43.閑話 とある騎士の独白
若干アレな表現があるので、苦手な方はブラウザバックをお勧めします。
私の名はハインリヒ・フォン・ベルツ。
ベルツ侯爵家の三番目の息子であり、現在は青狼騎士団に所属しています。
ベルツ侯爵家は代々優秀な騎士となる者を多く輩出している家系であり、現在の騎士団にもかなりの影響力があります。
父は怪我で引退するまでは騎士団長の座に就いていましたし、団長の座を退いた後も何事かを相談しにやってくる者は後を絶ちませんでした。二番目の兄は騎士ではなく文官の道へと進みましたが、一番上の兄は王宮の近衛騎士として働いています。
母も元々騎士団で働いていたらしく、現役時代は父の書記官として働いていたと聞きました。そんな母は父のことを心の底から尊敬しており、父の役に立つために嫁いできたと言っても過言ではないそうです。
そんな中で生まれた私は、当たり前のように騎士への道を歩むように育てられました。
朝起きてから夜眠るまで、1日のほとんどが訓練漬けだったように思います。
父の訓練は厳しく何度も剣で打たれ、転がされ、罵声を浴びせられました。それを母親の元へ行って泣きつけば、何故父に言われた通りにできないのかと鞭で打たれたこともあります。
幼い頃はそれが苦痛で仕方ありませんでしたが、それから逃げる術を私は知りませんでした。
余談ではありますが、実は私の母は後妻であり、二人の兄とは異母兄弟でした。
異母兄弟だから仲が悪かったということはないのですが、母は前の奥様が流行り病で亡くなられた後に嫁いできたので、私と二人の兄とはかなり年が離れていました。なので私が訓練を始める頃には、二人の兄たちは学園の寮へと入ってしまっていて、元騎士団長の父とその信奉者たる母を止められる者は家には誰もいなかったのです。
訓練は厳しく辛い。
しかし人格者たる父は人を育てるのが上手かった。ただ厳しいだけではなく時には自分でやって見せて、私が理解するまでとことん繰り返す。妥協を許すような父ではなかったので褒めて貰えることはそう多くはありませんでしたが、その少ないながらも褒められた時は、自分の全てを認められたようでえも言われぬ心地がしたのを覚えています。
そんな飴と鞭を使いこなす父に、自分も心酔するようになるのにそう時間は掛かりませんでした。
それからの私はそれまで以上に訓練に取り組み、その苦しい痛みに堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて堪えて…………………堪え抜いた。
きっとあの頃からだったのでしょう。私が痛みを与えられる快感と、支配される喜びを知ったのは。
しかしそんな日々はある日突然終わりを迎えました。
父が亡くなったのです。
それからの日々は怒涛のように過ぎて行きました。
長兄は家に戻って家督を継ぎ、母は父を亡くしたことで心神喪失となり後を追うようにして亡くなりました。
長兄は家督を継ぐ際に妻も迎えていたので、兄はそのまま家に居てくれて構わないとは言ってくれましたが流石にそのまま家に残るのも忍びなく、私は騎士団に入団すると同時に家を出ました。
もう私に痛みを与えてくれる人も、支配して満たしてくれる人もいない。
まるで大きな穴がポッカリと、私の胸に空いたようでした──。
◇
騎士団に入ってから日常は大きく変わったかと問われれば、私はそうでもなかったと答えるでしょう。
確かに騎士団の訓練は厳しいものでしたが、それは今までの生活とて変わりはなく、勉学に充てていた時間が騎士団の仕事へと変わっただけのような気もします。
騎士団の厳しい訓練は確かに私に苦痛を与えてはくれましたが、何故かどこか満たされない。
それは何故かと考えたとき、私は閃いたのです。
騎士団の訓練。それは騎士全員に課されるものであり、決して私だけのために課される苦痛なのではない……ということに。
そう、私が欲していたのはただ苦痛を与えるだけの存在ではない。
私のことを想い、私のことだけを考え、私だけの為に、私の全てを支配してくれる、そんな相手が欲しいのだ!!
そう!私は!私だけの!!ご主人様が欲しいのだ!!!!
