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決闘から数日後。学園には平穏が戻っていた。
イジー子爵家の双子を側近にするために、ラース侯爵家の後継であるエリスに求婚したベルド王子の暴挙は、王太子ブレインに諭され、ベルドが心を入れ替える事によって、落着を見せた。
ベルドがラース侯爵家のエリスに謝罪し、側妃の発言は撤回されたため、ラース侯爵家もイジー子爵家も落ち着きを取り戻している。
改心したベルドは、人が変わった様に大人しくなり、控えめな態度と真面目に勉学に取り組む様子から、地を這っていた評判は徐々に回復しつつある。
ただ、いつのまにかベルドに添っていた側近シルは姿を消し、代わりに黒髪の可愛らしい令嬢が、ベルドの世話を甲斐甲斐しく焼くようになった。ジラーズ王国出身の可愛らしい令嬢はベルドの婚約者かと騒がれたのだが、問われた令嬢自身がキッパリと否定し、その度にベルド殿下が力なく肩を落とすので、どうやらベルド殿下の片思いのようだと噂されている。
ベルドの改心の理由は、このご令嬢に一目惚れしたせいではないかという噂も実しやかに流れていたが、ブレインの説得がやはり大きかったのではないかというのが大半の意見だった。ロメオ王国の次期国王は、それ程までの人望と有能さを持っているのだから。
この一件で、王太子であるブレインの評価はもちろんの事、その婚約者候補であるレイアに対する評価も上がった。レイアは女性の身でありながら、ベルドの暴言で高まった気の荒い学友たちの不満を、威厳をもって見事に抑え、ブレインと力を合わせる事で事態の解決に導いたのだ。かくも素晴らしい未来の王妃と同じ教室で学べることを、クラスメイトたちが喜んだのは言うまでもない。
今回の一件で、一番に被害を受けたのはラース侯爵家とイジー子爵家であったが、王家からの圧力にも屈せず主家への恩義を尽くしたイジー家と、それを捧げられるラース侯爵家の関係はやはり堅固なものなのだと、周囲は改めて認識したのだった。
ラース侯爵家のか弱きご令嬢に付き従う双子の姿は、微笑ましく、好意をもって見守られていた。
◇◇◇
ラース侯爵家の当主の執務室にて。
ラース侯爵は、エリス宛に届いたある釣書を見て、爆笑していた。
「ふは、ふふふふ、ははは、こ、これは、予想外だったねぇ」
ラース侯爵の手にあるのは、シュウの判断でお断りの処理をした釣書だ。
「笑い事ではありませんわ、お父様!」
エリスは頬を膨らませ、その釣書を睨んでいる。
「でもこれ、本気なのかねぇ」
涙目で笑うラース侯爵の手にある釣書には、隣国、ジラーズ王家の紋章があり。
「エリスを正妃にって。あの国王、自分の息子をボコボコにしたエリスを、自分の嫁にしようというのか。よっぽど気に入ったのかねぇ?」
現ジラーズ国王の正妃にとの申込。この申込自体は、余計な混乱を招くために、非公式なものではあったが、一考する余地があるのなら、すぐに正式な申込みに切り替えると、そこには書かれていた。
たしか、ジラーズ国王の正妃には、ベルドの母が就いていた筈だが。そのベルドの母から、喜んで正妃の座を譲ると申出があると書かれている。本気なのか。
「王妃様のご年齢では子はもう望めないから、阿呆息子の代わりになる子を、エリスに産んでもらいたいのかなぁ。まぁ。エリスほど強ければ、まだ混乱の続くジラーズ王国でも、暗殺の心配はいらないからねぇ。もしくは、阿呆な息子を矯正した手腕を買われたのかもしれないね」
「勝手な事を仰らないでくださいな。それに、ベルド殿下が心を入れ替えたのは、失恋のせいでしょう。その証拠に、シルフィア様に振り向いてもらおうと、必死で努力なさっているわよ」
愛妾だの側妃だのと酷い発言をしていた割に一途なベルド殿下は、それはもう熱心にシルフィアを口説き倒しているのだ。令嬢姿のシルフィアが予想以上に可愛らしく、男子生徒から人気があるのにも焦っているようだ。
側近として仕えていた時から、ベルドが王太子らしく励むと喜ぶシルフィアのために、ベルドは立派な王太子になるべく、努力を重ねている。最近は、ブレインにも積極的に関わり、両国の今後の在り方を相談しあっているのだとか。元々は優秀な事もあり、ブレインも良き友人が出来たと、レイアに報告していたそうで。
あれならば、面倒見のいいシルフィアがベルドに堕ちるのは時間の問題ではないだろうかと、エリスは思っている。出来の悪い弟から、成長した姿に惚れるのも、また王道の恋の物語だろう。
まあ。ベルドが学園でエリスを見かけると、青ざめた顔でコソコソと気配を消しているのは、少々、情けない気もするが。
そもそも、エリスがジラーズ国王の目に留まったのは、あの魔力鞭のせいだろう。聡明なジラーズ国王のことだから、魔力剣との関連にも、気づいたのに違いない。魔力剣を手に入れるために、エリスに縁談を持ち込んだのだろうが。
欲の深さは身を亡ぼすという事を、息子をみて何故反省しないのかと、エリスは呆れるばかりだ。
「バーゴニー伯爵も、ジラーズ国王をお止めしたようですが。どうしても一度は申し込みたいと聞かなかったようで」
バーゴニー伯爵自身が主人の暴走を止めきれていないのも、問題なのだ。親子そろって主人に甘いのだと、シュウが呆れた様に付け加える。
「それで、どうするね、エリス。お受けするかね、この縁談」
楽し気なラース侯爵に、エリスは冷ややかな目を向ける。
「馬鹿な事を仰らないでくださいませ。お父様、自分と同じ年代の婿が欲しいのですか?」
「おや。天下のジラーズ王国の国王を、我が侯爵家の婿殿に迎えるのかね? それはなかなか、楽しそうな展開だよ」
どこまでも揶揄う気満々のラース侯爵に、エリスは柳眉を吊り上げる。
「わたくしの結婚相手は、わたくしが決めます!」
ラース侯爵家の平凡な午後は、こうして穏やかに過ぎていくのだった。
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