4・肯定したい天使、否定したい神官
「アリア様!」
下から聞きなれた声が聞こえてアリアが覗きこめば、予想通りアランがここから一番近い吹き抜け回廊に立ち、こちらを見上げていた。
隣に立つとアリアが見上げなければならないので、少し優越感を感じる。ニコニコと笑って手を振ると、腰に手を当ててため息を吐かれた。
「アランも一緒に日向ぼっこしましょ。気持ちいいわよ」
「しません。……危ないから登らないでほしいと、散々言ってきたはずですが」
「天使の私にそんな事を言うのは世界中で貴方くらいよ」
ペンダントを服の中に戻し、軽く念じればアリアの背中に白い翼が生える。実体はないので重さはないし、服が破けることもない。
軽く飛び降りてアランの胸に飛び込めば、こういう時だけ抱き留めてくれる。すぐに剥がされてしまうが。
「天使のハグを拒むのも世界中できっと貴方だけね」
「天使の前に女性なのですから、少しは恥じらいを持って下さい」
「失礼ね。流石の私も、くしゃみで月を吹き飛ばしたら恥ずかしくなると思うわ」
「そういう意味ではありませんので、絶対に試さないで下さい」
あれは父だから出来るのだが、それを言ってまた祈られるのも気に入らない。
アリアは翼を消し、話を変えた。
「それで、私に何か用があったんでしょう? 授業? それともお説教?」
「……授業のつもりでしたが、変更します」
「変更?」
首を傾げて尋ねれば、アランの視線が逸らされる。
そしてズレてもいない眼鏡に触れながら、続きを口にした。
「──街に下りて、市井の暮らしを観察しましょう」
アリアは目を丸くする。
街に下りることは珍しくない。付き合ってくれるフェローの予定次第だが、アリアは素性を隠して頻繁に街へ下りている。街の中は珍しいもので溢れているし、お金の使い方や物の買い方など、学んだことを実践出来るのも楽しい。
だがアリアがどれだけ誘っても、アランは今まで首を縦には振らなかった。どういう風の吹き回しなのか。
それを自覚しているのか、アランはアリアを見ようとしない。
「──デート?」
「違います」
「変更って言ったじゃない」
「場所を変更すると言ったんです。授業には変わりません」
「じゃあ私と貴方だけで街に下りるのよね?」
授業なら教師と生徒が居なければ成り立たない。そしてアランが誰かに付き添いを頼んだとしても、神殿にいる者は決して縦に首を振らないだろう。アリアの誘いを断ってきた今までの彼のように。
ここで「やっぱり屋内にします」や「やっぱりフェロー枢機卿と行って下さい」などと返されたら、今日のアランの晩御飯を彼の苦手なメニューにしてもらうつもりだったが、アランは口を少し開けたまま否定も肯定も出来ずにいた。
という事は。
「デートだわ!!」
「違います」
言葉通り舞い上がったアリアは、アランの言葉をサラッと聞かなかったことにした。
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一刻後、神殿前には平民の服に着替えたアリアとアランがいた。
アリアは普段下ろしている髪を一つに纏め、大きなスカーフで頭から胸元まで被い、顔には色付きの眼鏡をかけている。神殿には色んな国の参拝者が訪れるので、少し変わった服装をしたところで目立つ事はない。
デートなのでお洒落をしたかったが、天使だとバレたらそれどころではなくなるので、頑張って我慢した。目の前でくるりと回って見せる。
「どうかしら?」
「……上手く特徴を隠せています」
「貴方、本当に貴族だったの? ここは社交辞令でも誉めるところでしょう」
「誉めたら誉めたで”社交辞令はやめて”と怒りますよね?」
「乙女心は複雑なのよ」
それでもアランに誉めてほしくて感想を求めてみたが、結果は予想通り。相変わらず良く回る口である。
しかし今日のアリアは寛大なので許す事にした。ニコニコと笑ってアランの腕に抱きつけば、彼は案の定眉をひそめた。
「……なんの真似ですか」
「街には顔見知りがいるもの。私の恋人として紹介するからには、これくらいしないと」
フェローと一緒に下りる時は「道楽爺とその孫娘」として街の人間と接してきたが、アリアが見知らぬ男性と一緒にいれば、間違いなく関係を聞かれる。そこでぎこちない態度をとって怪しまれるだけならまだいいが、下手をすれば誘拐と疑われて憲兵を呼ばれかねない。
それぐらいアランもフェローから聞いているだろうに、本人はどうにも不満げだ。
「兄妹でも構わないでしょう?」
「あら。私に”お兄ちゃん”なんて呼ばれたいの? そういうのが趣味だったのね」
「違います。失言です。……俺の負けでいいですから忘れて下さい…」
いつもアリアに対して毅然とした態度をとるアランも、自分が誘ってしまった手前、普段の調子が出ないようだ。
アランの素の一人称が「俺」だということも、とっくにアリアは気付いている。
「私の事はアリアって呼んで」
「………」
「今度、フェローの前で呼んであげましょうか?」
「努力します」
きっと忘れられない一日になる。
この時すでにアリアはそう予感していた。




