40.遺跡調査 1
二日目は各自別れて、セーフゾーンから奥へと向かってそれぞれ調査をすることになった。
しかし調査といっても本格的なものは今後後続の研究者たちが来てやる予定なので、今は部屋を軽く調べて分かる範囲で大体何に使われていた部屋なのかを把握する作業、といった感じかな。
幸い襲ってくる魔物は護衛であるハインリヒさんが倒してくれるので、調査自体は順調である。
「ジュカ様は古代語の知識に長けていらっしゃるのですね。」
「……別に普通だろ」
「いえ、私などはお恥ずかしながら古代語の知識に乏しく、自分の未熟さに呆れるばかりです。」
「そうかよ」
いや真面目~~~!
そこは別に騎士に古代語の知識が必要だとは思わないし、別にいいんじゃないですかね~?あと集中してるときに話し掛けるのやめてくれませんかね~?さっきから気が散ってしょうがないんだが?
あっこんな所に石板発見!
どれどれ……?
「ところでジュカ様は……」
「………。」
「あれは……」
「………。」
「そう言えば……」
あ゛ーー…………………
「………オイ」
「はい、なんでしょうか?」
「さっきからペチャクチャうるせぇンだよ。テメェはちったァ黙ってらんねェのか」
「っ!…………申し訳ありません、大変失礼致しました」
いやね?別にハインリヒさんもずっと話し掛け続けてる訳じゃないんですよ。
テンション高めで騒いでる訳でもないし、でも何か見つけて調べようとする度に話し掛けてくるんですよね。何、わざとなの?わざと邪魔しにきてるの?って感じ。
護衛はキッチリこなしてくれているし、感謝はしているんだけれどね?
でもね?本当に、本当にちょっとだけ鬱陶しいので暫く黙っていてくれ。
集中していた所を邪魔されたとあって、少しだけ冷たい(マイルドな表現)目で見てしまったかもしれない。
反省したのかグッと唇を噛み締めてはにかんでいるからか、彼の顔は若干赤い。
うんうん、そのまま反省して静かにしているといいよ。
その日の調査を終えてキャンプ地まで戻ると、先に戻っていた3人の調査員たちが焚き火を囲んで今日の成果を話し合っていた。
セーフゾーンのありがたい所は魔物が襲ってくる心配がないので、見張りに気を使わなくてもいいところだろう。
夜も騎士たちは流石に夜番として一人は起きているようだけれど、基本は全員寝ていても問題はないので十分に休息はとれている。
さて、私もあの遺跡トークに混ぜてもらおうかな、と焚き火へと近付く。
「あ、ジュカさんお疲れ様です。今日の調査はいかがでしたか?」
すぐに気付いたリナさんがコーヒーと共に労いの言葉をくれる。
なんて気遣いのできる素晴らしいリーダーなのでしょう…!と内心感動しながらコーヒーを受け取ると、両サイドのカールとヒューゴも声を掛けてきた。
「いや~ここ本当にすごいですよね!今までチブチア族については採掘が得意でその装飾技術に長けていた、というくらいしか分かっていなかったんです。それがここに来て生活様式や彼らの信仰について知れるだなんて…っ!」
「ああ、本当にな。学会で発表したら大騒ぎになるぞ」
「ですよね!」
彼らも中々有意義な調査が出来たらしい。
「私も色々と部屋を調べてみましたが、やはりここは彼らが信仰していた湖の女神を祀っていた場所のようですね」
「そうだな。だが湖の女神とは一体どんな神だったんだろうか…」
「部族の長が女神に認められるための儀式というのも、かなり独特な儀式ですよね」
チブチア族の人たちが自分たちのルーツであると考えていた女神。
しかしこの世界で女神と言えば、この星を生み出したとされる創世神話の女神様が一般的である。しかしこの女神様は星を生み出した後は特に絡みもなく、ただ『全ての生命の母である』という認識なのも特徴の一つだろう。
そんな創世の女神が湖に降りてくるかと言われれば、首を傾げるしかない。
「それに…奉納品を持って身を沈めたとされる湖も気になりますよね」
「ああ、そもそもなぜ身体に金を纏う必要があったのか…」
「あれって女神に認められないとどうなるんですかね…?そもそも女神が認めるっていうことは、女神は実際に存在していたということなんでしょうか?」
女神が実在していたかどうかは別として、長候補が湖に身を沈めることで本当に認めるか否かのジャッジが行われていたのだとしたら、それはおそらく湖を守っているとされる聖獣の判断な気がするけれど。
そうすると、
認められない=浮いてこない=死(聖獣に喰われる)
みたいな図式が成り立ってしまうのだけれど、どうなんだろう。
なんかパニックムービーとか因習村みたいで私は嫌いじゃないですよ。
聖獣様は本当に神聖な生き物でも、実はヤバい魔物だったとしてもどっちでも美味しい。今度その湖も探してみよう。戦闘になるようだったらハンスたちに協力を頼めば喜んで来てくれる気がする。ハンスもハルくんも戦闘狂だしね。
その時、後ろから枝を踏むパキリという音がした。
「奉納品だと…?」
「ブルーノ隊長…。え、ええ、どうやらチブチア族はとある儀式で湖に奉納品を捧げていたという記述がありまして」
「ほう、素晴らしいじゃないか!で、それはどこの湖なんだ?」
「い、いえ詳しい場所は書かれていなかったので、詳しい場所までは…」
「何を言ってるんだ!『チブチア族の宝飾品が見つかれば確保せよ』との命を忘れたか!こんな壊れた遺跡の調査などよりそちらを優先すべきであろう!」
「で、ですが…」
はあ~~~???彼らのお仕事のメインは後続の研究者たちのために遺跡の状態を正確に把握することだが~~~???
