0.プロローグ
「ねえナツ、RFOって知ってる?」
それは年の離れた双子の兄妹である冬李と冬華、そして妹の私こと夏樹の3人で行った、月に一度の外食という名の近況報告会での一言だった。
『─Return to Fantasy Online─』
今人気のフルダイブ型VRMMORPGである。通称RFO。
VRゲームが世に出て結構な月日が経つけれど、未だにVR技術の進歩は止まらない。むしろ年々進化している。
美麗なグラフィックは言うに事なく、それに加えて高性能なAIに五感の再現。正にゲームの中には異世界が存在していると言っても過言ではないだろう。
そして今回発売された《RFO》は、そんな中でも群を抜いたリアルさが売りのゲームだ。
特に優れていると言われているのが、RFOの世界で暮らすAIであるNPCたちなんだとか。
まずRFOの世界でのプレイヤーの立ち位置は<異邦人>ではなく、<巡り人>という元はこの世界から生まれたモノである、という少し変わった設定がある。輪廻転生のようにも思えるけれど、実際は似てはいるけど別物らしい。
そんな<巡り人>を、彼ら住人たちはかつての同胞として温かく迎え入れてくれる。
そしてプレイヤーを“かつての同胞”と言うくらいなので、プレイヤーの使える機能は彼らも同じように使えたりする。そう、彼らはプレイヤーと同等の存在なのである。まあ、死んでしまえば流石に復活する、ということはないらしいけれど。
何にせよゲームの中でのNPCという存在は、プレイヤーからは何かと下に見られがちではある。しかしちゃんと対等な存在として接すれば、一緒に冒険も行けるしフレンドにだってなれる。逆に喧嘩別れすることもあれば、仲直りすることもある。
「今世紀最高の神ゲー」との呼び声が高いのも納得である。
発売前は勿論のこと、発売されて3ヶ月経った今でもその熱は冷めることなく、今なお話題沸騰中のVRMMORPGとして有名である。
「そりゃ知ってるよ。もうすぐ第2陣の参戦だーってまた話題になってたし」
「そうそれ。実はこの間会社のお偉いさんから2陣用の当選チケット貰っちゃったんだよね」
「それを私が冬李から聞いて、そういえばナッちゃんRPG好きなのにこれはまだやってなかったよねって」
俺と冬華もやってるし、たまには3人で同じゲームするっていうのもいいよね。と言う兄の言葉に耳を傾けつつ、ふとした疑問をぶつける。
「えっそれって大丈夫なやつ?」
今や当選確率何倍だ?と考えるのも恐ろしいゲームの当選チケット。どこかしらから訴えられたりしないか不安になるセリフである。
「大丈夫大丈夫!何か娘さんに頼まれて応募したらしいんだけど、娘さんも当たったから結局チケット余っちゃったんだって。でもその人ゲームに全然興味無いってんで俺にくれたの。ちゃんと問い合わせで確認したし、チケットの譲渡機能使って正式に登録したら何の問題もないよ。」
なるほど…と兄から手渡された当選チケットを見つめる。
私たち兄妹3人は全員ゲーム好きである。
兄の冬李はプレイヤースキルが高いのと頭の回転が早いことを活かし、戦略ゲームやアクションゲームを好んでよくやっている。「柔和な顔してるくせにやることがえげつない」と言っていたのは誰だったか。
姉の冬華は服のデザイナーということもあって、インスピレーションを沸かせるために、ジャンルを問わず気になる世界観のゲームを片っ端からやっている。パッケージを見て「ビビッときた!」というのがゲームを選ぶ基準である。
そして私はといえば、そのゲームの世界観にドップリと浸かるのが好きなため、TRPGを含むRPG系のゲームの中でRPをするのを好んでいた。
なぜここで過去形なのかというと、実は以前やっていたVRMMORPGで変な連中にやたらと粘着された、というのが主な原因である。勝手にSSを撮っては拡散され、居場所を特定されては突撃される。さらにログイン時間を予測しては出待ちをされるという…。そのときの自キャラは1からアバター作成したこともあって現実世界での身バレや何かしらの被害を被る、ということは無かったのだけれど、さすがに嫌気が差してしまいここ最近はゲームから離れていたのである。
ちなみに件のゲームをしていたときの自キャラは、金髪ツインテールで語尾が「~ですの」なロリっ娘お嬢様キャラで鞭を振り回していた、とだけ言っておきたい。
彼らが直結厨ではないことを祈るばかりですね。まぁ今となってはどうでもいいのだけれど。
そんな訳で暫くゲームから離れていた私ではあるけれど、そろそろ過去の傷も癒えてきていたことだし、実際非常に興味をそそられていたゲームであったことは確かである。なので私は喜んでその当選チケットを懐にしまったのであった。
* * * *
「おっ来た来た…」
無事譲渡申請も終わり、待望のゲームが届けられた。早速いそいそとゲームの準備をしているとついフフッと苦笑がこぼれる。
(やっぱり私が落ち込んでたの気が付いてたんだなぁ…)
私と双子の二人は6才離れているというのもあってか、兄妹喧嘩はほとんどしたことがない。というか怒られるどころか、大分甘やかされていると思う。
私はまだ実家暮らしなのだけれど、就職してそれぞれ自立した二人が今でも私の様子を見るために月に一度ご飯に誘ってくれるのは素直に嬉しい。というか二人共休みの度にちょくちょく帰って来てはいるので、別にわざわざ外で会わなくてもいいような気もする。…まあ多分それも出不精な私のためであるような気がしているのだけれど。
前のゲームであったことは、思っていた以上に私にショックを与えていたらしい。いやショックというよりもストレスの負荷が半端なかった。
普通に気持ち悪かったし、自分の行く先々に現れては何かと絡んでこようとする連中にはシンプルに殺意が芽生えた。私はRPが好きなのであって、出会いを求めてやっているのではない。そもそもあの時の私は幼女だったはずだ、おかしいだろう。倫理観はどうした。
なので暫くは好きなゲームから離れていたのだけれど、自由に好きなゲームが出来ないだなんて!と普段は同じゲームをすることがあまりない兄と姉が、わざわざ先にゲームを始めて、ある程度自分たちの地盤を固めサポート体制を整えてから私を誘ってくれたのだと思う。いや、本当に過保護が過ぎる。
二人の重めな愛に慄きつつも、ゆるゆると上がる口角はそのままに、私はゲームの準備を着々と進めるのであった。