9
黒き戦場に鮮血が舞う。
多くのものを切り裂いてきた長刀は赤く汚れ、ところどころ刃こぼれしている。それでも消えない刃の輝きは闇の世界で冴え冴えとした銀を落とした。
いくつの命を奪ったか、もう覚えていない。
二十か、三十か。百はとうに超えていたか。
弱者を痛ぶるだけの行為など彼、フィロスにとって退屈な児戯に等しい。
破壊と快楽を欲して与えられた力を十分に発揮する場は未だに得られていない。
もっとフィロスを楽しませてくれる相手はいないものか。
「嗚呼。アイつはよかッたな。逃げられちまッたのが惜しイぜェ」
しかし、フィロスから逃げられたということはそれだけの逸材だったということだ。
青く輝く銀髪を無造作に結んだ人間。一呼吸で周りの雑魚妖たちを斬り捨て、瞬く間に逃走にしたあの男。
不利な状況に置かれてもなお、どこか余裕をまとった青年。
「よっ、色男。元気にしてたか?」
噂をすれば影が差すなんてよく言ったものだ。
今まさに思い出していた青年が戦場を暢気に歩きながら、フィロスの前に姿を現した。
「その様子じゃ、かなり殺したみてぇだな。念の為に聞くけど、藍の髪の男は殺してねぇよな?」
「殺した相手なんてイちイち覚えてねェよ」
「なら、大丈夫そうだ。あいつと戦って忘れるなんてこと、そうそう出来やしねぇだろうし」
青銀の髪を揺らす青年の手には槍が握られている。
「んじゃ、やっぱ南で聞いた百人斬りした人間っつぅのがあいつか。相変わらず人間離れしてんなあ」
一人でぼやきながら、青年は空を仰ぐ。曇り空とは別の意味で、暗い色に覆われた空を。
時刻的にいえば、今は正午に近い。本来であれば、青々とした空が広がっている頃。
しかし、空を覆うのは黒き澱みだ。雲とは違う黒い渦をその目に映し、青年はやはり余裕を浮かべている。
「くだらねェ世間話をするためにここまで来たのかァ?」
長刀を汚す血を払い、構える。
研ぎ澄まされた殺気を全身に受けても、青年は槍を構えることなく笑った。
「気が早いぜ、色男。俺はあんたの相手をするために来たんじゃねぇよ」
「なン……」
最後まで言わせず、青年は金の光を空へ放った。薄暗い空に瞬く金色の光。
思わず目を瞑る刹那の隙を光は捉えた。
フィロスの身体が円形の結界によって捕らえられる。長刀を振り回すこともままならない狭い結界だ。
「これで……あー、これで何人目だったか? まあ、いいか。見た感じ、お前は強そうだから封じさせてもらったぜ」
「こンな結界ごときっ――」
「爆発はやめといた方がいいぜ。自分が被害に遭うだけだ」
長刀が触れないならば、と妖力を集めるフィロスの考えを見越したように青年が言う。
「この結界は特別製、守りの専門家が作ったもんだ。あんたごときじゃ壊せねぇよ」
その言葉を否定するだけの驕りをフィロスが持っていなかったのが救いだった。
感情的に破ろうとすれば、青年の言葉通りにすべてフィロス自身に返ってくる。自分の攻撃で死ぬなんて馬鹿な真似はしたくない。
「この結界はイつ解けンだ?」
「へぇ、意外と冷静なんだな。解けるときには解ける。それまで待ってろよ」
ひらひらと手を振るように槍を振り、青年は背を向ける。
「まだ仕事が残ってるからな。あばよ、色男」
引き止めることはしなかった。
これは目先の得物に気を取られ、油断したフィロスの失態だ。
小さく自虐の笑みを零し、地面に座する。ことが終わるまでただ待つ。
「退屈で死にそオだ。早く終わらせてくれよ、色男」
薄暗い世界でもなお輝く青銀の髪を思い浮かべ、フィロスは小さく呟いた。
●●●
薄暗い空は邪気の集合体。人々の恐怖と悲憤が入り混じり、彼に力を与えている。
目の前に立つのは男だ。髪も目も、身にまとう衣装すらも黒で統一した闇色の男。
浅黒い身体は程よく引き締まり、その風格はそこらの妖たちと一線を画す。
