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お久しぶりです。

どこにでもいるような平凡な令嬢のお話、第3弾です。

お楽しみいただけると幸いです。

 エリス・ラースは平凡な令嬢である。

 栗色の髪と茶色の瞳。性格は大人しく、少し内気。学園でもあまり目立たない、どこにでもいる普通の令嬢だ。

 学業は頑張っているが、成績は中ぐらい。少しだけ魔術と算学が苦手でマナーと音楽の授業が得意。

 

 ラース侯爵家は、ロメオ王国の中でもちょうど真ん中ぐらいの地位だ。領地も田畑が広がる長閑な田舎で、堅実な領地経営を行っているが目立つ物は何もない。政治的にもどこの派閥に属していなくても毒にも薬にもならない立ち位置なので、何ら支障もない。


 エリスは病弱な兄に代わり、ラース侯爵家の後継となることが決まっている。当主を辞した兄との関係も良好で、兄は領地で妹を支えるべく働いているので、泥沼のお家騒動とも無縁だ。

 

 最近の社交界では、領地経営を自ら行う有能な女当主がもてはやされているが、学園での成績を見る限り、エリスにそれほどの才は無い。優秀な婿に領地経営は任せ、エリス自身が関わる事は殆ど無いだろうし、関わるほどの能力もないだろう。そんな女当主も珍しい事ではなかった。


 そんなエリスだが、いまだに婚約者が決まっていなかった。


 エリスの年齢でまだ婚約者が決まっていないことはままあることだが、彼女の場合、つい先ごろまで他家に嫁ぐものと思っていたのが、急に侯爵家を継ぐ事になった。婚約者のいない令嬢の場合、学園卒業までにそれなりの相手を決めるものなのだが、条件が嫁入りから婿取りに大きく変更し、結婚相手の選考基準も大きく変わってしまったため、一から検討し直しとなってしまった。

 

 そのため、ラース侯爵家には降るように縁談が舞い込んでいるという。爵位を継がない貴族家の次男、三男にとって、家付き娘との婚姻は喉から手が出るほど欲しい縁だ。しかもエリスは目立った容姿ではないが普通に可愛らしいし、大人しく目立たない普段の様子から鑑みて、婿入りした後も、跡取り娘だからと威張り散らすこともなさそうだし、従順に婿の顔を立ててくれそうだ。そんなところも、人気が出た所以であろう。


 ラース侯爵は、余りの縁談の多さに驚き、現時点でエリスの婚約者を決める予定はないと宣言した。元々、エリスの婚約者は卒業までに選定する予定であったし、エリス自身も後継として決まったばかりで心の準備ができていないためというのが、その理由だった。

 

 それで、ほんの少し加熱していた婿入りの申込みは、表面上は落ち着きをみせ。

 いつもの平穏と単調さが、ラース侯爵家に戻っていた。


◇◇◇


「こうして釣書だけ見ていると、世の中には立派な令息が溢れているもんだねぇ。気づかなかったよ」


 ふくふくとした人の良い笑みを浮かべ、ラース侯爵はエリスに届いた釣書を興味深そうに見ている。

 テーブルの上には山の様な釣書が置かれている。今はまだ娘の婚約者を決めるつもりはないと、ラース侯爵が宣言してからは数が減ってはいたが、それでも途切れるという事は無かった。


 ラース侯爵家の側には、筆頭執事であるシュウ・イジーが、主人の言葉を受けて静かに微笑んでいる。シュウの淹れた紅茶の良い香りが部屋に広がっていたが、ラース侯爵はそれに手を付けようともせず、釣書に夢中になっていた。


 エリス宛の釣書の()()は、父親である、ラース侯爵の管理下にある。そして、実際にそれを取り仕切るのは、ラース侯爵家の筆頭執事シュウ・イジーだ。シュウにはある程度の権限が与えられているため、他家からの縁談とはいえ、ラース侯爵家に釣り合わないような身分の家からの縁談は、シュウの判断で対処することになっており、ラース侯爵の目を通るのは、一見、問題のなさそうな縁談ばかりだ。


 ちなみに、もしもエリスの専属執事であるハルに釣書の処理の権限があった場合は。一切の縁談はラース侯爵の目に入らずに処理されていただろう。釣書を送ってきた家の存在ごと、葬られていたかもしれない。


 しかし、ラース侯爵が机に広げているのは、そんな筆頭執事の厳しい検閲を潜り抜けた真っ当な家からの縁談ではなく、切り捨てられた縁談の方だった。すでにシュウがラース侯爵の名で断りの手紙を送っているにもかかわらず、それを一々、読み上げているのだ。


「ほら。こちらの令息は優秀な剣の遣い手だそうだ。それに、こちらの令息は、若いながらも商会を経営しているらしいよ」


 楽しそうに釣書を読み上げる父親に、エリスは苦笑する。縁談の釣書など、まともに読むのが馬鹿げている。大抵は功績が誇張されているか、酷い時は捏造されているのだから。どの家だって、釣書を額面通りに受けいれるわけではなく、きちんと調査を入れるものだ。


「ふふふ。調べてみたらね、優秀な剣の遣い手というけれど、騎士学校にいた形跡もないし、もちろん王家の騎士団にも所属していないし、貴族家に護衛騎士として仕えているわけでもない。本人も、コロコロと丸っこい体型でねぇ。本当に剣を握れるのか、分からないみたいだね」