『ご主人様』………ハァ。なんて甘美な響きなのだろうか。
惜しむらくはこの私の身分だろうか。
侯爵家という階級は、大抵の者の上に位置する身分である。たとえ三男といえど無下に扱うことはできない。ましてや大抵の者が貴族階級出身である騎士団など言わずもがなだろう。
思うように行かない日々に、依然として見つからないご主人様。
焦燥の募るばかりだった私は、無意識の内にとある行動に出るようになっていました。
「おいお前、ここは由緒正しき青狼騎士団だぞ。お前のような平民上がりがデカイ面をして足を踏み入れていい場所ではないんだ。さっさと出ていけ!」
「ハァ?俺はキッチリ試験に合格してここにいるんだ。俺が目障りならテメェが消えな!」
「な、なんだとっ!?この生意気な平民風情がっ!!」
ドガッ…
「ッ……」
「っ!?な、なんでベルツ家のご子息であるあなたがそんな奴を……」
「おいっ俺は別に庇ってくれなんて……頼んでねーぞ!」
口元に付いた血を拭いながら、微かに微笑む。
「騎士団は全ての民に門戸を開いています。たとえ平民だとしても、試験に合格したのであれば彼は間違いなく騎士団の一員です。」
「ぐっ……!し、失礼しますっ」
「………ふん、あんた変わったお貴族様だな」
「そうでしょうか」
「そうだよ。……悪かったな、俺のせいで殴られて」
「いえ、どうかお気になさらず」
「………あんたみたいなのが、理想の騎士様ってやつなんだろうな」
騎士団とは表では華々しく活躍していても、蓋を開けてみれば私欲や顕示欲に塗れ、野心家もいれば今のように他者を見下す者など様々な人間で溢れかえっている。
そういう私こそが欲に塗れてはいるけれど。
なので先程のような小さな諍いは頻繁に発生する。
一人に向けて行われる意味のない暴力。
本当はご主人様から与えられる痛みこそが至高だと分かってはいるものの、欲求を止めることは出来なかった。
殴られた左頬に手を添えて、ホゥッ…と熱いため息を吐く。
おそらくは殴られてはいない右の頬も赤く染まっていることだろう。
だがこんなものでは足りない。あぁ……私のご主人様は一体どこにいるのか。
◇
「おい、ハインツ聞いたぜ?お前今度あのブルーノの下で護衛任務やるんだって?」
以前殴られるのを代わってもらった彼とは、あれ以降よく話すようになりました。ちなみにハインツとはハインリヒの愛称です。
「ああ。一週間ほど森の中で遺跡調査があるみたいでね。その調査員たちの護衛らしいよ」
「げっ一週間もかよ。つかお前ブルーノの奴に目の敵にされてただろ、大丈夫なのか?」
「全然問題ないよ」
「………そうかよ。まぁ何かあったら周りの奴らにも助けてもらえよ?」
「フフ、肝に銘じておくよ」
今度の任務で隊長となるブルーノは私より騎士歴も長く、命令することに慣れているし剣の腕も悪くはない。
しかし自分より身分の低い者を軽んじる性格と、野心に溢れたその性格故に彼を慕う者は少ない。まあ実家が伯爵家というのもあって取り巻きは多いけれど。
実はその傲慢とも言える振る舞いに淡い期待を抱いて近付いてみたこともあったのだけれど、あれは違った。あれは上から見下し支配する者ではなく、こちらを下から見上げ唸りながら暴れ出すのを恐れるように鎖で雁字搦めにしようとしてくるタイプだ。
あれでは私の求めているご主人様たり得ない。
そして任務当日、彼は案内人の冒険者が自分よりも後に来たことで機嫌を損ね、また彼の騎獣の装備に目を付け取り上げようとしていた。
私が間に入ることで事なきを得たけれど、これではこの先が思いやられるな…。
私はそのまま冒険者であるジュカ様の護衛を命じられたが、どうやら隊長殿は平民の護衛をさせるということで私に嫌がらせをしたかったようだ。それをされて嫌がるのはそちらだけだろうに。
遺跡に着くと、まずは発見された【祭壇の間】の確認をということで、全員で遺跡の奥へと向かった。
そこでは最初の発見者であるジュカ様のその鋭い洞察力に驚かされた。
そして護衛として付き従う中で、次々と明らかになるその深い知識と頭の回転の早さ。元々聡明な方なのだろう。
ジュカ様は粗暴な言葉使いとは裏腹に仕草は洗練され、立ち振舞いにはどこか気品すらも感じさせる。
さらにはその容姿からも醸し出される圧倒的強者の風格。実際に戦っておられる姿は、知略を生かした鮮やかなものであった。
どれを取っても素晴らしいものに違いはないけれど、その最大の魅力はなんと言っても、
私のことを心の底から蔑むあの瞳っっ!!!!
あぁ…もしかしたら私は、ついに私だけのご主人様と出会ってしまったのではないだろうか…?
その後もついあの蔑んだ瞳で見てもらいたくて、何度もジュカ様の作業の邪魔をしてしまった…。
これではジュカ様に嫌われてしまう…いやそれはそれで………。はっ!いやいやダメだ!そんなことではジュカ様に私のご主人様になって頂けなくなってしまう。自重しなければ。
夜には隊長殿がまたジュカ様に難癖をつけ、あろうことかジュカ様を殴ろうとまでしてきたのですかさず私が受けとめようとしたのだけれど、性格の割に小心者なこの男は拳を引っ込めてしまった。チッ、殴ってこいよ。
その後は野盗の襲撃があったりなんかもしたけれど、特に問題はなかったように思う。
しかしなぜ野盗が襲って来たのかは調べる必要があるだろう。けれど今はそんなことよりも、どうすればジュカ様の元で下僕として使って頂けるのかを考える方が先決だ。
はぁ、ジュカ様…
どうすればあなたに私のご主人様となって頂けるのでしょうか……
ハインリヒ改めハインツは、殴られるチャンスがあれば積極的に割り込んでくるタイプのただのドM。




