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 神秘的な雰囲気を奏でる花園で一人で女性が佇んでいる。


 金色に輝く髪は地につくほど長く、端正な顔立ちは神の最高傑作ともいうべき造形美を見せている。

 透き通る睫毛が縁取る金の瞳は鋭く、静かな怒りを湛えている。


「妾も飽いてきたところだ。くだらん遊戯に終止符を打ってやろう」


 凄絶な笑みを浮かべた宣言を聞くのは彼女と同じ異端の存在だ。

 創造神の予定を乱し、望まれず生まれてきた者だ。


「姫の御心のままに」


 恭しく頭を垂れるのは藍髪の青年。一房だけ長い髪を金の髪飾りでまとめた青年は、最強と謳われる人間である。

 龍をも殺した人間の青年は、ただ愛する姫のために剣を振ることを誓う。


「話は聞いている。あの日誓った以上、我も勇んで天へ剣を向ける心づもりだ」


 低く言葉を重ねたのは角なしの鬼。血を零したような紅の目に迷いはなく、傍らに立つ愛しい女を見る。

 金に近い琥珀色の髪を背中に流したその女性は真摯な目で金の花、妖華を見ている。


「私も力添えします、妖華様」


「美しき春の華よ、そなたの力があれば実に心強い。しかい、良いのか?」


 金の目がつい、と細められる。どこか柔らかさをまとい注がれる視線は春の華と呼ばれた女性の腹の辺りへ向けられている。


「身重の身で戦に参加するには荷が重かろう」


「ご心配は無用です。この子を守る術を心得ておりますので、それに……この子が生きる世界を私は守りたいのです」


「守る、か。なれば、妾もそなたの子を守るために力を貸してやろう」


 言って、妖華は女性、春華の腹部に触れる。わずかに膨らんだそこへ触れた指先から金の燐光を散り、赤子を守る加護が施される。


「そなたが死しても、この加護がそなたの子を守るであろう」


「感謝いたします、妖華様」


「よい、ほんの戯れじゃ」


 美しいものを愛でるのが妖華という人物だ。


 自らが美しいと判断すれば、いくらでも心を砕く。逆に気に入らないものには視線すらくれない。

 優先すべきものの順番を何より明確にしているのが、この万物を守る力を持つ女性であった。


「相手は創造神。いくら妾が美しかろうと――一筋縄ではいかぬ。青銀の、知恵を貸せ」


「ま、この面子じゃ俺にお鉢が回ってくるのは当然だろうな」


 黙して状況を見守っていたヤツブサは、青銀色の顔を掻きながら一歩前に出る。


「いいぜ。俺の実力じゃ、知恵ぐらいしか貸すもんねぇしな」


「ぬかせ。そなたの力を妾が知らぬとでも思っておるのか」


「怖い顔すんなよ。単なる事実だ」


 凄む妖華に怯む素振りも見せないヤツブサ。

 真っ向から相対しながら顔色一つ変えない胆力を見せつけつつ、その目で周囲を一巡する。


「取り敢えずは戦力の確認でもすっか」


 軽い調子で妖華の言葉を交わす姿はまさに恐れ知らず。

 誰が相手だろうが、どんな状況であろうが、決して変わらない姿は彼の信条とも言えるだろう。


「こっちの戦力は神威と俺だ。知っての通り神威は最強、いや、バケモンって言った方がいいかもしれねぇな」


 蔑称と受け取られそうな言葉を平然と言い放つヤツブサ。

 “バケモン”と称された当の本人は気にした素振りはなく、ただ妖華へ熱視線を送っている。


 無頓着と無関心。後はヤツブサへと強い信用と信頼が積み重なり、絡み合った結果だろうか。


「武術と妖術も一通り。どこに置いても期待以上の結果を出すことは折り紙付きだぜ」


 武藤流武術において歴代一の使い手。その上、最強の妖退治屋の名を冠する。

 その強さからつけられた異名も、語られる伝説も数知れない。


「んで、俺はまー、人よりちょっと戦えるくらいだな。速さだけは自信があるから、伝令役ならいくらもでやってやるぜ」


 最強の傍らに寄り添う参謀役と呼ばれているのが、このヤツブサだ。本人は謙遜ばかりを口にしているが、化け物と行動をともにできる実力は相当なものだ。

 彼の言葉通り、特に速さは他の追随を許さない。速さだけで言ったら、神威すらも及ばない可能性があるほどに。


「美しき妾と我が花、黒き娘がこちらの戦力じゃ」


「姫さんは守り専門だよな? 残りの二人は?」


 妖華が持つのは万物を守る力。応用で攻撃もできるが、基本的には守り専門の力だ。

 正面切って戦うのは不得意だが、守りに関していえば、彼女ほど頼りになる者はいない。


「私は妖華の一片だから似たようなものなのよ。多少融通は利くけれど、後方支援の方が得意ね」


「私は……陰の術なら一通り。禁術も使えるわ」