「よもや、お主か来るとは思わなんだ」
地を這う低い声が馴染みよく耳に響き、少女は紺碧の目に悲しみを宿らせる。
「……どうして」
震えた声。感情的になるまいと努めて、それでも溢れ出した悲しみが少女の声を震わせた。
「どうして、こんなことをしたの?」
「あれが憂いた顔をしていたからだ」
「オンラはこんなこと望んでいないわ」
「知っておる。これが我の望みだ」
言葉にも、向けられる闇色の目にも迷いはない。
ただ半身のことを思い、そのためにすべてを犠牲にする。たとえ、愛する半身の想いであったも。
迷いのない返答を聞いて、迷うのは少女の方だ。言葉での説得は不可能だと悟り、紺碧の目を波立たせる。
「引き下がる気がないのなら、私が貴方を止めるわ」
妖しの花。美しき金の花からその魂を分け与えられ、同じ名前を共有するもの。
「――妖華の名にかけて貴方を倒すわ」
小柄な身体から溢れ出すのは研ぎ澄まされた妖力。邪な気など一片たりとも混ざらない純粋な陽の力は一瞬にして場を満たした。
「友に手をかけるのは気が引けるが致し方ない」
対するオンモがまとうのは闇色の気。邪気と呼ばれる力を糧とするオンモはその手に闇色の刀を生み出した。
「お主は接近戦が苦手であったな」
「そうね。でも――」
剥き出しの地面を駆けるオンモの刃が少女へ向けられ、半ばで止まる。
不可視の壁が立ち塞がり、それ以上近付くことを拒んでいた。
「私には最強の守りがあるもの。貴方にこれが破れるかしら?」
尋常ではない力を受けで軋む結界を前に少女は強気で微笑む。
その傍ら、纏う妖力が姿を変える。生まれた小さな蕾はゆっくりと花開き、戦場の花が姿を現した。
「刃花」
蕾から花へ。そして花はやがて散る。
舞う花弁は凶器となってオンモに襲い掛かる。
一枚一枚が鋭利な刃となり、触れたものを切り裂く。可憐な見た目とは裏腹にその切れ味は抜群だ。
薄紅の花弁の隙間を漆黒の刀が走る。一閃ですべてを切り裂いたオンモは再び結界へ挑むべく地を踏みしめる。
「一輪で満足してもらったら困るわ」
オンモを囲うようにして蕾が生まれ、花が咲く。
ひらひらと意思なく舞っているように見えて、零れ落ちる花弁はみな一様にオンモへ襲い掛かる。
「厄介な術だ」
先程のように一閃で払うには数が多すぎる。
何せ、切り裂いても、また別の場で蕾が生まれ、花が咲くのだから。
少女の妖力が尽きない限り蕾は生まれ続け、尽きることを願うには彼女の力は多すぎる。
「ならば」
短い声に呼応し、漆黒の刀が炎を纏う。刀身と同じく漆黒の炎は、一振りで周辺の蕾たちを燃やし尽くした。
「植物であれば、燃やせばいい」
「あら、野蛮なら攻撃ね」
戦場に咲き誇る花々は残らず、闇の炎に呑まれた。
その光景を眺めながら感想を零す少女の顔に焦りはない。
当然だ。この程度の攻撃をあしらったくらいで彼女の余裕は消せない。
「水花」
唱えて生まれる水の花は頭上で溢れ、燻る闇の炎を消し去る。
お互いの力を打ち消しあう攻防。互いに本気を出していないからこその攻防。ここまでは前座だ。
「ふっ、相も変わらず、お主の攻撃は美しい」
聞こえた声はすぐ傍。瞬きのうちに迫ったオンモはその刃を不可視の壁に突き立てる。
壁は軋んだ音を立てて、細かく震えている。
「茨花っ」
地面から生えるのは長い蔓。鋭い棘をその身にまとう蔓はオンモの身体を絡め取り、少女はその隙に距離を取る。
わずかに血を流した浅黒い肌を駆ける闇の炎で茨を燃やし、オンモはすぐに少女を追う。速い。
両手を前に掲げ、障壁を展開する。一枚、二枚……計五枚の障壁を配置し、強襲を防がんと構えるが、そのことごとくをオンモは破り捨てる。
眼前へ迫った闇色に焦燥を滲ませ、少女は身を守るための結界を張る。
