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 解かれていくはずだった世界は半ばでその作業を中断する。すべてを無に、その命令を拒否された。


「何故っ!」


 帝天は無理解を叫ぶ。


 邪魔者はすべて排除した。再構成の障害になるものはもういないはず。

 しかし、初期化が中途半端なまま、世界は再構成のために動き出す。


「止まれ」


 静寂に声が高く響き渡る。しかしながら再構成は止まらない。

 白い靄は困惑と焦りでその身体を揺らす。


 世界が帝天の命令を拒絶する。創造神の手から離れて独りでに動いている。

 そんなことあるはずがない。そうならないように帝天は邪魔者を消して再構成を始めたはずなのに。


「待ってたぜ、お上さんよ」


 状況の理解が追い付かない帝天の前にそれは立っていた。

 初期化され、存在ごと消えているはずのそれが。


「思った通りの反応をしてくれて嬉しいぜ」


 青銀の髪を風に遊ばせる青年。人外を思わせる顔には確かな笑みを浮かべていた。

 ヤツブサと名乗り、邪魔者の傍にずっといた青年である。


「これは貴様が……!」


「生憎、俺だけじゃこんなできねぇよ。手を貸したのは事実だけどな」


 からっと笑った視線が指し示す先。


 ヤツブサの前に伸びる影が動き、三つに分かれる。後ろに立っていたらしい二人の人物はそれぞれに不敵な表情で帝天と相対した。


 一人は金色の髪をくるぶし辺りまで伸ばした少女。空を切り取ったような紺碧の瞳は真っ直ぐに帝天を射抜いている。

 一人は小柄な鬼だった。幼い顔立ちには似合わない老成した雰囲気をまとう小鬼は、鬼族のまとめ役をしている男だ。

 どちらも邪魔者の傍にいた人物だ。


「我らが束になっても勝てるかどうか分らんかったからの。別の策を用意させてもらった」


「言うなら試合に負けて勝負に勝つってやつかしらね」


 神なる存在を相手にしても、一歩も負けない気迫で三人は睨みを利かせる。


「妖華たちが負けるのは織り込み済みなの」


 最初から負けるつもりで帝天との戦いを挑んだ。

 策がバレないように本気で、勝つつもりで攻撃を仕掛けてはいたが。


 最期に笑った本当の意味を知り、帝天は怒りを宿らす。


「僕を、謀ったのか⁉」


「そんな怒ることか? 俺らとあんたは敵同士。益を得るために手を尽くしただけだぜ? つまりは対等だ」


「セカイを誑かしたのでしょう?」


 金髪の女、妖華と名乗る邪魔者はセカイを知っていた。つまり彼女を誑かして、自分たちの存在を秘匿させていたのだ。


「変な言いがかりつけねぇでもらえますか? セカイは簡単に誑かされるような安い女じゃねぇですよ」


 新たな声が仄かな怒りを持って場に投げかけられた。


 空気が震え、集った霊力が人の形を作る。

 透き通る白髪を肩口で揃え、真っ白なセーラー服をまとう少女。白い睫毛に縁取られた白い瞳は不機嫌に帝天を見ている。


「では、なんで、アタシを、謀ったの?」


「言いがかりだって何度言えば分かりやがるんです。セカイが天を謀ったことなんて一度もねぇですよ」


 観測者、綾木世界はやれやれと肩を竦めながら、創造神と相対する。


「大体、何の根拠があってそんなくだらねぇこと言ってんです?」


「武藤神威を見たらいいと、君が、言ったではないか?」


「はぁ⁉ そんなことでセカイを疑いやがったんです? 大間違いもいいところですよ」


 誰を見るべきか、帝天はセカイに聞いた。

 セカイは逡巡ののちに『武藤神威』を選んだのだ。

 それに従った帝天はまんまと異端者たちの策に嵌まってしまった。これが謀られた以外のなんだというのか。


「いいですか。セカイは観測者です。それ以上のことはしねぇんです。観測先に干渉するなんてセカイのポリシーに反する行為ですよ」


 苛立ちのままにセカイは言葉を並べ立てる。怒りの中、自らを作り出した存在に言い聞かせる。


「セカイはいつだって結果にもっとも影響のない選択肢を選ぶ。それがたまたま武藤神威だっただけです」


 セカイと創ったのは、自分の代わりに作品を監視する存在が欲しかったから。

 彼女は観測以外の力を持たない。観測こそが彼女のすべてであるように設定したのは他でもない帝天自身。

 謀ったのではない。彼女は、与えられた役目に従っていただけ。


 これは綾木世界の性質すらも利用して帝天を嵌めた異端者たちの方が一枚上手だったという話だ。

「分かってくれやがりました?」


「ええ。そうだな。お前は、そういう人でした」


「だったらそれでいいってことにやがりますよ。セカイは寛大なので」


 言いながらセカイはくるりと踵を返し、帝天から、いや、帝天とその前に立つ三人から距離を取る。


「せっかく降りてきたわけですし、特等席から観測させてもらいますよ。さあさあ、続きを繰り広げやがってください」


 これ以上、介入するつもりはないと示すセカイを横目に帝天は改めて三人に向き直った。

 こうして目の前に立つまで、さして気にすることもなかった三人へ。


「如何様に、俺様を、嵌めたのかしら?」


「難しいことはないわ。多くを見る貴方の目には大きな歪みしか映らなかったから」


 その歪みの影に隠れて画策するのは難しくなかったと。

 語る紺碧の目は横に立つ青銀の青年、ヤツブサへ向けられる。


「小賢しく回る頭もあったしのぅ」


 鬼族のまとめ役である小鬼もまた不敵に笑ってヤツブサを見た。

 味方、そして帝天の視線を一身に受けながら、ヤツブサは一歩前に出た。


