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忘れられた天使は元当て馬令息の神官に恋をする  作者: 腓(こむら)


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2/21

開幕・降りた天使と堕ちた令息

 神は告げた。

 

《これより百年に一度、私の子を大地に降ろす。子が心から愛する者と出会い、心から愛された時、子は人となり、愛した者に奇跡を授け、大地に祝福をもたらす》


 神の子──「天使」が初めて大地に降り立った時、当然のように争いが起きた。しかし、長くは続かない。

 天使が天へと帰ったからだ。誰か一人勝ち残ったところで、その手は血で染まっている。そのような者を天使が愛するはずもない。


 百年後。今回はさすがに争いが起こることはなかったが、それでも欲が消えることはない。

 強欲な権力者達に囲われては愛する者を探せるはずもなく、次代の天使もまた天へと帰った。


 それからまた百年。二百年。三百年。

 せめて祝福だけでもと国々は手を取り合い天使の相手を探したが、そう簡単にはいかなかった。

 天使が心から愛する者を見つけたとしても、想いが通じるとは限らない。天使は美しいが、人ではないのだ。常識も価値観も異なる相手を愛する事は難しい。

 初めて天使に選ばれた者への妬みや期待は酷いもので、その結末は火を見るよりも明らかだった。天使は神に頼んで彼を生き返らせると天へ帰った。


 そして四百年。五百年。六百年。七百年。

 祝福も諦めた国々は、大地の中心に神殿という独立機関を作り、天使を押し付けた。

 それ以降も奇跡が起こる気配はなく、人々からも天使への関心は薄れていく。


 神の宣告からまもなく千年。

 十番目の天使が大地に降り立とうとしていた。


ーーーーーーーーーーーー


「アーチェ・レランド! 今日をもってお前との婚約を破棄する!」


 天臨祭──本来なら天使が降りてくる日なのだが、形骸化した今となっては節日という認識である──その日、モデラート王国の王城内で開かれたパーティーにて、突然一人の男が声をあげた。

 彼の名はレジェロ=モッソ=モデラート。モデラート王国の第三王子である。


「貴様は俺の婚約者である事を笠に着て、学園でか弱い女子生徒に苛めを繰り返していたらしいな! そのような者を王族として迎え入れる訳にはいかない! そして俺は君が苛めていた彼女と婚約する!」

「うれしい、レジェロ……!」


 第三王子が肩を抱き、彼にすり寄る少女はモレナ・ボレロ男爵令嬢。平民だったが一年程前に引き取られ、男爵家の養女となった。

 彼らが既に酷く親密な関係であることは、会場内にいる者全員が察していた。とはいえその隙と機会を与えたのは件の婚約者だ。第三王子の言い分が正しければ、の話だが。


 二人と周囲の目が、一人の少女に向けられる。青みがかった金髪と、澄みきった湖のような瞳。百合のような清廉な雰囲気を宿す彼女こそアーチェ・レランド侯爵令嬢──第三王子の婚約者だった者。

 その彼女は突然の事に顔を青ざめ、身体を震わせている。


「わ、私は、何も……っ」

「言い訳をするな! お前の取り巻きが全て白状したぞ!」

「そんな……!」


 友人の裏切りを知らされ、ますます青ざめた彼女は今にも倒れてしまいそうだ。

 しかし会場にいる者達は様子をうかがうだけで、彼女に手を差しのべようとはしない。

 ──彼一人を除いては。


「──余興にしては趣味が悪いな、レジェロ。いつからこの国の天臨祭のパーティーは、お前のお遊戯会になったんだ?」

「グ、グラード皇太子殿下……!」


 震えるアーチェを庇うように現れたのは、グラード=ビレ=アンダンティー。輝く金髪と瞳。眼差しは鋭いが、端正な顔立ち。モデラート王国の西に位置する帝国の次期王位継承者。

