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戦わない小説家シリーズ

腱鞘炎の治療で整体から帰る途中、カバンの中に寝そべる少女に出くわす

作者: 一木 川臣

 ちょっと、聞いてくださいよ。私、先週腱鞘炎になったんですよ。


 何の話かって思われてしまうのは承知ですが、私こう見えても趣味でweb小説を執筆しておりまして……例の如く朝からタブレットを打ち込んでいた ある日のこと、突然利き手である右手が痙攣してしまったのです。


 梅雨時は古傷が痛むのか知らないですが、唐突に『ビリッ』とした痛みが走り、たまったもんじゃないですよね…… そのせいで当面の間全く小説を投稿できない状態に晒されてしまいました。


 お陰様で先週行われた小説コンテストに参加できず泣く泣く棄権。ここ最近手首が痛くて何にもできなかったため、ついに私は重い腰を上げて整体に行ってきたのが今日の話です。


 まぁ…… ここからは愚痴になってしまって申し訳ないですけど…… 私、手首が痛いと言って整体へ行ったのに先生から『でも頭蓋骨はとても綺麗ですよ』って言われたんですよ。反応に困りますよね、突如頭蓋骨の形が綺麗だって言われても手が痛いのはどうしようもないんですから。


 あ、でも腕は確かでしたよ。今日の午前中に診てもらってお昼過ぎの現在ですが、あれから徐々に痛みが引いているのは間違いないのです。


 あの発言は謎でしたが治ればいいんですよ治れば。この調子なら来週に行われる小説コンテストになんとか間に合いそうでホッと一息です。


 さて、そんな私ですが整体からの帰りの最中でございます。徒歩なんですよね、先日チャリを盗まれてしまいまして40分くらいかけて歩いての帰宅です。徒歩だけにトホホホ…… 痛っ! 右手がまた痺れた! 整体に行ったからといって調子に乗ってはいけませんね、しばらくは静観です。


「はぁ……」


 空を見上げれば今日も曇り空。梅雨なので仕方ないと言われてしまえばそうなのかも知れませんがたまにはお日様を見たいですよね。

 6月となり気温も上昇。上下黒色ジャージであった私の姿はサマースタイルへ変貌を遂げました。上は紺色の半袖のスポーツウェア、下も黒色のメッシュハーフパンツとはたから見ればジムへ行く野郎の格好でございます。

 まぁ〜、こう見えても圧倒的にインドア派なんですけどね。あ、ジムも大体インドアか、部屋の中で運動しますし……


 でも普段から運動しない私はこの辺りで疲れてしまいました。そこに公園があるので、ジュースでも買って一休みしましょうか……


 遊具一つないちゃちな公園、私は自販機で巷で大人気の『食パンジュース』を購入しベンチへ腰掛けようと公園の敷地へ足を入れることに……

 相変わらずこのジュースは味が淡白なのが特徴です。なんで人気なのかが分からないですが、喉越しが爽やかでとりあえずほてった身体は涼みそうです。


 しかし本当にしょぼい公園ですね。人一人いないしちょっと寂しいな……



「あれ……?」


 ベンチへ向かう途中、私はつい足を止めてしまいました。ある『モノ』が視界に入り二度見してしまったのが原因でございます。


 なんと公園の側にとても大きな茶色の『アタッシュケース』が横たわっているではないですか。何もない公園なだけに余計に目立ってしまう状態です。


 普段なら気にかけない私でございますが、見過ごせない程の存在感を放つその『アタッシュケース』がとても気になって仕方がありませんでした。


 ……誰かの忘れ物でしょうか?


 恐る恐るアタッシュケースに近寄って見てみることに。かなり頑丈な作りをしてそうです。それ故このアタッシュケースだけでも結構なお値段がしそうな気が致します。


 中身が気になる……!


 いや、誤解しないでくださいよ。ドロヴォーするつもりなんて微塵もありませんからっ!

