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1 聖女セレナ

 セレナは六歳の時に起きた紛争で家族を亡くし、隣国のヴェーナ王国に逃げ延びた。

 その後、共に逃げてきた同じ国の者ともはぐれ、行き倒れになっていたところを国境に近い養護院で保護された。養護院での生活は質素ではあったが、王の庇護でそれなりに衣食は保障され、ひもじい思いをせずに暮らすことができた。小さな村でも簡単な読み書きを学ぶことが出来、貸してもらった絵本を見ながら、平和なこの国にたどり着けて良かった、とセレナは思った。

 養護院の院長はいつも「女神様、王様に感謝を」と言うのが口癖で、食事の前にはいつも女神だけでなく王様にも感謝の祈りを捧げていた。


 八歳の時、村の子供が川に流された。それはセレナがよく一緒に遊んでいる友達の一人アントンだった。何とか救い出されたが、アントンは息をしていなかった。見守る人々が祈りを唱える中、祈るセレナからほのかな光が発せられたのをその場にいた全員が見ていた。村人が息をつなぐ横でセレナがアントンの手を握ると、アントンは呼吸を取り戻し、同時に体にあった小さな傷もなくなっていた。

 この一件でセレナは「聖なる力」を持つ者と認定され、街にある聖堂に引き取られることになった。


 この付近の国々では時々「聖なる力」と呼ばれる特別な力を持った人が現れた。その力は何故か女性だけに現れたので、力を持つ者は「聖女」と呼ばれた。聖女は聖堂に所属することが義務とされ、その力を使って人々に、国に奉仕するのが務めだ。セレナも自分にその力があるならそれに応じるのは当たり前だと思い、素直に従った。


 セレナが行くことになった西の聖堂には三人の聖女がいた。聖女はいつ現れ、いつ力がなくなるかもわからない、不安定な存在だ。皆新しく加わったセレナを歓迎してくれた。


 聖堂でのお勤めの中心は祈ること。

 国にある五つの聖堂では、国内に魔物や病魔を寄せ付けないために、聖女は朝晩祈りを捧げている。

 治癒や破魔の力を持つ者は、救いを求める者にその力を施すのも仕事だった。仕事は各人の力量に応じて割り振られ、数日に一度交代で休暇が与えられた。休暇が取れるとセレナは女神への供物のお下がりを持って養護院に里帰りした。


 セレナが十五才になった頃、各聖堂から強い力を持つ聖女が呼び出された。五つの聖堂から一人づつ王都にある大聖堂に呼ばれ、そこから更に三人が選ばれた。大聖堂の聖女にして伯爵令嬢のメルヴィ、東の聖堂に所属する子爵令嬢のアリサ、そして西の聖堂のセレナもその中に入っていた。


 数日後、三人は王城に呼び出された。

 聖女の力は遺伝するものではなかったが、その力を欲しがる者は多く、かつては王族や貴族が婚姻を名目に囲い込んでいた。やがて聖女が聖堂に所属する事が義務化され、個々の家で聖女の力を独占することは禁じられたが、王家の慣習として二十年に一度は聖女と王族の婚姻が執り行われていた。今回も二十二年ぶりに王族と婚姻を結ぶために、適齢期で豊かな「聖なる力」を持つ聖女が集められたのだ。


 三人が着ていた聖女の服は形はよく似ていたが、明らかに質が違っていた。

 選ばれた三人のうち二人は貴族の子女で、当然聖女の服も真新しく、質の良い柔らかな布で作られていた。セレナが所属する西の聖堂にはセレナを入れて四人の聖女がいたが、三人は平民で、一人は男爵家の令嬢。平民三人は歴代の聖女が使っていたお下がりの服を着ていて、新しい服を着ていた男爵令嬢でさえも二人ほど上等なものは着ていなかった。もちろんセレナが今着ているものもお下がりで、王城に呼ばれたからといって新調されることもなかった。


 通された部屋には王と第一王子のヘンリ、宰相と数名の役人がいた。

 王は挨拶だけすると、後は王子に任せると言ってその場を離れた。

 三人の聖女は礼をし、勧められるまま王子と向かい合うように座った。

 王子を頂点に二等辺三角形を作る二人の聖女の席。セレナは等間隔に置かれながらも少し外れた端の席に座り、笑顔で品良く受け答えする二人を見ているうちに、自分がずいぶん場違いなところにいることを思い知らされた。恐らくこれは出来レースで、どちらかの令嬢が選ばれることが決まっているに違いない。自分は数あわせにここにいるだけだ。

 王様には感謝しており、敬意も持っている。しかし王族の皆様は遠い雲の上の人であり、自分が関わりあいになる事などある訳がないのだ。短時間でも王様にお目にかかれただけでここまで来た甲斐があった、とセレナは既に自分の役割は終えた気になっていた。

 セレナは話を振られても何もわからないそぶりで首をかしげ、笑顔でごまかした。どうせついでで聞かれているのだろうし、質問されたことは貴族には普通でも自分には訳のわからないことだらけだ。

 それを見たヘンリは露骨に眉をひそめ、着古した身なりを上から下まで眺めると、軽蔑を込めた目でセレナを一睨みし、すぐに目をそらせると以後セレナを見ることはなかった。

 セレナも気が楽になった反面、王への敬愛の気持ちがあるだけに余計ヘンリに対する印象は地に落ち、後はこの場が早く終わることだけを願っていた。


 後日、必要な者に必要な連絡がある、と告げられ、聖女達は各聖堂へと戻された。

 行きは王都にある大聖堂まで自力で行かなければならなかったが、帰りは馬車で送ってくれるという。さすが王家、待遇が違う。

 セレナの所属する西の聖堂は国境に近い辺境の地で、進めば進むほど馭者も驚くほどに道が悪くなった。そこへきて途中から降りだした雨で道がぬかるみ、速度を落として進んでいると、崖崩れで道が塞がれていた。巻き込まれた馬車に乗っていた人が道端に座り、怪我人もいたが、幸い命に別状がある者はいなかった。

 セレナは馬車を降り、怪我人に応急処置と幾分かの治癒を施した後、そこにいた人を近くの村まで連れて行って欲しいと馭者に頼んだ。どのみち馬車ではここから先に進むことはできない。

 馭者に一緒に村で待機するように勧められたが、セレナは断り、ここまで送ってもらえたことに礼を言うと人一人通れる程度の隙間から道の向こう側に抜けた。そこから三時間ほど歩いて小さな街までたどり着くと、駅馬車に乗って西の聖堂のある街まで戻った。


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