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100年後の賢者たち(旧題・賢者の遺伝書録)  作者: 松浦
失われた書と守護の国

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過去に起きた出来事


 ジルヴァラとティウが最初に出会ったのは、ミズガル国からさらに北にある、通称死の山とも呼ばれているフニット山という場所だった。


 ミズガル国の水源にもなっているこの山には、昔から精霊フェンリルの伝説があった。

 だがこの山は一年中雪に覆われており、斜面も大変険しい。

 魔物も多く生息しており、一度入ったら帰って来れないなどと言われていて、地元の者達も近寄らない。


 ただ、その山の奥には知恵を授けてくれる精霊がいる泉があるという噂があった。


 通称、知恵の泉と呼ばれていたその泉には、魔力と世界の叡智が詰まっており、賢者の石の材料の一つではないかという憶測が飛び交っていた。

 その噂を信じて、無謀にもその泉を目指して山に入ってくるよそ者があとを絶たなかったそうだ。

 


 ジルヴァラの母であるフェンリルは、その山にある一つの洞穴を根城にしていた。

 しかし洞穴の近くにある沼地にいつの間にか大蛇が住み着き、運悪く生まれたばかりの子供がいる最中に襲われてしまった。


 その時のジルヴァラは生まれたばかりでとても小さく、一緒に生まれた姉と兄も含め、みな身体が冷えて弱り切っていたそうだ。

 子供を温めてやりたいのに大蛇の攻撃に阻まれてそれも叶わない。なんとか子供達を守りながら、母親のフェンリルは必死になって戦っていた。


 しかし、母親も出産して間もなくだったため、元から体力を消耗している。

 さらに弱っていた子供達の体温は下がっていく一方。

 油断を許さない中、たまたま通りかかったティウに助けられたらしい。


「そんな俺達を助けてくれたのが、ティウ達だったんだ。ティウは人族の仲間達を連れて、周囲を荒らしていた大蛇を倒すために沼地に来たと言っていた」


「人族の仲間……?」


 まったく記憶に無い。そもそもこの家から出た記憶すらないのに、一体何が起きていたのだろうか。

自分の事のはずなのに現実味など無く、どこかおとぎ話を聞いているようだった。


「母さんと俺達を結界で助けて、他の仲間が戦っている間に癒やしてくれた。その時に俺が人間の匂いがしないティウに懐いたのを覚えている。母さんとティウの仲間の反対を押し切ってくっついて行ったんだ」


 ティウの結界魔法に欠点があるとすれば、自分自身は通過できるのに、自身の魔法が結界に弾かれてしまうことだった。


 結界内に相手と一緒にいるならば、回復魔法を使う事ができる。仲間達が戦っている間に、ティウは援護や後方支援などをしていたのかもしれない。


(私はお母さん達と違って攻撃魔法が得意じゃないから、そういう立ち位置で人族の仲間と一緒にいたのかな……?)


「そっか。私、精霊の血が濃いみたいだから、きっと同族だと思ったんだね」


「……まあな」


 恐らく、助けられた時にティウに対して一種の刷り込みのような現象が起きてしまったのだろう。



 フェンリルは精霊科に属している。ジルヴァラが長寿のフェンリルだったからこそ、ティウの目覚めを百年も健気に待ち続けることができたのだ。


 その時にティウと一緒にいたという人族の仲間達の存在が気になったが、百年も経っているならばもう亡くなっているだろう。だからノアが蒸し返すこともないと言ったのだ。

ティウが思い出して悲しまないようにという配慮なのだと気付いた。


「その時のティウの仲間達は、ミズガル国ではそれなりに有名な顔ぶれだったと記憶しているよ」


 ノアの言葉に、ティウは首を捻る。


「ミズガル国で有名……? 待って、そもそもどうしてそんな国に私がいたの?」


 ミズガル国はこの家からだいぶ距離が離れていたと記憶している。ティウがそんな所に行くような用事があったようにも思えない。

 説明されても何もかもが納得できなかった。そんな気持ちが顔に出ていたらしい。怪訝な顔をしていたティウに、ノアがしゅんと肩を落とした。


「それは私が悪いんだよ。あの時、ティウにお使いを頼んでしまったんだ」


 ノアが悲しそうに言った。ティウが眠ってしまった原因は自分にあるのだとずっと自分を責めてきたのだろう。



 百年前のミズガル国は、王位争いの真っ只中だった。実はティウと行動を共にしていたという人族の仲間達の一人はミズガル国の第三王子で、王位を狙う異母兄弟達から命を狙われ続けていたそうだ。


