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「あっはっはっ、ふふ、あはは、ははっ、くふっ、ふふふふふふ、ふふっ、っ……はー、ぁ、ふっ、くっくっくっ」


 そこは白に覆われた空間であった。上を見ても、下を見ても、右も見ても、左を見ても、白一色。


 背景と同化する白い泡がいくつも飛んでおり、その一つを覗いていた少女が一人笑い声をあげている。

 ひっくり返り、足をばたつかせながら実に楽しげに。


 空間と同じく、少女もまた白一色だけをまとっていた。

 振り乱れる髪は透けるように白く、肌は新雪を思わせる。笑いすぎて涙を浮かべる目も白だ。

 まとうのは白いセーラー服であり、スカーフも、靴下も、靴も、すべてが白に統一されている。


 まるで、それ以外の色を嫌うような出で立ちの少女はひとしきり笑った後、疲れたように白い床に寝そべった。


「はぁー、傑作でいやがりますね。あれの策がこうも愉快に破られるとは、くくくっ」


 先程見た光景をまた思い出して、堪え切れない笑声を零す。

 本当に傑作だった。策を破られてどんな顔をしているのか見物だと思いながら、相手が顔を持たない存在であることを悔やむ。


「あんなに面白いのは何百年ぶりでいやがりますかね」


 別なる存在として生を受けてからずっと少女は世界を見守り続けていた。いや、見守るというよりはただ見物しているだけと言った方がいいか。


 観測者の役目を与えられ、この白い空間でただ世界を見続けている。


 与えられた役目は少女のすべてあり、暇潰しの娯楽だった。

 決まった道筋を歩む人々を眺める日々は機械的でたまの刺激を求めていたところにこれだ。


 予定から外れた物語は予想外の連続で実に面白い。日々に飽いていた少女の心を程よい快楽を与えられる。


「まあ、あれは不満でしょうが」


 少女の創り、役割を与えた存在を思う。


 彼の存在の望みは定められた道筋を歩むこと。

 世界を監視し、道筋から外れたものを見つけ出すことが少女の本来の役目なのだと。


「セカイ的には大満足の結果でいやがりますね」


 自分の大本だからといって少女はかの存在と意思を同じとする理由にはならない。

 別個体として創られたのならば、違う考え方を持っているのが当然だ。


「ふふっ、あれがどんな反応してるか気になる――へっ、いやいやいや、なんで…っ」


「ふむ、随分な驚きようじゃな。無作法に覗き見ていたのではないのか?」


 白い空間に金色の光が一筋落ちる。


 目を剥く少女に不愉快そうな視線を送る闖入者は優雅に歩み寄る。

 身の丈よりも長い髪が軌跡のように広がり、白を金で埋め尽くす。分かりやすい侵略の証だ。


「どうやって来やがったんですか。ここには誰にも、あれしか入り込めねぇはずです」


「妾を誰と心得る。性格の悪い術を解くことなど造作もない。妾が望めば、道は作られ、扉を開く」


「ははぁ、守る力の応用って話ですか。帝天由来の力じゃ、探り当てられても不思議はねぇですね」


 少女と同じく、目の前の金の女もまた創造神の力を使う者である。


 与えられた少女とは違い、彼女の場合は奪った力ではあるが。

 界の狭間に創られたこの白い空間は少女の自室のようなものであり、誰も入り込めないよう厳重な封じがしてあった。


 創造神でもなければ、立ち入ることはできないそこに現れた闖入者は、天の簒奪者であった。


 奪った力で、ここへの道を繋いだのだろう。

 からくりが分かれば驚きもない。顔を彩っていた驚きを不愉快に変えて、白い瞳を向けた。


「で、セカイに何の用です? いいところを邪魔されて死ぬほど不愉快なんですが」


「なれば、そのまま死ぬがよい」


 会話する気があるのか、ないのか。

 吐き捨てられる言葉に苛立ち、少女は床を強く叩く。


「はあ⁉ 人の部屋に土足で踏み込んで、素晴らしい態度じゃねぇですか⁉ 何様で嫌がるんですか?」


「妾は妾じゃ」


「答えになってねぇんですよ。妾様は会話もまともにできねぇんでいやがりますか!」


 唯我独尊というのはまさに彼女のことを言うのではないだろうか。

 苛立ちのままに吠える少女の言葉を受けても涼しい顔を貫いている。それがまた少女を苛つかせる。


 万物を守る力とはよく言ったものだ。攻撃だけではなく、口撃すらも彼女の前では意味をなさないらしい。


「まあ、いいです。セカイが譲歩してやるますよ、大人なんで」


 不毛に時間を潰すのも嫌だと込み上げる万の言葉を飲み込む。


「二度目です。セカイに何の用でいやがりますか?」


「分からぬか?」


「分からねぇから聞いてんですよ。質問に質問で返すなって教わら……ああ、てめぇらには教える親もいねぇんでしたね」


 一部例外もいるが、異端と呼ばれる者は親を持たない。何もないところから形を成し、簒奪した力から成る魂を宿らせる。


 簒奪者にして異端者。

 創造神が忌み嫌う彼らはそうしてこの世に生を受ける。


「まあ、セカイも親に何か教えられたことなんてねぇんですが」


 少女の親といえば創造神である。


 かの存在は少女を創り、役目を与えただけで、親らしいことを何一つされていない。してほしいとも思っていないが。

 親なんて言ってみたが、少女は創造神を親だなんて微塵も思っていない。


「観測してたのを怒ってやがること以外なら、きちんと説明してくれると助かりますね」


 対等に会話を進めるのは難儀な相手だと判断して下手気味に言葉を投げかける。

