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久々に登場。ブレイン殿下です。

 学園内にある特別サロンで、ブレインとレイアは向かい合っていた。

 このサロンは王族又は高位貴族の生徒のみが使用できる場所だ。身分によって使えない場所があるなど、平等を謳う学園においては矛盾しそうだが、王族や高位貴族は例え学生であっても、賓客対応などの公務がある。学園内において、貸切りができて、ある程度の防犯性と高級感が保たれた場所は、どうしても必要になるのだ。


 もう少しぶっちゃけた理由としては、いくら平等を謳っていても、王族や高位貴族の寄付金は下級貴族や平民と比べ桁が違う。これぐらいの特典がなくては、ある意味平等性は保たれないのだ。


 王太子であるブレインと侯爵令嬢であるレイアも、時々この部屋で共に食事を取ったりお茶を楽しんだりしている。学園内で堂々とデートなど、どこが公務なのかとやっかみを受けそうだが、王太子と婚約者候補の令嬢がその仲を深めるための会合は、歴とした公務である。ゆくゆくは国王と王妃となり、共に手を携えて国を担っていくのだ。二人の仲が悪いと、国の運営に支障をきたす。


 レイアにとって、ブレインとの会合は、それほど苦ではなかった。博識で勉強熱心なブレインとの会話は楽しい。父や兄を相手に政治的な議論をしている様な高揚感も楽しめる。かといって仕事の話ばかりではなく、今流行りの観劇や王都で評判の店の話題などでも盛り上がるので、相性は悪くないのだろう。


 ただ、2人の間に色恋があるかと言われたら、それは即座に否定できた。そこに不満があるわけでもない。元々、レイアは結婚よりも官僚になる事を望んでいたし、結婚が避けられないとしても、政略結婚ならばそんなものだろうと思っていた。結婚して長い年月が経てば、恋や愛は無くても情は湧くだろうから問題はない。


 ブレインの方はといえば、レイアほど達観はしておらず、しかもごく最近、失恋をしていた。相手は、レイアもよく知る人物である。レイアがほぼ確定の婚約者候補として選出された際、ブレインは彼の心の裡を余す所なく伝えてくれた。将来の妻に、隠し事はしたく無いと。


 ブレインの恋の相手は、レイアの友人、エリス・ラースだった。


 そう気まずそうにブレインに告白された時、レイアは特段、驚きはしなかった。それどころか、『知ってますけど』と思わずにはいられなかった。ブレインがエリスを見る時の、熱に浮かされた様な目は、隠しているつもりがあるのかというぐらい明け透けなものだったからだ。エリスには一度、正々堂々と告白をして、あっさりとフラれたらしいが、さもありなんと、レイアは思った。


 エリスはいっそ清々しいぐらいに権力に興味がない。王妃という、貴族の令嬢ならば誰もが夢見る社交界の頂点の座は、彼女にとってはその辺の石ころの如き無価値なものだ。

 ブレインは悪い男ではない。顔立ちは整っており、有能で努力家。人を惹きつける魅力もあり、それでいて他者に呑まれない胆力もある。王族としての身分を差し引いても、魅力的な人物だ。


 だがどうしても、エリスの周辺にいる男たちと比べると、ブレインは凡庸と言わずにはいられない。彼女の周りにいる男たちは、なんというか。人という範疇にいれておいてもいいのか躊躇うような輩ばかりだ。これでは、凡庸なブレインが彼女の眼に入らないのは、仕方がない事だと思う。


 それに、レイアはブレインがエリスに惹かれる気持ちも良く分かる。レイア自身、エリスの魅力に惹かれているからだ。


 エリスには、美しい月が映された澄み切った湖や、赤からオレンジに染まった陽が沈む山間や、音もなく雪が降り積もる平原のような、神々しい、近寄りがたい美しさがある。そして女神が創りたもうた自然の様に、彼女は無慈悲だ。あんなにも美しく残酷なものに、恐れながらも惹かれてしまうのは、人の(さが)というものではないだろうか。


