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少し短めです。久しぶりのエリフィスさんです。

 満面の笑みで花束を持った蒼髪の美形が、ラース侯爵家を訪れた。

 魔法省副長官、エリフィス。ハルの天敵であるが、今日はわざわざエリスの誘いを受けての訪問だ。勝手に阻止することは許されず、ハルは殺意を漲らせて、エリフィスを迎え入れた。


「まだ生きていたのか、野良魔術師」


「エリス様の僕である私が、勝手に死ぬ筈がないだろう。私はエリス様が悲しまれることはしない」


「お前ごときの存在の生き死にで、エリス様のお心が曇るはずがない。遠慮なく野垂れ死んでこい」


「こっちのセリフだ狂犬執事。お前こそ弁えてさっさと放逐されろ」


 ギリギリと笑顔のままで睨みあうハルとエリフィスに、同じく出迎えていたダフとラブは呆れた視線を向けている。悪い見本の大人である。しっかりと観察をしておこう。


「まぁ、エリフィス。来てくれたのね」


 そこへ軽やかなエリスの声が掛かり、エリフィスとハルが殺意を隠して笑顔でエリスに向き直った。

 

 パタパタと小走りに掛けてくるエリスは大層可愛らしく、エリフィスは頬を緩めて駆け寄ってきたエリスの抱擁を受け入れる。傍らに立つ狂犬が、エリスに見えない様にエリフィスの脚を蹴ってきたが、防御魔術のお陰で全くのノーダメージだった。


「忙しいのではなくて? ああ、また痩せたようだわ。だめよ、エリフィス。ちゃんと食べなくては」


 頬を両手で包まれて、心配そうに顔を覗き込まれたエリフィスは、嬉し気に目を細める。エリスは幼い頃のやせ細ったガリガリのエリフィスの姿を知っているだけに、いつもこうして体調を気遣ってくれる。エリスの姉のような、母のような慈愛の籠った言葉は、エリフィスの心をいつも満たしてくれるのだ。


「きちんと食べていますよ、我が君。最近は、私の部下が食事を取れとやかましいので、しっかりと三食とっています」


 エリスの手に甘える様に頬を擦りつけると、エリスはほっとしたように微笑む。


「そう? エリフィスは研究に夢中になると、すぐに寝食を忘れるから、心配していたのよ。頼もしい部下がいて良かったわ」


「とても優秀な部下なのです。エリス様にも近い内、お目通りを願います」


「そう! 楽しみにしているわね」


 にこにこと、とても近い距離で楽しそうに話すエリスとエリフィスに、ハルはギリギリと嫉妬の炎を燃やしていたが、静かに控えていた。

 

 最近、どうにもエリス相手にいつもの調子が出ない。冷たくあしらわれているのが常だったのに、受け入れられてするりと懐に入られると、どうしていいか分からなくなり、身体が固まってしまう。我に返れば気恥ずかしくて、エリスが直視できなくて困る。


 それなのにエリスは、あの野良魔術師に笑顔を向けて、優しく触れている。エリスにとっては、ハルも野良魔術師も、大して変わらないのかもしれない。

 ハルにとってのエリスは唯一でも、エリスにとっては、お気に入りの宝物の一つでしかないのだ。


「ねえ、ハル? せっかくエリフィスが来てくれたから、ガゼボでお茶がしたいわ。庭園の花が、見ごろでしょう?」


 エリフィスから受け取った花束を抱えて、嬉しそうに微笑むエリス。エリスの願いに、ハルに否やはない。それが心の底から気に喰わない野良魔術師とのお茶会の願いでも。エリスの笑顔が、ハルの生きる理由だ。