 でも、こういうのって気になるんですよね。まさかっ、中にお金が…… ネコババする気はありませんがロマンがあります。


 いや……でも、これって場合によっては爆弾かも知れない…… 一瞬そんなことが頭の中に過ってしまい冷や汗が滲み出てきました。


「……マジか」


 爆弾だったらとんでもないです。アタッシュケースの中身を確認してすぐさま導線を切らないと……!


 でも、このアタッシュケースを開けてしまうところを誰かに見られたらそれこそ言われのない疑いをかけられてしまう可能性だってあります…… とても悩みますね。触らぬ神に祟りがないように触らぬアタッシュケースに祟りなしと言いましょうか、ノータッチでやり過ごすのが吉なんですかね?


 ……とは言ってもそれこそ危険物が入っていたら街の治安が危ぶまれます。こういうのはやはりK察を呼ぶべきでしょうか…… でも、中身がしょぼいモノだったらそれこそ拍子抜けの大騒ぎです。



 困ったなぁ…… うーん…… このアタッシュケースどうしようか…… 近くに持ち主がいればな──



「あの……」


 頭を抱えていたところ、突然私に声がかかりました。どうやら女性の声で私はさっと声の方向へ振り向くことに。


 小柄で明るい髪の女性がいつの間にか私の隣に立っているではないですか。白色のワンピースを羽織り顔立ちもなかなか綺麗ですが…… 年齢ですと13歳くらいですかね……? 


「私のカバンに何か……?」

「えっ、君のものなの?」


 持ち主が現れたというよりも私は別の意味で驚いてしまいました。このカバンの持ち主がこんな小柄な女性だったなんて…… こんな大きな荷物、どこかへ旅行するつもりだったのでしょう。いくらアタッシュケースが大きいからと言っても公園の隅に置き去りにするのはいただけないですね。


 今回、見つけたのは私だったからよかったのですが、悪徳を抱く誰かに見つかったら盗まれる可能性だってあります。


「そう。これは私のカバン」

「そうなんですか。随分と大きいですね。これから海外とか行かれるんですか?」


 尋ねると少女は「ううん……」と首を横に振りながらカバンを開けると……


「……中身は空」


 少女のいう通り中身は空。何もありませんでした。

 見た瞬間、色々と心配して損したような気分になってしまい私は胸の底から大きく息を吐いてしまいました。


「空……ですか……」


 だとすれば一体何の為にこんな大きなカバンを……? また一つ大きな疑問が浮かんでしまいます。


「こうすると心が落ち着く……」


 そんなことを言いながら少女はなんとカバンの中に入りゴロンと寝そべるではありませんか!? そんなことを唐突に言われましても私は同意致しかねます。どう答えろと……?



「そ、そうですか……」

「うん。とても落ち着く」


 カバンの中に寝そべりながらそんなことを言ってくる少女。何ともシュールな光景で私は言葉を失ってしまいました。


 う〜ん、よく分からないですけど彼女にとっては落ち着くようです。カバンに入って寝そべることが彼女にとって心の安らぎを得られる行為のようで……


 ……あんまし関わらない方が良さそうですね。



「お兄さんも入ってみる?」


 誘われたのですが、私は全力で断っておきました。いくら大きいカバンとはいえ、私が入ったら壊れてしまいます。彼女のように小柄な女性だからこそなし得る技であり……


 と言いますか、そもそもカバンに入りたくないです。入っても落ち着く体質ではございません。

 そもそもカバンの中に寝そべって「落ち着く」なんて仰る人間、私は今まで一度も見たことがありません。中々妙な人間だと思うのは私だけでしょうか?