 初めはレイアも、エリスのそんな特別な美しさに惹かれていたけれど、今は違う様な気がする。凄いと思うし、恐ろしいと思う事も多々あるが、エリスは、中身はごく普通の感情を持った令嬢で。美味しいお菓子に目を輝かせたり、流行りのお芝居に夢中になったり、恋愛相談で一喜一憂したり。そんな、普通の友人としてのエリスの方が、レイアは好きだった。


 それに、ブレインは将来の国王だ。もしも将来、レイアとの間に子が生まれなかったり、国の為に必要があれば、側妃を娶ることもあるだろう。それを受け入れられない様では、王妃になる資格はない。レイアはそう思っている。


 そんな達観したレイアと、まだ前の恋への未練が燻るブレインの間で、恋愛の芽はなかなか育ちそうになかったが、将来のパートナーとしての関係構築は成功していた。ブレインはレイアの思慮深さと向上心を好ましく思っていたし、レイアはブレインの決断の速さと視野の広さを頼もしく思っていた。


 だから今回のジラーズ王国の王太子のやらかしについては、一早くお互いに情報を共有し、対策に当たっていた。しかし。


「あの男には耳がないのか……」


 どんより疲れ果てているブレインの向かいで、レイアもグッタリとしていた。


「こちらの声は聞こえているのですから、耳はあるのでしょう。きっと、聞いた事を判断する頭がないのですわ」


 辛辣なレイアの言葉に、ブレインはニヤリと口の端を上げる。レイアとの会話は楽しい。ただハイハイと頷くだけの女性とは違い、ブレインが何か言えば、打てば響く様に小気味の良い言葉が返ってくる。


「遠回しに告げるだけでは理解が出来ないのかと、かなりハッキリと伝えたのだがなぁ」


 ブレインは先日のベルドとの会話を思い出し、渋面になった。


「ベルド殿下。我が国の侯爵家の令嬢を、妃に迎えたいと仰ったとか……」


 特別室で昼食を共に取りながら、ブレインは率直に切り出した。ベルドの公式な世話係として、定期的に交流を持っているが、その際の会話は当たり障りのない世間話が多い。今回は大分踏み込んだ話題だと言える。


「もう耳に入ったのか。だが、それはあまり正確な情報ではないな」


 なぜかベルドは得意そうに胸を張った。


「俺の本命はラース嬢の侍女と侍従だ。あの双子は、身分は低いが並外れた能力を持っている。たかが侯爵令嬢の側仕えでは勿体ないと側近に引き抜こうと思ったが、意外に強情でな? どうやら、仕える侯爵家に義理立てているようなので、それならば、あの令嬢ごと貰い受ければ問題ないと思ったのだ」


 問題大ありである。目を付けたのが、何故、よりにもよって()()()()なのだ。こいつはジラーズ王国を潰したいのか。

 ブレインは悪態を呑み込んで、必死に笑顔を保った。


「まぁ。侯爵家の令嬢とはいえ、なんの取り柄もなさそうな、地味な女ではあるが。俺の後宮の末席にでも置いておけば、面目は立つであろう。妃に迎えるとしてもお飾りに過ぎないがな。いずれ迎える正妃との間に子が生まれなければ、寵愛も、考えてやらん事は無いが……」

 

 肩をすくめるベルドに、ブレインは憐れみを感じた。知らないというのは、なんと残酷で無防備な事なのか。国が荒れていたとはいえ、妃に迎えようとしている相手の事を、調べたりしないのだろうか。

 いや、調べたとしても、表面的な事しか出てこないのだろう。ロメオ王国内でも、一部の重臣以外にとって、ラース侯爵家は()()()()()()()なのだから。

 