 ハルの気も知らないで、エリスが微笑む。

 本当は、他の男となど、会話をするどころか、その可愛い笑顔すら見せてほしくないのに。

 どこかに連れ去ってしまおうか。エリスの全てを独占して、エリスの世界が自分だけになれば。そうすれば、エリスの唯一になれるかもしれない。


 だがそんな事、エリスが望んでいないのは分かり切っている。

 ハルの世界にはエリスだけで構わないが、エリスの世界には沢山の宝物で溢れているのだ。

 エリスの幸せ()を守るのが、ハルの役割だ。そうでなければ、エリスの側にはいられない。分かっている。分かっているのに、それが悲しい。


「仰せのままに」


 とてもエリスには見せられない、ドロドロとした感情を抑え込み。ニコリと微笑んで、ハルは頷いた。


◇◇◇


「御所望の品が出来上がりました」


 手入れの行き届いた庭園で。季節を彩る花々に囲まれ、エリフィスが恭しく、美しく装飾された細長い箱を差しだす。


「もう出来たの? 今日は進捗状況を聞くだけだと思っていたのに」


 エリスが目を輝かせて箱の装飾を解いていく。


「まぁぁ。凄いわ……」


 キラキラした笑顔のエリスにつられ、双子が身を乗り出して箱を覗き込む。

 センスのいい、エリフィスの贈り物だ。どれほど美しい宝石か、この大きさなら扇子だろうか、と、ワクワクしていた双子だったが、箱の中身を見て、思考が止まった。


「ええー……?」


「これが、プレゼント?」


 箱には、鞭が入っていた。見慣れた馬の調教用とは違う、細い皮を細かく編み込んで作られた長鞭。持ち手には美しい飾り紐が付いているが、女性へのプレゼントとしては、かなり異質だ。


 ダフとラブはエリフィスを信じられない思いで見つめる。まさかこれで、エリス様に打ってほしいとか? ウチの兄の変態が、エリフィスに伝染したのだろうか。

 エリフィスは見本にしたくないダメな大人の1人ではあるが、兄よりはマシだと思っていたのに。これではまるで、実の兄(変態)と同じか、それ以上ではないか。知らなかった、変態とは感染するのか。

 

 なんとなく、双子はエリフィスから一歩引いた。変態が感染るのは嫌だ。真っ当な人生を送りたい。

 

 ハルはといえば、鞭を持つエリスに、うっとりと暗い眼をむけている。絶対に良からぬ妄想をしているのだろうと、双子は全力で兄から目を逸らした。未成年者は見てはいけない世界が、兄の中に広がっているようだった。


「色々と試作してみたのですが、やはりエリス様には、剣よりこちらの方が魔力の質的に相性がよろしいかと思います。鞭は剣よりもはるかに軽いですし、長時間扱うなら、こちらの方が負担が少ないかと。魔力を乗せるにしても、エリス様の柔軟な魔力はやはり鞭の方が活かされるかと」


 エリスはエリフィスの説明に頷きながら、鞭に魔力を漲らせてみた。思った以上に魔力の通りが良く、驚いて目が丸くなる。


「まぁ。凄いわ。なんて滑らかに魔力が通るのかしら。材質は何を使ったの? わたくしが作った時は、これ程上手く魔力が行き渡らなかったわ」


「魔獣のたてがみを皮の内部に編み込んでいます。あとは各魔術と相性のいい魔石を砂状に砕いて、皮全体に貼り付けています。分率に苦労しましたが、これで魔力伝達率が格段に跳ね上がっています」


 エリスとエリフィスが話すのを聞いて、ダフとラブはようやく、これは新たな魔道具なのだと思い至った。エリスが命じて開発させたのだろう。

 良かった。エリフィスに変態が感染ったのではなかった。変態はウチの兄だけだったと、ダフとラブは安心した。


「よく考えられているわ。これなら、わたくしも手加減ができるわね!」


 ドーグ・バレの事件で、エリスは反省していた。魔力縄が脆かったせいで、直接魔力を操ることになり、加減も出来ずに犯人をボロボロにしてしまったのだ。辛うじて生きてはいたが、魔力の塊に襲われるという恐怖体験のせいで、犯人の人格がすっかり変わってしまい。事件の背後関係を吐かせるのに大変苦労したと、国王からそれとなく苦情を言われたのだ。無視したが。


 エリスは魔獣の討伐経験は多いが、対人の戦闘経験が少ない。訓練は積んでいるが実戦が少ないので、咄嗟の場合、手加減出来ずに相手を吹っ飛ばしてしまう事が多かった。魔獣相手ならそれで構わないのだが、流石に人間相手だと都合が悪い。情報を取るためには、生かしておかなくてはならないのだから。


「ちょうど、使う予定があったのよ。間にあってくれて嬉しいわ」


 エリスの上機嫌な様子に、ダフとラブはその予定が何なのか思い当たった。

 

 エリスは、試作品の魔道具を使う際は、それはもう念入りに、様々な方向から使い込む。同じ使い方を何十回といった耐用テストも、もちろん行う。

 そうやって、試作品に欠陥はないか、不具合はでないか、確認をするのだ。魔道具は、魔力を扱うだけに、些細な欠陥から魔力暴発を誘発する可能性がある。それを防ぐためにも、必要な作業ではあるのだが。


 滅多にない対人戦で、新しい魔道具のテスト込み。

 魔道具の試作品テストに関しては、一切の妥協のないエリス。

 

 自業自得ではあるが、その対戦相手であろうベルドが、ほんの少しだけ気の毒になるダフとラブだった。



「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」

「平凡な令嬢 エリス・ラースの憂鬱」

の後の作品ですので、先にお読みいただくことを推奨します。

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