「なるほどな。こないだの戦いも参考にしつつ練るか」


 妖華と名を共有する少女は能力も妖華と似通っている。彼女の方がある程度動けるというのは先のオンモとの戦いでも証明されている。

 先の戦いでいえば、オンラの方もある程度実力は見ている。


 同じ戦場に立っていた身として作戦を組み立てるヤツブサは残る一陣営へ視線をやる。


「そちらさんは?」


 紅い目の鬼は神威の次、いや、同じくらいに期待できる戦力だ。


「我と春華、仰げば、他に協力してくれる鬼もいよう」


「紅も、他の鬼もすごく強いけれど、私はサポート系の力しか使えないわ」


 紅鬼は万物を操る力を与えられた異端鬼。角がない不完全な存在とはいえ、その実力は他の鬼など相手にもならない。

 鬼族は身体能力の高さで有名な種族だ。その中で紅鬼は最強と呼ばれる。


「細かい力は我には分からぬ。後で一鬼を遣わそう。あれは頭も回る」


 今の鬼たちをまとめているのが、一鬼という人物だ。

 強さだけではない曲者というのは有名な話で、ヤツブサも納得したように頷く。

 妖華、ヤツブサ、一鬼が大帝天戦における作戦参謀といったところか。





 そこまで見て、セカイは目の前に浮かぶ泡を切るように払った。突然の衝撃に泡は弾け、消え失せる。


「それなりに期待できそうでいやがりますね」


 綴られた道筋から外れた物語はセカイを楽しませてくれる。ならば、より楽しめるように作戦までは見ないでおこう。

 知らないことは知る喜びを与えてくれる。


「気になってネタバレを見ちまうのは無粋ってもんですから。精々、セカイに初めての衝撃を与えちまってくださいね」


 他人の生を娯楽として楽しむ尊大さで告げるセカイ。


 セカイはいつだって観客で視聴者だ。

 自分が関わりの外に置かれた物語を面白半分に眺める存在。

 暇潰しになることを期待して、退屈な内容なら罵詈雑言を口にする。


 当事者になり得ない立場を好むセカイは、これでも一応視聴者としての嗜みを大事にしている。

 それが作戦を見ない、ということに繋がるのである。


「滅多にねぇ面白い状況でいやがりますからね。一番楽しめるように整えねぇと勿体ねぇです」


 作戦を見てしまえば、これから先の展開も読めてしまう。それは面白くない。

 だから敢えて肝心なところから目を逸らし、別の物語へと目を向ける。


 この白い空間にはいくつもの泡が浮かんでいる。その泡の一つ一つには監視カメラ映像のように外の世界の状況がリアルタイムで映し出されている。


 白い瞳で順繰りに泡を眺め、気になったものを退屈そうに見つめる。

 いくつもの映像を同時進行で見つめ、暇潰しにもならないと息を吐く。


 どれもこれも帝天の創った道筋をなぞった出来事ばかりだ。観測者として自動的にインプットされている物語を見せられたところで感動は起こらない。

 胸躍らされるほどに面白いことなんて滅多にない。だからこそ、異端者たちには期待している。


 久しぶりに楽しませてくれ、と。


「ん? 何の用でいやがりますか、天」


 背中に降り立った気配に、泡から視線を外さないまま問いかける。

 曲がりなりにも自分を作った存在――親とも言うべき存在に不敬とも言える態度だが、お互い気にしない。

 お役目中だから振り返らなかった。あっちはそう受け取っているはずだ。


「あれの動きはどうなっていやがりますか?」


 自分と同じ声が耳朶を叩き、セカイは不快そうに顔を歪めて振り返った。


 白い少女が立っている。

 肩をくすぐる長さの白い髪。白雪の肌を包み込むセーラー服もまた白一色。白い睫毛に縁取られた目も白。

 それ以外の色を拒むように純白で統一された姿はセカイと瓜二つあった。


「またセカイの姿を使ってやがるんですか?」


「会話をするならこっちの方が便利でいやがりますから。何か問題でもあるんですか?」


「あるかと聞かれたら、大ありです!」


 誰が好き好んで自分とまったく同じ姿の存在と会話したいなどと思うか。

 そう吠えるセカイに、同じ顔が不思議そうに首を傾げた。


 双子というよりはドッペルゲンガーに近い。完璧に細部までコピーされた自分の姿が目の前にある気持ち悪さを理解していないのだ。

 どんなに感情を説いても無意味だと理解しているセカイは込み上げる感情を息として吐きだした。


「同じ顔が二つあると混乱しやがるので髪型と……喋り方くらい変えてくれるとやりやすいんですが」


 分かり合う気のない存在と分かり合おうなんて思っていない。

 最低限の説明さえすれば、帝天は首を傾げたまま瞬きを一つする。瞬間、短かった髪が腰の辺りほどまで伸びた。


「これで……これで問題ありませんか?」