「だが、ラース家はその令嬢が家を継ぐ。ラース侯爵もそんな理由でエリス嬢を妃になどと知ったら、承諾はしないだろう」


「は、馬鹿な。たかが一貴族が王族に逆らうなど許される事ではない。それに、王家に嫁ぐのだ。侯爵家を継ぐより誉れであろう。貴族の女なら、誰でも飛びつくさ」


「たかが一貴族? 相手は臣下といえ、その様に侮る事は誉められたものではないな」


 ベルドはギラギラとブレインを睨みつけ、口の端をゆがめた。


「ブレイン殿下もあの双子を熱心に側近にと誘っていたと聞いた。横から搔っ攫われたのが、それほど悔しいのか?」


 たしかにブレインがイジー家の双子を側近に迎えるために熱心に誘っていたのは周知の事実だ。しかし、ラース家の実情を知った今は、それが不可能なことだとブレインは理解している。

 ただ、ドーグ・バレの事件の後処理のために、ラース侯爵家に接触するために、双子の勧誘を口実にエリスを何度か呼び出した事があった。平凡を装うエリスと学園内で接触するには、それが一番自然な理由だったからだ。 

 

 もしも、ブレインが双子を側近に欲しがっているという、エリスを呼び出すための口実が、ベルドが双子に目を付けるきっかけだったとしたら。明らかにブレインの落ち度である。ラース侯爵家に申し訳ない事をしたと、ブレインは罪悪感を覚えるのだった。

  

「残念だったな。あの双子は俺が貰う。ブレイン殿下には、優秀な側近が揃っているのだから、問題ないだろう」

 

 ベルドは嘲るように、ブレインに向かって笑みを浮かべた。その様子は、ブレインを出し抜いてやったと、悦に入っているようだった。


 結局、ブレインがどれほど諭しても、ベルドは双子を諦める事は無かった。それどころか、ブレインに『ラース侯爵と面談する機会を設けよ』とまで要求して、勝手に会食を切り上げて席を立ってしまった。


 ベルドの側近であるシルと、護衛のクリストは、青い顔でブレインに頭を下げ、ベルドは絶対に自分が止めると悲壮な顔をしていたが。彼らはロメオ王国の王太子に暴言を吐くベルドを止めることも出来ないのだ。期待は薄かった。


 ブレインは頭を抱えた。ベルドがジラーズ王国の王太子でなければ、ぶん殴ってでも止めるのだが、()()()()でも国賓なだけに、命じることも出来ない。厄介だ。


 例えば、ベルドがエリスを見初め、真摯に妃へ迎えたいと言い出したのなら、まだ救いはある。ラース侯爵家とて他の縁談と同じように、常識的に対応してくれるだろう。ベルドが教室でやらかした公開プロポーズも、若さゆえの行動だったとして、寛容な態度を示してくれたかもしれない。約一名、面倒な男を除けばだが。


 だがベルドは、メインは双子であくまでオマケとしてエリスを娶ろうとしている。それを公言して憚らない。そんな事、ラース侯爵家が受け入れるはずも無く。そればかりか、イジー子爵家を始めとする、エリスを慕う者がこぞって反抗するだろう。もちろん、約一名の面倒な男が、率先して。


 初めて会った時から、ベルドはブレインに対して、何故か挑発的だった。ロメオ王国がジラーズ王国に支援をしている事に負い目でも感じているのか、やたらと虚勢を張っているようにみえる。

 

 事あるごとに、ベルドは自分の境遇がいかに危険で、不幸であったかをブレインに訴えてくる。父の政敵に命を狙われ、母の実家である公爵領で隠れ住んでいた間、王都にも戻れず、惨めな思いをしてきたと。


 まるで『安定した大国に生まれ、のうのうと王太子をしているお前とは違うのだ』と、ブレインを馬鹿にしているようだった。直接口に出すわけではないが、しきりに『ロメオ王国はそのような事はないのでしょう、羨ましい』などと言われれば、嫌でも察せる。


