11・神官と天使は花が咲く
神殿の上で金色の髪と瞳をしたアリアを見て、目の前が暗くなった。
また奪われるのか。よりにもよってあの男に。
絶望で硬直したアランは、アリアが転落しそうになってようやく手を伸ばせた。
思わず抱き締めてしまったが、手放すことはどうしても出来なくて。
いや──絶対に渡さない。あの男にも、誰にも。
アリアが誰に恋をしようと、最初に選ばれたのはアランだ。
あの演劇のように、みっともなく縋りついてでも、彼女の傍から絶対に離れてなどやらない。
アランはもう知っている。強引に得られずとも、心は変えられるという事を。
奪われたのなら、奪え返せばいいのだ。どんな手を使っても、どれほどの時間をかけてでも。
彼女の心だけは、絶対に、諦めない。
『お願い──アリアのものになって!』
覚悟を決めたアランが得たのは、神すら得られぬこの世の至宝。
その瞬間、アランは世界で一番幸福な男になったのだ。
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しかし、アランは知らなかった。
両手に収まりきれない幸福は、人一人など容易く殺せる事を。
「アラン、もっと」
「……あと一回だと言ったじゃないですか」
「そうだったかしら?」
現に今、アランの精神は満身創痍だ。視界も眩むし胸も苦しい。
彼女を置いて逝く訳にはいかないというのに。
「……これで今は我慢して下さい。これ以上は、俺が止まらなくなるので」
「ふふ、そうね。これからはいっぱい出来るもの。このくらいで許してあげるわ」
そう言ってふわりと笑うアリアは、おそろしく可愛い。人形めいた、人と一線を引いた無機質な印象は影も形もない。
髪と瞳の色が変わったせいもあるだろうが、きっとたった一人で大地に降りてから、アリアが無意識に張り詰めていたものが無くなったのだろう。海を越えた鳥が新たな地で巣を見つけたように、アリアはアランという心許せる相手を得た。
それだけでもアランには致命傷だというのに、家族に散々甘やかされたらしいアリアは当然のようにアランへ甘えてくるのだ。貴族子女ではないので、自分から触れることも躊躇わない。
浴場の一件は、理性より先に心臓が破裂するのではないかと気が気じゃなかった。流石にああいう機会は暫くやってこないと思いたいが、相手はあのアリアである。油断は出来ない。
さすがに人目があるところでキスをするつもりはないようだが、なければ先程のように求めてくる。皇太子達の所へ向かう前に衣装部屋へ立ち寄ったのは別の目的があったからだが、アリアにねだられると拒めない。アリアの望みを叶えることがアランの望みであり、本心ではアランもアリアを求めているからだ。
このままアリアと二人きりでいたい衝動をどうにか抑え込み、アランは少しズレた眼鏡を定位置へ戻す。
そして衣装部屋で見つけた、シスター用の頭巾と度が入っていない眼鏡をアリアへ渡した。色が変わってしまった彼女が天使だと気付かれると後々面倒なことになる。そのための変装だ。
「正直、あの男の前に連れて行くのは気が進みませんが……俺が過去と決別する所を貴方に見届けてほしい」
アランはずっと自分が嫌いだった。
特筆した才能もなく、兄や姉のような人を惹き付ける魅力もない。
常に誰かを優先しようとするのも、本当は自分を愛してほしかったから。打算的な自分は誰にも好かれるはずがないと、ずっと自分を蔑ろにしてきた。
しかし、アリアはこんな自分を選び、望んでくれた。だからこそ、アランは変わらなければならない。
アランの言葉に、アリアは慈しむような笑みを向けた。
「当然よ。これからもずっと一緒にいるんだもの。絶対に私を一人にしないで」
「はい、貴方と貴方の父君に誓い──たいところですが、時と場所と状況によります」
「もう一緒にお風呂に入った仲じゃない」
「あれは緊急事態だったからです」
「緊急事態ならいいのね?」
「……からかわないでくれ、アリア」
「ふふふっ」
笑いながら抱きついてくるアリアを抱き返す。可愛い。本当に可愛い。こんな彼女を大地へ送った神に、感謝を通り越して同情すらしてしまう。
見上げてくる甘い瞳に誘われるように顔を寄せ、アリアも嬉しそうにアランの首に腕をまわす。
「最後だって言ったのはアランよ」
「あと一回だけだから」
「仕方のないひと」
結ばれてからまだ一時間も経っていないのだ。
多少の嘘くらい、つきたくもなる。




