64.夜の訪問者
──カタリ
普通なら聞き逃してしまいそうな微かな音も、この獣人の耳であればとてもよく聞こえる。位置は今私が座っている場所の左斜め後方。ここは敢えて気付かなかった振りで相手の油断を誘えるだろうか。
相手から見えないようにインベントリから杖を取り出すも、どうやら魔法を発動するまでは待ってくれないらしい。
危険察知の赤いラインと共に相手の攻撃が背後から襲ってくる。
「ッ!」
それをクルリと回転することで躱し、そのまま杖で相手の顎をかち上げる。思わずといったようにたたらを踏んで2、3歩後退るも、すぐに反撃に転じて再び襲い掛かってくる。
あ゛ー!こういうときに魔法職って不利だよねえっ!全然魔法撃たせてくれないんですっけ、どぉっ!?
カンッカンッと相手の短剣の攻撃を捌きつつ、何とか反撃のチャンスを狙う。というか今、杖を木製ではなくて謎の硬い素材でできたやつにしておいて良かったと心の底から思っております。ありがとう勧めてくれたドーラの武器屋のお姉さん!
というか今気付いたのだけれど、普通町中はセーフゾーンになっているので攻撃はできないはずなのでは…?あれかな、これはそういうイベントだから仕様が違うとかなのかな。
うぅん、それはともかく今のところ攻撃は全て捌けているし、被弾もしていない。しかし短剣は手数も多く魔法を準備する時間がとれなくて中々攻めきれない。とここで良いことを思いついてしまった。
まずは手近にあった壺を掴んで相手に投げ付ける。あの壺が一体いくらするのかは考えてはいけない。そして相手の視界を一瞬奪った隙に敵の背後にあるバルコニーへとパルゥを召喚する。うちの賢いパルゥさんは瞬時に状況を理解して【隠密】を発動してくれます。あとはわかりますね?
そう、私が敵を引き付けている間にパルゥが強襲。そして敵がパルゥに気をとられた瞬間に今度は私が【隠密】を発動する。そして今度は私が強襲をして、とその繰り返しである。パターンに嵌まってしまえばコッチのものなので、あとは作業ですよ。
そして無事に討伐完了して敵が大気に散っていくと、隣の部屋からハインツが駆け込んできた。
「ジュカ様ご無事ですかっ!?」
「あァこっちは問題ねェ。お前のとこにも出たか」
「はい。賊が一名、部屋で待ち伏せされていたようです」
「こっちも同じだな。………帝国の奴らだと思うか?」
「おそらくは」
「だよなァ……あ?そういやウルドは大丈夫なのか?」
うっかり忘れそうになっていたウルドを思い出し、もしかしてマズイのでは?と様子を見に行こうかと思ったら、まさかのウルドの方から部屋へと飛び込んできた。
「よォ無事だったか」
「ご無事で良かったです。」
「ぜ、全然無事じゃないよっ!死ぬかと思ったんだからっ!」
半べそになったウルドから話を聞いてみると、部屋に戻った後は風呂にでも入ろうかと浴室へと向かったらしい。そして先に顔を洗おうと洗面台の前に行くも、うっかり石鹸を落としてしまった。その瞬間を敵に襲われたのだけれど、ちょうど石鹸を拾おうとしていたウルドはそれに気付かず、その上石鹸を踏んづけて転んでしまった。
その勢いのままウルドは敵の股間に頭突きする形となり、悶絶した敵は倒れ込みそうになり逆にウルドは慌てて立ち上がろうとした。するとどうなるか?思い切り上げたウルドの頭が敵の顎に命中し、そのまま仰向けに倒れた敵は後頭部を強打して昏倒。取り敢えずロープで雁字搦めにした後、急いでこの部屋に来たらしい。
「ドワーフ族の石頭で生まれて助かった…」
なんで一人だけコメディ仕様なの…?
