4.姉の店にて
まだまだ興奮の冷めやらぬ姉であったけれど、私がチラリと視線をやると心得たとばかりに頷いてくれた。
「………うん、よし。これでお店には誰も入れない設定にしたから、もう普通に話しても大丈夫だよ!」
流石我が姉、私のことをよく理解してくれている。
「ン"ンッ改めまして“ジュカ”こと夏樹です。今回はこんな感じのワイルド系猫耳兄さんで行きます。ちなみに無愛想で面倒臭がり、ついでに口も悪いから付き合うには相手を選ぶタイプだと思う」
「あぁん、その外見と性格の組み合わせが完璧すぎるぅぅ……」
「なるほど。構い過ぎたら嫌われてまうんやな、わかります。」
「だけど懐いた人にだけは極稀にデレちゃうんですよね、わかります。」
「気紛れな猫ちゃんが自分にだけ見せるムフフな姿の特別感たるや……!」
「「「はあ~~~最高かよ」」」
徐々に自分たちの妄想へと話は逸れて行ったが、暫くキャイキャイ盛り上がった後ようやく落ち着いた所で再度お互いの自己紹介ができた。
「あ"ーー興奮し過ぎてスタミナ減った気がするぅ…。ん"んっ、ごめんねナッちゃん。えっと伝えてたと思うけど、私は“椿”だよ。ジュカくんの防具はお姉ちゃんにまかせてね!もうインスピレーション刺激されまくりだよ!」
「はいはい、あんただけやなくて私ら3人でやな。えーと、私はちょっとちっこくなっとるけど“キャロ”って名前でやっとる千花ちゃんやで」
「うふふ、私は早百合の“ユリ”です。よろしくお願いしますね」
最初に自己紹介したのは姉の“椿”。
黒髪ロングの人族で、キュッと上がった目尻に赤い瞳の美人さんである。服はこの世界の服に和装を上手く取り入れたようなデザインで、どことなく巫女さんっぽい印象を受ける。現実での姉は緩くカールした髪に優しげなタレ目をしているほんわか系なので、パッと見で受ける印象は普段と逆である。
次は千花ちゃんこと“キャロ”さん。
赤銅色の髪にオレンジの瞳をしたドワーフ族の女性。勝ち気な笑顔が非常にキュートである。種族補正で現実よりも大分背が低くなってはいるが、姉御肌で頼れる雰囲気はそのままである。
ちなみに、名前の“キャロ”はてっきりキャロットからの“キャロ”さんかと思いきや、まさかのキャロライナ・リーパー(くっっそ辛い唐辛子)からの“キャロ”さんだった。そう、千花ちゃんは無類の辛党である。本人的にはキャロライナの響きが可愛くて好き、とのことだったけれど。
そして最後は早百合さんこと“ユリ”さん。
ふわふわロングの金髪翠眼エルフ族である。どんなときでも「あらあらうふふ」と言っていそうなおっとり系の美人さんではあるが、たまに中身がポロリしている。
ちなみに現実では清楚な見た目のお腐れ様である。よく兄とその友人が妄想の餌食になっているけれど、いまだに本人たちには気付かれていないとのことなので、周りへの被害は一応ないと言っていいでしょう。……多分。
そんな3人は既に私の防具のデザインの話に移っている。
私を見ながらあーでもないこーでもないと話し合いながら、ふと何かに気付いた姉が顔を上げた。
「あ、そっか。今回ナッちゃん性別が逆転してるから“ジュカ”なんだ」
「あーね、夏樹の樹と夏で“ジュカ”なんか」
「てっきり呪いの歌の方の呪歌で、今回はネクロマンサー系とかセイレーン系のキャラで行くのかと思ってましたね~」
ねーと顔を見合わせる3人の姿に苦笑しつつ、確かに音だけで聞いたら呪歌の方を思い浮かべるよなぁと納得する。
「ねね、もしかしてナッちゃん〈男体化〉使った?」
「うん、そうだよ。最初はもっと童顔だったかな?そこから色々いじって大人っぽくしてみた感じ」