 同盟国とはいえ、国力は天と地ほどの差がある。決して対等な関係ではない。実質、グラードがここにいるのも、モデラートの忠誠心を見定めるためだった。

 心細く涙ぐむ、儚い少女の姿を見てしまうまでは。


「この人がグラード皇子!? めちゃくちゃカッコイイ! あたしこの人と婚約する!」

「モレナ!? 俺を愛してると言ったじゃないか!」

「だってレジェロよりグラード様の顔の方が好きなんだもの!」

「はぁ?!」


 勝手に痴話喧嘩を始めた二人に背を向け、グラードはアーチェと向かい合う。

 金の眼と青の眼が交わり、グラードは頬を緩め、アーチェは頬を染める。

 恋に落ちる瞬間を、この場にいるほとんどの人間が目撃した。


「──アーチェ・レランド嬢、愛している。どうか俺と婚約してほしい」


 その場に片膝をつき、グラードは乞うようにアーチェを見上げて手をのばす。

 アーチェは戸惑いながらも、グラードへ手を差し出そうとした。

 しかし、


「お待ちください!」


 二人の手が触れ合う前に、周囲の人混みの中から一人の少年が飛び出してくる。

 ブラウンの色の髪と瞳という、一見地味な容姿の彼の名はアランガルド=モルト=ストレンジェ公爵子息。第三王子の従兄弟であり、アーチェの幼馴染みでもあった。

 ズレてしまった眼鏡をかけ直し、軽く息を整えた彼はグラードへ最敬礼をとる。


「皇太子殿下、どうか発言をお許し下さい」

「……許す」

「レランド侯爵令嬢は婚約破棄されたばかりなのです。どうか一日だけでも、彼女に考える時間を与えては頂けませんか」


 恋に落ち、今まさに結ばれようとしていた二人の前に現れた男。グラードにとっては無粋以外の何ものでもない。

 氷のように冷ややかな視線を向けられるが、アランガルドは冷や汗をかきながらも絶対に目をそらさなかった。

 グラードは立ち上がり、アーチェの手を取る。


「断る。──その間に彼女がまたろくでもない男と婚約されない保証もないしな」

「彼女の王子妃教育はまだ完了していません。しかも他国の、それも帝国の皇太子妃になるのであれば、尚更熟慮すべきです。お二人だけではなく、モデラートと帝国、双方の未来にも関わる──」

「黙れ! 針のむしろにされたアーチェを遠くから眺めるだけで、助けようともしなかった奴が未来だと!? 笑わせるな!」

「っ、それは──」

「そこの馬鹿共々一緒に牢屋へ入れておけ!!」


 言葉に窮したアランガルドを見逃すグラードではない。

 すぐさま同行してきた自国の近衛兵を呼びつけ、痴話喧嘩を今だ続ける第三王子と男爵令嬢と共に、アランガルドを拘束した。


「離せ! 俺は王子だぞ!!」

「痛い痛い! 離してってば!」

「行こう、アーチェ。こんなところより、もっと素敵な場所で仕切り直そう」

「アーチェ!」


 グラードにエスコートされて会場を出ようとするアーチェを、アランガルドは必死に呼びとめようとする。

 なりふり構わないその声には、ずっと秘めていた彼女への想いが滲み出ていた。


「考え直すんだ、アーチェ! 皇太子妃は君には荷が重すぎる! 帝国には君の親類も友人もいないだろう?!」

「俺がいるさ。俺が君を守るよ、アーチェ」

「……ありがとう、グラード様。──さようなら、アランガルド」


 天臨祭のパーティーから一週間後。

 第三王子とレランド侯爵令嬢の婚約破棄と同時に、帝国の皇太子とレランド侯爵令嬢の婚約が発表された。

 そして、モデラートの品位を著しく落としたとして第三王子とストレンジェ公爵子息の廃嫡、男爵令嬢の国外追放も明かされる。ストレンジェ公爵子息の廃嫡に関して反発する声は多かったが、帝国の圧力に屈した王によって黙殺された。


 それからほどなく皇太子とレランド侯爵令嬢は結ばれ、その結婚式は歴代でも類をみないほど盛大なものとなり、二人は大地中から注目されることとなる。

 同時期に二人の馴れ初めを元に作られた演劇は、とある後援者の力添えもあり、モデラートと帝国だけではなく各国でも話題となった。


 冤罪で婚約破棄を言い渡されたヒロインと、大衆の中から彼女を救いだしたヒーロー。そしてみっともなくヒロインにすがり、ヒーローに叱責を受けた当て馬令息。

 興味本意で廃嫡された彼の行方を追う者は少なくなかったが、誰も見つけること出来ず、流行が変われば皆すぐに忘れていった。


 「天使」と、同じように。

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