表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/17

4

意外とアレなハルです。

「おかえりなさいませ、エリス様」


 パーカー侯爵家より転移で戻ったエリスを、ハルが満面の笑顔で出迎える。


「ちょっと、この蔦、気持ち悪いぃ! ハル兄さまの変態!」


「うひゃひゃひゃひゃっひゃっひ、ごほっぐほっ、げほげほっ、やめ、ハル兄ぃ、やめっ、この蔦、解いてっ、くはは」


 同じくエリスを一番に出迎えようと待っていたダフとラブは、ハルに足止めされていた。足止めと言っても、出迎える直前に用事を言いつけられるとか、部屋に閉じ込められるとか、可愛らしいものではなく、物理的なものだ。突如足元に現れた禍々しい魔術陣から、黒い蔦が伸びてきて、二人の身体に絡みつき、動きを封じたのだ。


 黒い蔦はダフとラブの身体を軽々と持ち上げ、うにょうにょと気持ち悪い動きで全身を這い回っていた。服の中にまで入り込んできた蔦に、ラブは顔を赤らめて絶叫し、ダフはくすぐったさに笑い転げていた。こういう類の魔術は、魔術陣を崩さないと解ける事はないが、全身を絡め取られ、動きを封じられた双子に魔術陣を崩すことなどできない。


「それは最近、魔法省で開発中の防犯用魔術陣の試作品です。対象を捕縛する設計の筈が、魔力蔦が不埒な動きをするので失敗作だと言っていたが……。なるほど、製作者の陰険でムッツリな性癖が、こういう所に反映されているわけか……」


 ハルはふんふんと頷きながら、魔力蔦の検証をしていると見せかけて、思いっきり魔力蔦の作者を貶していた。ダフとラブは、それだけで誰が作者なのか察せられた。きっとハルとは犬猿の仲の魔法省副長官の作なのだろう。彼はエリスの作った魔力縄にやたらと感銘を受けていたから、影響されたのかもしれない。


「ふん、情けない。あの野良犬魔術師が作った魔術陣を壊せないとは。ラース侯爵家に仕える者として、恥を知れ」


 ハルが情け容赦なく双子を睨みつけるが、双子は理不尽な気持ちでいっぱいだった。


 ラブとダフの記憶が確かならば、野良犬魔術師ことエリフィスは魔法省の副長官だ。国の魔術師としては五指に入り、魔術陣の作成に関しては、間違いなくブッチギリで国一番の実力者だ。そんな一流魔術師の作った魔術陣を、どうしてまだ学生の双子に崩せると思うのか。


 大体、エリフィスと顔をあわせれば、周囲の被害も目に入らず、大人気ない魔術合戦を始めるような駄目兄に、そんな事を言われるのは心外だ。『あんな大人になりたく無いナンバーワン』のくせに、偉そうに。


 ガルガルと睨みあっていた双子とハルだったが、その時、妙に静かな事に気づいた。

 いつもなら双子とハルの喧嘩ををやんわりと窘めるエリスが、黙ってハルを見つめている。


「エリス様?」


 ハルが訝しげに眉をひそめた。


「どうなさいました?……まさか、お身体の具合が悪いのですか?」


 ハルがさっとエリスに近づき、その身体を横抱きにする。

 ラブとダフを戒めていた魔力蔦を目掛け、ハルの魔力が鋭く飛んで、魔力蔦を生み出す魔術陣を破壊した。ついでに、双子も余波を喰らって吹っ飛んだ。


「ラブ、薬を! ダフ、すぐに医者を呼べ!」


 いくら天才で万能なエリスでも、病に対しては凡人と変わらない。それを知っているハルは、エリスが病気になると過敏に反応する。それこそ、軽く咳き込むだけで、医師を10人でも100人でも呼ぼうとするぐらいだ。


 双子は吹っ飛ばされたのと同じぐらいの勢いでエリスの元に戻ってきた。双子だってハルに負けず劣らず、エリス第一主義なのだ。それにハルの暴力(魔力)に慣れっこなので、立ち直るのも早い。ラブの回復魔術で傷を治し、二人は命令に従って医者と薬を手配しようと、機敏に動き出した。


「ハル。わたくしはどこも悪くないわ。ダフ、ラブ、お医者様もお薬も、必要ないわ」


 真っ青な顔でエリスをベッドに押し込もうとするハルを、エリスは慌てる事もなく制した。


「本当ですか? ご気分が悪いのでは? 熱があるのでは? エリス様、私に少しの不調でも、余さず教えてください。少しでもですよ?」


 エリスを横抱きにしたまま、小さな子どもに言い聞かせるように繰り返すハル。その横には、心配そうに眼をうるうるさせる双子が張り付いていた。


「本当に大丈夫。でも、少し疲れたみたい。夕食の時間まで休みたいわ」


 そうエリスが言い終わらぬうちに、ハルは歩き出していた。エリスの私室に入り、ベッドの上に壊れ物を置く様に、そっとエリスを横たわらせる。額に手を当てて熱を測り、アーンと口を開けさせて喉の腫れがないか確認し、手首を取って脈を測る。そこまでして、ようやく異常がない事を確信したのか、ハルの強張った顔が柔らかく緩んだ。


