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3 王子の婚約者たるもの

 セレナは大聖堂に部屋が与えられ、翌日から朝の祈りが終わるとすぐに馬車に乗せられ、王城まで連れて行かれた。大聖堂と王城はさほど離れておらず、城壁さえなければ歩いて行った方が近いくらいだったが、馬車に乗る時から作法の練習は始まっており、拒否権はなかった。


 養護院では村の小さな学校に通わせてもらうことができたので、文字は読め、簡単な計算くらいならできたが、それ以外で知っているのはせいぜい西の聖堂が守護する地域の事くらいで、小難しい政治や経済の話、他領の特産や気候などはさっぱりわからない。セレナの生まれた国とこの国の言葉は方言程度の差はあるが似ており、それ以外の外国語など習ったこともない。

 火をおこせようと、食事を作れようと、王城での教育には全く意味はないのだ。


 その中で、唯一刺繍は何とかなった。絵画的な鳥の図案やレタリングされた文字は無理だが、魔除けの護符となる図案を下書きもなくサクサクと差し込んでいく姿を見たとき、初めて周りの人から

「本当に聖女なんですねえ」

と感心され、刺繍の時間に作った三枚の護符はすべて持ち去られてしまった。

 音楽は聖なる歌が歌えるからよし、絵画は時間を割くだけ無駄、ということで教養の時間は刺繍の時間だけになり、護符作りを期待され、できた護符は授業が終わるとなくなっていた。売れば結構いい金になるのだが、報酬が支払われることはなかった。


 夕方の祈りの時間はほぼ王城にいて、やむを得ず王城から隣の大聖堂に向かって祈りを捧げた。祈った後、力が持って行かれる感じはあったので、どこで祈ろうと祈りは祈りなのだろう。

 夜更けにヘトヘトになって戻るセレナに、伯爵令嬢の聖女メルヴィとその取り巻きの聖女二人が毎日のように二言、三言、愚痴る嫌味や嫌がらせにも辟易していた。

 

 月に一回、婚約者となった第一王子のヘンリとはお茶会で交流を図ることになっていた。

 しかし、ヘンリが知っている他の聖女と比べるとセレナは挨拶さえもおぼつかない。いつまでもぼーっと立っているのにイラッとしたが、よく考えると自分が座るように促すことを忘れていた。

「座れ」

 ぶっきらぼうに言うと、セレナは正面から少し外してソファに腰掛けた。

「…王城に来るのに相変わらずくたびれた服だな。礼儀をわきまえろ」

 常日頃からセレナの服装に不満を持っているのは知っていたが、いきなりそこをついてくるとは。

「これしかありませんので」

 無表情で返事をするセレナの態度が気に入らなかったようで、しばらくむすっと膨れていたが、渋々口を開いて振ってきた話題は、講義の延長だった。

「今年のメッサ地方の羊毛の出来高だが…」

「メッサ地方? 東の方でしたっけ」

「北だ!」

 ヘンリは試すように国に関する質問を二、三投げかけてみたが、どれも返事はあやふやで、基礎的な知識さえも充分ではなかった。

「おまえは本も読まないのか。これくらいのこと、ちょっと読めばわかるはずだ」

「本なんて持ってませんし、滅多に読みませんから」

 返ってくる返事からはやる気が見られず、すぐにヘンリは見切りをつけ、セレナを無視するようになった。ただ黙って椅子に座ってお茶を飲み、時間を潰す。セレナはそれを気にも留めず、休憩時間だと思ってお茶とお菓子をいただき、時間になればヘンリがとっとと帰ることを願った。ヘンリがいると自分も帰れないからだ。

 大きく溜息をつき、立ち上がると何も言わずに部屋を出て行くヘンリを見て、ああ、やっと終わったと思ったのはセレナだけではなかった。


 二回目のお茶会は、最初の挨拶以外口をきくこともなく、三十分でお開きになった。


 三回目のお茶会は眠気に負け、ソファでウトロ、ウトロと船を漕ぎ、かくんと前のめりになって慌てて目を開けて口許のよだれを手で拭くと、ヘンリはうんざりした表情を見せてそのまま部屋から出て行った。滞在時間十五分。何かと多忙な中、お茶の時間を設定されて来ている王子を前に居眠りをしたのだ。王子のプライドを傷つけたのだろう。

 とは言え、セレナだって遊んでいたわけではない。話好きな歴史の先生から時間オーバーでちんぷんかんぷんな講義を受け、お茶会の十分前まで講義とも言えないような謎の昔話を延々と聞かされていたのだ。半分は先生の自分史だったかもしれない。どこまでを本気で聞いて、どこまでを無視したらいいのかわからなかった。


 大聖堂に戻ったら戻ったで、嫌味で出迎えてくれる聖女仲間。毎日ではないにしろ、偶然でも通りすがると必ずねちっと一言言われる。いつもなら平気でも、疲れているときには堪えた。

 時には戻るなり治癒を依頼する者の元へ行かされることもあった。

 毎日忙しく、ストレスのせいか朝晩の祈りだけでも疲れ、自分の力が少しづつ弱まっているのを感じずにはいられなかった。このまま力が弱まれば他の令嬢聖女の方が力が強くなり、王子の婚約者を降りるチャンスが来るかも。

 そうひらめいた時、セレナは女神の意思を読み取れたように思えた。

 自分のような者が力を持っているからこんな面倒な事態になっている。本来の王妃に適した者が、「打倒平民聖女セレナ」でのし上がってくることで、最終的に真に優秀な聖女が王妃となるのではないか。そうだ、狙いはきっとそこに違いない。

 がんばれ、聖女達!

 セレナはやっかむ聖女達の聖なる力が強くなることを心から願った。


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