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憂鬱で活躍?していたレイアさん、再登場です。

「貴女も色々大変なのね」


 くすくす笑いながらレイアに言われ、エリスは唇を尖らせた。


「そんな一言で済ませてほしくないわ。お父様とシュウの2人を相手取るのは、骨が折れるのよ」


 パーカー侯爵家の一室に招かれ、エリスは紅茶を飲みながらレイアを相手に盛大に愚痴をこぼしていた。話を聞くレイアは、先程からずっと笑いっぱなしだった。


「でも、貴女のお父様は面白いわね。受ける気のない縁談のお相手を詳細に調べるなんて。費用も時間もかかるでしょうに」


 ハッキリと無駄な事だと断じないのは、レイアが友人の父を慮っての事だったが、エリスの方は容赦がなかった。


「お父様はお暇なのよ。最近はわたくしに執務をどんどん押し付けて、お好きな事をなさっているもの。まだ当主はお父様だと言うのに、当主決裁の必要な書類まで、わたくしの書類に混ぜ込んでいるのよ。趣味に勤しむ時間があったら、ご自分の仕事ぐらい、きちんとなさってほしいわ」


 ラース侯爵は数年後に迫った爵位譲渡に備え、着々とエリスに仕事を譲り始めて(押し付けて)いた。兄が次期当主のときだって、これほど露骨ではなかったのに。たぶん父は、エリスが当主になるであろうことを、高い確率で予想していたのだろう。兄妹の後継争いには、手も口も出さなかった父だが、どちらが当主を継ぐか(負けるか)なんて、お見通しだったに違いない。兄に仕事の引継ぎをしなかったのは、引き継いでもどうせ無駄になると分かっていたからだ。そう思うと、ますます面白くない気持ちになるエリスだった。


「わたくしもだけど。貴女も面倒なことになってしまったわね?」


 不満を呑み込んで、エリスがレイアにそう問えば、複雑そうな笑みが返ってきた。


「まさかレイア様が、王太子妃候補になるなんて。本当に、あの事件は厄介事ばかり引き寄せるのだから」


 ロメオ王国を揺るがしたドーグ・バレ(死を齎す者)による人身売買事件。隣国ジーグ王国やロメオ王国の民が攫われ、魔力を抜かれた挙句に売られるという凶悪犯罪に、ロメオ王国内の多くの貴族が関わっていた。事件に関わった貴族たちには、相応しい罰が与えられたのだが、その中には、王太子ブレインの妃候補であったローズ・トレス嬢とリリー・オーウェン嬢の家もあった。トレス家は分家が、オーウェン家は夫人の実家が、かの犯罪組織と関わっており、直接的な関わりではなかったため、取り潰しは免れたものの、両家がこれまで通りロメオ王国内での立場を保つことは難しく、二人の令嬢は妃候補を辞退し、学園も辞め、領地に戻ることになったのだ。


 そうなると、王太子の妃候補を早急に決める必要があり。今回の事件の解決に大きく貢献したこともあって、パーカー侯爵家のレイアに白羽の矢が立ったのだ。レイアが将来は結婚より文官になることを希望しており、そのため、婚約者が決まっていなかった事も、選ばれた一因であった。


「貴族の娘として生まれた以上、政略による結婚は仕方がないと思っていたけど。まさかお相手が王太子殿下とは、予想外だったわ」


 当のレイアは、喜ぶでもなく恐れるでもなく、淡々とその王命を受け入れた。

 多くの貴族家の力関係が変わり、国内の安定が揺らいでいる今、王太子の婚約者が決まれば、少しは国内も落ち着くだろう。パーカー侯爵家は野心はないが、穏やかで忠義が篤く、代々法務に携わっており公正で理知的だと他の貴族からも一目を置かれている。現状で、レイアほど王太子妃にうってつけな相手はいないのだ。

  

 レイアとて、現在のロメオ王国の状況は分かっている。私よりも国を取ることが当たり前の感覚で育っているレイアにとって、父のような優秀な文官になりたいという夢があったとしても、国に尽くす方が優先される。