咄嗟に配置した障壁よりも強固なものを。
「お主はよくやった」
敗北勧告。漆黒の刀が煌めき、少女に死を届けようと――した瞬間、炎の息吹が二人の頭上に降り注いだ。
少女は結界で身を守っていたために無傷。オンモはまろぶように避けて直撃は避けたものの、受けた被害は甚大だ。
「私も最近知ったのだけれど、ここって龍の寝床らしいわ」
数秒前までの焦燥を消し去り、少女は告げる。
「眠っているところに騒がれたら、龍が怒っても仕方ないわよね」
黒い澱みで覆われた空に浮かぶ銀色の筋。光の隠された世界でもなお、美しく輝くその姿は最強の種族を歌われた龍、その生き残りである。
青銀に輝く肢体がうねり、怒りを持って振るわれる。
「ぐっ、お」
鞭のようにしなった龍の身体が容赦なくオンモを吹き飛ばす。
その上に降り注ぐのは炎の息吹。身体を起こしきれていない状態で刀を構え、オンモは息吹を斬り伏せる。
「龍ごときで、我の歩みは止まらぬ!」
肩で息をしながら、オンモは膝を立てて戦いの意思を示す。その肩口から黒い気は迸る。
切っ先を龍に向けて宣戦布告。それを受けて龍は急降下で襲い掛かる。
「龍だけが相手じゃないわよ」
身を翻そうとしたオンモを蔦で捕らえ、身動きを封じる。
そこへ青銀がまとわりつくように踊り、巨大な顎がその身を捕らえた。鋭い歯が突き刺さるオンモの身体がみしみしと軋んだ音を奏でる。
「くっ」
走る激痛に苦悶している間に龍は高く天へと登る。滴る血が雨となって地上へと振り注ぐ。
やがて顎は開かれ、オンモは落とされる。そこへ龍から炎の贈り物だ。
死ぬかもしれない。そう思いながら、少女は落下する黒い身体を見つめていた。
目的は封印すること。けれど、死んだとて問題はない。
その可能性も分かっていてこの作戦を、龍の力を借りるという提案を呑んだのだ。
「っく、ははは」
笑声が風に乗って聞こえてきた。
驚く少女の目の前でオンモは黒い気に包まれる。どこからともなく集う邪気はオンモの中へと吸収されていく。
笑いながら、オンモは迫る炎へ手を翳し、集った邪気を放った。
「龍よ、我の血肉は美味かったか?」
数十メートル先から悠々と着地し、オンモは問いかけた。その身には傷一つ残っていない。
最初に相対したときの姿のまま、オンモはそこに立っていた。
「蟲毒ね」
「そうだ。お主らが倒した同胞が我に力を与えてくれている。我が力は同胞の悲哀と憤怒である」
蟲毒とは禁術と呼ばれる術の一つだ。
他者に蟲毒の種を埋め込み、その相手が死ねば、種が埋め込まれた他の者たちへ力が分配される。
死した者の分だけ、残された者は強くなるのだ。
そして、オンモはその術を自らにもかけているのである。
これも想定していたことだ。オンモが使える術はすべて把握している。
オンモが強化されるのを少しでも抑えるため、蟲毒を埋め込まれた者の中でも強い者はヤツブサとオンラに動きを封じるようにお願いしてある。が、いくら有象無象の弱者でも積もれば強力な力となる。
いくら龍を味方につけたといえども、油断はできない。
「……?」
そこで異変に気が付いた。
宙を見上げ、不自然に動く青銀の身体を認める。
苦しみ悶えているように見える龍の姿に驚き、余裕の笑みを浮かべるオンモを見つめる。
「何をしたの?」
「我が身に流れる邪をくれてやっただけだ。龍には相性が悪かったようだな」
噛みつかれ、流れる血とともに邪気を龍の中に注いだのだ。生者を堕とす気は今、龍の中で荒れ狂っている。
いくら最強の種族と謳われようとも内側からの攻撃には抗う術はない。邪気に完全耐性のある存在など、あれくらいしかいない。
「あれが死すれば、我らはより強き力が手に入る」
「……龍に蟲毒の種を植え付けたのね」
「龍の力を利用したこと、後悔するがよい」
蟲毒は味方だけに有効なわけではない。
