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12・神官と天使は手を繋ぐ(前編)

「失礼します」


 アランはどうにか理性を総動員し、アリアと共に皇太子達のいる部屋へと向かった。

 扉をノックして、返事を待たずに入る。貴族としては無作法だが、あの男を敬うつもりは欠片もない。


 部屋に入れば窓際のソファーに皇太子と皇太子妃、扉側のソファーにフェローが座っていた。

 皇太子は頭でも打ったのか氷嚢を持っていたが、アランを見ると放り捨ててソファーから立ち上がる。


「貴様ッ! そうか、全てお前の企てだったのか!!」

「グラード! 違うの、これは…っ」

「俺が何も知らないと思っていたのか!? 君がこの男に会おうとしていた事は分かっているんだ!!」


 激昂した皇太子をなぜか皇太子妃が諌めようとするが、完全に逆効果だ。

 皇太子がアランに近付こうとしたが、フェローが自然な動きで彼の両肩を掴んでソファーへと戻す。


「いけません、皇太子。そう頭に上らせると傷に障ります。──それともまた増やされたいのですかな?」

「……ッ!」


 最後の方はここからでは聞こえなかったが、読唇術である程度の状況は察した。大方、アリアを中傷されて激昂したフェローが皇太子を昏倒させたのだろう。

 お陰で皇太子は顔を青ざめて大人しくなった。何も気付かない皇太子妃は不思議な顔をするだけだ。


 今の内に本題に入ってしまおうと、扉側のソファーにフェロー・アリア・アランの並びで座る。その間もずっとアランとアリアの手は繋がれている。

 天使の代わりに現れたシスターと、その彼女と手を繋ぐアラン。皇太子達が疑問に思ったタイミングで、口を開く。


「彼女は私の婚約者です。あまり関わらせたくはなかったのですが、皇太子にあらぬ誤解をされては困るので、紹介させて頂きました」

「婚約者…? うそ…」

「だがお前はアーチェが好きだったはずだ! だから未練がましく会いに来たんだろう!?」


 皇太子妃はなにかショックを受けているようだが、その呟きは皇太子の声でかき消された。

 まさか未だに未練があると思われていたのだろうか。確かにアリアと出会わなければそうだったかもしれないが、幼馴染みなのだから少しは安堵するなり喜んでほしかった。

 少し悲しくなったアランを慰めるように、繋いだ手をアリアが指で撫でてくれる。


「皇太子妃に会おうとしたのは、ストレンジェ公爵家へ執拗に送られてくる手紙を止めてもらいたかったからです。皇太子、あなたが皇太子妃の手紙を盗み見て、ストレンジェ公爵家からの返信を握り潰さなければ、二度と会うつもりはありませんでした」

「グラード!? 酷い…っ、そんな事をしていたなんて!」

「ッ酷いのはアーチェだろう!? どうして今更、君を想っていた男に会おうとするんだ! 今が大事な時期なのは分かっているだろう!?」

「だからじゃないッ!!」


 皇太子に負けぬ声で、皇太子妃は喚く。

 大人しそうな外見をしているが、彼女の内面とは一致しない。彼女は自分がそう思われやすいと自覚しているからこそ、大人しいフリをしているだけにすぎない。その方が大人には都合がいいから。実に貴族令嬢らしい思考だ。

 それは決して悪い事ではないし、彼女のような者など貴族には腐るほどいる。例え第三王子に婚約破棄され、アランと婚約できなかったとしても、王家が紹介した相手と結婚して普通の幸せを得られたはずだった。

 それなのに。


「みんな、みんな、私が皇妃に相応しくないって言うのよ!? たった一人で嫁いできて、こんなに努力してるのに、誰も私を認めてくれないッ!!」

「あ、アーチェ……?」

「グラードにだって何度も相談したのにッ! ”大丈夫”、”俺が守る”、それしか言わない! だからアランガルドに訊くしかなかったんじゃないッ!!」

「………」

「ねぇ、アランガルド。あの日、貴方だけが私を引き留めた。こうなる事が分かっていたんでしょう? 教えて……どうしたら皇妃として認めてもらえるの?」


 すがるような目がアランへ向けられる。そうされると断りきれなかった過去の事を思い出す。

 繋いだ手が微かに引かれたので、安心させるように強く握り返す。過去は所詮、過去でしかない。


「──ハッキリ申し上げます。皇太子妃、あなたは皇妃の器ではない」

「!!」

「貴様ァ…! アーチェを愚弄するつもりか!」


 胸ぐらを掴まれそうになったので、片手で手首を捻って振り払う。元公爵子息であった以上、護身術は当然として剣術も習っていたし、剣術だけでは神殿では意味がないとフェローから武術も教わっている。神殿で帯刀を許していない以上、殴り合いになってもアランが勝つだろう。

 正直「先に愚弄したのはどっちだ」と、どさくさに一発殴ってやりたかったが、後々の事を考えれば無傷で返した方がいいと諦めた。大人しく人の話を聞いて反省してくれれば、これから惨めな生活を送らずに済んだだろうに。


