5 王様とセレナ
メルヴィのおかげで多少は進むようになった教育も、世間的にはまだまだのレベルで、第一王子ヘンリのセレナに対する評価は一向に変わらないどころかますます拒絶を強めていた。
場所を変え、ガゼボで開かれたお茶会でまたしても居眠りをし、目が覚めた時には手つかずのお茶もお菓子も消え去り、夕方の庭に取り残されていた。
ふと気がつくと、上着が掛けられていた。上着はヘンリのものではなさそうだ。
放って置かれたことにはもはや大して感傷もなく、ぐっすり眠ることができてありがたいと思いながらうーんとのびをすると、
「よく寝ていたね。ずいぶん疲れているようだが」
そう声をかけてきたのは、なんと国王だった。すぐそばにいたのに気付かなかった自分を恥じ、慌てて椅子から飛び降り、
「も、申し訳ありませんっ」
と謝ってさっと身をかがませると、
「いやいや、そんなに緊張することはない」
そう言ってすぐそばの椅子に腰掛け、セレナにも座るよう促した。
上着は王のものだった。
頭を下げ、両手でそっと上着を差し出すと、王はゆっくりと受け取り、
「愚息がすまないね」
と、少し残念そうに話した。王は王子とうまくいっていない婚約者と話をしたくてわざわざここまで足を向けたようだ。
「…いえ、王子は…、殿下は聖女と言うだけで私のような下賤の者を押しつけられ、ショックだったのでしょう。聖女のなかには、王妃に適した優秀な方がちゃんといます。それなのに聖なる力の強さだけでこんなのが来ちゃって…」
「そうかな」
自身を恥じ入るセレナに、王は穏やかな声で言葉を続けた。
「無理難題を押しつけられているのは、君も同じだ。だが君は努力している。ライバルだったハールス伯爵令嬢さえも味方につけ、嫌味ばかりだった教育係を納得させていると聞いている」
ものはとらえようだな、とセレナは思った。
「それはメルヴィ様が嫉妬心はありながらも誇り高く、お節介で、向学心があったからです。おつむの軽い嫌がらせだけが生き甲斐の高慢ちきなお嬢様であれば、くだらない嫌がらせはずっと続き、多分今頃私の聖なる力はスッカラカンになっていたんじゃないでしょうか」
「…君もなかなか言うね」
王を前に適切な表現ではなかった、と思ったものの、咎められなかったので笑ってごまかした。
「でも、私が王妃に向いてないことは、王様…、陛下もおわかりになっているでしょう?」
「そうかな。…君は君でなかなか面白い人材だと思うが、…ヘンリが求める者とは合わないのだろうな」
軽い咳が二、三回続いたと思ったら、そのまま咳き込みだした王に、セレナは椅子から降りると片膝をつき、そっと手を伸ばした。
「失礼ながら、お手を」
セレナが差し出した手に手が重なり、目を閉じて祈りを唱えると手を通してほのかな光が王に向かって流れた。側近達がいつの間にか王の傍にいてセレナに剣を向けたが、セレナは少しも動じることなく聖なる力を流し続けた。
王が手で合図をすると、側近は剣を収め一歩下がった。
しばらくすると王は息苦しさが消え、体が軽くなり、あちこちの痛みが治まっていくのを感じだ。これが聖女の力なのか、と驚きを隠せなかった。聖女の力は何度も見たことはあったが、自分が体験し、ここまではっきりとその威力を自覚したのは初めてだった。
セレナは自分の力が引いていくのを待ち、ゆっくりと手を放した。
「御身、大切になさってください」
王はゆっくりと頷いて立ち上がると
「君が王城に嫁いでくるのを楽しみにしているよ」
と言って、側近達を連れてガゼボを離れた。
王城に嫁ぐつもりのないセレナは、王の姿が見えなくなってから、去って行った方に向かって思いっきりあっかんべーをした。