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 ダフ・イジーとラブ・イジーは双子である。


 ダフ・イジーはイジー子爵家の次男として生まれた。性格は少々短気で喧嘩っ早い。だが責任感が強く、粘り強い根気があり、一人前の騎士として立つことを夢見て、日々、厳しい鍛錬を重ねている。


 ラブ・イジーはイジー子爵家の長女である。性格は気が強く、勝気だ。可愛げがないと言われるが、年齢の割には大人びており、常に冷静な判断が求められる魔術師の資質を十分に備えている。

 

 ダフとラブは男女の双子にしては珍しく、鏡に映したようなそっくりな顔をしている。髪型と服装、声で見分けることが出来るが、もしも2人が同じ格好をしていて黙っていれば、実の両親ですら見分けがつかないかもしれない。それぐらい、瓜二つの顔だった。


 しかも二人の相貌は、まるで女神の祝福を一身に受けた様に美しかった。きらきらと日の光を受けて輝く金の髪。新緑を思わせる鮮やかな緑瞳。人形の様に整った繊細な顔立ち。

 そんな芸術品のような顔が二つ並んだ姿は、幻想的ですらあり、イジー家の双子にひそかに懸想する者は決して少なくなかった。

 

 ダフとラブは、ロメオ王国の貴族ならば誰もが通う王立学園の高等部第1学年だ。ダフは剣の才に、ラブは魔法の才にそれぞれ恵まれており、学園内では敵う者がいないぐらいの腕前だった。

 また勉学も優秀で、入学以来、常に双子で主席を争っており、3位以下は双子から大きく引き離されていた。2人はそれを鼻にかける事もなく、友人たちに祝われれば謙虚に喜び更に努力を続ける。そんな控えめな所も、人気の一つだ。


 彼らの兄、ハル・イジーは学園始まって以来の天才と言われていて、本来は卒業するまでに3年かかる高等部を1年で卒業したという逸話がある。飛び級などと言う快挙を成し遂げたのは、後にも先にもハル一人しかおらず、学園では伝説の人として語りつがれているぐらいだ。

 その弟、妹として、二人は入学当時から教師たちから注目されていたが、兄に恥じない優秀さをダフもラブも備えており、学園ではハル・イジーの再来だと期待を込めた目で見られている。


 そんなダフとラブが仕えているのはラース侯爵家だ。ラース家の長女であるエリス・ラースは病弱な兄に代わって次期侯爵家の後継として決定している。ダフとラブは将来、エリスの侍女、護衛として仕える予定だった。学生の身である現在も、授業時間以外は侍女や護衛として、可能な限りエリスに付き従っている。本来、学生ならば勉学に専念するべきだが、その優秀さから特例として、侍女、護衛として働くことを認められているのだ。


 高位の貴族家とはいえ、地味で平凡なラース侯爵家に、美しく優秀な双子が仕える事を不思議に思う者も多かった。

 だが、双子の父、イジー子爵はラース侯爵家の筆頭執事を務めており、兄のハル・イジーは次期侯爵であるエリスの専属執事だ。イジー子爵家は代々、ラース侯爵家に仕えており、双子がラース侯爵家に仕えるのは自然の流れであった。 

 

 それだけではなく、ラース家に仕える者達はイジー家だけに限らず、皆、優秀で一様に忠義に篤い。これはラース家の面々が穏やかで、使用人たちを常に思いやり、大事にしているからだと評判だった。

 イジー家の双子も、ロメオ王国の王太子にして次代の国王であるブレインから、直々に側近への勧誘を受けたが、ラース侯爵家を、エリスの側を離れる事を望まなかった。そんな忠義心の篤い所もまた、人気を高める要因だった。

 

 そんな優秀な使用人たちを多く抱えるラース侯爵家だが、不思議と他家から羨望や妬みを持たれる事は少なかった。

 ラース侯爵家は特に目立つこともない平凡な貴族家ではあるが、代々の当主は真面目で堅実、地味ではあるが人当たりが良く、敵を作ることがなかった。特に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、全くいないのだ。


 そう言った理由から、ラース家に仕える優秀な使用人たちを、無理やり引き抜こうとする輩は、これまで、現れた事はなく。

 

 ラース侯爵家の人々も、彼らに仕える使用人たちも、心穏やかな日々を過ごしていた。


◇◇◇


「この私が、側近にしてやろうと言っているんだぞ?」


 不機嫌さを隠そうともせず、目の前の男は声を張り上げた。


「お前たち子爵家の者にとっては、ありえない程、名誉な事だろう。何故、断るのだ」


 不遜ともとれる態度だが、男にはそれが許される理由があった。

  

「ラブ・イジー。お前を私の側近兼愛妾にしてやろう。後宮にもいれてやる。喜ぶがいい」


 そんなことを言われて喜ぶ女は、よっぽど男に惚れていて日陰の身でもいいわと自己犠牲に酔いしれるお花畑な女か、正妻なんて面倒な立場より、贅沢と気ままな生活ができる愛妾サイコーとか思っている欲深い女ぐらいだ。


 そう常々思っているラブは、自分がコイツからそう思われているのかと、心底、嫌な気持ちになった。

 

