Capture12:他校の美少女の経歴
「天上さんと付き合えたら、お前、すげーぞ」
「そりゃあ、あんだけ可愛ければな」
「それだけじゃないからな」
「ん?」
「颯太、お前、実はすげー人と知り合ってる」
エレベーターの扉が閉じ切り、ぐんぐんと1階へと下降していく。
「実はさ、俺、今日はじめて天上さんに会ったとき既視感というか、どっかで見たことあんな〜って、漠然と思ったわけよ。まあ、最初のほうは他人の空似っつーか、気のせいだって流してたんだけどさ、時間が経つにつれてだんだんその既視感みたいなのが無性に気になって、ダメ元でネットで調べてみたらさ」
風磨がそこまで口にしたタイミングでエレベーターが1階へと到着し、扉がスライドして開いていく。
扉が完全に開き切ると、乗り込んだときとは逆に、颯太、風磨の順にエレベーターから出る。
「びっくりしたわけよ。なんてったって、少し幼さが残っちゃいたが、今日見たばかりのお顔がどどんってスマホの画面に出てきたんだぜ?」
連れ立ってエントランスホールを抜け、2人はマンションの敷地外へと出た。
「颯太」
風磨の話に耳を傾けるだけに徹していた颯太は不意に名前を呼ばれ、視線だけ風磨に向ける。
「お前、前世でどんな徳を積んできたんだ?」
何を質問されるかと思いきや、面と向かって変な質問をされてしまった。
「控えめに言って、たぶん、世界は救ってるな」
変な質問には変な答えをもって返す。
「世界はさすがに言い過ぎだろ」
「じゃあ、街くらいか?」
「スケール問題か?」
「ていうか、記憶にないのにあれこれ言ったところで意味ってないだろ」
「ド正論どうもありがとう」
「どういたしまして」
感謝をされてたはずなのに全然喜びは感じない。当然か。そもそも風磨のほうに感謝する心が1ミリもこもってないのだから。
「んで、話戻すけど、ちょっと天上さんの経歴について調べてみよーぜ」
「ご本人が近くにいるのに、どうなんだ、それは」
馬が合う友人をしらっとした目で颯太が見つめる。
まあ、でも、本人の前で堂々と経歴を探ろうとするより良識的だと思う。他にも、こうやって2人きりになったタイミングで話を持ち出したのがその証拠だ。
「でも、普通、気になるだろ?」
「まあ、その気持ちが分からないと言えば嘘になるけどさ」
風磨と同様に、実は颯太もちゃんと気になってはいるのだ。なんと言っても相手は芸能人。テレビの中の人。普通に生活をしていればまず関わりを持つことない相手。
それでも、颯太が終始そういう態度を見せなかったのは人には人の事情というものがあるし、何よりも話題の天華自身と行動を共にしていた手前、それを表に出すのはあまりにも配慮に欠けると思ったから。
そんな複雑な颯太の心境をよそに、風磨がスマホを取り出して液晶画面の上で親指を走らせはじめた。
「ほら、Wikipediaあんの、すげーよな」
ご丁寧にスマホの画面を颯太に見せてきて、無邪気な感想を口にする。
颯太も風磨のスマホの画面を横から軽く覗き込むと、たしかに天華の経歴が記載されたWikipediaが映っていた。
「えーと、なになに……色々記載してあるけど、デビュー作は小説をドラマ化した作品で、作品名は『2番目の恋』。それの第四話目に出演だってさ」
「『2番目の恋』?」
言われてすぐさま記憶を探るも全然ピンと来なかった。
「かれこれ10年前に放送されてる恋愛ドラマだな」
「10年前って、僕たちはまだ6歳か」
6歳と言えば、颯太がまだ幼稚園を卒園する年。当時、放送されていた恋愛ドラマ以前にその頃の記憶なんてほとんど残ってなどいない。土台、最初からわかるはずもなかった。
「まあ、6歳のガキは恋愛ドラマなんて見ないわな。んで、そのドラマを機に子供向け料理番組の主人公の少女に抜擢され、世間から注目を浴びた……って、これだよ、俺、これを見たことがあるんだわ」
「それは僕もあるな」
誰もが知るあの有名な放送局で、当時、夕方頃に放送されていたのを颯太はなんとなく覚えている。当時、好んで見ていたアニメの前枠で放送されていて、ついでとばかりに何度も視聴していたのだ。
「俺の既視感の原因はこれだったわけか」
忘れていた当時の記憶に触れ、風磨が感慨深げに呟く。
けど、そのほんの数秒だけ。すぐさま郷愁から脱し、再びスマホ画面をスクロールして天華の軌跡を辿り直す。
「えーと、その後はローティーン向けのファッション雑誌のオーディションに参加して、約8000人の中からグランプリに輝いてるな」
「まじか」
「んで、それをきっかけに同誌の専属モデルとして2年活躍して……この頃に母親が立ち上げた事務所に移籍を発表。その後もモデルやテレビ番組で活躍……けど、突如して3年前活動休止を世間に公表……」
「……」
「そして今、なぜか颯太と一緒に猫のお世話をしているわけか……なるほど、さっぱりわからん」
疑問を瞳いっぱいに溜めて風磨が颯太を見た。
「それについては僕が教えて欲しいくらいだ」
すべてはあの雨の日の陸橋の下からはじまった。偶然遺棄された子猫を見つけ、それを偶然通りかかった彼女に見られ、彼女の強い要望で動物保護センターが開業するまでの三日間、なぜか言い出しっぺの天華と共に子猫のお世話することになった。今思い返してもどうしてこうなったのか、その答えに行き着くことができないでいる。
「まあ、偶然にせよ、いい出会いに変わりはないんじゃないのか? この出会いを機に彼女になってもらっとけよ」
「コンビニで箸もらっとけよみたいなテンションで言われても困る」
「俺は脈アリだと思うけどな〜」
「そうか?」
「だって家にまで来てんだぜ? 普通、嫌いなやつの家に女子は行きたがらないだろ」
「例外があるだろ。たとえば、子猫とか」
「子猫か、それはまあ、たしかに……」
「だろ?」
「まあ、そんときはそんときだろ。なるようになるって」
「O型ならではの大雑把さを遺憾無く発揮しやがって」
まあ、でも、風磨の言う通りなのかもしれない。
結局、颯太ひとりが足掻こうが右往左往しようが、現実問題、この世はなるようにしかならない。無駄にあれこれ考えながら生きていても無駄にカロリーを消費するだけ。だったら、柳のように流れに身を任せていた方が人生楽に生きていられる。人生イージーモード万歳。
「じゃ、そろそろ帰るわ」
「ああ、今日はありがとな。マジで助かった」
「気にすんなって」
「彼女のことはお前に任せた」
「それは気にしろ、マジで」
風磨のツッコミに、2人は一緒に笑った。声を出して笑った。けらけらと笑い合った。
「颯太」
風磨と会話を終え、エントランスホールに入ろうとする直前、名前を呼ばれた。
声がした方向に視線を向けると、別れたばかりに風磨がこっちを見て立ち止まっていた。
「何かあれば言えよ。できる範囲で力になる」
そう告げるだけ告げて満足したのか、風磨は言うが早いか颯太の返事も聞かずに「またな」と言って走って行ってしまった。
その後ろ姿を目で追いながら、良い友人に恵まれたものだとしみじみ実感して、颯太は天華と子猫の待つ部屋へと控えすのだった。