歴史的遺産の価値をご存知でない?金ピカのお宝だけが宝じゃないんだが?というかそれ言ったのってどう考えても依頼主じゃなくてどこかのお貴族様なのでは?
と心の中で思っていたはずだったのだけれど、どうやら思いっきり口にしていたらしい。
チョビ髭が顔を真っ赤にしてプルプルしている。
「こんの冒険者風情がぁっ……!」
正直自分が冒険者という自覚が薄いので、蔑まれたところで特にダメージはない。
「第一!貴様の騎獣が身に付けている装飾品も、我々に献上すべきであろうがっ!そのような獣が身に付けるには分不相応だ、さっさと此方に渡すがいい!」
「ハッ!あれはパルゥにこそ相応しいだろうが。目ェ腐ってンのか?」
「なんだと!」
「そもそも昨日言われた『遺跡やダンジョンで発見された宝物は、原則その発見者のものである』ってのをもう忘れたのか?覚えの悪い奴は大変だなァ?」
「貴っ様ぁ……っ!」
見せつけるようにパルゥを撫でてやれば、パルゥもリラックスして身体を横たえながらあくびをする。
その主従の“いかにも相手にしていません”という態度に煽られたのか、チョビ髭はグッと拳を握り締め、振りかぶろうとしている。
いや、煽り耐性低くない…?
腰の剣を抜かない辺りはまだ理性があるのか、でも流石にチョビ髭の方がレベルが高いし襲ってこられるのは面倒だな~と考えていると、
「ブルーノ隊長」
さすがイケメン騎士。登場するタイミングをよく分かってらっしゃる。
「ブルーノ隊長、彼らの言う通り今回の目的は遺跡調査です。そして我々の任務は護衛であり、宝物探しではありません。それにいくら貴族であるとはいえ、そのように横暴では民に示しがつかないのではありませんか?」
スッと私の前に現れたハインリヒさんが、再びの正論パンチでチョビ髭を殴る。
「ぐぅっ…生意気なっ…いくら侯爵家の出だからと言って調子に乗るなよっ!チィッ不愉快だ!私は失礼するっ!」
こ、小物すぎる……っ!とドスドス足音を立てながら去って行く背中を見ていると、フゥという小さなため息と共にハインリヒさんが頭を下げてきた。
「我が隊の隊長が大変失礼致しました。皆様は引き続き遺跡調査をよろしくお願い致します。護衛は問題なくやらせて頂きますのでどうかご安心を」
「あ、頭を上げて下さい!こちらこそ仲裁に入って頂きありがとうございました!」
「そ、そうですよ!間に入ってもらって助かりました!」
「ありがとうございます」
調査員の面々が次々にお礼を告げる。
そんな彼らを横目に、あ~チョビ髭ってやっぱり貴族だったんだ~納得~なんて考えていたら、ハインリヒさんと目が合った。
「ジュカ様も、一度ならず二度までも隊長が大変失礼致しました。」
さっきハインリヒさんは侯爵家の出だと聞こえてきたけれど、そんなものは関係ないとばかりにキッチリと頭を下げている。
寧ろ周りの3人の方が慌てて頭を上げさせようとワタワタしている。
そんなハインリヒさんの旋毛を見ながら思う。
ハインリヒさんは真面目な人である。周りをよく見ているし剣の腕も良い。さらに貴族という割には気取った所もなく、調査員たちに対しても気さくに話し掛けたりしている。どうやらチョビ髭は違うようだけれど、普通なら部下に一人は欲しい人材だろう。
ただその真っ直ぐすぎる性質は、好き嫌いが別れそうなところではあるよね。
特にチョビ髭みたいなタイプとはどう考えても合わないだろうし。
というか、
「随分と良いタイミングで出てきたなァ。さすが騎士様だ」
「……いえ、止めに入るのが遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
「テメェがあやまることなンざ何もねェさ。それに、そのお綺麗な顔が殴られなくて安心したぜ」
「……………そうですか」
なぁんかこの騎士様の態度が態とっぽく感じられるのは気のせいですかねぇ?




