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閉幕・見つめる私と振り向かせたい貴方

 この世界には、かつて天使がいたらしい。


 その天使達は人間と結ばれると奇跡などをもたらしてくれるようだが、結局誰とも結ばれずに全員が天へと帰った。

 ずっとそう思われてきたのだが、最後の天使が現れてからちょうど百年後、神様から再びお告げがあったらしい。


《私の子は全て大地へと降りた。これからは子がもたらした祝福が、大地を永久に生かすだろう》


 その時は相当な騒ぎになったらしいが、すぐに収まった。本当に天使が帰らずに人間として生きていたとしても、その本人はとっくに死んでいる。今更騒いだところで何の意味もない。

 きっと神様もそれが分かっていたから、百年前ではなく百年後にお告げをしたんだろう。なんとなく、そういう気がした。


 歴史の裏で紡がれた天使の恋は年頃の女性の琴線に触れ、最近ではそれをモチーフにした劇や物語が流行っている。

 それが事実か嘘かはどうでもよく、ただ恋に恋したい女性の玩具にされているのは複雑な心境だ。別に天使なんて好きでも嫌いでもないのに。


 最近は特に、不可解な事ばかりだ。


「わからないわ」


 モデラートの最西部。かつては帝国という大きな国があったようだが、急に力を失って周辺国が国土を分け合った。

 それ故に帝国の文化がまだあちらこちらに残る街の、寂れた劇場。一番後ろの席に「私」はいた。


 不思議そうに首を傾げ、腰までまっすぐ伸びたブラウンの髪を揺らす。瞳もブラウンで、子供の頃は地味だとからかわれた。確かに金ほど派手ではないが、私は不思議と気に入っている。

 腕を組んで今度は反対側に首を傾げる私に、隣の席に座っていた男が声をかけてきた。


「……何が分からないんです?」

「全部」

「ぜんぶ…」


 どことなく唖然としている男を置き去りにし、私は目の前で繰り広げられている光景に釘付けだ。とはいえ興味を引いている、という意味ではない。

 二人の視線の先では演劇が行われていた。演目は百年ほど前に大流行したという大国の皇太子夫妻の馴れ初め話。初めて来た時に聞き流した話によると、彼らが帝国が滅亡する切欠をつくったとかなんとか。

 演劇は既に中盤に入り、侯爵令嬢にすがろうとする当て馬を皇太子が足蹴にしている。


「一応言っておくけど、劇の内容が分からないわけじゃないわ。陳腐なストーリーだし、毎回観に来ているから台詞だって覚えちゃったもの。もうすぐ試験だっていうのに」

「では、何が分からないんです?」

「あら。なぜ貴方に言わなくちゃいけないの? ここのオーナーが言っていたわ。劇場は暗いし人目を気にして抵抗しにくいから、声をかけてくる男は全員痴漢だって」

「……あの人は本当にロクでもない…」


 半年前に会ったそのオーナーは、本当は枢機卿という神殿のとっても偉い人らしい。この劇場の演目は週毎で変わるのだが、この陳腐な演目が始まる度に観に来るアリアの事が気になって声をかけたそうだ。

 今では家族ぐるみのお付き合いをして、時々夕御飯を食べさせてもらっている。オーナーはかなりの年配なのに、奥さんは若くて美人で胸が大きい。おまけに恋愛結婚だというのだから驚きだ。

 昔と違い今は天使に倣って恋愛結婚が主流とはいえ、一体どんな出会い方をしたのだろう。一度聞いてみたことがあるが「彼女が空から落ちてきてくれたんだ」とはぐらかされてしまった。


 劇の中ではモデラートから神殿へと舞台が変わる。

 残されたのは皇太子と皇太子妃ではなく、当て馬の男。


「……俺が前に観たものと違いますね」

「昔の劇と今流行りの劇を組み合わせた二部構成なの。そうじゃなきゃ誰も観たがらないわよ」


 なぜ百年前の劇を取り入れようとしたのかは分からないが、なにか意味があるような気もする。そういう謎めいたところも、この演目の魅力なのかもしれない。

 私はずっと当て馬役の男を見ていた。別にその俳優に興味はないし、日によって違う俳優が演じることもある。それでも、どうしても目が離せない。


 皇太子の怒りを買って身分を失った男は、助けを求めた神殿で十番目の天使と出会う。

 二人は瞬く間に恋に落ちるが、再び皇太子達が立ち塞がるのだ。


「流れが早いですね。劇だから仕方がないとはいえ、横恋慕していた男の心変わりが早すぎて心配になります」

「そんなのはいいのよ、恋愛ものなんだから。私は天使のなよなよした演技が気に入らないわ」


 他の天使の話では戦場を駆け抜けたなんてものもあるのに、なぜ十番目の天使は人畜無害なイメージにされているのだろう。恋愛ものだから仕方ないと分かっているのに、なんだかとてもイライラするのだ。

 そもそも演劇など私の趣味じゃない。暗いし、うるさいし、つまらないし、変な男に絡まれる。こんなところにいるくらいなら、高いところで空を眺めていたいのに。


 それなのに、この演目が始まると観に来てしまう。

 幕が上がって幕が下りるまで、ずっとあの男を目で追ってしまう。

 その間、心の中で知らない私が話しだす。


 ──どうして私を見てくれないの?

 ──「私」はここにいるのに。貴方の隣にいるのは「私」じゃないのに。

 ──貴方だって「貴方」じゃないって、分かっているのに。


 自分でも何を言っているのか分からない。

 自分の不可解な行動も、感覚も、分からなくて、怖い。


 舞台の上では、二人の愛の力によって皇太子達は倒された。

 そして最後のシーンは、白い花畑の中、男が天使に永遠の愛を誓う。

 確か台詞は──


「「俺の心は最期まで、貴方だけのものだ」」


 劇場に響く俳優の男のものとは別の、耳元で囁かれた声に息をのむ。

 なにが欲しいのか分からないと、泣き叫ぶ心臓ごと、掴まれたような衝撃。


 舞台の幕が下り、劇場に明かりが灯る。

 隣を見ると、私と同じくらいの年齢の男の子と目が合った。同じ色のブラウンの髪と瞳。

 その瞳を甘くとろかせながら、彼は笑う。


「迎えに来たよ、アリア」


 観客が出ていくなか、二人はただ見つめ合う。

 人気が完全に無くなってから、ようやく私は口を開いた。


「………遅いわ」

「貴方が今度は同い年がいいと言うからでしょう。十六歳に記憶が戻るとは聞いてましたが、まさか半年ほど俺が年下になるとは予想外でした」

「声が違うわ」

「俺の変声期は遅いんです。貴方こそ、あの俳優に夢中だったようですが」

「貴方が見つかったから、もう来ないわ」

「それならいいんです」


 手と手を伸ばしあって、抱き締め合う。身体の大きさは違うけど、腕の強さも体温も匂いも、何も変わらない。

 ようやく自分の求めていたものが見つかって、私の瞳から次々と涙が溢れた。


 「私」は十番目の天使アリア。

 「貴方」は当て馬令息アラン。


 もう天使でも当て馬令息でもないけれど、私達の舞台はまだまだ続きそうだ。

ここまでお読み頂き、ありがとうございました!

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