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8 王族との婚姻

 別室に移動したヘンリとセレナ、クストと宰相、それにセレナに指名され、遅れてメルヴィとその父ハールス伯爵も来た。

「よもや、こんな騒ぎを起こそうとは…」

 溜息交じりにつぶやくクストを見て、ヘンリは

「叔父上には申し訳なく思っていますが…」

と言ってはみたものの、言葉を続けることはできなかった。

 国の功労者への褒賞式だ。当然平民もいる中で、平民だから婚約を破棄する、と自ら進んで願い出たのだ。決していい印象は抱かれないだろう。


「いいんじゃないですか? 婚約なんてやめてしまえば」

 重々しい空気の中、一人セレナだけがけろっとした顔をしていた。

「あれだけのこと言ってたんですから、下手にとり繕って我慢して婚約を続けていると思われるより、婚約は取りやめて平民への理解が足りないバカ王子を教育するって事にした方が」

「バカだと!」

 ヘンリは椅子から立ち上がると、セレナの胸ぐらを掴んだ。しかしセレナは怯むことなく、

「国を守る『聖女』に対してこういう態度を取る。バカ王子でなくて何ですか?」

 そう言って、ヘンリと目を合わせたままにやりと笑った。クストの命で側近が慌ててヘンリをセレナから引き離したが、ヘンリは明らかにセレナを恐れていた。女性に対して力任せにふるまうなど、普段なら嫌っている行為であるにもかかわらず、自らを止めることができないほどに。

 それに対して、セレナは妙に冷静だった。周囲に人がいることもあったが、ヘンリがいつも不満を持ちながらも我慢を重ね、地味な嫌がらせで自分の気持ちをごまかす優等生ぶりが崩れたことで、少しは本音で話ができるような気がしたのだ。


「自分に足りない知識は教えてもらえばいいんです。…そうでしょう? ハールス伯爵令嬢」

 いきなり指名されたメルヴィは、ビクッと身を震わせたが、すぐにその言葉を受け止めた。

「ええ。セレナ様の言うとおりです」

「なので…、王子の教育をハールス伯爵令嬢に任せる、というのはどうでしょう」

「はっ?」

 クスト、宰相、ハールス伯爵が同時に声をあげた。

 声はあげなかったが、ヘンリもメルヴィも同じ気持ちだった。セレナは何を言いたいのだろう。


「ハールス伯爵令嬢はなかなか知識が深く、考察力のある方です。はじめは王子同様、平民の私に偏見をお持ちでしたが、私が困っていると手を差し伸べてくださいました。大変お優しい方です。私、王妃様ならこういう人がいいなあって思ってたんですよね」

 それにはハールス伯爵も驚いた。セレナが王子の婚約者に決まってから、同じ聖女でありながら自分の娘が選ばれなかったことに憤りを覚え、何とか引きずり落としてやろうと悪い噂を広め、ヘンリにも偏見に歪んだ情報を流し、侍女達にもお茶会で眠りこけたセレナを放置させた。それを正当な罰であるかのように言い含めて。

 そんな相手が知らないうちに自分の娘と仲良くなり、王城に娘を誘い入れ、今こうして王子の婚約者になれとほのめかすようなことを言っている。

「伯爵はどう思われます? 私のような平民のお下がりは、王子であってもお嫌ですか?」

「セレナ様!」

 メルヴィはたじろぐことなく厳しい口調でセレナを睨み付けた。

「殿下に対して失礼です。謝罪を」

「…言い過ぎでした。申し訳ありません」

 セレナはあっさりと謝罪したが、少しも悪びれた様子はなかった。それよりも、このような場でもきちんとセレナの教育係を務めているメルヴィに敬意を示し、メルヴィに言われたから従ったのだと周囲に見せつけた。


「こんな私ですので、婚約を破棄されても仕方がないと、皆様お思いになったでしょう? 王弟殿下、…もう、いいですよね?」

 セレナを嫌い、怒りを持ちながらも我慢を続け、とうとう耐えられなくなったヘンリ。

 ヘンリのやらかしを利用して、自らの願望を遂げようとするしたたかさを持つセレナ。

 クストに決定権が委ねられていることを当然のように話していることから、恐らく今の王家の状況をわかっているのだろう。クストは頭を押さえながらしばらく目をつむって考えを巡らせた後、

「二人の婚約の解消を認めよう」

と言った。

「…立太子は当面保留だ。場合によっては第二王子リクハルドが王太子となることもあるかもしれんが、これからのヘンリの努力を見せてもらおう」

「はっ」

 ヘンリはようやく自分の願いを聞き届けてくれたクストに一礼をした。


「しかし、神託は守らねばならん。…こうなれば、私が君と結婚すべきか」

 いきなりクストに問われて、セレナは目を丸くした。

「聖女メルヴィ様が望むなら、メルヴィ様が王子殿下の婚約者になれば…」

「神託は、最も強い力を持つ聖女と王族だ」

「私、結構聖なる力が減ってますよ」

「それでも君に及ぶ者はいない。残念だが、君は王族との婚姻から逃れることはできない」

 最も力が強い、この前提は力が減ってもなお崩れなかった。

 仮にも聖女でありながら、女神からの神託を守れないなどということが許されるわけがない。

 セレナは意を決した。

「では、王様でお願いします」

 自ら婚姻の相手を指名すると、今この国で隠されている事態に切り込んだ。


「王は、かなりお悪いのですか」

 ガゼボで話をして以降、姿を見かけなくなり、今日のような式典さえも王弟を代理に出すほど、王が公務につくことができない状態になっている。急激な体調の悪化と見て間違いないだろう。

 ガゼボで手を取ったとき、王の中に大きな病が巣くっていることはわかっていた。ちょっとくらいの治癒魔法では一時的な回復しか望めないことも。

 極秘事項だったが、クストは王の容態を口にした。

「この二、三日が山だそうだ」

「承知しました。では今から婚姻でいいですよね?」

 まるで朝食でも頼むかのように平然というセレナに、周りの者は皆驚いていた。

「女神様の出した条件は王族との婚姻です。王妃様が六年前にお亡くなりになったことは知っていますから、問題ないですよね。王に何かあれば私は王城を出ますからご心配はいりません」

「おまえ、父の死を待って財産をごっそり手に入れるつもりか」

 あまりに感情的なヘンリの言葉にも、セレナは少しも心を乱さなかった。

「何もいりません。何でしたら文書を作ってください。王との別離の後は王族を抜け、一切の相続を放棄する、と。署名したら文書はそちらで持っていてください」

 ヘンリだけでなく宰相も疑いをもったらしく、すぐさま書類が用意され、セレナは迷うことなくサインした。もちろん婚姻の証書にも。

 王の代わりにクストが代筆し、最も力の強い聖女セレナと王との間での婚姻が成立した。


 とりあえずは女神の神託は守るという体を取ることができた。しかしセレナがこのような条件を呑んだことは理解に苦しく、財産目当てでないとすれば、神託には従えどよほど王家から離れたがっているとしか思えなかった。


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