「お疲れが出たのでしょうか。お夕食は部屋に運ばせましょう。消化の良い、温かなものをご用意させます」


 優しく、甘やかすような口調で、ハルはエリスを労わった。侍女たちにキビキビと夕食の手配を頼み、部屋を暖め、さり気なく仕事の書類をエリスの目に入らぬ場所に片付けた。勿論、急ぎでも重要でもない案件であることは、確認済みだ。


 それはまるで、主人の不調を気遣い、仕事の段取りを決める、出来る執事だった。ダフとラブは、兄にこんな細やかな心配りが出来るなんてと感動した。エリスの後を尻尾を全力で振りながら追いかけるだけのダメ人間ではなかったのだと。


 そこで止まれば、見本のような素晴らしい執事だったのに。止まらないのがハルだ。


「エリス様。寝苦しくない様にお召替えを。私めがお手伝いします。それと、寒くはありませんか? 私が添い寝をしましょうか?」


 クローゼットから()()()()()()()()()()()()()()()()()()で取り出し、ハルが笑顔で差し出す。


 エリスは当たり前だが、完璧な淑女だ。完璧な淑女は、いくら専属執事でも、男性相手に夜着姿を見せる筈がない。それなのに、なぜクローゼットの中から()()()()()()()()()()()()()()()()を取り出せたのか。

 

 後を付いてきていた双子が、まるで今世紀最大の変態を見る様な眼を実の兄に向けた。この流れる様な変態発言を繰り返す人間に、自分と同じ血が流れているのかと思うと絶望しかない。全ての血液を入れ替えたい衝動に駆られた。

 

 双子は、いつもの様にエリスが『気持ち悪いわ、ハル』と兄を一刀両断するのを期待していたのだが。


「……そうね、ハルにお願いしようかしら」


 まさかのエリスの発言に、双子は耳を疑った。

 

 エリスはやはり疲れているのだ。うっかり、ハルの変態発言を受け入れてしまうぐらい。

 もしかしたら上手に隠しているだけで、やはりどこか具合が悪いのかもしれない。


 だがまずい。エリスの許しがあったとなると、この変態がここぞとばかりに付け上がって、エリスに無体を働くに違いない。疲れ切って弱り切っている(ように見える)エリスが、本気になった変態相手に、抗えるだろうか。


 ラブとダフは、即座に杖と剣を構え、ハル(魔王)を駆逐することを決意した。血を分けた実の兄だが、殺ることを一秒も迷わなかった。勝てるとは思えないが、双子に出来る最高の剣技と魔術でもって、エリスを守るのだ。命だって、惜しくはない。


 だが。予想に反して。ハルは動かなかった。


「ハル……?」


 笑顔のまま、ハルが固まっている。ピクリとも動かない。まるで、石像になってしまったようだ。

 不思議そうに、エリスがハルに手を伸ばすと。

 

 ビュンッ。

 

 ハルが凄い勢いで、エリスの側から飛びのいた。


「……お、お茶を。エリス様の、おの、お飲み物をっ、準備っしてまいり、まいりっますっ」

 

 尋常ではない量の汗をかき、ハルはギコギコと音がしそうなぐらい不自然な動きで、後ずさる。がったんがったんと、椅子やらテーブルやらにぶつかりながら、そのまま足早に部屋を出て行った。階段のあたりから、ドタンバタンと凄い音がして、侍女たちの悲鳴が聞こえた。多分、落ちたのだろう。


「なんだあれ……」


「ねぇ……」


 常にはないハルの様子に、双子はぽかんとしている。絶対に野獣化してエリスに襲い掛かると思っていたのに、まるで逃げ出すように離れていった。


 エリスはそのハルの様子に、なにやら考え込んでいたが。

 やがてクスクスと楽しそうに笑いだした。


「ハルったら。可愛いわね」


 やはり、エリスは具合が悪いに違いない。

 あの変態を、可愛いなんて評するなんて。

 主人に忠実な双子は、医者と薬を手配すべく、大急ぎでエリスの私室を後にした。


 



★「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」書籍販売中です。

★8/1「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。~婚約破棄されたので田舎で気ままに暮らしたいと思います~」発売中!

★8/10 追放聖女の勝ち上がりライフ 2 発売!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