 剣術使いの令息の釣書きと共に並べてある調査書を読み、ラース侯爵はとても楽しそうだ。

 これぐらいならよくある、可愛らしい詐称だ。もしかしたら、子どもの頃は剣の筋がよかったのかもしれない。


「それに、この令息の場合は、確かに商会経営はしているようだが、随分とキナ臭い所から資金を借りているねぇ。実質は既に破産寸前だよ。いやぁ。悪びれもせずに、よくこんな嘘を並べられるもんだ」


 商会を経営しているという令息の釣書に添えられた調査書を手に持って、ラース侯爵はわざとらしく目を丸くして見せる。

 

「その調査書……。もしかして、使用人たちを使って調査なさったんですか? 断ると決まっている縁談なのに、そこまで調べる必要がございまして?」


 エリスが父から取り上げた調査書を見ると、かなり詳細に記されていた。初めから受けるつもりのない縁談の相手に、どうしてこんなに綿密な調査がいるのかと、エリスは呆れた。酔狂にもほどがある。


「いやぁ。調べ始めたら、釣書と実情が違い過ぎて、面白くなっちゃってね。ウチの使用人たちの、いい鍛錬になるし。ほら。情報収集部門の子たちの卒業試験にも、丁度いいだろう」


 ラース侯爵家には、諜報活動を得意とする者たちが数多く存在する。素質がある者を、子どものうちから育てているのだが、王家の影など目ではない程優秀だ。なんなら、王家の影の中にも数人、潜り込んでいる。その子たちが本気を出せば、普通の貴族家の醜聞の一つや二つ、()()()()()()()()()()()()、お手のものだろう。


「そのような簡単な調査では、鍛錬にも試験にもならないではありませんか?」


「いやいや、中には結構、巧妙なモノもあってね? たとえばこの令息なんて、成績優秀で真面目だと誰に聞いても評判が良い。最初は尻尾を出さなかったようだけど、さすが、ウチの子たちだねぇ。四方八方から入念に調べ上げて、最終的には愛人が5人、隠し子が3人も判明したよ。他にも、女癖が悪くてあちこちに手を出しているみたいだね。相手は平民ばかりだから家の力で醜聞を揉み消していたようだよ。真面目な好青年にしか見えないけどねぇ」


 そこにはエリスも知っている、学園の先輩の名があった。たしか伯爵家の次男で、眉目秀麗で騎士を目指しており、体つきも逞しく、真面目な性格で、女性相手に浮ついた態度など、一度も見せた事は無い。学園内での人気も高い人なのだが。真面目そうに見える青年の意外な一面を知って、エリスは顔をしかめた。他人の醜聞なんて興味もないし、知りたくもない。

 

「こんな男が我が侯爵家に婿入りしたら、とんでもない騒動になりそうだねぇ。いや、逆に、これだけしたたかなら、意外にウチには向いているかもしれないね」


 クスクス笑う侯爵に、エリスはジトリとした目を向ける。

 持ち込まれる縁談の処理に辟易している侯爵は、さっさとエリスの相手を決めてしまってこの騒ぎを終わらせたいのか、事あるごとに縁談の話をしてくるのだ。


「お父様。私の結婚相手は、卒業までに自分で決めてもいいと仰いましたよね?」


 それが()()()()()()()()の筈だ。爵位を継ぐだけでも業腹なのに、生涯の相手まで勝手に決められてはたまらない。

 エリスが学園を卒業するまでには結婚相手を選ぶようにと、条件は付けられたが、卒業まではまだ時間がある。なぜこんな風に、口を出されなくてはいけないのか。


「ふふふ。お前の卒業まで、あと2年か。それまでに、彼は()()()()()()()()()()()()()()()


 エリスが誰を選ぶつもりなのかなど、ラース侯爵には全てお見通しなのだろう。揶揄う様に、エリスを見つめている。

 ラース侯爵自身は、エリスの結婚相手に口を出すつもりはないのだろう。エリスが選んだ相手ならば、どんな()()()()()でも、認めるに違いない。ラース侯爵家とはそういうものだ。


 だが、ラース侯爵は良くても、()()()()である、筆頭執事(シュウ)が否と言えば、話は違ってくる。

 シュウにとっては、ラース侯爵家の後継であるエリスの伴侶が、侯爵家に足る人物でなければ、到底認められないのだ。すなわち、()()()()()()を納得させられなくては、ラース侯爵家に相応しい筈がない。

 

 ラース侯爵家は、外よりも実は中の方が曲者揃いで厄介なのだ。下手に優秀な者が揃っているので、上に立つものは()()を掌握できる者でなければ、認められない。


 現時点で、ラース侯爵家の使用人たちを束ねるのは、筆頭執事であるシュウ・イジーだ。

 有能な事はもちろんの事、圧倒的な強さ。そしてラース侯爵家への心酔と忠義心は、他の追随を許さない。ラース侯爵家の狂信的な忠実なる番犬として、長年、君臨している。


 おまけに、次代の当主たるエリスは、幼き頃からその成長を見守ってきた、シュウにとっては、自分の娘も同然の存在だ。エリスの気持ちを優先してやりたい気持ちはあるのだが、それを上回る勢いで、ろくでなし(自分の息子)に大事なエリスが搔っ攫われるのが、我慢がならないのだろう。


 面倒な後継。鬱陶しい縁談。揶揄ってくる父。その上、立ち塞がる壁の高さ(シュウ)ときたら、絶望的だ。

 エリスは、楽しそうなラース侯爵と素知らぬ顔をしている筆頭執事を見ながら、ため息を吐いた。

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