死に向かう敵に植え付け、力を得る方法だってあるのだ。
龍の力を得れば、オンモは手に負えない程、強くなる。そうなる前に決着をつけなければ。
「貴方に龍の力を得る機会はないわ」
蟲毒を使われたのならば、もう殺すしかない。
本気を紺碧の瞳に宿して、まとう妖力へ慈悲なき命令を与える。
変質した空気に闇色の目は細められ、同じ色の切っ先が向けられる。
「いきなさい!」
駆け抜けるのは研ぎ澄まされた妖力。漆黒の刀よりも鋭く強靭な力は弾け、浅黒い肌に無数の傷を残す。
と同時にオンモを囲うようにいくつもの花が生み出される。幻想的な世界を作り出しながら、花弁は解け、宙を舞う。
構わず、オンモは少女へ吶喊する。
突きの形で構えられた刃を不可視の壁が防ぎ、蔦がその身を拘束する。一振りで緑の呪縛から逃れたオンモはその手から放った黒い気で少女を守る障壁を覆った。
時間をかけて溶かされていく障壁が突然変形し、オンモの身体を殴り飛ばした。
強固な守りは頑強な攻撃ともなる。飛ばされた先で待つのは鋭く尖った結界。
切り裂くことも不可能なそれを、右肩を犠牲にして避けるオンモ。その犠牲にされた右肩も集まる邪気がすぐに修復する。
「本当に厄介な術ね」
オンモは数えきれないほどの妖を仲間につけた。力量など関係なく、数が多いほどオンモに力を与えてくれるから。
人間による百鬼夜行討伐は今も続いているはずだ。倒されれば倒されるほど彼は強くなる。
かといって、討伐を止めるよう人間に進言したところで、聞き入れてはもらえない。
「手詰まりといったところか?」
「いいえ。手はまだあるわ」
蕾を、花を生み出す。戦場に美しく咲き誇る花は鮮血を散らす凶器。
結局は同じことの繰り返し。
宙で見悶える龍を見上げる。助力を頼めそうにない。
ならば、仕方がない。一人で、少女一人だけで時間を稼ぎをするしかない。
手はまだある。その言葉に偽りはない。
花が彩る幻想的な風景を闇色の力が破壊する。
妖最強と謳われる力を持つ少女ではあるが、実は実戦経験が少ない。いや、だからこそとも言えるだろう。
彼女に匹敵する相手などそうはおらず、いざ相手するとなると経験値の差が如実に現れる。
怪我一つなければ、妖力も有り余るほどある。それでも決め手に欠けるというのが今の現状だった。
逆に言えば、時間稼ぎをするという点では彼女は優秀な人材と言えた。
「オンモ」
空気を揺らす静やかな声にオンモの動きが止まった。
息を呑み、凝然として目を見開く。
戦場において隙だらけの姿を晒すオンモの前に一人の女が現れた。
同じ浅黒い肌。髪は黒く長く、憂いを帯びた顔をベールで覆っている。
純黒の花嫁とも言うべき出で立ちをした女は静かにオンモへと歩み寄る。
細い指が伸ばされ――。
「封緘」
複雑に絡み合った鎖がオンモの魂を捕らえた。
驚きで見開かれていた闇色の目が音を立てて凍りつく。愛する半身の行動に波打ち、悲哀に襲われている。
「オンラ……何故っ!」
「誰かを不幸にして得る幸福なんて私はいらない」
「お主の優しさは美徳だ。だがっ、それでお主が傷つくことなど……」
「生きていれば傷はつく。貴方にはその傷を分かち、癒してくれる存在でいてほしかった」
傷つかない世界など彼女を望んではいなかった。
受けた傷を癒してくれる存在がいてくれたらそれでいい、と。理解者たる半身が傍にいてくれるだけでいい、とそう思っていた。
「私は貴方の半身。貴方の家族。だから、間違っていたら私が止める」
淡々とした口調でもそこには深い愛情が込められている。
動かない表情には慈愛を。そして、強い覚悟を。
「蟲毒は封じたわ。貴方はもう二度と自分に蟲毒を使えない」
オンラが言葉を紡ぐ間、オンモの身体からは少しずつ黒い気が漏れ出していた。天を高く昇りやがて解けていくそれは蟲毒で集められていた力だった。