「残念ですが、事実です。あの日、私は言ったはずです。”彼女はまだ王子妃教育を終えていない”と」

「だがアーチェは帝国で皇太子妃教育を受け直したし、皇妃教育も完璧に身に付けた!」

「そういう意味で言った訳ではありません。あなたが一番知っているはずだ。帝国の同盟国は、必ず王族教育の最後にハニートラップの試験を受けるという事を」

「……俺があの場に割り込んだせいで、アーチェが弁明の機会を失ったから? たったそれだけで!?」

「いいえ。それだけではないからです」


 自分でそこまで気付いていたのかと感心したが、フェローが首を振っていたのでアリアが教えてあげたようだ。皇太子として優秀と聞いてはいたが、ここまで視野が狭いとそれすらも疑わしい。

 二年も一緒にいて、この男は自分の妻の何を見てきたのだろう。見ようとさえしていれば、彼女が皇妃になれない理由に気付けたはずだ。


「皇太子妃は、周りから良く思わたいがために自分を偽る癖があります。要は、被害者面をするだけで自分からは行動しません。それ故、婚約者に蔑ろにされ続けても婚約を解消せず、ハニートラップにかかった婚約者を放置し、その試験官である女性徒が自分の取り巻きに苛められても止めなかった」


 かつてアランは何度もアーチェに婚約を解消するように言ったが、彼女は何もしなかった。

 今思えば婚約者に蔑ろにされて、他の者からちやほやされる事が心地よかったのだろう。それで味をしめてしまった。


 第三王子に平民上がりの女性徒がすり寄り始めた時も、その女性徒が苛められるようになった時も、アランはアーチェに忠告した。しかし、結局彼女は何もしなかった。

 元々、相手は好きでもない婚約者。取り巻きが勝手に暴走しているが、彼女が指示した訳でもない。下手に介入して第三王子の反感を買うより、何もせず被害者のままでいる事を選んだ。

 仮に冤罪で断罪されても、第三王子以外の王族はマトモなので自分の無実はすぐに証明される。公の場で辱しめられて名に傷が付けば、それだけ王族に借りが作れると踏んだ。


 しかし彼女は何も分かっていない。

 いくら蔑ろにされていても、彼女は「王族」の婚約者だ。


 今回は試験だったが、帝国の間者が第三王子に取り入ったのは紛れもない事実だ。モデラートの王族は優秀なので第三王子にロクな情報は与えてないだろうが、それでも何らかの情報は帝国に流れたに違いない。

 それなのに彼女は自己保身だけを考え、第三王子を見捨て、帝国に情報が流れる事までは気が回らず、結果的に黙認した。


「そんな彼女が帝国の皇妃になどなれると思いますか? むしろ一度失敗している帝国だからこそ、絶対に彼女を皇妃には選ばない」


 淡々と説明し終えると、皇太子と皇太子妃の顔色がハッキリと分かれていた。皇太子は絶望によって青色に、皇太子妃は怒りによって真っ赤に。

 流石に皇太子も恋の熱から冷め始めてきているようだが、皇太子妃はただただアランに憤慨しているように見える。


「そ…んな話は聞いていない。彼女を娶る時にお前もモデラートも何も言わなかったじゃないか!」

「あの公の場で更に彼女を貶めろと? 話す場を設けようとしたのに、それを断ったのはあなたです。それにモデラートが言わずとも、帝国は既に知っていたはずです。彼女は試験対象者の婚約者だったのですから」


 とはいえ試験を受けるのはあくまで王族だ。その婚約者に試験の成り行きを任せるか否かは、強制ではないため国によって異なる。モデラートは前者だった。

 自国でハニートラップを受け、婚約者がいなかった皇太子はそれを知らなかった。だから第三王子だけが試験を受けており、アーチェはそれに巻き込まれた被害者だと思い込んだ。

 帝国が押し付けた因習のせいで皇太子が彼女を持ち帰ってくるとは、かつての皇帝も予想しなかったに違いない。


「ッ帝国が知っていたなら、尚更アーチェと結婚する事を許すはずがない! お前が言っている事はデタラメだ!」

「皇帝陛下は父として、愛するあなたの初恋を叶えてあげたかったんでしょう。そして二年の猶予と、挽回の機会を与えた。あなたが彼女の悪癖に気付き、正せるか。愛だけではどうにもならない現実を知り、帝国のために何を選ぶか」

「………俺は……見限られたのか」


 もはや皇太子は茫然自失だ。自分がどれほど期待され、愛されてきたのか自覚があるのだろう。

 親から注がれた最後の愛情に気付かず、初恋に浮かれてアーチェの本性に目を向けず、自分達の話を劇にして大陸中に知らしめた。──陰で帝国が嗤われていることも分からないまま。


 とばっちりを受けたアランから見れば、皇帝もとんだ親バカだ。二年の猶予など、帝国が大国だったからこそ出来たことだ。モデラートだったら次の日には見限っている。

 愛情が深い浅いの話ではない。国の中枢に無能がいると知られれば、それは大きな弱点になる。その無能が権力を持っていれば尚の事。


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