「なんなんだ、あいつは。ブレイン殿下に対して失礼過ぎる!」


「全くだ。殿下をまるで苦労知らずのような発言、許しがたい!」


 ベルドと交流を図る時はいつも付き添う、ブレインの側近のライト・リベラルとマックス・ウォードなどは、ブレイン以上に憤慨していた。ブレインが王となるために努力をしている事を、彼らは共に居て知っている。その立場が、いかに重く、多大な努力無くしては立ち行かないことも。


 ロメオ王国は確かに、ジラーズ王国に比べはるかに安定した国だ。ブレインの父をはじめとする代々の国王たちの尽力で、ここ数十年は大きな戦もなく、大きく発展を遂げていた。政情の不安定さ故の命の危険は、ベルドに比べて少なかったのは事実なので、それが苦労知らずと言われればそれまでだ。


 その苦労が少なかった分、ブレインは将来の王としての責務は欠かした事は無い。幼い頃から、学業や鍛錬と同時に王太子としての公務を担ってきた。国のために、民の為に働いてきたという自負がある。


 ブレインにしてみれば、自分をさも苦労人の様に語るベルドが滑稽だった。常に危険にさらされ、逃げ隠れして暮らしていたベルドの事を気の毒だと思うよりも、その間、放っておかれた民の方が気の毒だと思う。国が荒れ、王が政務を疎かにすれば、一番に被害を被るのは民だ。そこに考えが至らないベルドが、ジラーズ王国の次期国王だと思うと、ため息が出てくる。

 

 今回の騒動について、ブレインはそれほど驚いてはいなかった。ベルドはこれまで苦労をしてきた分、自分は報われるべきだと思っている。日陰の身では出来なかったが、王太子になったのだ。ベルドが望めば、喜んで周りが何でも差し出すと思っているのだ。


 ベルドには今のところ、側近はシル・リッチの一人しかいない。小柄で地味であるが、その働きぶりは忠実で勤勉。だがいくら有能でも、王太子の側近が一人と言うのは少なすぎる。いずれは王となる身であれば、幼少の頃から複数人の側近が選ばれるものだ。ブレインにも、同学年の側近はライトとマックスだけだが、他にも、側近が何人かいる。彼らはブレインよりも年上なため、すでに学園を卒業している。それでも公務の補佐をするにはギリギリだ。ブレインが即位した後は、更に数人、側近を付ける予定で、選定に入っているところだ。


「ベルド殿下は焦っているのかもしれないな。ようやく国が安定し、身の安全が確保できたと思ったら、必要な人材が育っていない。だからあの様に、躍起になってイジー家の双子を求めているのだろう」


 ブレインがため息交じりにそう言ったが、レイアは疑わしそうだ。


「それにしても、側近がたった一人とは少なすぎやしませんか? ジラーズ王国の第1王子派が失脚するまでは優勢だったからといって、第2王子派の派閥が少なかったわけではありません。第2王子のお子はベルド様唯お一人のはず。次代の王になるかもしれぬ方のために、どうしてもう少し、人材を集めなかったのでしょう」


「確かに……、少なすぎる……な?」


 何度か会ったことがあるが、ジラーズ国王の側近は複数人いた。なぜ自分の息子にはシル一人しか付けなかったのだろうか。


「ベルド殿下の性格から、もしや側近を選り好みされたのでしょうか。ご自分に相応しい者しか選びたくなかったのでは」


 レイアの指摘を即座に否定できないのは、ブレインもあり得ると思ったからだ。卑屈なのにやたらと矜持が高いから、優秀な者しか側に置きたくないと、選り好みをしたのかもしれない。それで、側近が育たなかったのか。


「それにしても、どうしたものか。このままでは『紋章の家』に報告できる成果は何もないなぁ」


「……」


 ブレインの不安そうな呟きに、レイアも沈黙する事しか出来なかった。

 あの友人に、笑顔で怒られそうだと、重いため息がでた。







 

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[一言] あの怪物じみた能力を見ても等身大の人間として関われる レイアが親友扱いされる原因だよな…
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