「それに、文官の範疇では出来ない大きな事業も、王妃になれば出来るでしょう」


 もしもレイアが王太子妃になることを望んでいなければ、友人として()()工作することも辞さなかったエリスだったが。

 にやりと微笑む逞しいレイアだからこそ、何も言わずに見守ることにしたのだ。

 

 レイアとエリスの関係は、あの事件以降、一変していた。

 事件解決後、学園で会うと、レイアはぎこちなくエリスに接してくれた。

 エリスは控えめにレイアに話しかけ、レイアは恥ずかしそうに顔を赤らめ、失礼ではない範囲の短い返事をするばかり。ある日、そんな関係にしびれを切らしたエリスが、先ぶれもなく、突然、転移魔法でパーカー侯爵家にやってきたのだ。


 自室でくつろいでいたレイアは、忽然と部屋の中に現れたエリスに驚き、レイア付きの侍女など、泡を吹いて腰を抜かした。


「ごめんなさい、レイア様。どうしても貴女と仲良くなりたかったのよ。何度お茶にお誘いしても、応じてくださらないから……」


 しょんぼりと申し訳なさそうに言うエリスに、一瞬ほだされそうになったレイアだったが。


「だ、だ、だからって、突然部屋にくるなんて! 馬鹿なの?」


 自分の格好が、とても他人に見せられるようなものではない、とことん寛いだものだったことに気づき、思わずエリスを怒鳴りつけていた。化粧だってしてないのに。


 怒鳴りつけられたエリスは、きょとんとしていたが。スッピンでいつもより幼く見える顔を真っ赤にして怒るレイアに、コロコロと笑い声を上げた。


「やっぱり、レイア様。好きだわ」


 こっちは怒っているのに、どうして笑っているのか、レイアには理解できなかったが。

 転移魔法などと上位の魔術師でも難しい魔術を使いこなすくせに。

 あんなに恐ろしい悪者を、涼しい顔であっさりと倒すぐらい、強いくせに。

 国王陛下が相手だろうと、堂々と交渉しているくせに。


 声をあげて嬉しそうに笑っているエリスは、どこからどうみても、普通の令嬢にしか見えなかったのだ。


 ちなみに、エリスの突然の訪問を知ったパーカー侯爵夫妻は、屋敷中の使用人たちに緘口令を敷いた。

 パーカー侯爵家の使用人たちは、高位貴族に仕えるだけあり、口が堅い。また、パーカー侯爵の実直で公正な人柄のお陰で使用人たちの忠義心が厚く、もともと、家の秘密を漏らすものなど一人もいなかったのだが。

 普通の令嬢に見えるが、転移魔法などを気軽に使い、主人一家が顔色を変えてもてなす相手が只者であるはずがないと、使用人たちは本能的な危険を察して言われなくても自主的に口を閉ざしていたので、『紋章の家』の秘密は外に漏れる事なく保たれた。


 最近では、使用人達も、魔法で先ぶれの手紙が届き、次いで転移魔法でエリスが現れるということに驚くこともなくなり、パーカー侯爵家にエリスが居る風景はお馴染みになりつつある。


 当のパーカー侯爵夫妻は、『紋章の家』の次期当主が頻繁に遊びにくることに、ひそかに胃を痛めていた。いつ不興を買い、家ごとプチッと潰されるのかと、生きた心地がしなかったのだ。

 

「それにしても。エリス様が結婚相手を指名してしまえば、それで済むような気がするのだけど」


 レイアは改めて、疑問を口にした。


 ラース侯爵家は、一般的な貴族家とはずいぶんと考え方が違う。

 通常、貴族の子どもの結婚相手は、親が決めるものだ。そこは本人たちの感情より、家の利益が優先され、政略結婚は当たり前だ。

 