「守る力。操る力。紡ぐ力。でも、お前が失ったのはそれだけじゃねぇだろ?」


 異端者たちは同時に簒奪者でもある。


 彼らに奪われた力は劣化した。長らく気付かずにいたそれも今はすべて把握している。

 ヤツブサが口にした三つの力。そして――。


「「見る力」」


 ヤツブサと帝天。二人の声が重なる。

 驚く帝天に、ヤツブサはただ不敵に口の端をあげる。


「俺にはあんたが定めた道筋が見えてた。それに倣って動けば、あんたの目を誤魔化すのは簡単だったぜ」


 妖華。紅鬼。武藤神威。この三人だけが異端者ではなかった。


 人と龍の間に生まれた彼もまた異端者の一人。

 帝天は一人一人を認識しているわけではない。道から外れた不和ばかり注視し、予定通りに動くものは視界から外していた。だから気付けなかった。


「同じ歪みである神威と行動を共にすれば、俺の歪みも隠せる」


 歪みはまた新たな歪みを生み出す。近ければ近いほど歪みは大きくなっていく。

 同じ異端者の影に隠れて行動していれば、自らの歪みも隠すことができる。ヤツブサはそうして巧妙に帝天の目を欺き続けていた。


「つっても、それでどうしたいかなんて俺にはなかったけどな。目的は一つだけ。それも早々に片付けられたし」


 胸元で輝く龍の鱗を弄りながらヤツブサは言葉を並べる。


「でもま、あんたが神威たちに目をつけて、あいつらがそれに抗うって決めたんで俺も手を貸したつーわけだ」


「でもっ、今の貴方には、白き波動を、感じねぇ」


「そりゃそうだろ。何せ、見る力は神威にやっちまったからな。もう俺には必要ねぇもんだ」


 あっさりと言ってのけるヤツブサに不可解と白い靄を揺らす。


「そんなことが、できるはずないわよ!」


「確かに、力をあげたら俺は存在を保っていられなくなる。でもここは、歪みまくった世界。んでもって、俺には神威との強い繫がりがある」


 笑うヤツブサの目が銀色に輝いている。神秘をまとったその輝きは帝天もよく知るものだ。


「奪った力を失っても、神威の眷属になっちまえば存在は保っていられる」


 その目に神秘をまとっているのはヤツブサだけではない。


 銀。金。紅。始末したばかりの出来損ないの神と同じ色を宿した目が三対。

 彼らは眷属になったのだ。眷属との繫がりが殺したはずの異端者を生かしている。つまり。


「お前たちを、殺しちゃえば、いいんですね」


「あら、そんな簡単にはいかないと思うわよ」


「笑止。あんたたちくらい、儂の、敵にはならないっての」


 ただ奪われた力の一部を使えるだけの存在だ。異端者どもの劣化版と言っていい。

 多少苦戦したあれらと違い、殺すことは難しくない。


「死になさい!」


 爆破した霊力が並び立つ三人に襲い掛かる。避ける素振りはない。


 威力を抑えていない攻撃は確実に三人の息の根を止めるはずだった。

 鋭い衝撃はその欠片も三人に届くことなく四散する。壁に当たったような消え方だった。


「妖華の守りは最強よ?」


 自らを創った存在を誇るように金の少女は言った。


 そこで気付く。

 彼女たちは守られているのだと。金の光をまといし、妖しの華によって。


「あれは、そなたたちに、力を割いていたのね」


 戦闘中、やけに守りが弱いと思っていた。と同時に奪った力ならばこの程度かと考え、帝天は思考を止めた。


 妖華の力が弱かったのは、本命である彼女たちに全力を注いでいたからだ。

 最強の守りの先に攻撃を届けるのは難しい。出来ないことはない。しかしながら、今の帝天にあの結界を破るだけの時間はない。


 もうすでに帝天の手を離れて、再構成は始まっているのだ。

 最短で結界を破壊できたとしても、それは次なる世界はもう作られた後。


「私たちは私たちの守りたいものを守る」


「俺のこと、舐めててくれてありがとな」


 策がない。すべてを知るが故に、帝天は自身の敗北を完全に理解していた。

 万能の力を持っていても打つ手がない。いや、もはや帝天の力は万能とは言えない。

 奪われた力は劣化し、同じ万能をぶつけられれば押し負ける。その程度の存在に成り下がった。


「では、後は頼むぞ。――春華よ」


 老齢な響きを聞き、帝天は更なる衝撃に瞠目する。――もう一人いた。


 並び立つ三人のさらに奥、一人の女性が立っている。

 神秘の光をまとうその少女は祈るように重ねていた手を離し、世界へと語りかける。


「唄うは金の華。踊るは紅の鬼。奏でるは銀の龍」


 春華と呼ばれた女性の霊力が膨れ上がり、三つの人影を描く。


 一人は、身の丈以上もある金髪を背中に流した女性。端正な顔立ちは冷たさと、深い情を宿している。

 一人は、黒髪を無造作に結んだ男性。目は鋭く、まとう空気は刺々しく、それでも仄かな温かみを感じさせる。

 一人、一房だけ長い藍髪を髪留めでまとめた青年。浮世離れした空気は人々に近寄りがたい印象を与える。


「妖華様。紅鬼。神威さん」


 歌うように紡がれる言葉に生み出された影は静かに頷く。


 まず藍髪の青年が手に持つ龍笛に息を吹き込んだ。細い指が美しい音色を紡ぎ出し、そこへ金髪の少女の声が重なり、黒髪の男性が力強い舞いを披露する。


 呼吸を忘れて魅入られるほどの美しい一幕。


 出来損ないと呼ばれる三人の神の力が合わさり、世界は分かたれる。

 その様を帝天は何にもできずに見つめていた。

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