頭を擦りながらしみじみと言うウルドに釈然としないものを感じます。
その後は「一度様子を見てきます」と言ってハインツがウルドの部屋まで向かったので私たちは部屋で待機です。情報を聞き出せるようなら聞いてみます、と言って出て行ったので、戻るまでには時間が掛かるでしょう。
一応部屋の中を〈気配察知〉で探ってみるも、私たち以外の反応はない。念のためこのまま警戒はしておくけれど、とりあえずは安心かな。
「な、なんで僕たち急に襲われたんですかね?」
「ンなの俺たちが邪魔だったんだろ」
「え?じゃ、邪魔って…僕たちこの島の人たちに何もしてないのに?」
「あァ?あーそっちじゃねェよ。島の連中じゃなくて帝国の奴らの方だ」
「えぇっ!?そ、それこそ意味わかんないんだけど…」
「ハァ、晩餐の様子見てたらわかンだろ。アイツらはあの族長様が使ってた力が欲しくてしょーがねぇンだよ」
「あぁ、そういう…」
「ってだから何でそれで僕たちを襲うのさ!?」と喚きだしたウルドは放っとき、今回の戦闘も大活躍だったパルゥを労う。強くて賢いパルゥを心行くまで撫で回していると、ハインツが戻ってきた。
「どうだった」
「はい、無事にいくつかの情報は聞き出せました。」
「そうか。で、そいつはどうした?」
「丁重にお還りいただきました。」
「ならいい」
「あ、ちゃんと帰してあげるんだ…」
勿論この場合の『かえって』もらうは、『祖国へ帰る』ではなく『大地へ還る』の意味である。敵を生かしておく意味はないからね。後顧の憂いはキッチリと絶っておくべきでしょう。まあウルドが怖がってまた喚き出すと面d……可哀想だからね。気遣いというやつですよ。
ハインツの話によると襲撃者はやはりギムレブ帝国の人間だったらしく、族長一族だけが持つとされるあの力を欲してやって来たとのこと。どうやって奪おうとしているのかまでは聞き出せなかったそうだけれど、取り敢えず邪魔する者は排除していく方針ではあるらしい。なにせこの島は世界に知られているとは言い難い、むしろお伽噺の中の幻の島である。ここで何が起ころうと世間は何も気付かない。どんなに悪どいことをしようとも、それを伝える人がいなければ何もなかったことと同じなのである。
なので世界各地にネットワークを持つ冒険者ギルドに属する冒険者など、邪魔も
邪魔。即座に排除命令が下ったのであろうとのこと。
な、なんですと…!?【考古学者】と名乗った方が変に警戒されるかと思って敢えて【冒険者】だって名乗ったのに…っ!まさかそれが仇になるだなんて…。いやどうだろう、どっちにしろダメだった気がする。ならいいか。
さて敵の目的はわかった。ならば次はどうするのか?
ザリムを助ける?えー…?いや、うん、まぁそうね。チャンスがあればね、考えてもいいかな。
いやそんなことよりも、やっぱり気になるのはあの力ですよね。どうやらあの力は土・火・水・風・光・闇の基本6属性とは全く異なる系統の力らしい。似たような魔法で〈樹魔法〉というのがあるけれど、あれは〈水魔法〉と〈土魔法〉を合わせた複合魔法なので、基本属性は含まれているのだ。
〈樹魔法〉ではないとすると、あの多種多様な植物がワサワサ生えてきていたのを見た印象的に“時間”もしくは“生命”そのものを操っているような感じなのだろうか。
まぁあの力が欲しいかと聞かれれば「いや別に…」という感じではあるのだけれど、どうやって使っているのかは気になるところ。
「帝国の奴らはもう動いてるか…」
「おそらくは。どうされますか?」
「ンなの、追いかけるに決まってンだろ」
「かしこまりました。」
「え、え?本気で言ってる!?そんなの危ないに決まってるよ!」
「ならテメェはここで待ってりゃイイだろ」
「ええっ!?そ、それはそれで怖いような…」
「面倒臭ェな。来ンのか来ねェのかどっちだ」
「うっうぅ……わかったよ!一緒に行くよ!」
「ハァ…着いて来ンならテメェの身はテメェで守れよ」
「そこは嘘でも守るって言ってよぉっ!」
正直ウルドはここで待機していてくれた方が嬉しいのだけれど。確かに今後この部屋に敵がやって来ないという保障もないしね。きっと戦闘は出来なくても逃げることくらいはできるでしょう。多分。
とりあえず建物の中では大きくて目立ってしまうパルゥは一度帰還させて、私・ハインツ・ウルドの3人で帝国の連中を追ってみることにしました。
フフフ、隠密ミッションの開始ですよ!!




