53.大海原へ
ギラギラと照りつける太陽に爽やかな潮風が髪を踊らせる。
海は荒れることなく、穏やかな波に乗せてガレオン船を運んで行く──。
「おいっ出たぞ!2時の方向、グライダーフィッシュだ!」
「上からも来るぞ!2、3…4匹だ!」
「あー!あいつまた帆に穴空けやがった!もう絶っ対ぇ許さねぇからなっ!!」
うーん騒がしいねえ…。
「おいジュカ!テメェ何のんびり座ってやがるっテメェも戦えや!」
「ハァ?戦ってんだろうが」
ええ。ちゃんと戦ってますとも。
目の前にビヨンッと飛び上がってきたグライダーフィッシュという魔物に向けて土魔法を当て、海へとお帰り頂く。倒すというよりも石をぶつけて撃ち落としている感じ。土魔法も無事レベルが上がって〈土魔法Ⅰ〉から〈土魔法Ⅱ〉に進化しているので、強化された【アースボール】でガンガン撃ち落としています。モグラ叩きみたいでちょっと楽しい。
このグライダーフィッシュという魔物はただジャンプした後に滑空しているだけなので、別に浮遊しているわけではないんだよね。だからジャンプしている間に魔法なり攻撃なりを当ててしまえば、倒すまではいかなくてもそのまま落下はするという寸法です。
ただそれを取り出したディレクターズチェアに座って本を片手に魔法を撃っている、という状況なので傍目からはサボっているように見えてしまうのが難点です。
いや正直攻撃は〈危険察知〉で把握出来ているし、相手が攻撃を放つ前に撃ち落としてしまえば実際動く必要ってないんだよね。
ハインリヒさんは何してるのかって?
彼は私が楽しんでいるのがわかっているからか、背後でソッと見守ってくれています。たまに動く時は船に上がってきた魔物を処理しに行っているんだと思う。
いや護衛なら襲ってくる魔物は全部倒せよ!と思われるかもしれないけれど、そこはほら、私もレベル上げしたいしね。
最初は私の目の前に立って敵を倒そうとしてくれていたんだけれど、そこは優しく「邪魔」と伝えた後はソッと後ろで待機してくれるようになったので、気持ちは伝わったのだと思う。気遣いの出来る護衛で私は嬉しいです。
なのでその荒い呼吸は決して怒りを抑えているわけではないと信じたい。
「ハァーーようやく終わったか。つかジュカお前、楽しすぎだろうがよ」
「オイオイ、あんなに頑張って戦ってただろうが。テメェの目は節穴か?」
「はあ!?お前ずっとその椅子に座ってただろうが!」
「だから?」
「くっそ、こんななのにキッチリ倒してんのが納得いかねぇ…」
「ハイハイ」
そんな感じでちょくちょく襲ってくる魔物を倒しながら、航海は順調に進んでいた。というかイグニス大陸まではこちらの時間で数日掛かるので、魔物が襲ってこなければ逆に暇で退屈しそうである。なので空いてる時間は大体本を読んでいるか、釣りをする位しかやることがない。
こんな風に時間が余っているときはパルゥのブラッシングがしたくなるのだけれど、流石に船の上で呼び出すのは気が引けるし、そもそも騎獣は大きいので邪魔になってしまうだろう。はあ……パルゥのあのビロードのような毛並みを撫でたい。
そういえばジャンヌたちはドーラに着いてからはずっとドーラを拠点にしていたと言っていたけれど、騎獣はゲットしているのだろうか。特に話題に上がったことはなかったから聞いたことはないのだけれど。
「そういやお前ら騎獣は連れてンのか?」
「あぁ騎獣かい?まだ捕まえてないよ」
「不便じゃねェのか」
「あたしたちは基本ドーラから移動しなかったからねえ。というかどうせ騎獣を捕まえるなら海獣系がいいんだよ」
「ンなのいるのか?」
「さあね。でも探したらいそうじゃないかい?」
「まァな」
海獣系の騎獣かあ……。
確かにイルカ、クジラ、シャチなんかはいても全然不思議じゃないし、むしろ格好良さそう。それによく考えてみたらジャンヌたちは陸より海の上の方がメインなんだろうし、それなら馬とかの陸上生物ではなくて海で暮らす騎獣の方が合っていそうではある。
というか折角この世界の住人であるハインリヒさんがいるのだし、彼に聞けばいいのでは。
「この世界に海獣系の騎獣なんかいンのか?」
「ええ、いますよ」
「えっ本当かい!?どこにいるのか知ってるかい!?」
「ジャンヌ落ち着け。あと近い」
今にもハインリヒさんに掴み掛かりそうなジャンヌをカインが宥める。ついでにハインリヒさんから引き離してますね、ご苦労様です。
「オーレリア大陸ではそこまでメジャーではありませんが、これから行くイグニス大陸ではヴァイキングの方も多いですし寧ろそういった海獣系の方が人気が高いと聞いたことはありますね。」
