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14・神官と天使と義兄

「さて、これで本題に入れますな」


 アラン達はフェローの部屋に戻ってきていた。

 アリアに触れていたいあまり、ここまで抱き上げてきてしまったが、流石に真面目な話なので渋々離れる。それでも身体がピッタリとくっついてしまうのは仕方ない。

 フェローが淹れてくれた紅茶を飲んで、息を吐く。戦場から帰ってきたような心地だった。


「先程おっしゃっていた通り、アリア様はまだ人間ではありません。貴方様が愛を自覚されただけの、中途半端な状況なのです」

「両思いになったのに?」

「通過儀礼が必要なのです。要は、結婚式ですな」

「結婚式…!」


 嬉しそうに顔を綻ばせるアリアは可愛い。新婦のドレスを着たアリアはさぞ美しいだろう。それはとても楽しみではある。

 つい現実逃避をしてしまったが、元貴族のアランはよく知っているのだ。結婚式というのは、今日明日で行えるようなものではないことを。


「……式は、いつ?」

「来年の天臨祭だ。まあ、ほぼ一年後だね」

「それまで彼女にこの中途半端な姿でいろと?」

「そういう決まりなんだ。諦めなさい」


 まったく引く様子のないフェローに、アランは肩を落とす。

 隣にいたアリアが不思議そうに顔を覗きこんでくる。


「アランはこの色、気に入らない?」

「とんでもない。俺の地味な色よりお似合いですよ」

「私はアランの色の方がずっと好きよ。……あら? じゃあ本当は何色になるの?」

「想いが通じた相手と同じ色に染まる……そうですよね? フェロー枢機卿」


 そんな話を聞いていなければ、こんな絶望を味わうこともなかっただろうに。

 恨めしげにフェローを睨む。彼は愉快そうに頷くと、実に美味しそうに紅茶を飲んだ。


「そうなのね、確かにそう聞くと嫌になってきたわ。あの皇太子と同じ色だもの」

「ははは、ちなみに私ともお揃いですよ。もう見る影もありませんが」

「……なんでよりにもよって金なんだ……」


 金髪金瞳はこの大陸の王族に多い。となれば当然貴族にもいる。アリアの気持ちが自分に向けられていると分かっているが、あまり気分のいいものではない。

 ただでさえ今のアリアは可愛いのだ。前も可愛かったが、今はもっと可愛い。天使の髪の色が変わるなど、ほとんど知る者はいないだろうが、それを知って勘違いする者も出てくるのではないだろうか。それを思うと頭が痛い。

 こめかみを揉んで、ふとアランは気付く。先程の思考の中に矛盾が存在している事に。


「…貴方は何者なんですか、フェロー枢機卿。彼女さえ知らない天使の秘密を、なぜ当然のように知っているんです?」


 アリアと結ばれ、人生史上一番舞い上がっている自覚があるだけに気付かなかったが、歴史上天使が人間と結ばれたのは今回が初めてのはずだ。それなのにフェローはあまりにも落ち着いている。

 前々からおかしいとは思っていた。忘れられたはずなのに、山の上の神殿に訪れる大勢の信徒と、様々な国から届くお布施や貢ぎ物。フェローが各地にある教会から各国の弱味を握って脅迫しているのかと思っていたが、それでは信徒と矛盾の説明がつかない。


 フェローがアリアの父であれば、一人で泣かせる真似をさせるはずがない。となれば可能性はあと一つ。

 真相に辿り着いたアランに、フェローは笑みを浮かべて一礼した。


「改めて自己紹介をさせてもらおう。私の名前はフェロー・エンジェ。──五番目の天使フィーネの配偶者だ」

「五番目……天使の願いで生き返ったという」

「実際は政権争いに巻き込まれて殺されたんだが、()()君が温情をかけて下さってね。奇跡を前借りさせてもらい、私は不死となった。フィーネと結ばれ家庭を築き、彼女が眠りについた後、義父君への恩を返すために神殿という独立機関を設けたんだ。これから下りてくるフィーネの妹君を守るためにね」


 フェローの言葉は全てアランに向けられている。アリアは大地に下りてきた時点で既に教えられていたのだろう。

 彼女に視線を向ければ、肯定するように微笑んだ。可愛い。


「やっとお義兄さまと呼べるのね、嬉しいわ」

「ははは、こちらこそ天にも昇る気持ちでございます。君も呼んでくれて構わないよ、アラン」

「………少し時間を下さい」


 つまりアリアはフェローにとって義理の妹。あの溺愛ぶりも過保護な態度も納得がいく。

 アリアもフェローに心を許していたものの、泣くときはいつも一人だった。フェローの傍にいない姉に気遣ったからか、姉を思い出してしまうからか、その両方だったのかもしれない。

 フェローもそれを察して、雨が待つのをただ待つことしか出来なかったのだろう。彼の気持ちを思えば、何も分かっていなかったかつての自分に腹立たしさすら覚えた。

 それを飲み込むように、再び紅茶へと口をつける。


「……話を戻しますが、天使の歴史はどこまでが事実なんですか? 貴方が結ばれたのなら、大地に降りたアリアの姉君達も人間と結ばれているという事になりますが」

「私の代まではほぼ事実だよ、結末を除いてね。一番目のジョア様は群がる男共をその拳で叩きのめし、戦場で出会った好敵手と意気投合をして国を作り、二番目のインマ様は群がる権力者をその弁舌で蹴散らし、平和を願う小国の王と共に大国と渡り合った」