「十分ですよ。……それをずっとキープしてくれてたら他に言うことはねぇんですが」


 ぼやく言葉は帝天まで届かない。

 今、キャラメイクを変えたところで一時的なものだ。どうせ、他の場所ではセカイの姿を使うのだろう。


「んで、……ええと、なんでしたっけ?」


「あれらの動きを聞きに来ました。まだ諦めてはいないでしょうから」


「ああ、異端者たちの動きですね。んー、あー、まあ、特に目立った動きは見られねぇですね」


 嘘は言っていない。


 今は作戦を練っている段階に過ぎず、異端者と呼ばれる者たちはまだ動き出していない。

 セカイが見たのは何やら話し込んでいた姿だけで、それをわざわざ伝える必要もない。

 遠目に見れば、作戦会議なのか、単なる談笑なのか分かりはしないのだから。


「セカイに聞かなくても、それくらい自分の目で見やがればいいじゃねぇですか。特定の監視ぐれぇは天もできるでしょう?」


 セカイが創られたのはより広く監視するためだ。

 狭い範囲であれば、帝天自身でも十二分に事足りるはずだ。


「私の力が届かないものもあります。あれらに奪われなければ別だったでしょうが」


「力を奪われて劣化したってことですか。どこまでなら見えるんです?」


「一人。それが限界です」


「たった一人だけですか。へぇ……」


 異端者たちはそれぞれ帝天の力を奪ってこの世に存在している。

 あの金色のお姫様が持っている『万物を守る力』がそれに当たる。


 ただの歪みが形を成し、生を得るには確固たる力が必要だったのだ。歪みに力を奪われた結果、全知全能だったはずの帝天の力に制限がかかっている。

 監視の目に制限がかかっているのならば、あの中に『見る』力を奪った者がいるということだ。


「それはそれはセカイの価値が縛上がりする事態でいやがりますね」


 帝天の目に制限がかかろうが、別個体として存在しているセカイには何ら関係ない。

 今まで通りに世界中を、今世から外れた異なる世すらも観測していられる。


「一人ってなると誰を見るかが重要でいやがりますね」


 何せ、異端者は三人。その協力者はもっと増える。

 一人を観測して対策を練ろうにも誰を見るべきかは分からない。だから、助言を求めに来たというのが今回の来訪の理由だろう。


「そうですねぇ……あれらの中で誰を見るか」


 あれらの策を台無しにするには誰を監視するのが一番いいか。


 候補はある。この手のものは頭脳派、作戦を立案する人物を監視するのが一番確実だ。

 となると、妖華、ヤツブサ、一鬼の三人辺りが有力候補だ。


 この中でより痛手になるのはおそらく――。


(あれなんでしょうが、セカイは別に天の味方になるつもりもねぇですから)


 誰の味方にもならないのがセカイのスタンスだ。

 下手な介入は物語の味を損なう。が、頼んでいる相手は親であり、上司なので断ることもできないのが現状である。


(んー、ここはあの怖ぁ―い妾様の機嫌を損ねないよう、それでいて天の要求にも応えられる人物を……)


 監視するべき対象として上位には来るが、大きな痛手にならない人物。それにもまた心当たりがあった。


「武藤神威辺りがいいんじゃねぇですか」


 戦闘力でいったらあの中では群を抜いている人物だ。監視するに越したことはない。

 それでいて言われるがまま動く機械のような人物であり、監視したところで作戦の全容を帝天が知ることにはならない。

 戦力で言ったら紅鬼も捨てがたいが、後者の理由も踏まえて神威を選んだ。


「武藤神威……なるほど。分かりました」


 ここで帝天がセカイの考えを否定することはない。


 納得し、必ずセカイの言葉に従う。

 機械のよう、というのは帝天にも言えることであった。


(ま、こっちは機械っていうとより力を過信してるってのがお似合いかもしれねぇですけど)


 無理もない話だ。本当なら帝天に敵う存在なんていない世界だったのだから。


 創造神。この世の管理者。全知全能にして最強。

 しかし、歪みによって全能が揺らぎ、対抗できるものが生まれてしまった。その事実を帝天は完全に認識できていない。


「引き続き監視をお願いします」


「観測と言ってほしいところですが、分かっていやがりますよ。これがセカイのお仕事ですから」


 そんな返しを聞いて帝天の姿が解ける。白い少女の姿がふわりと舞うように消えた。

 一人に戻ったセカイは小さく息を吐き、


「天がどうなろうとセカイは興味ねぇですし」


 周囲に浮かぶ泡へ向けるのであった。

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