オンモが蟲毒を使えるなら、オンラもまた蟲毒を使える。術を知り、封じることだって可能なのだ。
「……蟲毒が使えぬのであれば……傀儡よ!」
大きな影が迫り、少女は反射的に上を見上げた。長い青銀の身体がしなり、叩きつけられる瞬間に障壁を展開した。
「傀儡の術……龍に仕込んでいたの…?」
数秒前まで苦しみ悶えていた龍が、少女に狙いを定めて襲い掛かる。
その目に意思はなく、オンモによって操られているのだと戦慄した。
龍相手に大見得を切って勝てるとは言えない。
「ったく、どいつもこいつも世話が焼けるな、最強さんは。自分の力に慢心してるからうっかり操られたりするんだぜ」
打開策を練る少女の前に一人の青年が躍り出る。
龍の鱗と同じ青銀の髪を風に遊ばせながら立つ彼は突進してくる龍を正面から迎える。
武器を構えもしない姿は隙だらけ。咄嗟に結界を張ろうとする少女の眼前にまた新たな人物が現れる。
「今だ!」
青銀の青年、ヤツブサの声に応じて、藍色の影が飛び込む。
瞬間、銀色の一閃が鮮血を散らした。弾ける赤は宙を舞い、その中で藍と銀が踊る。
「――っ!」
声なき声で絶叫をあげる龍の口端から炎の息吹が零れる。ちらちらと舞う火の粉を呑み込むように水の花が咲いた。
水花は熱を受けて蒸気となり、場を深い霧で覆う。
「最後だ、親父殿」
二本の銀閃が霧の中を走り、白い世界を赤く染め上げた。
青銀の肢体に深く突き刺さった龍槍と、赤い線を描いた龍刀。
それを握る二人の青年は息一つ乱さないまま、地面に落とされた龍へ歩み寄る。
「最強様が無様な姿だな」
「最強、などと……呼び出した、のは貴様ら、だ。……我は…強くなど、ない。……我は、滅びの運命から、逃げ出した臆病、者だ」
「そんでもって人間と交わり、平和ぼけをかましたんじゃ、こんな最期がお似合いってか」
色褪せた青銀の鱗とは対照的に、揺れる銀髪は眩く輝いている。
「因果なものだ……」
深く息を吐き出した龍の言葉をヤツブサはただ静かに聞いている。
二人の関係は知らないが、強い何かで結ばれているような気がする。
契約とはまた別の強い何か。少女と妖華を繋ぐものと近い何かを。
「龍殺しの誉れをお前に……」
「いらねぇよ。誉れだの、肩書だの、持ってたって肩が凝るだけだ。俺はこれさえありゃあいい」
きらり、と青銀に光るそれをヤツブサは持ち上げる。
肌身離さず、胸にさげていたそれは龍の鱗だと聞いている。契約の証として交換したのだとか。
「形見として持っててやるよ」
それだけ言って、ヤツブサは隣に立つ藍髪の青年、神威へ視線をやる。
無言の指示を受け取った神威は持っていた刀を振り、龍の首を胴体から切り離した。
吹き出す血に混じって、黒い気が天に昇る。オンモが埋め込んだ蟲毒の種だと少女が認識したと同時に、オンラが地を蹴った。
高く昇る黒を掴み、握り潰す。僅かな残滓だけを残して、龍の力は消し去られた。
「これで他のところには届かない」
「……最後ね」
それぞれがそれぞれの役目を果たした。最後は少女が与えられた役目を果たすだけだ。
妖華から渡された壺を取り出し、オンモへと向き直る。
「貴方を封印させてもらうわ」
紺碧の瞳が金に輝く。自らを作り上げた半身の色を瞳に、全身にまといながら、少女は初めての友と相対する。
万物を守る力を与えられた者による封印。万が一、解けることになっても、それは何百年も先だ。
その頃にはきっと蓄えた蟲毒の力もすべて零れ落ちていることだろう。
「さようなら」
光が溢れて、オンモの身体を絡め取る。
邪気での抵抗も神なる力の前では無意味。瞬く間に浄化され、代わりと言わんばかりに金の光が溢れる。
金をまとう少女の目が、憂いに満ちるオンラの目が、苦悶するオンモを見つめ、やがて――。