 ここまでして答えを得られなかったら無視しよう、と。


「観測とは高尚な言葉を使うものじゃな。そなたがしていることは単なる覗きであろう?」


「はっ、なんとでも言えってんです。これがセカイの役目で誇りです。誰に何を言われてもそこは変わらねぇんですよ」


「役目、か。であれば、あれらを誑かし、我が花に涙を流させたこともそなたの役目か?」


「……?」


 言っている意味が分からないと首を傾げる。

 少女はこの白い空間で世界を観測していただけだ。それ以外のことは生まれ落ちてから一度たりともしたことがない。


 どうやらこの金の女は誰かと勘違いしているらしい。

 首を傾げながらそう考えて、得心がいったように瞬きをする。


「妾様が言ってんのは創造神のことですか?」


「そなたではないのか?」


 丸くなった金の目からようやく剣呑な光が消える。毒気が抜かれたような表情を前に少女は首肯した。


「セカイも創造神の一部といえばそうですが、妾様が言ってやがるのとは違います。セカイはまあ、あれの子供みてぇなもんです」


 やはり彼女は少女を創造神だと思い込んで、ここまで押し入ってきたようだ。


「勘違いするのも無理ねぇですよ。あれは実体を持たねぇもんですから、必要なときはセカイの姿を使うんです。いい迷惑でいやがります」


 実体を持たない白き存在。姿を現すときはいつも誰かの身体を真似ている。

 少女は客観的に、他人事のように眺めているのが好きなのだ。姿だけでも自分がその輪の中に入っているなど反吐が出る。


「セカイは綾木世界(あやきせかい)。帝天から分かたれ、世界のすべてを観測する者です」


 改めて名乗りあげる。


 無数に枝分かれした白き力が一本だけ手折られ、新たな生命として生まれ落ちた。それが少女、綾木世界であった。


「ほう。つまり、そなたはただ覗き見していただけというわけか」


「覗き見ではなく観測ですが、今はそれでいいですよ」


 何を言っても無駄だということを短い時間で悟った少女、セカイである。


「そなたの見たものはあれにも共有されておるのか」


「一部はってとこですかね。いくら創造神と言っても、セカイが見たものすべてに気を配るなんて無理な話ってやつです。だから、セカイを創りやがったわけですし」


「判断は誰がしている?」


「セカイです。あれに頼まれたときだけ、必要な情報を送ってやってます。本当なら異常を見つけたら報告ってのがあれの求めることなんでしょうが」


 正直、面倒臭いというのがセカイの本音だ。

 創造神に忠誠を誓っているわけでもないので、要請があったときだけ粛々と搔き集めた情報を精査して渡している。仕事ならそれなりにやる、という奴である。


「お陰でてめぇらのことも明確なズレがあるまで気付きやがらなかったわけですし、感謝してくれてもいいですよ」


「妾の感謝が欲しいのであれば、最後まで隠し通すことじゃな。半端な仕事にくれてやる報労などないわ」


「別に本気で求めてたわけじゃねぇですけど、そう言われるとむかつきますね」


 冗談が冗談として通じない相手らしい。見た目通りといえば見た目通りではあるが。

 彼女とはとことん相性が悪いとセカイは改めて認識する。早く退場願いたいものだ。


「まあよい」


 何がいいかは分からないが、セカイはあえて黙して相手の出方を窺う。


「そなたが知らせぬ限り、あれが気付かぬということで相違ないな?」


「概ねそうです。でかい存在ほど足元が疎かになるもんですから、余っ程大事にならない限りは気付きやがらねぇと思いますよ」


 なんだかんだ創成の時代からの付き合いだ。創造神の思考や性質はある程度理解している。一番理解しているのは自分だと言ってもいいくらいだ。


「良い話を聞いた。なれば、妾からそなたの命を下す」


 傲岸不遜。傲慢不遜。


 この世に自分より偉いものは存在しないと言わんばかりに彼女は告げる。

 思い上がりだと言うこともできない圧倒的な高貴をまといながら。


「妾は妾の守るべきものを守る。あれが己の力で気付くまで隠し通すがよい」


「もっと無理難題吹っ掛けやがると思っていましたが、そんなんでいいんですか?」


「容易いと?」


「今までしてきたことと変わんねぇですから」


 気付くまでい、言われるまでセカイは行動を起こさない。

 ただこの地で、ありとあらゆる事情を退屈な映画のように眺め続けるだけだ。


「そなたの意思に反することだとしてもか?」


「観測者であること、それがセカイの意思ですよ。むしろ、あれに入れ知恵して物語の流れを変えるなんて真似の方が意思に反するってやつです」


 自分が介入しないから物語は面白い。オリジナルだからいいのだ。

 介入したいと願う者は観測者として相応しくない。他人事として観測し続けることが、セカイの中にある唯一の譲れないものだ。


「何かしろってんなら断ってたところですが、何もすんなって命令なら喜んで受け入れやがりますよ」


 言いながら、セカイは愛らしい顔に悪戯めいた笑みを乗せる。


「あれが介入することもセカイの美学に反しますからね」


 決まった道筋よりも異端が掻き乱した出鱈目な物語の方がセカイは好きだ。作り手の都合だけで作られたものなんて陳腐でつまらない。

 そう思うから、白き少女は金の女に真っ向から見据えた状態で、にかりと笑う。儚げな印象とはまるで正反対に。


「セカイが協力してやるんですから面白いもんを見せてくれねぇと困りますよ」

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