ねー」


 そう言う天華の、その肩越しから、猫じゃらしが左右に揺れていていた。

 天華は手段を選ばず、子猫の同意を猫じゃらしにて得ようとしていた。


「アイテムで釣るのはさすがに卑怯だと思う」


 すかさず颯太は抗議の声を上げる。


「甘いわね。本当に得たい物は、どんな手段を使ってでも手に入れる。そういった野心的な手段を取ってくる人間が、この世の中、たくさん存在しているの。私のこれはまだ、全然、可愛いげがあるほうなんだから」

「え〜、それはないって」


 そう遺憾の意を示しながら、颯太は頭の中で、すこし別のことを考えていた。

 今、颯太の前を歩く天華はどんな表情を浮かべているのだろうか。


 以前の颯太なら、天華と出会って間もない颯太なら、きっと今の天華の話を耳にしたとしても、そんなことは思わなかった。気にならなかった。

 せいぜい、「大人びたことを言うな」と、自分にはない感性に触れ、感心してそれで終わり。それが関の山。



 今の颯太が以前までの颯太と異なる思考を抱いたのは、天華の経歴を知ってしまったから。知っているからこそ、先ほどの天華の発言が、単なる「大人びた発言」では流すことができなかったのだ。



 そうこうしているうちに、短い廊下を抜け、天華と颯太はリビングへと足を踏み入れた。

 初めに颯太の視界に入ったのは、ダイニングテーブルに置きっぱなしのまま放置された子猫のウェとフードだった。


「そうだ、子猫にご飯あげないと」


 昨日からろくなご飯を与えられておらず、今日、天華とともに買い出しに行ったまではよかった。しかし、それを子猫に与えなければ何の意味もない。


 ウエットフードを回収した颯太は、「子猫に悪いことしたな」と自制して、早足でキッチンへと足を進めた。


「お皿はどれを使えばいいのか教えてくれる?」


 颯太を手伝うためにそのあとに続いた天華が、食器類が並べられた戸棚を開き、首を斜め上に傾け眺めつつ尋ねてきた。


 天華の腕の中に子猫はいなかった。台所は刃物や食器類を扱う場所。それ相応の危険が伴うので、颯太がキッチンへ向かったあとにリビングのソファーへと置いてきたのだ。


「えーと、あっ、じゃあ、これを使って」


 食器棚を見つめる天華の隣にすっと移動し、颯太は食器棚に手を伸ばす。ちょうど良さげな白磁の平皿は、颯太が踵を持ち上げて届く距離にあった。


 子猫用の平皿を取り、踵をフローリングに付ける。

 少し高くなった視界が元の高さに戻った颯太が、平皿を天華へと差し出す。


「……ありがと」


 差し出された平皿を受け取る直前、颯太の頭の頂点に一瞬だけ視線を向けたあと、瞬きを一回挟み、天華が平皿を受け取った。

 颯太はそんな天華の様子に気づくことなく、ウェットフードに手を伸ばて次の工程へと進めていく。


「よし、早速、平皿に入れますか。えーと、量はだいたい、600グラム程度だったよね?」

「え? ええ、まあ、そうだけど、その前にそのグラムを計測する秤ってあるの?」

「あります」


 颯太はキッチンに備えられた引き出しを引き、フライパンやボールなどが置かれたエリアの更に奥のほうに手を伸ばし、いそいそとピンク色の秤を取り出した。


「へえー、意外」


 颯太が取り出した目盛り式の秤を見て、天華がアメジストの瞳を丸くする。


「でしょ。こう見て僕、料理男子なんだ」

「へぇー、料理男子、ねえ……」

「あれ、僕、早速疑われてる? 早くない?」


 含みのある呟きが気になり、天華を見ると、彼女の視線は先ほど取り出した秤に向けられていた。


「皿の上、埃がついている」


 秤の皿の上を白くて細い人差し指がすっと走る。

 天華の指が通った皿の上には綺麗な直線が走り、吸い上げるように持ち上げた縦に長い形のいい指先の先端には燻んだ灰色の塊が付着しており、しらっとした目で、「これはなに?」とでも言いたげな目をした天華が颯太を見ていた。


「さ、早く子猫にご飯をあげよう!!」

「ええ、そうね。でも、まずはこの秤を洗わないといけないわ。どこかの料理上手さんが綺麗に使っているおかげでね」


 さらっと皮肉混じりの呟きをこぼし、秤を手にした天華がシンクに立ち、シングルレバーのバンドルを持ち上げる。


 手際よく秤についた埃を洗い流す天華の後ろで、唇を尖らせた颯太は、鳴りもしない口笛を吹き続けるのだった。



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