 そんな妙な人間の仲間入りになりたくありません。


「そう…… 落ち着くのに……」


 むしろ私が全く落ち着かないです。カバンの中に寝そべる少女を前にどう対処せよと…… このなんともいえない空気感がとても居心地悪いです。


 あ、そうだ。


「じゃあもっと落ち着けるようにアタッシュケースを閉めますね」

「えっ!? ちょっと!?」


 ふと妙案が思いついたので実行してみることに。だけど、彼女が閉めようとするカバンに対して物凄い力で抵抗を見せてくるので私はひとまず閉めるのを諦め彼女を静かに見つめた。


「それは落ち着かない」

「そうなんですか!?」


 何をすれば落ち着くのか…… そこの基準が曖昧なので私は戸惑ってしまいました。


「あ、南京錠が足りないですよね。すみませんでした」

「そういう問題じゃないわ。どうして閉じ込めようと考えるの……?」


 それはこの変な空気感が耐えられなかったからとしか言えません。目の前にカバンに入った人間を見たらそのカバンを閉めたくなるというのが人間の性じゃありませんか? 


 でもこの展開のオチって明らかにカバンを閉めるしかないですよね? このまましれっと去るのもありですが残された彼女がなんとも可哀想な気がしてならないです。


 どうしましょう…… この人……



「ねえ、そんな変な人を見るような目で見ないでください」


 変な人だからそんな目で見てしまうんですよねぇ。幼い子だから多少可愛いと思ってしまいますが、それでもかなり怪しい人間です。


「私……これでも二十歳ハタチ過ぎていますからね。立派な大人ですよ」


 怪しさが2倍になってしまいましたねぇ。自ら余計な情報を開示してしまいました。


 見た目が幼いからそのままでいれば子供の遊びだと済まされていたのに…… この一言で不穏さが大幅に上昇してしまいました。大の大人がこんなことをやっているなんて中々クセ者ではないかと思考致します。


「そっかぁ……」


 苦笑いしかできません。この場を離れた方が良いような気がします。こんな公園の側でカバンに寝そべる女性がいたら近所の噂の一つ二つになっていることでしょう。それこそ『カバンの妖精』みたいな感じで……


「じゃあ、私はここらでおいとましますね…… 雨の日は野晒しになるので気をつけてくださいね」


 結局変な人のせいで全然休憩になりませんでした。ずっとこの公園にいても変なカバンの妖精のせいで心が落ち着きそうにありません。





 後ろに振り返りその場を去ろうとしたその時でした。


 カサカサとカバンに向かって忍び寄る不穏な影が一つ……


 あれは…… クモです!

 でっかいクモが彼女のカバン目がけて突撃してくるではありませんか……!?


 この展開にはちょっとテンションが上がってしまいました。明らかに彼女のカバンに侵入を試みる大型のクモに対して、彼女がどう反応するのか……?


「ひぃ!?」


 そんな悲鳴にも似た声が聞こえたと思えば、彼女は慌てて自らアタッシュケースを閉め中にこもってしまいました。


 ちょっと面白いと思ってしまったのは内緒です。


 突然閉められたカバンに対して行き場を失うクモ…… 彼女のカバン周辺を迷うようにウロウロし始めました……


 当面の間大きなクモはカバンから離れようとしません。さて、彼女の運命やいかに!


「ちょっと! 帰ろうとしないでっ! せめてクモをなんとかしてから帰って!!」


 カバンの中から彼女の声が聞こえてきました。まるでカバンが話しているかのような不思議な感じです。


 なんだこの人…… 




 結局クモは追い払ってあげました。彼女から感謝の言葉を述べられるかと思いきや「なかなか落ち着かないわね」っと逆に小言を言われてしまうことに。こればかりは腑に落ちませんでしたね。



 そんな彼女ですが、私が公園から出ようとした時も野良犬に襲撃されているのを見てしまいました。そしてまたも彼女はバタンと勢いよくカバンを閉め、中に閉じこもってしまう形に……


 私……? もう面倒なので彼女はそのままにして家に帰りました。だってキリないじゃないですか。公園であんなことすればそうなりますよ。



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