 この王子を守って欲しいと、ミズガルの王が秘密裏にノアに魔道具の開発を頼んでいたのがきっかけだった。


「結界魔法を施した魔道具をティウに届けてもらったんだ。結界魔法の説明は、やっぱりティウが適任だと思ったし。それに秘密裏の依頼だったから、商業ギルドも通せなくて……」


「もしかしてそのまま巻き込まれたって流れ?」


「そうみたいなんだ。変装させてたのに、回復魔法が使えるからってよりにもよってティウを紛争に巻き込むなんて!」


 その時のことを思い出したノアが、「うがあああ~~」と叫びながら頭を抱えた。その隣でジルヴァラも溜息を吐いて言う。


「ティウは襲われていた王子をたまたま助けたと言っていた。そこから一緒に行動していたようだ」


「有名ってそういう事……。でもそれはもう私のせいだわ。心配をかけてごめんね」


 目の前で人が襲われていたら、きっと今でも助けてしまうだろう。恐らく昔の自分もそんな場面に遭遇して、放っておけなかったに違いない。


「そのまま巻き込まれて……色々あってミズガルの王都に魔物が押し寄せてきたから巨大な結界を張って倒れたって感じだった」


「待って待って、端折り過ぎじゃない!?」


 王都全体にまで結界を張るなんて正気の沙汰じゃない。王都一つ覆うほどの規模の結界なんて、当時十六歳のティウの魔力だって足りるはずがなかった。

 その原因が一番知りたい部分なのに、端折られてしまったティウは慌てた。


「そもそも、どうして魔物が押し寄せてきたの?」


「俺もその時は小さかったからな……なんでだっけ?」


 うーんと首を捻っているジルヴァラの疑問の答えを知っていたのはノアだった。


「王の椅子を狙っていたミズガル王家の長男が、将来有望だった三男坊を殺すために魔物を引き寄せる魔道具を使ったんだよ。それがね、下手こいて王都で使っちゃって、魔物が大量に王都に引き寄せられたんだ」


「うわあ……」


 その後の展開が手に取るように分かって思わず頭を抱えた。賢者の一族としてバレてしまう恐れがあったとしても、それでもティウは放っておけなかったのだろう。


 どんなに魔力の多い種族の血を引いていようとも、王都全体を覆い、魔物から守れるような強度を持つ結界など作れるはずがない。

 無理にそんなことをしてしまえば、術者自身の命だって危なかった。


(え、まさか私……自分の魔力だけじゃ足りなかったから、遺伝書録の魔力まで使ったの……?)


 記憶を代償にするほどに、その国を守りたかったのだろうか?


「あ……結界を張ったはいいけど、その後はどうなったの?」


 ティウは攻撃魔法は得意ではない。そちらはゾンとサミエの得意分野だ。守るだけではただ膠着状態が続くだけだろう。


「ティウが倒れたって聞いて、私達が黙ってると思うの?」


 ニコッと良い笑顔を向けるノアに、ティウは思わず天を仰いだ。


「あれは凄かったぞ。今でも覚えている」


 ジルヴァラも当時の事を思い出したのか、誇らしげに言いながら鼻息を荒くしていた。

 希少種の一族総出で魔物を出迎え、格の違いをこれでもかと見せつけたようだ。

 案の定、こちらも伝説となって語り継がれているらしい。


「あーー……まあ、何となく記憶を失った経緯は分かった気がする」


 箱入りだったティウがお使いに行ったまま帰ってこないとなれば、尚のこと家族に心配されたのだろう。


 さらにその行き先が内部紛争まっただ中なら、一族総出でティウを迎えに行った事も頷ける。

 その時にゾン達も賢者の一族だとバレなかったのだろうかと恐る恐るノアに聞いてみると、新たに「賢者の一族」だと周知されたのはティウだけだった。


(お母さん達はじーちゃんの仲間達って思われたのかな……?)