 しかし、ラース侯爵家では、驚いたことに結婚するかどうかも本人が決めるそうだ。過去には、研究の時間がこれ以上他に取られるのを嫌い、生涯未婚で過ごした当主もいたのだとか。もし本人がどうしても結婚したくなければ、血筋の者から適当に後継を選ぶのだとか。ラース家の血筋ならば、だれでも優秀だから、()()()()()()()()()()誰でも務められるらしい。皆嫌がって、押し付け合うそうだが。

 

 だから、今回の様にエリスの結婚相手に、ラース侯爵や筆頭執事が口を出すのは異例のことなのだ。

 ラース侯爵は面白がっているだけのようだが、なによりもエリスが選んだ相手に対して、筆頭執事であるシュウの反対が強い。それに釣られた使用人たちの反発もある。

 

 だが筆頭執事であるシュウでも、エリスが口に出してハルを結婚相手にと強く望めば、反論しないだろう。実の父親のラース侯爵だって、エリスが断言すれば、承諾するのだから。


 レイアの言葉に、エリスはポポッと、可愛らしく頬を染めた。


「でも、だって、それは。……わたくし、ハルにハッキリと申し込まれたわけではないのですもの」


「え?」


「好意は持たれていると思うのよ。『自分以上にわたくしを愛する者はいない』と前に言われたもの。でも、結婚どころか、交際すら、申し込まれていないし……」


「ええ?」


 唇を尖らせて指を絡ませてイジイジと拗ねるエリスに、レイアは口元を引きつらせた。


 ラース侯爵家に縁談を申し込む貴族家に、秘密裏に圧を掛けつつ、排除して回っていると噂のあの、狂犬執事が。

 このままでは侯爵家の婿として身分が足りないと、冒険者ギルドで塩漬けになっている達成不可能な依頼を根こそぎ引き受け、次々に成功させて着々と功績をあげ、その褒賞で新たな爵位の授与も検討されているS級冒険者『狂犬執事』が。

 ますます美貌も所作も洗練されて、ひそかに社交界や令嬢たちの間では人気が上がっているのに、エリス至上主義を隠そうともしないあの狂犬執事が。


 まさかエリスに交際(お付き合い)すら申し込んでいないなんて。


「あら? でも、ほら。人前でもはばからず、結構気持ち悪い事を仰るでしょう、あの方」


 ドーグ・バレの本拠地でエリスが戦っている時、ハルは『エリスの魔力で縛られたい』と、うっとりしていた気がする。あの時は目の前の戦闘に激しく動揺していて聞き流していたけれど、今思い返すと、つくづく気持ち悪い。ハルのあの美貌や才能があったとしても、お釣りがくるぐらい、レイアには受け入れ難いものだった。

 

 それでも。あのハルの言動には、エリスへの想いが溢れていたと思う。たぶん。気持ちが悪いが。


「ハルの発言が気持ち悪いのは、魔術に対して目がないからよ。好意では……、ないと思うの」


 なんでもない事の様にあの言動を受け入れているエリスに、レイアは驚愕しつつも、エリスの言い分に、なんとなく納得した。あんな変態発言が求婚の言葉だなんて、自分だったら絶対に嫌だ。エリスだって、認めたくはないのだろう。あんな変態発言をプロポーズとは。

 彼女は意外と、恋愛に夢を見るタイプだ。ヒーローとヒロインが紆余曲折を経て結ばれるような、ベッタベタの王道な恋愛小説が、好みなのだ。小説の様に、ヒーローに一途に想われたいのだろう。


 そう考えると、あの気持ち悪い言動をカウントしなければ。確かに、エリスへのハルからのアプローチは、皆無なのだ。

 

「それに。こういう事は、ちゃんと、殿方のほうから、言ってもらいたいものじゃないのっ」


 落ち着きなく両手を握り、ツンッと顔を逸らすエリス。その頬は、真っ赤に染まっている。

 そこにはやっぱり、『紋章の家』の当主らしさは微塵もなく。恋に恋する令嬢にしか見えなかった。 



 

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