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7 婚約破棄は夜会で

 セレナが王子の婚約者になって間もなく一年が過ぎようとしていたが、本当にもう一年で何とかなるのか、誰もが不安を隠せない状況の中でそれは起こった。


 その年の褒賞の授与式が王城で執り行われ、式に続いて夜会が開催された。

 その日は日頃から国のために祈りを捧げている聖堂の聖女達も呼ばれており、爵位を持つ家の令嬢のほか、王子の婚約者であるセレナも呼び出されていた。

 セレナは王子のエスコートもなかったので、メルヴィや東の聖堂のアリサ達と共に会場にいた。聖女であっても夜会では皆ドレスに身を包んでいる中、セレナは変わらず聖女の服を着て、会場の端でおいしい物をつまんでいた。


 参加者が和やかな雰囲気で歓談している中、突然ヘンリが王の代理を務めていた王弟クストの元へ行った。ずいぶん殺伐とした様子で、何かあったのかと思わせたが、突然、

「叔父上、今こそ聞いてください。私はセレナとの婚約を破棄したい」

と声をあげた。

 周りにいた者が王弟と王子に目を向け、徐々に周囲の者へと広がった。

 クストは、来客のいる中でデリケートな話題を振ってきたヘンリに渋い顔を見せた。

「それは、ここで言わなければならない話なのか?」

「ずっとお願いしてきたことです。ですがまともに取り合っていただけません。今日こそ聞き届けていただきたい。そのために多くの証人が得られるこの場を選んだのです」

 ヘンリは確信を持ってこの夜会の場を選び、多くの人々の前で自身の婚約を何とかしようとしていた。ヘンリとしても我慢の限界に達していたのだ。

「確かにあの者は聖女であり、力はあるでしょう。ですが教養もなく、礼儀もなってない。がさつな一平民です。王家の一員とするにはあまりにも粗があり、あの者と共に生きることを受け入れ、共にこの国を導いていくなどということは私には無理です。それでもどうしてもと言われるなら、私は王太子を辞してもいい」

 王太子を辞する。次の王政に関わる重大な発言に会場がしんと静まる中、セレナは王弟と王子がいる高台に近づくと、片膝をつき、手を胸に当ててかしずいた。

「恐れながら」

「申せ」

 王弟の許可を得たセレナは、片膝をついたまま

「私も、同感です」

と答えた。


 ヘンリはセレナもまたこの婚約に納得していないことを知ってはいたが、お前のための発言ではないと言わんばかりに鼻で笑い、この場に出しゃばる生意気な態度を叱責しようとしたが、それより早く、

「私もこの王子を王太子の座に就けるのはおやめになった方がいいと思います」

と言った。まさか婚約ではなく、王太子の地位について言われるとは思ってもいなかったヘンリは、怒りに目を見開き、顔を赤くして拳を握り締めた。

「このような国に功労のあった方々へ感謝の気持ちを表す場で、自分の都合しか考えず騒ぎを起こす。平民である私が見ても恥ずかしい行いで、とてもではありませんがこんな人が一国の王になり、国を導くなど考えられません」

 静まった会場に、セレナの声はよく響いた。


 自身が認めない女から、自分を否定する言葉を浴びるとは。平民ごときが王子である自分を愚弄するとは。

 今にも怒りにまかせて暴言を吐きかけた自分を必死で押さえ、言葉を選ぼうとするが、うまく出てこない。さらにセレナは言葉を続けた。

「この国では多くの民が教育を受けることができますが、他国では文字も読めず、計算もできない者が多数います」

 セレナはヘンリを見ていた。

「それがどうした」

「殿下は私が本も読まないのかと言いましたが、多くの民は自分の本など手に入れられないことをご存知ですか? 私の着古した服をバカにしましたが、真新しい服を着られる人の方が少ない事をご存知ですか? 私があなたの常識から外れているというなら、そうでしょう。ですが、あなたの常識を下々の者に当てはめ、それに合わないからとさげすみ、追いやるような浅はかな王に、人はついてくるでしょうか」

 今、目の前にいるのは、いつもへらへらと笑って質問をごまかしてきた聖女セレナとは別人のようだった。


 王族との謁見に服も新調できない貧乏人。婚約者とのお茶会を命じられ、せっかく時間を作ってやっても眠りこけるような不敬な平民。学のない田舎者。

 思い起こせば、セレナに対してそんな評価しか出てこない。

 それは、自身の民に対する評価だと、セレナは言った。

 それに反論できなかった。


「私は孤児でしたが、食べ物をもらえ、文字も計算も習うことができました。私は王の篤志によって生きてこられたことに感謝し、王をこよなく尊敬しています。ですが、あなたが王になったとき、私はあなたを尊敬できるとは思えないのです」

 その場に立ち尽くしたヘンリを見て、クストは小さく溜息をついた。

「この話は一時私が預かる。…聖女殿の言うとおり、この場はここに集まっている皆のためのものだ。無粋な話で場を白けさせてしまったことを、深く詫びる」

 そう言ってクストは王代理として深々と頭を下げ、ヘンリとセレナを連れて会場を離れた。


 やがて音楽が再開し、会場にいた人々はざわめきながら今の騒動の行く末を噂し合った。


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