「……そういう話ではなかったと思いますが」

「捏造の始まりは、天使に歯牙にもかけられなかった恥辱からだろう。天使が天に帰ったと書けば、次の世代への面子が保てると思った。天使を得た側もそれを利用して追随した。次代の天使のために」


 初代や次代の天使は見事にあしらい愛する人と結ばれたようだが、全ての天使がそう上手くいくはずもない。現にフェローは殺されている。

 天使はただ愛する人を探し、大地で暮らすために天から降りる。人間のためではないのだから、崇められるより忘れられた方が都合がいい。


「そもそも義父君が最初にあんなお告げをせず、こっそり天へ降ろせばよかったのでは?」

「建前が必要なのですって。天罰で怪我をさせたり殺すことになっても、そう言っておけば正当防衛になるからって」

「………なるほど」


 どうしようもない時は助けるつもりだが、それで彼女達が悪者になることを避けるための建前ということか。神というより、本当にただの父親である。

 フェローもアリアも神官達も「父」と呼ぶのでアランもそれに則っていたが、まさか本当に「義父」と呼ぶことになるとは思いもしなかった。

 そう考えて、アランはまた気付く。


「もしかして神官は天使の末裔ですか?」

「その通り。末端の教会では君と同様に人間も受け入れているが、神殿にいる神官は全員天使の血を引いている。訪れる信徒もそうだ」

「俺を神殿に呼んだ時点で、彼女に選ばれると分かっていたんですか?」

「まあね。人間から天使への興味が薄れた所まではよかったが、肝心の配偶者を見つけることが難航してね。さすがに妹君を連れて大地を巡る訳にもいかない。今までの記録を見返してみると、選ばれた人間に共通点がある事に気付いたんだ」

「共通点?」


 アランの問いにフェローは頷き、空になったカップをテーブルに置いた。


「一つ、王族に連なる血筋で、それに見合う能力があること。二つ、天臨祭の日に公の場で不幸に見舞われていること」

「……それなら二年前には見当がついていたんですね」

「君が自分から教会に来てくれたから大分手間が省けたよ。とはいえ不幸の内容が内容なだけに、君を一年間見定めさせてもらったがね」

「いえ、当然の事だと思います」


 モデラートの教会で過ごした一年がなければ、アリアに選ばれた時に酷く取り乱していただろう。もしかしたら酷い言葉をぶつけていたかもしれない。そう思えば必要な時間だったのだ。

 とはいえ、あと一年待たなくてはならないのは全く別の話だが。アランはカップをテーブルに置き、フェローに満面の笑みを浮かべた。


「一つ、お聞きしたい事があります。フェロー義兄上」

「………なにかな?」

「貴方は堪えられたんですか? 一年、この状態で」

「…………」


 フェローは黙秘した。つまり、そういう事である。

 アランはアリアに目配せをした。少し複雑だが、流石に今回ばかりは手段を選べない。

 意図を察してくれたアリアは顔の前で手を組んで、首を傾げた。可愛い。


「お願い、フェローお義兄さま。私、一年も堪えられないわ」

「それでは仕方ありませんな」

「……手のひらを返すのが早すぎませんか?」

「最初はもう少し抵抗したんだけどね。まあ、これで四回目だから」

「ああ……」


 つまりはフェロー含め、五番目以降の配偶者は堪えられなかったという事だ。この有り様では四番目以前の配偶者も似たようなものかもしれない。

 とはいえ全員が全員、アランと同じ理由とは限らないのではないだろうか。アランもフェローから聞かされなければ一年くらい堪えられたはずだ。

 天使が人間になるには結婚式を行わなければならないが、抜け道があり、一年間堪えることが難しい。そこまで辿り着いてしまうと、もはや答えは一つしかない。


「──重要なのは結婚式ではなく、その夜に行われることですね?」

「まあ……そういうことだね」

「分かりました。ありがとうございます」

「アラン?」


 アリアを抱き上げて立ち上がる。彼女がアランの願いを叶えてくれるかは分からないが、まずは話し合うためにも二人きりになりたい。

 軽く頭を下げて部屋を出ようとするアランを、フェローが呼び止める。


「アリア様が人間になった瞬間、君には奇跡が与えられる。君は一体、何を望む?」


 欲がない訳ではない。アリアを守れる力が欲しいし、アリアの望みを叶える富や権力も欲しい。アリアが可愛すぎるあまり、いつか爆発してしまいそうな心臓だって強化してほしい。

 しかしそれはアランが努力して手に入れるもので、楽をして得るものではない。

 それに。


「何も要りません。俺の望んだ”奇跡”は、ここにあります」

「──それでこそ配偶者だ、アラン」


 笑顔のフェローに見送られ、アランは自分の部屋へと向かう。

 状況をまだ飲み込めていないアリアを連れて。


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