「ダフ・イジー。ついでにお前は私の側近兼護衛騎士だ。名誉だろう」


 双子である以上、色々と二人ペアで扱われる事は多々あった。学園でも実技訓練は大体双子で組んでいるし、他の授業もグループが一緒になりがちだ。

 だがそれにしたって、今回の扱いは雑すぎないかと、ダフは呆れる。ついでにってなんだよ、そんな誘い方で喜ぶと思われているのかと、コチラも心底、嫌な気持ちになった。双子なので、心情もシンクロしやすいのだ。


「噂によると、お前たちの兄も、中々優秀なのだそうだな。なんなら、お前たちの兄についても、考えてやらんことはない。だが、いくらお前たちの身内だからといって、能力がなければ側に置くことはないぞ。俺はコネで側仕えを決めたりはしないからな」


 当の本人が聞いたら、紫電を飛ばして怒りそうだと思ったが、その時はラブもダフも止める気にならないだろう。そればかりか、応援の為に紫電をプラスするかもしれない。紫電を出す練習ってどうやるのだろうと真剣に考えた。そんな事でも考えていなければ、目の前の男をぶん殴りたくなるのだから仕方がない。


 ダフとラブの目の前で、腕を組んでふんぞり返っているのは、隣国ジラーズ王国の王太子、ベルド・ジラーズ殿下である。ジラーズ王家特有の燃える様な赤髪と紅瞳。大柄な体躯と快活な性格。ほんの少し幼さは残るが、野性味のあるその相貌はとても15歳の少年には見えない、堂々とした迫力があった。


 その後ろに控えるのは、シル・リッチ。ジラーズ王国、リッチ伯爵家の3男で、ベルドの側近である。子どもの様に小さく細い身体だが、ベルドやラブ、ダフと同年の15歳。この華やかで騒がしい王子の側近とは思えないほど地味で、無口、無表情が常の、物静かな男だ。今は、ベルドの発言に頭が痛いのか、額に手を置いて空を仰いでいる。ベルドがやらかす度に尻拭いをさせられている、可哀そうな側近なのだ。


 ジラーズ王国は、先王が身罷り、第1王子と第2王子が後継を争っていたが、第1王子の数々の悪行が広く知れ渡った結果、非道な第1王子を糾した第2王子が見事に王座を勝ち取った。ベルドはその第2王子の息子であり、第2王子が国王に即位すると同時に立太子した。


 そんなベルドが、見聞を広めるためにとロメオ王国に留学したのは、ほんの1月ほど前の事だ。ジラーズ王国を正しき道に導いた国王の一人息子として、ベルドの人気はロメオ王国内でも非常に高い。ジラーズ王国の王太子でありながら、まだ婚約者がいないのも、その人気の一因だろう。


 だがその人気は、ベルドの言動が周囲に知れ渡るたびに、急降下していった。

 

 この王子、とかく残念な言動が多いのだ。傲慢で狭小。話すことは自慢話ばかり、周囲の些細な言葉に激高し、怒鳴り散らす。今回のラブやダフに向けた言葉など可愛いもので、転入してきて以来、大なり小なりの様々な揉め事を起こしている。どれも大事に至っていないのは、相手がジラーズ王国の王太子だからと、怒りを呑んで周囲が我慢しているからだ。


「どうした。喜びすぎて声も出ないのか?」


 断られるはずがないと信じ切った、澄み切った瞳で、ベルドは返事をしない双子に首を傾げる。


 そんな心底不思議そうなベルドに、ダフとラブはチッと舌打ちをしたくなったが。今の提案にどこに喜ぶ要素があったのかと、心の中で盛大にベルドを罵ってやった。勿論、顔にも表情にもおくびにもださない。こういう時の処世術を、ダフもラブもきちんと備えていた。


「「ワタシニハスギタオモウシデデス」」


 ダフとラブの、心の籠らない断りの言葉がシンクロした。なにかとシンクロしやすいのだ、双子だから。


「謙遜する事はない。身分の事なら私がなんとかしよう」


 普通の感覚(貴族の感覚)なら、こんな風に婉曲的に断れば自然と嫌がられていると察するのだが。王族と言うのはなんでもポジティブに解釈する機能が標準装備なのだろうか。どこぞの王太子も、ちょっと前までは側近への誘いを断っても断っても、本当は受けたいが遠慮しているとか、身分を気にしているとか、謎の拡大解釈して、しつこくしつこく誘ってきていた。ダフとラブが、純粋にただ嫌だから断っていると、どうして分からないのだろう。

 

 だがダフもラブも大人だった。色々と参考にしたくない反面教師が周りには一杯いるので、その年齢の割には双子はたいそう理性的だった。こんな事でキレて災害級の魔術で大人げなく相手を攻撃するような大人(ハル)の様には、絶対になりたくないと常々思っていた。


 だから、ダフは剣も抜かず、ラブは魔術陣を練り上げず、極めて冷静に。ポジティブ馬鹿にも理解できるように、キッパリ、ハッキリと、断ったのだ。


「「私はラース侯爵家のエリスお嬢様に生涯を捧げておりますので、ベルド殿下のお申し出はお断りさせていただきます」」


 双子の言葉はまたまたシンクロした。心の底からの願いだったので、二人の言葉は寸分も違わなかった。気持ちいいぐらいハモっていた。


 それなのに。その断り文句が、あんな馬鹿げた騒動を引き起こすだなんて、思いもしなかったのだ。



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