「なにそれ超見たかった!でも確かに今は普段よりも年上に見えるね~。でもちゃんとナッちゃんの面影残ってるね、すごい!」
「確かに残っとるな~。でも肌の色が変わるだけでも大分印象変わるもんやね。いやぁ眼福やで、ほんま」
「ですね~。何とは言いませんが、捗ります」
やや背筋に悪寒が走ったりもしたものの、彼女たちのデザイン案を描く手は止まらない。
そんな姿を眺めながら一つ気になっていたことを伝えておいた。
「ところで私、まだお金全然ないから防具が出来上がっても買えないよ?」
ハッとした3人の動きが止まる。
「えっ、えっ!?いいよ!お金なんて要らないよ!!」
「いや、ダメでしょう」
「なんで!?」
「さすがに姫プレイは趣味じゃないし」
「そんな~~~~!!!」
崩れ落ちる姉を余所に、残りの二人は「しまった!」という顔をしていた。
「あ~そうですよね。ジュカくん何か凄く堂々としてるから、今日始めたばかりの新規プレイヤーだってこと忘れてました…」
「確かに妙な貫禄あるしな」
新人なのに貫禄とはこれいかに。
とりあえずは新規プレイヤーでもお支払いできそうな金額の予算で、1着仕立ててもらうことにしました。
「ううっ、ジュカくんにはアクセサリーとかいっぱい着けて欲しいのにいっ。ジャラジャラした超ゴージャスなやつとか絶対似合うのにいぃぃぃ……!」
着けるのは構わないけれど、どう考えても所持金が足りないので今は諦めていだきたい。頑張ってお金を貯めたら、いつか作ってもらおうと思います。
「でもこの初期装備も結構気に入ってるんだよね。ザ・ファンタジーの旅人って感じで」
「あ~確かにいいデザインしてるよね、汎用性も高いし」
「まあ、ちぃっとばかし地味やけどな」
「でも確か初期装備って、売っちゃうと二度と手に入らないんですよね~」
なんと。
危ない、新しい装備を手に入れてもこれは売らないように気をつけよう。
何でもこの初期装備は“女神に与えられたもの”という認識らしく、住民には作り出せないらしい。性能は〈破壊不可〉がついているものの防御力はほとんどない。他の装備はというと、普通に耐久値が設定されているので、耐久値が無くなれば装備は壊れてしまう。
ちなみにプレイヤーから買い取った初期装備は、その後神殿に奉納するのだとか。買い取った店側が損をしているようにも見えるけれど、奉納すると神殿から何かしてもらえるらしく問題はないらしい。
「何かって何してくれるの?」
「“商売繁盛”とか“家内安全”とかのご祈祷だって」
「なるほど」
そんな話をしていたら結構な時間が経っていたようなので、ぼちぼちお暇することに。
「あっそうだナッちゃん、SS機能の設定変えた?」
「SS機能?まだ何も弄ってないよ」
「やっぱり!RFOって結構配信してる人とかも多いから、知らない内に映り込んだりしないように撮影許可の項目を〈フレンドのみ〉に変えておいた方がいいよ」
「へぇ、そんな機能があるんだ。変えておこう」
何でも盗撮防止も兼ねて、許可した相手以外にカメラを向けられたとしても、顔がぼやけたようになって誰か判別出来なくさせる機能なんだとか。素晴らしい、すぐに変更しよう。
ポチポチと設定を弄り、ちゃんと変更されたことを確認して立ち上がる。
「このあとの予定は?」
「次は図書館かな。街の外に出るのは明日からにするよ」
「ん、了解。装備楽しみに待っててね!」
ドアに手をかけ、振り返る。
「楽しみにしてるぜ。じゃあな」
ニヤリと笑って尻尾をひと振り。
そうして私は彼女たちの店を後にした。