「おおお!それはいい情報を聞けたね!イグニス大陸に着いたら早速探してみるよ!」
「良い出会いがあるといいですね」
「ああ!教えてくれてありがとう!」
新たな騎獣の情報にウキウキのジャンヌを見れば、彼女たちが騎獣を手に入れる日はそう遠い未来の話ではなさそうである。
でも確かにイルカとかシャチの背鰭に掴まって泳いだりするのは、ちょっと憧れるよね。イルカショーとかも見てたらめちゃくちゃテンション上がるし。
「カインもやっぱりそっち系の騎獣にすンのか?」
「まあそりゃあな。俺はいるならイッカクとか捕まえてみてーけどな」
「あー…確かやたら長い角が生えたクジラみたいな奴だったか?」
「そうそう。つかあれって実際は角じゃなくて牙らしいぜ」
えっアレって牙なんだ!?知らなかった…。
というか海獣系の騎獣なら潜水とかも出来そうだけれど、そういう時呼吸はどうするのだろうか。やっぱり水中関係のスキルとか持ってるのかな。
「にしても騎乗にはコツがいりそうだな」
「まあだろうな。でも俺たちは水中行動系のスキルは結構持ってるからな。多分イケるだろ」
「ハッよくやるぜ」
私が微妙に嫌そうな顔をしていたのに気が付いたのか、カインがハッとした後ニヤァ~と笑いながら肩を組んできた。
「あっ、さてはお前泳げねぇんだろ。そうかそうか、ジュカは猫ちゃんだもんな~そりゃしょうがないよな~」
失礼な男である。別に私は普通に泳げる。泳げるけれど、わざわざ自分から好き好んで泳ぎに行かないだけなので誤解しないで欲しいですね。
しかし何故か無性に腹が立ったので、舌打ちと共に蹴り飛ばしておきました。
「てて……ったく足癖が悪過ぎんだろ」
「足が長いもンでなァ、悪かったな」
「くそが。その通りなのがまた余計にムカつくわ」
「ったくあんたらは…。その辺にしときなよ」
「フン」
「いや今のはどう考えたってジュカが悪いだろ」
「どっちもどっちだよ」
◇
そんなこんなで旅は順調に進み、このまま行けば今日中にはイグニス大陸に着けるだろうという所まで進んできた。
暇だったので破れた帆を〈修繕〉スキルで直すのを手伝っていると、背後からカインがコッソリと近付いてくる。
「おいジュカ…」
「あン?」
「あのお前の護衛……ハインリヒだったか?何かここんとこアイツにやたら睨まれるんだけど何なの?」
「ハァ?……アイツにチョッカイでもかけたのか?」
「いやかけてねーよ!だからジュカに聞いてんだろ」
「俺が知るか」
はて?何かあったのだろうか。いやでも二人が一緒にいる所なんてそこまで見たことがない気がするのだけれど。
んー何か護衛的にアウトなことでもあったとか?確かにカインとジャレていた時にどつかれたりしたことはあるけれど……いや、私がどつかれた回数よりも私がカインを蹴り飛ばした回数の方がどう考えても多い気がする。じゃあ違うか。だとすると……
「やっぱアレか?俺がジャンヌに近付かせないようにしてたから……ハッ!てことはやっぱアイツもジャンヌに惚れたって言い出すんじゃ…っ!」
なるほど…?つまりジャンヌとの仲を邪魔するカインを苦々しく思って睨んでいた、ってこと?
ん~ー…本当にい?正直疑わしくはあるけれど、流石にお世話になっているペペロンチーノ海賊団に迷惑を掛けるのは本意ではないので、これは早急に確認しなければいけないかもしれない。
隣でブツブツ言い始めたカインはその場に放置して、片思いを拗らせている男は面倒臭いな…と考えながらそのまま甲板の方へ行くと、丁度ハインリヒさんを発見した。
「オイ、お前カインと何かあったか」
「……いえ、何もありませんよ」
え、じゃあその間はなんです?
てっきりカインの被害妄想なのかと思いきや、まさか本当にジャンヌに惚れていたりします?それならそれで確認しなければと思い、再び口を開こうとしたその時だった。
──コポリ
(────ん?)
ふと聞こえてきた聞き慣れない音に耳がピクリと反応する。
周囲の音に耳を澄ましてみると、下の方──海の中から聞こえてきている気がする。
「ジュカ様?どうかなされましたか」
意識は海の中へ向けたまま、口に指を当て黙るように伝える。
「…………。」
───コポリ コポリ
いつの間にか妙に静まり返った海に、周りもこの異常事態に気付いたらしい。そして不思議な音と共に、ゾワリとするような気配が近付いてくる。
「来るぞ!下だっ!!」
その大きさとは裏腹に音も無くぬるりと現れた巨大な触腕が、ガレオン船を締め上げた──。