 曾祖父ゾン、祖父ノア、母サミエの顔は、実は似ていない。種族が違うと見た目で判断できるほどかけ離れているので、親族だと思われなかったのだろう。


 しかしノアとティウは、エルフ族特有の耳が尖っているという特徴があったために、すんなりと親族だと受け入れられたらしい。



 これらが百年前とも聞いて少し落ち着いたティウは、次は現在の問題に直面する。


 正直記憶が無いし実感もない。百年前の事を言われても自分の事とも思えない。

 今のティウの問題が何かと言われれば、ただ一つしかなかった。


「仕方なかったとはいえ、記憶が無いのは堪えるなぁ……」


 代償に三年分も丸ごと記憶が持って行かれるなんて、昔の自分は想像すらしていなかっただろう。いや、今だってできていない。


 隣にいたノアもうんうんと頷く。一族が何より誇っているのは魔力の強さなどではなく、その記憶力なのだ。

「忘れた」とか「覚えていない」という言葉が、何より嫌いな一族と言っても過言ではない。


 逆に興味がある言葉があるとすれば、「知らない」だ。

 これは大変興味をそそる言葉であり、知らない事があろうものなら食いついた一族に根掘り葉掘りその知識を暴かれる。


 ティウの得意分野は料理や薬に繋がるハーブなどの植物関係や治療なので、きっとミズガルで初めて見聞きしたものを嬉々と書いていたに違いない。それだけはとても残念に思えた。


「私の遺伝書録……」


 ティウはしゅんと落ち込んでしまった。

 結界でミズガル国が助かったのだと聞かされても、記憶が無いから実感がわくはずもない。


 命と記憶を天秤にかけてしまうのは間違っていると分かってはいるものの、眠り続けた百年という歳月で書けるはずだった記録、そして失われたその三年で書きためたはずの知識の損失の大きさが、今のティウには途方もなく大きく感じられてしまった。


「…………」


 落ち込んで黙り込んでしまったティウを見て、ジルヴァラが心配をしておろおろ視線を彷徨わせる。


「俺との記憶が無いのは確かに悲しいが……また、思い出を新しく作っていけばいいじゃないか。それじゃダメなのか?」


 ジルヴァラが励まそうとティウの頭を撫でた。その言葉を聞いて、ティウはハッと顔を上げた。


(そうだ。失ってしまったなら、また書けばいいじゃない!)


 今後記憶が戻ってくる可能性もあるだろうけれど、失ってしまったと嘆いている暇があれば、書き直している方が気も紛れるだろう。


 たとえ思い出したとしても、百年も経っているならば現在との違いも分かりやすい。

 そう思ったら、居ても立っても居られなかった。


「じーちゃん、ちょっとミズガル国に行ってくる!」


「言うと思ったぁああああ!」


 そう叫んだノアは、全力で止めにかかってきた。ティウの両肩を掴み、がくがくと揺さぶった。


「ダメダメ! ティウをあんな状態にさせた国になんか行かせないよ! また父さんとサミエに怒られる!!」


「怒られるって……それにちゃんと魔法で変装するから。ちょっと観光というか、食べ歩きくらいならいいでしょう? 百年も経ってるから大丈夫って言ったの、じーちゃんじゃない」


「ダメ! だってティウのご飯が食べたいもん!」


「私の心配かと思ったらそっち!?」


「心配もしているけれど、だって百年も待ったんだよ!? やだやだ! 行くって言うなら私も一緒に行く!」


「ノアのじーさんはダメだろう。顔が割れている」


「えっ」


「この百年でノアのじーさんは有名になり過ぎた。だから俺が代わりに魔道具をギルドに卸しているんだ。それでも噂を聞きつけて直接会わせろと俺に言ってくる奴が後を絶たない」


「ダメじゃん!」


「やだーー! ティウが行くなら私も変装して行く! ご飯! ご飯!」


 これは平行線ではなかろうか。むむむ……とノアと見つめ合っていたティウだが、ふと思いついた事があってジルヴァラに聞いてみた。


「ジルヴァラさん、今じーちゃんに魔道具の依頼ってありますか?」


「あるぞ。山ほど」


 ジルヴァラは部屋のすみに設置されたテーブルを顎でクイッと促した。そこには山積みの書類がある。ティウは思わず「うわぁ……」と眉間に皺を寄せて呟いてしまった。


「またため込んでるの?」


 ノアも現実を思い出したようで顔色が悪い。何よりこれらは様々な国から秘密裏に頼まれている物が多い。


 だが他に気になったものでもあったら最後、そっちに没頭して後回しにしてしまう癖が未だに治っていないらしい。


 それで稼いでいるのだから仕方がないとはいえ、沢山あるということはどこからも催促されているだろう。


「じゃあ急いで終わらせるから! だからそれまで行かないで!」


「そう言って納期を遅らせるつもりでしょ。先に行ってるからじーちゃん終わらせてから来て」


「やだーーーー!」


 びえびえと泣き出したノアに、ジルヴァラと一緒に溜息を吐いた。




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